東方拾憶録【完結】   作:puc119

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第70話~誓の証は~

 

「おや? 青様が外にいるなんて珍しいですね」

 

 なんとなしに、綺麗に手入れされた植木を眺めていると、チャイナ服のようなものを着た少女から声をかけられた。えと……どちら様でしょうか?

 

「ああ、失礼しました。そう言えばこうやって話すのは初めてでしたね。私は紅美鈴と言います。今はこの庭の管理と門番をさせていただいておりますが、妹様の部屋まで食事を運んでいたの、私なんですよ?」

 

 あら、そうだったのか。誰があの部屋まで食事を運んでくれていたのか気になっていたが、君だったのね。運んだとき、顔くらい見せてくれても良かったのに。

 まぁ、それで壊されてしまったらどう仕様も無いか。あのときのフランドールとか、何をするかわかったものでもないし。

 それにしても、紅美鈴って確か東方キャラだよな。これで5人目か? 紅魔館だけで、それほど多くのキャラと出会うことができるとは……きっと幻想郷へ行っても、紅魔館は有名な場所になるのだろう。

 一見すると美鈴はただの可愛い少女にしか見えないが、たぶんこの少女も妖怪なのだろう。何の妖怪なのかはわからない。

 腰まで伸びた長い赤髪。被った帽子には龍の文字が入った星印。もしかして美鈴って龍なのか? いや、流石にそれはないか。

 

「おう、初めまして。フランドールも漸く外へ出てくれるようになったからさ。俺もこうして外へ出られるようになったんだよ」

 

 別に、今までだって外へ出ていけないことはなかったが、どうしてもその気は起こらなかった。今振り返ってみても随分と長い間、あの部屋にいたものだよ。

 

「えっ、そうなんですか? 知らなかった……でも、それは良いことですね」

 

 そう言って美鈴は笑ってくれた。暢気そうに見えるけれど、きっと心優しい性格なのだろう。

 てか、知らなかったんだ……美鈴だって古株だろうに。

 

 それから暫くの間、美鈴と会話をしてまた紅魔館の中へ戻った。門の外へ出てみるのも考えてはみたけれど、あまり興味はない。それに、行くのならやっぱりフランドールと一緒の方が良いだろうしさ。

 楽しみは取っておくに限るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランドールがあの部屋から外へ出て、レミリアが幻想郷へ行くと言ってから一ヶ月。その間はのんびりと過ごさせてもらった。だいたいの時間はフランドールと一緒にあの部屋で過ごしたが、大きな図書館で一緒に本を読んだり、たまにレミリアも一緒に紅茶を飲んだりと、少しずつフランドールがあの部屋で過ごす時間は短くなっていった。少しくらいは慣れてくれただろうか?

 フランドールが寝ている間は能力の練習や、パチュリーの所へ遊びに行って邪魔だから帰れなんて言われれて凹んだり、咲夜を口説いてナイフで刺されたり、美鈴の所へ行って励ましてもらったりと、なかなかに充実した生活だった。

 

 とある日。課題クリアのためそろそろフランドールを屋敷の外へ連れて行こうと思い、誘ってみたが――

 

「……幻想郷って所へ行ってからにする。私にとっての初めては、初めての場所がいいから」

 

 なんて言われてしまった。レミリアから屋敷の庭の中なら許可をもらっていたため、出ても問題はなかったが、まぁ、フランドールがそう言うのなら仕方が無い。それにそうだよな。初めてのことは大切にしたいもんな。

 

 そして、一ヶ月後。幻想郷へ行く時が来た。

 最近は、咲夜と顔を合わせるだけで舌打ちをされるようになった。タメ口の時とかあるし……言い訳となってしまうが、メイドさんは仕方無い。口説く以外何をしろと言うのだ。それにまぁ、あの冷たい視線や、刺のある行動は興奮する。やめられません、とめられません。

 

 

「それじゃ頼んだわよ。パチェ」

 

 大広間にあるいつもの椅子に座り、静かにレミリアが言った。一見、落ち着いているようにも見えるが、背中の羽の動きがちょっとヤバい。超パタパタしてる。きっと楽しみで仕方がないのだろう。これでパチュリーの魔法が失敗したら、どんなリアクションをしてくれるだろうか? ちょっと見てみたい気も……

 

 どうやら幻想郷へはこの紅魔館ごと行くらしい。どう言う仕掛けなのかはさっぱりわからないが、魔法ってすごいんだな。

 

 スカーレット姉妹を始め、パチュリーに咲夜、それと今日は珍しく美鈴もこの大広間にいた。

 フランドールに握られた左手にかかる力が、少しだけ強くなった。

 

