東方拾憶録【完結】   作:puc119

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第8話~やめてください。興奮します~

 

 

「貴方の抜いたその花は、私がどんなに能力を使っても病弱なままだった。それでも、その子は必死に生きていたの。言い訳や謝罪なんて聞きたくない。苦しんで苦しんで苦しみ続けて死になさい」

 

 これは、参った。何の言い訳もさせてもらえず一突きとは。

 マズイな、意識がもう飛びそうだ。

 相手の領域へ勝手に入り、いきなりヒマワリを引っこ抜いたのだから、怒られるのは仕方が無いにしてもちょっとやりすぎじゃないか?

 まぁ、熊の理不尽さに比べればこの程度まだまだ許容範囲内だが。

 

 さて、緑の彼女に会いにでも行きましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、いきなりヒマワリを抜くようなことをしたのじゃ? 幽香が一番怒ることじゃろうに」

 

 幽香? あの綺麗な妖怪さんの名前だろうか。それに何故彼女はヒマワリを知っているんだ? 人里の人間は、ヒマワリのことを見たこともない花と言っていたと思うが。

 

「病気だよ。ちょいとだけやっかいな病気。しっかり確認することはできなかったけど、たぶんそうだと思う」

 

 引っこ抜いたのは良いが、抜いた株はきっとあの妖怪さんが戻してしまうだろう。それは、あまりよろしくない。できれば、周辺の土だって処分した方が良いのだから。

 

「病気? ヒマワリって病気になるのかえ?」

 

 そりゃあ、ヒマワリだって生物だ。病気にくらいなる。

 

「青枯病っていう病気だと思う。根から侵入して、放って置くと植物を枯らす厄介な病気。しかも、どんどんと他の株へも移っていくから、病気になった株は早めに処分しないと被害が増える」

 

 この時代じゃ薬だってないだろう。俺のいた時代ですら、不治の病とされていたんだ。流石に、あのヒマワリたちが全滅することはないと思うが、このまま放って置くと多くの株はやられてしまう。

 それほど被害が出ているようには見えなかったから、今ならまだ間に合うかもしれないが、あの妖怪さんはそれを許さないだろう。病気になった株を抜いたら、きっとまた殺される。

 

「そりゃあ、なんとも面倒じゃな。対策は病気になった株を抜くしかないのかえ?」

「全く無いわけでもないが、どうしても後手に回る。それにどの道、感染した株はもう間に合わない」

 

 水やりを抑えたり、土中のpH濃度を変えてあげれば多少は効果がでるはず。しかし、今からそれをやってもあまり意味はないだろうな。予防程度が限界だ。

 

 そこまで考えたところで、視界が暗転。さて、どうしたものか。あの妖怪さんに何と説明すれば良いのやら……

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただの人間と思っていたけど、随分と面白い体質なのね」

 

 意識が戻ると、寝ている俺を見下ろす妖怪さんの顔が見えた。

 綺麗な顔と柔らかそうな緑髪。可愛い顔してやることはえげつない。

 

「一言だけ聞いてあげる。どうして貴方はあの花を抜いたのかしら?」

 

 まさか喋ることにも許可がいるとは。しかし、これはこの妖怪さんを説得するチャンスだ。

 もらえたチャンスは一言だけ。簡潔すぎては意味が伝わらない。長すぎてはこのせっかちな妖怪さんのことだ、どうせダメだろう。一言で伝えたいことを伝えなければ。

 これはまたなんとも難しい。

 

 考えろ。

 このチャンスを逃すな。

 頭の中で言葉を整理。そして、妖怪さんの目を見ながら言った。

 

 

「一目見たときから好きでした。結婚してくd」

 

 

 そこまで言ったところで俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

「……アホじゃアホじゃとは思っていたが、まさかそこまでアホじゃとは思っていなかったよ」

 

 ため息をしたと思ったら、ものすごく呆れられた。

 

「いや、違うんだ。俺の口が勝手に動いただけで、あんなことを言おうとしていたわけではだな」

「だから、それがアホなんじゃろ」

 

 むぅ、何も言い返せない。まぁ、言ってしまったものは仕方が無い。どうせ、あの妖怪さんの好感度メーターはゼロ。これ以上下がることはないのだし、落ち込むことはない。

 見事に生存フラグをへし折った気もするが、用意されたフラグになぞ興味はない。自分の道は、自分で切り開くものなのだ。自分の足で歩くのだ。

 

 

 とはいえ、そこからは本当に悲惨だった。意識が戻ると問答無用で殺され、一言も喋らせてはくれない。

 せめてもの抵抗として、なんとか妖怪さんのスカートの中を覗こうとも試みたが、それすらも敵わない。ただの人間である俺と、あの妖怪さんとの間にはそれほどの差があった。

 リスキルを繰り返され、死亡回数は二桁にもなる。あの熊による死亡回数も超えたことだろう。まさか、妖怪がここまで恐ろしい存在だとは思ってもいなかった。

 

「九割九分お前さんのせいじゃがな。しかし、どうしてお前さんはそこまで、幽香のヒマワリを助けようとする。今日初めて出会ったのじゃろ?」

 

 そりゃあ、確かに昨日までは見ず知らずの他人。そして俺は知らない他人を助けるほどお人好しではない。ヒマワリにも特別な思いなんて持っていない。けれども、俺はあの妖怪さんの力になってあげたい。その理由?

