「どうして私の羽って変なのかな?」
「そうか? 別に変だとは思わないが」
手を握り潰されること十数回。漸くフランドールが普通の握手を覚えてくれた。おめでとう、これで君はまた一つ外の世界へ近づいたよ。
握手を求めたら手を握り潰されるとか洒落にならんしな。
とりあえず握手を覚えたので、今は休憩中。そして、その休憩中にフランドールがぽそりと呟いた。
俺からしてみれば羽があること自体変なのだが……
「だって、お姉様の羽はちゃんとしているでしょ? でも私の羽は何か違うもん」
確かにレミリアの羽はコウモリを思わせるような、立派な羽だったな。それと比べて、フランドールの羽は宝石みたいな物がぶら下がっているし、変と言えば変か。
「それにお姉様の髪の色と私の髪の色も違うし……」
意外と細かいところを気にしているらしい。髪の色は確か二つ以上の対立遺伝子が関与していたと思う。だから、姉妹で髪の色が変わっていてもおかしいことではない。羽は知らん。俺ついてないもん。
まぁ、そう言うことではないのだろう。頭でわかっていても、気持ちがついて来ないことなど、いくらでもあるのだから。
「でも、俺はフランドールの羽も髪の色も好きだよ」
てか、全部好きです。
確かに、レミリアの羽も髪の色も好きだが、フランドールのだって俺は気に入っている。ちょいと力加減を覚えてはいないが、それだってそのうちできるようになる。悲観することなど何も無い。
「……そう?」
なんて言ってフランドールは首を傾げたが、その顔は嬉しそうに見えなくもなかった。
他人と自分の違うところを気にしてしまうのはわかる。いつかの妹紅だってそうだった。けれども、大丈夫。フランドールみたいな可愛い女の子ならきっとこの世界は優しいはずだ。
その優しさを俺にも分けて欲しかったんだけどさ……
ホント――上手くいってくれない人生ですよ。
握手ができるようになってから一ヶ月。ついにフランドールが部屋を出る日が来た。
その一ヶ月の間は、ひたすら力を抑える練習を続けた。練習材料は俺。何度も手を握ってもらったり、何度も抱きしめてもらったりと、かなり幸せな日々だった。役得役得。まぁ、何度も死んだんだけどさ……
一度、俺のことを『お兄ちゃん』と呼んでくれないか頼むと――
「……? 青は青だよ?」
なんて、真顔で返された。
心が痛んだ。
フランドールさん超純粋なのね……濁りきった俺とは大違いだ。
フランドールが心を開いてくれてから、レミリアも毎日この部屋へ訪れるようになった。まだ会えないの? とか、いつ会えるの? なんて毎日のように聞いてくる。たった一人の妹だもんな。やっぱり会いたいよね。もう少しの辛抱です。
レミリアがフランドールに対して、どんな感情を持っているのかはわからない。けれどもそれは、悪い感情じゃないだろう。
「うぅ……緊張する。ね、ねぇ青、やっぱりまた今度にしない?」
「いや、頑張れって。レミリアだって楽しみにしているんだから」
あの重苦しい扉の前でフランドールが言った。やはり外へ出るのは怖いらしく、どうにもあと一歩が踏み出せない様子。そう言えば、俺もこの部屋以外、この館の中がどうなっているのかってほとんど知らないんだよな。ちょっと楽しみだ。
「ま、不安になってきたら俺の手を握れば良いさ」
「それで、何か変わるの?」
俺が嬉しい。
なんて言う理由もあるが――
「手を握るってのはそれだけの力があるんだよ。大丈夫、今まで沢山頑張ってきたんだ。悪い結果にはならないさ」
「うん、わかった。頑張る」
おう、頑張れ。
そして、漸くあの重苦しい扉を開けた。
これでまた一歩前進。
扉を開けると、薄暗い階段が上へ続いていた。ああ、そう言えば此処って地下だったな。この階段を下りたのはもう200年以上も前のこと。随分と時間がかかってしまった。
