「貴方の抜いたその花は、私がどんなに能力を使っても病弱なままだった。それでも、その子は必死に生きていたの。言い訳や謝罪なんて聞きたくない。苦しんで苦しんで苦しみ続けて死になさい」
これは、参った。何の言い訳もさせてもらえず一突きとは。
マズイな、意識がもう飛びそうだ。
相手の領域へ勝手に入り、いきなりヒマワリを引っこ抜いたのだから、怒られるのは仕方が無いにしてもちょっとやりすぎじゃないか?
まぁ、熊の理不尽さに比べればこの程度まだまだ許容範囲内だが。
さて、緑の彼女に会いにでも行きましょうか。
「どうして、いきなりヒマワリを抜くようなことをしたのじゃ? 幽香が一番怒ることじゃろうに」
幽香? あの綺麗な妖怪さんの名前だろうか。それに何故彼女はヒマワリを知っているんだ? 人里の人間は、ヒマワリのことを見たこともない花と言っていたと思うが。
「病気だよ。ちょいとだけやっかいな病気。しっかり確認することはできなかったけど、たぶんそうだと思う」
引っこ抜いたのは良いが、抜いた株はきっとあの妖怪さんが戻してしまうだろう。それは、あまりよろしくない。できれば、周辺の土だって処分した方が良いのだから。
「病気? ヒマワリって病気になるのかえ?」
そりゃあ、ヒマワリだって生物だ。病気にくらいなる。
「青枯病っていう病気だと思う。根から侵入して、放って置くと植物を枯らす厄介な病気。しかも、どんどんと他の株へも移っていくから、病気になった株は早めに処分しないと被害が増える」
この時代じゃ薬だってないだろう。俺のいた時代ですら、不治の病とされていたんだ。流石に、あのヒマワリたちが全滅することはないと思うが、このまま放って置くと多くの株はやられてしまう。
それほど被害が出ているようには見えなかったから、今ならまだ間に合うかもしれないが、あの妖怪さんはそれを許さないだろう。病気になった株を抜いたら、きっとまた殺される。
「そりゃあ、なんとも面倒じゃな。対策は病気になった株を抜くしかないのかえ?」
「全く無いわけでもないが、どうしても後手に回る。それにどの道、感染した株はもう間に合わない」
水やりを抑えたり、土中のpH濃度を変えてあげれば多少は効果がでるはず。しかし、今からそれをやってもあまり意味はないだろうな。予防程度が限界だ。
そこまで考えたところで、視界が暗転。さて、どうしたものか。あの妖怪さんに何と説明すれば良いのやら……
「ただの人間と思っていたけど、随分と面白い体質なのね」
意識が戻ると、寝ている俺を見下ろす妖怪さんの顔が見えた。
綺麗な顔と柔らかそうな緑髪。可愛い顔してやることはえげつない。
「一言だけ聞いてあげる。どうして貴方はあの花を抜いたのかしら?」
まさか喋ることにも許可がいるとは。しかし、これはこの妖怪さんを説得するチャンスだ。
もらえたチャンスは一言だけ。簡潔すぎては意味が伝わらない。長すぎてはこのせっかちな妖怪さんのことだ、どうせダメだろう。一言で伝えたいことを伝えなければ。
これはまたなんとも難しい。
考えろ。
このチャンスを逃すな。
頭の中で言葉を整理。そして、妖怪さんの目を見ながら言った。
「一目見たときから好きでした。結婚してくd」
そこまで言ったところで俺の意識は途切れた。
「……アホじゃアホじゃとは思っていたが、まさかそこまでアホじゃとは思っていなかったよ」
ため息をしたと思ったら、ものすごく呆れられた。
「いや、違うんだ。俺の口が勝手に動いただけで、あんなことを言おうとしていたわけではだな」
「だから、それがアホなんじゃろ」
むぅ、何も言い返せない。まぁ、言ってしまったものは仕方が無い。どうせ、あの妖怪さんの好感度メーターはゼロ。これ以上下がることはないのだし、落ち込むことはない。
見事に生存フラグをへし折った気もするが、用意されたフラグになぞ興味はない。自分の道は、自分で切り開くものなのだ。自分の足で歩くのだ。
とはいえ、そこからは本当に悲惨だった。意識が戻ると問答無用で殺され、一言も喋らせてはくれない。
せめてもの抵抗として、なんとか妖怪さんのスカートの中を覗こうとも試みたが、それすらも敵わない。ただの人間である俺と、あの妖怪さんとの間にはそれほどの差があった。
リスキルを繰り返され、死亡回数は二桁にもなる。あの熊による死亡回数も超えたことだろう。まさか、妖怪がここまで恐ろしい存在だとは思ってもいなかった。
「九割九分お前さんのせいじゃがな。しかし、どうしてお前さんはそこまで、幽香のヒマワリを助けようとする。今日初めて出会ったのじゃろ?」
そりゃあ、確かに昨日までは見ず知らずの他人。そして俺は知らない他人を助けるほどお人好しではない。ヒマワリにも特別な思いなんて持っていない。けれども、俺はあの妖怪さんの力になってあげたい。その理由?