 

 

「そんなこと決まっている。あの妖怪さんが可愛い女の子だったからだ」

 

 

 ただ、それだけ。

 

「いや、なんかカッコイイように言っておるが、内容は最低じゃぞ? そんな理由だったのか……」

 

 そんな理由とは酷い。例えばもし、あの妖怪さんが禿げ散らかした小太りのおっさんとかだったら、絶対俺は力になんてならない。全力で逃げる。

 可愛い女の子の力になってあげたいと言うのは、至極正当な理由だと思う。

 

「それで殺されても良いのか?」

「可愛い女の子に殺されるとかご褒美だ。興奮しかしない」

「……変態じゃな」

「胸張って言ってやるよ。俺は変態だ」

 

 諏訪の神様だって、これだけは認めてくれる。

 

 

 しかし、このままでは埓が明かない。今はただ殺されているだけだが、もし土なんかに埋められてしまったらどうしようもない。自分では掘り起こすこともできないだろうし。

 

「全く……大馬鹿者じゃな。しかし、まぁ、お前さんみたいな馬鹿者は嫌いでない。一度だけ……一度だけじゃ」

 

 何とも妖艶な笑を浮かべながら彼女が言った。一度だけ? 何の話だ?

 

「何が一度だけなのさ?」

 

 一度だけキスしてくれるとかだろうか? それなら喜んでお願いしよう。君が好きです。結婚してください。

 

「一度だけ幽香の攻撃を防いでやろう。今のわしではその程度が限界じゃしな。その後は、お前さんの力でなんとか幽香を説得すれば良い。ああ、それでもし、また巫山戯た理由で殺されたら、もう二度と口をきかんからな」

 

 嬉しい提案ではあるが、そりゃあ、まずい。彼女に無視をされたら、俺だってかなり悲しい。少しばかり頑張る必要がありそうだ。

 しかしねぇ……

 

「そんなこと君にできるのか?」

「莫迦にするな。それくらいは今のわしでもできる」

 

 それくらいって、かなり難しいことだと思うぞ。あの妖怪さんの実力はよくわからないが、きっと弱い妖怪ではないだろう。

 

 そんな妖怪さんの攻撃を防いでみせると言う彼女は――

 

「君は、何者なのかな?」

「前にも言ったじゃろ。ただの名無しの妖怪じゃ。ま、せいぜい足掻いてみせろ、人間」

 

 了解。

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚める。目の前には突き出された傘の先端。今までなら、その先端が光り、気がつくと彼女の場所にいた。

 

 でも今回は――頼んだよ。

 

 傘の先端が光り、目の前が真っ白になった。

 しかし、身体には何の異変もない。

 

 ありがとう。助かった。

 

 ゆっくりと身体を起こし、立ち上がる。服に付いた土を落とし、妖怪さんを見る。驚いたような妖怪さんの顔。

 さて、大切なのはここからだ。

 

「この花たちには名前ってあるのかな?」

 

 妖怪さんの目を真っ直ぐ見て聞いてみる。妖怪さんの名前は、確か幽香だったかな。

 

「……いえ、名前なんてないわ」

 

 そっか、まだ名前はないのか。

 ヒマワリ、ヒグルマ、ニチリンソウ。舌状花と筒状花が集まり、大きな一つの花を咲かせる。観賞用から食用までと幅広く人々から愛される花。花言葉は『あなただけを見つめている』。

 

「まず謝るよ。あの花を抜いて悪かった。すまないと思っている。ただ……どうしても、あの花は抜かないといけなかったんだ。俺が抜いた花の葉、昼間は萎れていたけれど、夜や曇りの日は元気じゃなかったか?」

 

「……そうね。確かに昼間は元気がなかったわ……何故そのことを?」

 

 漸く話を聞いてくれるか。そしてどうやら俺の予想は当たっていたらしい。此処まで長かった。あの彼女には感謝しないとだな。

 

「晴れの昼間なのに葉に元気がなかったからなぁ。んで、だ。あの花さ……病気なんだよ。青枯病って言う最悪な病気。残念だけどあの花みたいに、症状が株全体に広がると絶対に助からない。それだけじゃなく、他の株にも伝染していくんだ。だから発病した株と、その周りの土は取り除く必要がある」

 

 連作なんかで弱った土壌や、多灌水なんかが原因で発病する。それでもって、病原菌は何年も地中で生存しやがる。もし、土地全体に広がってしまっていたら、もうどうしようもない。

 

「それは、本当なの?」

「嘘ではないよ」

 

 残念なことに。けれども、もしかしたらまだ間に合うかもしれない。やれることはある。

 諦めるのには、まだ早い。

 

「それで……その病気を治すにはどうすれば良いのかしら?」

「大丈夫。効果があるかはわからないけれど、教えられる限り教える」

 

 

 さあ、農地改革だ。

 

 






青枯病とかなんとか言ってますが、鵜呑みにはしないでください

次話は農地改革だそうです
どうなることやら……

では、次話でお会いしましょう

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