ふとフランドールの顔を見てみれば、明らかに表情が固まっていた。僅かに口を開き、引き攣った表情で笑っている。ちょっと怖い。
仕様が無いよな。緊張するなってのが無理な話なんだ。
フランドールの左手を右手でそっと握る。
ひんやりとしたその手は、少しばかり湿っていた。
「うん……ありがとう」
どういたしまして。
これ以上俺にできることは何も無い。後はフランドールが自分で頑張るだけだ。
それほど長くないはず階段を、二人でゆっくりと登る。手は繋いだままだが、二人の間で会話はない。フランドールも不安でいっぱいだろう。その不安に押しつぶされないよう、必死だろう。昔はその不安に勝つことができなかった。逃げ出してしまった。
逃げ出すことが悪いとは思わない。けれども、どうせだったら勝ちたいもんな。頑張れ、頑張れ。
あの部屋を出てから、どれくらいの時間がかかってしまったのかはわからない。それでも、フランドールは進んだ。ゆっくりと。
そして、辿りついた一つの部屋。
この部屋に入り、出たのはもう200年も前のこと。漸く戻ってくることができた。ホント、長かったねぇ。
扉を開け、部屋の中へ。
相変わらずの目には優しくない紅い色。そして、部屋の中には少女が一人。青みがかった髪、コウモリを思わせる羽。
握られた右手にかかる力が強くなった。
「久しぶりねフラン。随分と時間がかかったじゃない?」
「うん、久しぶり……お姉様」
二人の姉妹の会話。きっとそれは数百年振りの会話なんだろう。
レミリアは感情を殺したような声だから、顔を下に向けたフランドールは気づかないだろうが、レミリアさんの羽めっちゃ動いているし、内心は凄いテンションなはず。
口に出してあげれば良いのに……まぁ、姉の威厳って奴か。
さて、此処から先は俺がいない方が良さそうだ。
数百年もかかった再会。積もり積もった物があるはず。それを俺なんかが邪魔することはできない。
「んじゃ、俺はちょっとこの館を探索してくるよ。二人はのんびり話でもしててくれ」
「えっ……青はいてくれないの?」
不安な顔を此方に向け、言葉を落とすフランドール。
心配することなんて何も無いのに。
「大丈夫だよ。今のフランドールなら一人でもやれるさ。頑張れ」
「う、うん……頑張ってみる」
フランドールの言葉を聞いて満足。
さてさて、邪魔者はさっさと行くとしよう。
とは言うものの、やっぱり俺だって不安だ。大丈夫だとは思うけど……あとは頼んだよレミリア。
二人を部屋に残し、一人でフラフラと探索。目に優しくない色は何処までも続き、気味の良い建物とは言えなそうだ。
まぁ、吸血鬼が住む館なのだし、気味が良いってのもおかしいか。
「それにしても広いな。此処は」
昔、住んでいた地霊殿なんかも広かったが、此処はもっと広く感じる。きっと、この館の外から見ればさぞ凄いのだろう。
所々に入り組んだ廊下もあり、迷子になってもおかしくはなさそうだ。高そうな壺や甲冑の置き物などなど……レミリアってお金持ちなんだな。
「初めまして青様」
なんとなしに、天井からぶら下がったシャンデリアを眺めていると、そんな声をかけられた。
その声の主はメイド服を着た銀髪の可愛い女の子。以前俺が案内してもらったメイドさんとは違うが、此方も美人さんだ。
どうです? お茶でも一杯。
「貴女は?」
「十六夜咲夜と申します。今はこの紅魔館でメイド長をさせていただいています」
おお、東方のキャラじゃん。確か……時を止めることができるんだったかな? 羨ましい能力だよ。
ちょいと性格が堅そうで、巫山戯たことを言うと殺されそうな雰囲気がある。だが、それが良い。是非、蔑んだ目をしながら口汚く罵ってもらいたい。