「緊張する?」

「……うん。少しだけ」

 

 大丈夫。俺も幻想郷に詳しいわけではないけれど、あの場所だって悪い場所じゃない。全てを受け入れてくれる優しい場所だよ。

 山にいる熊はちょっと怖いけどさ。ま、それも俺が何とかするよ。

 

「それじゃ、始めるわよ」

 

 相変わらずな眠そうな顔に眠そうな声。それでも、その声はいつもより張りがあるように感じた。きっとパチュリーだってこの大仕事に思うところはあるのだろう。

 

 そしてパチュリーが大きな本を開き、聞いたこともない言語を聞き取ることのできない速さで詠唱を始めた。

 

 

 アレから随分と時間がかかってしまった。

 それでも、今、帰ります。

 

 眩しい光。

 館全体が軋むような音。

 少しの揺れ。

 

 

 そんな非日常的な出来事が数舜を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えと……成功、したのかしら?」

 

 揺れが収まり、まずレミリアが口を開いた。

 

「失敗はしてないと思うけれど……どうかしら? そもそも私は幻想郷がどんな場所なのか知らないし、確かめようがないわね」

 

 何が起きたのか、さっぱりわからないし、幻想郷にいると言うのもちょっと信じられない。でも、パチュリーは失敗してないと言っていたし……

 う~む、どうなんだろか? たぶん外へ出てみればわかると思うが……これでも、もし人里のど真ん中とかだったら少し笑えない。そんなの大惨事だ。紫に何を言われるのかわかったものじゃない。

 

 ま、考えたって仕様が無い。とにかく動くとしましょうか。

 

「なぁ、フランドール。一緒に外へ出てみないか?」

「えっ? 今から?」

 

 こてりと首を傾げ、此方を見つめてくるフランドール。うむ、可愛い。

 俺が外へ出てみれば、此処が幻想郷かどうかくらいはわかるだろう。それに、どうせ出るのだったら、フランドールも一緒の方が良いはず。

 

「咲夜。俺の持っていた傘を……あ、ありがとう」

 

 傘を持ってきてくれないかと頼む前に渡された。ホント、君は優秀ですね。

 

「はい、これフランドールにあげるよ」

 

 幽香からもらった日傘をフランドールへ渡す。たぶん、俺が持っているよりは絶対に良いだろう。日傘として使ったことより、武器として使ったことの方が多かった。それじゃあ傘が可哀想だ。幽香だってきっと納得してくれるはず。

 

「いいの?」

「うん、大事に使ってあげてくれ」

「……ありがとう」

 

 どういたしまして。

 

「でも、私が外へ出ても良いのかな?」

「庭くらいなら別に良いわよ。初めての外なのだし楽しんできなさい」

 

 レミリアも一緒に来れば良いのに。なんて思ったが、まぁ、此処は有り難く俺がエスコートさせてもらおう。

 てか、今って何時なんだ? 向こうは夜だったが、時差とかを考えると此方はやはり昼間なのだろうか? 窓の無いこの館の中では、外の様子はわかり辛い。まぁ、もし昼間だとしても日傘があるし大丈夫か。

 

「それじゃ、行こっか」

「うん」

 

 繋いだ、右手と左手。

 ソイツをそっと引いて館の外へ。可愛い女の子と手を繋いでいるんだ。今はどんな場所へだって行けるさ。

 

 

 

 

 フランドールと手を繋いだままエントランスを抜け、あの両開きの大きな扉を開けた。

 その瞬間、懐かしい匂いが流れ込んだ。

 感覚でわかる。此処は幻想郷だって。

 扉の外の景色は暗く、夜だと言うこともわかった。時差とかどうなっているんだろうか? まぁ、吸血鬼には夜がよく似合うのだし、これはこれでちょうど良い。

 

 大きく息を吸い込む音が聞こえた。初めての外。緊張するのは仕方が無いこと。後もう一歩だけ踏み出せば、とてつもなく広い世界が待っている。

 手を引き、一緒に一歩踏み出す。

 

 一歩進んだ。

 また一つ、少女の世界は広がった。

 

 

『おめでとうございます。これで課題9はクリアとなります。霊力が上昇しました。現在の貴方の能力は「主に水を司る程度」の能力です』

 

 

 あの無機質な声が聞こえ、自分の中の何かが一気に広がる感覚。今まで何度も課題をクリアしてきたが、その感覚は今回が一番だろう。此処に来て、霊力の上昇量が凄まじい。

 こんなの俺に使いこなせるかねぇ……

 

 紅魔館からたった一歩外へ出ただけ。けれども、確かにこれでフランドールは外の世界へ出ることができた。

 