「そんなこと決まっている。あの妖怪さんが可愛い女の子だったからだ」
ただ、それだけ。
「いや、なんかカッコイイように言っておるが、内容は最低じゃぞ? そんな理由だったのか……」
そんな理由とは酷い。例えばもし、あの妖怪さんが禿げ散らかした小太りのおっさんとかだったら、絶対俺は力になんてならない。全力で逃げる。
可愛い女の子の力になってあげたいと言うのは、至極正当な理由だと思う。
「それで殺されても良いのか?」
「可愛い女の子に殺されるとかご褒美だ。興奮しかしない」
「……変態じゃな」
「胸張って言ってやるよ。俺は変態だ」
諏訪の神様だって、これだけは認めてくれる。
しかし、このままでは埓が明かない。今はただ殺されているだけだが、もし土なんかに埋められてしまったらどうしようもない。自分では掘り起こすこともできないだろうし。
「全く……大馬鹿者じゃな。しかし、まぁ、お前さんみたいな馬鹿者は嫌いでない。一度だけ……一度だけじゃ」
何とも妖艶な笑を浮かべながら彼女が言った。一度だけ? 何の話だ?
「何が一度だけなのさ?」
一度だけキスしてくれるとかだろうか? それなら喜んでお願いしよう。君が好きです。結婚してください。
「一度だけ幽香の攻撃を防いでやろう。今のわしではその程度が限界じゃしな。その後は、お前さんの力でなんとか幽香を説得すれば良い。ああ、それでもし、また巫山戯た理由で殺されたら、もう二度と口をきかんからな」
嬉しい提案ではあるが、そりゃあ、まずい。彼女に無視をされたら、俺だってかなり悲しい。少しばかり頑張る必要がありそうだ。
しかしねぇ……
「そんなこと君にできるのか?」
「莫迦にするな。それくらいは今のわしでもできる」
それくらいって、かなり難しいことだと思うぞ。あの妖怪さんの実力はよくわからないが、きっと弱い妖怪ではないだろう。
そんな妖怪さんの攻撃を防いでみせると言う彼女は――
「君は、何者なのかな?」
「前にも言ったじゃろ。ただの名無しの妖怪じゃ。ま、せいぜい足掻いてみせろ、人間」
了解。
目が覚める。目の前には突き出された傘の先端。今までなら、その先端が光り、気がつくと彼女の場所にいた。
でも今回は――頼んだよ。
傘の先端が光り、目の前が真っ白になった。
しかし、身体には何の異変もない。
ありがとう。助かった。
ゆっくりと身体を起こし、立ち上がる。服に付いた土を落とし、妖怪さんを見る。驚いたような妖怪さんの顔。
さて、大切なのはここからだ。
「この花たちには名前ってあるのかな?」
妖怪さんの目を真っ直ぐ見て聞いてみる。妖怪さんの名前は、確か幽香だったかな。
「……いえ、名前なんてないわ」
そっか、まだ名前はないのか。
ヒマワリ、ヒグルマ、ニチリンソウ。舌状花と筒状花が集まり、大きな一つの花を咲かせる。観賞用から食用までと幅広く人々から愛される花。花言葉は『あなただけを見つめている』。
「まず謝るよ。あの花を抜いて悪かった。すまないと思っている。ただ……どうしても、あの花は抜かないといけなかったんだ。俺が抜いた花の葉、昼間は萎れていたけれど、夜や曇りの日は元気じゃなかったか?」
「……そうね。確かに昼間は元気がなかったわ……何故そのことを?」
漸く話を聞いてくれるか。そしてどうやら俺の予想は当たっていたらしい。此処まで長かった。あの彼女には感謝しないとだな。
「晴れの昼間なのに葉に元気がなかったからなぁ。んで、だ。あの花さ……病気なんだよ。青枯病って言う最悪な病気。残念だけどあの花みたいに、症状が株全体に広がると絶対に助からない。それだけじゃなく、他の株にも伝染していくんだ。だから発病した株と、その周りの土は取り除く必要がある」
連作なんかで弱った土壌や、多灌水なんかが原因で発病する。それでもって、病原菌は何年も地中で生存しやがる。もし、土地全体に広がってしまっていたら、もうどうしようもない。
「それは、本当なの?」
「嘘ではないよ」
残念なことに。けれども、もしかしたらまだ間に合うかもしれない。やれることはある。
諦めるのには、まだ早い。
「それで……その病気を治すにはどうすれば良いのかしら?」
「大丈夫。効果があるかはわからないけれど、教えられる限り教える」
さあ、農地改革だ。
青枯病とかなんとか言ってますが、鵜呑みにはしないでください
次話は農地改革だそうです
どうなることやら……
では、次話でお会いしましょう