ふむ……なかなか面白い物語でした。
一つの物語を読み終わり、ちょっと一息。
欲を言えば、もう少し後悔しながら最期消えてくれれば最高でしたが、まぁ、私は充分満足です。
神や多くの妖怪に勇気を与え、一歩踏み出させ、最後は何も残さず消えてしまった彼の物語。そんな彼の頑張りを覚えている少女は、一人もいない。
いや~、素晴らしいですね。なんて綺麗な物語なのでしょうか。
郵便屋と名乗ったあの人間もどきや、緑の妖怪など予定していなかったバグが入ってしまいましたが、お話にバグは付き物。それくらいは仕方の無いこと。それにあのバグのおかげで、彼も自分の最期に気づくことができたのだし、良しとしましょう。あのバグのせいで、物語が進み過ぎてしまったことは少々残念ですが、そんなことを考えても収支はプラスに傾きます。
彼らも彼らで良い働きをしてくれましたね。
可憐な少女たちと仲良くしたいと言う彼の願い。しかし、それを叶えてしまうと少女たちが傷ついてしまう。そんなジレンマと彼が戦う様など、見ていてとても面白い。自分の最期に気づき、それでも普段通りの自分のフリをする彼とかもなかなかに良いものでした。
どうやら、彼を選んだことは正解だったようです。彼の突拍子もない考えや行動のせいで、最初はどうなることかと思っていましたが……いや~流石は私。人を見る目があります。超優秀ですね。
しかし、あのバグはどうして入り込んでしまったのでしょうか? 自然と湧いたのか、それとも他の神々の手によるものか……
あのクマは自然に湧いたものでしょう。クマは良いのです。可愛いから。けれども、問題なのはあの二人。世界は広いと言いますが、何処から来たのやら……此処は私の世界なのだから、邪魔はしないでもらいたかったです。まぁ、さっさと消えてくれたのでそれほど不満はありませんが。
ま、それらは全て終わった物語。彼が消え、彼に関する記憶も消え、残るものは何も無い。そんな綺麗な物語。見事なハッピーエンドですね! 満足、満足。
この物語を読み返すことはないでしょうが、頭の隅にでも覚えておくとします。これでまた私のコレクションが増えました。
物語の題名は、どうしましょうか? まぁ、『変態幻想記』とかつけておきましょう。どうせ読み返すことなどないのだから。題名なんて適当で良いのです。
そんな彼の物語が書かれた本を閉じようとした時でした。
「おや?」
気づいたことが一つ。
「むむっ、これはおかしいですね」
何も書かれていないページがまだ残っていた。
それは、普通なら有り得ないこと。この本は物語の主人公に合わせたページ数にしかならない。白紙のページなどあるはずがないのです。
では、これは何?
確かに彼の寿命はまだ残っています。しかし、その寿命も全ての課題をクリアしたことで、なかったことになるはず。私がそう設定したのだから、間違いないのです。
彼の物語は完結しました。全ての課題をクリアし、記憶を取り戻し、良い人生だったと思いながら消えていったはずなのです。それ以上、あの物語に続きはない。
じゃあ、これは何故?
そして思い浮かんだ一つの答え。
ああ、あのバグですね。
熱された思考が急激に冷めていく感覚。
彼の物語の書かれた本を、パラパラともう一度読み直す。きっと何処かに見逃した何かがあるはずだから。
そして見つけた一つの文章。
『もらっておけ。今のお前さんには必要はないが、きっといつの日か役立つ日が来るじゃろうよ』
なるほど……これ、ですか。
完全に見逃していた。そんなセリフがあったことは覚えていますが、それ以上深く考えることはなかった。
無意識に出る舌打ち。
やってくれるじゃないですか。あのバグが何者なのかは知りませんが、どうやら向こうの方が一枚上手なようです。
「ふふっ」
無意識に溢れる笑。
良いです。認めましょう。私の負けだと認めてあげましょう。あの少ない情報で彼の最期を見抜いていたあのバグ。ホント、鬱陶しいことをしてくれたものです。
これじゃあ、この物語は終われない。こんな中途半端な終わらせ方は私が許さない。この本を燃やしてしまっても良いですが、私にだってプライドはある。
それに、どうやら彼もまだ消えてはいないみたいですし。
しかし、彼に関する記憶はあの少女たちには残っていない。きっかけがあれば思い出すこともできるでしょうが……まぁ、そこは彼次第ですね。
残りのページ数を考えるに、期限は500年くらいでしょうか? 霊力はカンスト。能力はチート。しかし、少女たちの好感度は皆無。ふふっ、彼にはそれが一番辛いかもしれませんね。
まるで、書きあがった蛇に脚を書き入れる様なお話。
けれども、まぁ、良いのです。私、蛇嫌いですし。あの可愛くない蛇だって、脚があれば多少は可愛くなってくれるはずなのです。余計可愛くなくなることもありますが、それも彼次第ですね。
何の間違いかは知りませんが、どうやらこの物語はもう少し続くらしいです。
どうせ続くのなら、私は面白い話を希望します。
モブキャラとか脇役とかうだうだと彼は言っていましたが、きっともうそんなことは言えないでしょう。また始まってしまうこの物語は、どう考えても彼が中心になる。精々、胸張って主人公をやってくださいな。
失った記憶を取り戻すための物語は終わりました。
しかし、散らばった記憶を拾うための物語がまだ残っていたようです。
よし、決めました。
この本の題名は……この
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気がつくと足元に空。頭上には森が見えた。風を切る音が五月蝿い。
つまりこれは――
「なるほど、落下中か」
いや、落下は良いのだ。そんなことは些細な問題で、一番の大きな問題は――
「なんで俺、生きているんだ?」
最後の課題をクリアし、俺は消えたはず。失われた記憶を取り戻し……そう、確かに消えたのだ。それなのに、何故?