「どう? 外の世界は?」

「…………」

 

 口を開け、上を見上げて固まってしまったフランドール。

 見るもの、感じるもの全てが新鮮。空には星々が瞬き、流れる風は匂いを運ぶ。それらは全てあの部屋の中にはなかったもの。

 

「……ここは広いね」

「そりゃあな」

 

 とてもじゃないが、外の世界全てを旅することなんてできやしない。知らないことだらけ、わからないことだらけだ。

 しかし、だからこそ――この世界は面白い。

 

「星が綺麗。初めて見た」

 

 半分に欠けた月が輝いているせいで、星々の輝きは薄れてしまっている。それでも、フランドールにとってこの景色は特別なものなのだろう。

 

「でも、私にはちょっとまぶしすぎる」

 

「それなら俺の渡した傘を開けば良いさ」

 

「……そうだね」

 

 太陽の光だって防いでくれるんだ。月の光だって和らげてくれるはず。焦ることなんてない。ゆっくり慣れていけば良いのだから。

 

 

 

 

 さて。

 

 

 さてさて。

 

 

 これで、準備が整った。

 

 

「なぁ、フランドール」

 

 そろそろ、俺の物語を進めよう。

 

「なあに?」

 

 失われた記憶を取り戻す前に、絡みついてしまった縁を切らせてもらおう。

 きっとそれが、俺にできる最期の仕事。

 

「ちょっとさ、やらなきゃいけないことがあるんだ」

 

 それを終わらせなければ、この物語は終われない。

 随分とのんびりしてしまった。これ以上、待たせるわけにはいかない。

 

「また帰ってくるからさ。きっとまた帰ってくるから……ちょっと此処を離れるよ」

 

 最期の課題の内容はわかっている。

 けれども、まだそれをクリアするわけにはいかないんだよなぁ。

 

「……ホントに帰ってきてくれるの?」

 

「うん、必ず戻ってくるよ」

 

 これで、帰らなきゃいけない場所がまた増えてしまった。

 

 必ずだなんて、約束もできないことを言ってしまった。

 

「わかった。じゃあ待ってる。青が帰ってくるまで、あの部屋で待ってる。だから……ねぇ、青」

 

「どうした?」

 

 

「私にキスをして。約束を守る誓として」

 

 

 あ~……こりゃあ、困ったな。それは色々と問題が……どうすっかねぇ。

 

 此方に顔を向け、見上げるように目を閉じたフランドール。顔には幼さがあるものの、美少女であることは誰もが認めるだろう。

 そんな可愛い女の子からキスのお誘い。俺なんかにその役は務まらない。ソレは大事に取って置きなさいな。

 はぁ……ホント上手くいかない人生だよ。

 

 

 中指を親指で抑え、その綺麗なお凸にペチりとデコピン。

 

 

「フランドールには100年はええよ」

 

 あ~あ、ホントもったいねえよな。

 こんなチャンス二度とない。

 

「むぅ……また、子ども扱いして」

 

 軽く頬を膨らませ、ポコポコと怒るフランドール。

 

 ごめんな。

 ありがとう、俺なんかに懐いてくれて。

 

 勝手に訪れて、勝手に去っていく。我ながら自分勝手な人間です。

 

「それじゃ、ちょっと行ってくるよ。レミリア達にもよろしく伝えといてくれ」

「早く帰ってきてね」

 

 ああ、できるだけ頑張ってみるよ。

 また此処へ戻って来られるよう、やってみる。

 

 

 

 

 

 空へ想いを馳せ、地面を軽く蹴り、その真っ暗な世界へ身を預ける。

 

 ああ、そうだ。一応、聞いておかないとだよな。最後の課題、お願いします。

 

 

『課題10,「始まりの文字を繋ぎ合わせて」』

 

 

 予想通り。流石は俺の考えた課題だけある。

 ま、その前にあの畜生をどうにかしないとなんだけどさ。

 

 未来なんて真っ暗だ。

 手探りでしか進めない。

 

 それでも、帰らなきゃいけない場所のため、少しばかり頑張らせてもらうとしよう。

 

 さてさて、これで全部終わらせようか。

 

 






課題の内容がわかってしまった方もいるかとは思いますが、黙っていてもらえると助かります
この作品で数少ないの伏線ですゆえ、お願いします

と、言うことで第70話でした
予定ですとあと3話でこの物語は完結です
今回進めすぎちゃいました

まぁ、もう少しのんびりやる予定ではいますが、どうなることやら……

次話は……むぅ、どうしましょう
ちょいと考えてみます

では、次話でお会いしましょう

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