しかし、青様……か。俺はそんな偉い身分じゃない。様付けはなんとも慣れない。
「えと、それで咲夜は俺に何か用があるの?」
「青様が一人で暇そうに歩いていたので、仕方無いけど相手をしようかと」
……ああ、君。そう言う性格なんだ。マイペースなんだね。
「紅茶でもどうですか?」
そう咲夜が言うと、いつの間にかその手にはティーポットとティーカップを乗せたお盆があり、目の前には椅子と机が用意されていた。ふわりと良い香りが広がった。
なるほど、これが君の能力か。きっと時を止めて持ってきてくれたってことだろう。一人の少女が机を運ぶのなんて大変だったろうに……あまり想像しない方が良さそうだ。
「ありがとう。いただくよ」
椅子に座ってからそう声をかけた。
あれ? 今思ったけど何かを口にするのって、もしかして200年振りか? と、とんでもない生活を送っていたな……
「…………」
「うん? どうしたの?」
咲夜が黙ってしまった。どうしたのだろうか? 此方は200年振りを楽しみたいところなんだが。
「……青様は驚かないのですね」
最初は何のことだろうかと思ったが、たぶんいきなりお茶の準備をしたことなのだろう。そりゃあ、咲夜の能力を知らなければ驚いただろうが、俺は知っていたしなぁ。
俺の反応が気に食わなかったのか、少しだけ頬が膨らんでいる咲夜は可愛らしい、此処はアレだな、一度ぐらい驚いてあげるべきだな。
「わーっ驚いたー」
「おせーよ。ふざけんな」
怒られた。善意でやったのにまさか怒られるとは……
それでも、いただいた紅茶は美味しかったです。
咲夜の淹れてくれた紅茶をゆっくりと、楽しみながら暇を潰した。
これからフランドールはどうやって生活していくんだろうな? きっとこれからは、あの部屋以外でも暮らしていけるはず。それは良いことに違いない。
さて、スカーレット姉妹がこれからどう生活をしていくのかも大切なことだが……俺はどうすっかねぇ。いつまでも此処、紅魔館にいるわけにはいかない。幻想郷でやらなきゃいけないことがあるのだから。
スカーレット姉妹や咲夜は確かに東方のキャラなはず。じゃあ、他の東方キャラとの繋がりはなんだ? 東方projectがどんなゲームなのかはわからない。しかし、レミリアたちが他のキャラと繋がっていないとも思えないんだよなぁ……しかし、今のままじゃ其処に繋がりなんてなく――バラバラだ。
ま、そんなこと今は考えてもわかりやしないか。
「青様。お嬢様がお呼びです」
「ん、了解」
どうやら姉妹二人の会話も終わったらしい。どんな話をしたのかわからないが、これからはそんな会話が当たり前になるんだろう。
「紅茶、ありがとう。美味しかったよ」
さて、戻るとしますか。
レミリア達のいる部屋に戻ると、其処にはレミリア、フランドールの他にもう一人、眠そうな顔をした紫髪の女の子がいた。この可愛らしい女の子は誰だろうか? どうしてか知らないが、今日は出会いにやたら恵まれているね。
「ゆっくり話せた?」
「そうね……久しぶりに話せたわ」
そりゃあ良かったよ。
「青。一つ、決めたことがあるの」
此方を真っ直ぐ見つめながらレミリアが言葉を落とした。
「何をさ?」
妖艶な笑。
まさに吸血鬼。
何を考えているのか知らないが、何かを企んでいることに違いはないだろう。
「幻想郷へ行くわよ」
物語が一つ繋がった。
少しずつ進み始めてくれているみたいです
と、言うことで第68話でした
紅魔館メンバーがほぼ登場
ごめんね美鈴さん
きっと次は出番があるはずだから……
次話は幻想郷にいてくれれば良いですけど、どうなるかはわかりません
では、次話でお会いしましょう