う~ん、考えてもわからないか。
ただ、まぁ、こうして生きているのだ。それは悪いことじゃあないだろう。
木とぶつかる直前に、空を飛ぶイメージ。
もしかしたら、ダメかもしれないと思ったが、有り難いことに体は浮いてくれた。空も飛べる、霊力もある、そして記憶も……じゃあ此処はやはり東方の世界なのか?
何が起きたのかはわからないが、また戻ってくることができたのか?
「ふふっ」
無意識に笑が溢れた。
消えたと思ったはずのこの命。それがまたこうして生きることができるのだ。笑ってしまうのも仕方が無い。そっか……俺の物語はまだ終わっていないのか。
しかし、確かアレだよな。例え此処が東方の世界だとしても、俺に関する記憶は全て消えてしまったんだよな。
ま、いっか。
また最初からやれば良いだけなんだから。どうせ、好感度など最初からなかったようなものだ。今度は前向きに生きてみよう。
俺がまだ出会っていない東方キャラは沢山いる。できることなら全員と仲良くなりたいところ。あわよくばきゃっきゃうふふな関係に……うむ、夢が広がる。
宙に浮かした体をゆっくりと、地面へ下ろす。
さてさて、何が起こったのかはわからない。
けれどもとりあえず動き出そうか。止まっていては何も始まらないのだから。
そうだな、まずは……服を探すところから始めよう。
なんで、俺パンツ一枚なんだろう……本当に意味がわからなかった。誰の嫌がらせだよ。
あまり、もたもたしていると、また可愛い女の子から罵倒されてしまう。それはそれで嬉しいが、第一印象だって大切なんだ。俺だってたまには格好をつけたい。
もういっそ、パンツも脱いでありのままの姿でこの大自然の中を駆け巡ってみようか。
そんなアホみたいなことを考えているときだった。
いつだってそうだった。俺のタイミングは悪すぎる。
「へ、変態だ……変態がいる」
ほら、みなさい。言わんこっちゃない。
一人の少女の声。あまりよろしくない状況。
けれども、そんな聞こえてきた声は――
うん、やはり此処は東方の世界らしい。どうせ俺のことは覚えていないだろうけど、大丈夫。俺はちゃんと覚えているからさ。
俺が消えたことで、切れたと思っていた縁の糸。
けれどもそれは、簡単に切れるものじゃあ、なかったらしい。
「私知ってる……あ、あんた変態でしょ?」
金髪の髪。透き通るような綺麗な声。抱きしめるのにはちょうど良い体。
知っていると言った彼女はきっと……俺のことを知らない。それは少し悲しいことではあるけれど、俺は君のことを知っていたよ。何百年も前からずっと。
どうやら第一印象はあまり良い物となってくれなかったみたいだが、まだ大丈夫。これくらいなら充分取り戻すことができる。
さて、大切なのは此方が最初に話しかける言葉だ。下手なことを言うと誤解は広まる。
謝罪、言い訳、挨拶、自己紹介……それらは全部大切なこと。
しかし、今は他に言わなきゃいけないことがあるだろう。
此方の姿はたったパンツ一枚だけ。そんな姿でも、胸張って言わなきゃいけないことがある。
いつだってそうやって生きてきた。
これからだってそうやって生きていく。
軽く息を吸い込む。
君とは色々あったからさ。
もしかしたら、言葉にしなくとも伝わっているのかもしれない。それでも、やっぱり言葉にするのは大切だって思うんだ。
罵倒される前に、ぶん殴られる前に、やっぱり口に出しておきたいことがある。
君は覚えていないかもしれないけれど、俺はちゃんと覚えているからさ。
だから、俺は声に出そう。俺のことを思い出して欲しいなどと、都合の良いことは言わない。
けれども――俺は声を出す。
何度君から罵倒されようが、何度君にぶん殴られようが、この嘘偽りない言葉を君へ送り続けよう。
それは、初めて会った時からずっと変わらない一つの気持ち。
「一目見たときから好きでした。結婚してください」
何の因果かは知らんがまだ終わらなかったこの物語。だから、今度はできなかったことをやってみようと思う。
それはきっと、東方の世界で記憶を拾う記録の物語。
それはきっと、東方の世界で想いを拾う記憶の物語。
どうせまた何度も何度も失敗するだろう。
けれども、どうせ生きるのだったら、前向きに生きてみようなんて思うんだ。
読了、お疲れ様でした
これで漸くこの作品も完結したそうです
ホント、長かったですねぇ……
今後の予定も含め、あとがきはいつものように活動報告へ書かせていただきます
何か感想があれば是非お願いします
今まではネタバレを防ぐため、ちゃんと返せませんでしたが、今度はちゃんと返信することができそうです
好き勝手返信します
さて、この作品を読んでいただいた全ての読者の皆様に最大限の感謝を――
ありがとうございました
では、感想欄や活動報告、違う作品でお会いしましょう
東方想拾記もよろしくね(小声)