東方拾憶録【完結】   作:puc119

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第7話~ある日、森の中~

 

 

 身体に焼けるような痛みが走った。貫かれた腹から止まることなく流れ続ける赤い液体。とんだせっかちさんがいたものだ。言い訳くらいさせて欲しかった。

 たぶんこの傷では、助からないだろう。ああ、これでまたあの緑の彼女から小言を言われる。

 一緒にいた陰陽師たちは、俺の行動を見るとものすごい勢いで逃げていった。退治してやるなどとアレだけ言っておきながら情けない。

 

「貴方の抜いたその花は、私がどんなに能力を使っても病弱なままだった。それでも、その子は必死に生きていたの。言い訳や謝罪なんて聞きたくない。苦しんで苦しんで苦しみ続けて死になさい」

 

 悪かったとは思っているが、間違った行動だとも思っていない。まぁ、説明くらいはした方が良かったのかもしれない。

 ああ、ダメだ。目蓋が重くなってきた。死ぬってのはどうにも慣れないものだね。

 

 諏訪の二柱は今日も元気でいるだろうか?

 何故かそんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

「本当に行っちゃうんだね」

「いつでも帰ってきな。私たちは待っているからさ」

 

 諏訪子と神奈子が言った。

 季節は春。俺のいた時代なら桜の綺麗な季節なのだが、残念ながらこの時代に桜はそれほど広まっていないらしい。一度生で見てみたかったんだがなぁ。まぁ、きっとそのうち見ることはできるだろう。

 

 昨年の夏此処に来て、秋と冬を越えた。随分長い間いた気もするが、まだ一年も経っていない。

 知識を与えるという条件でここに居させてもらったが、俺が教えられることはほとんど教えられたと思う。数学、化学、物理、生物、地学などなど。どうしても理系科目が中心となってしまったが、それでも相当な量の知識は与えることができたはず。特にこの二柱は化学分野がお気に入りらしく、教える側として大変だった。

 

 ずっとずっと遠い未来で、核融合なんかに手を出してしまったのは俺のせいでないと思いたい。

 

「今回の課題は制限時間付きだからな。そろそろ動かないと。ま、落ち着いたらまた戻ってくるよ」

 

 もし既に月へ帰っていたとかなら、それだけでゲームオーバー。ニューゲームは許されない。セーブポイントもないらしい。ホント、難易度高いねぇ。

 

「それじゃ、行くとするよ。今まで世話になった……ありがとう」

「「行ってらっしゃい」」

 

 名残惜しい別れではあるけれど、いつまでも止まっているわけにはいかない。少しでも先へ進まなければいけないのだ。

 

 二柱に軽く手を振り歩き出す。

 目指すは都。長い道のりになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漸く物語は進み始めたわけだが、やはり人生上手くはいかないようだ。

 

 

 諏訪を旅立ってから二日目。

 熊に襲われた。

 マジ洒落にならん。

 

 黒くてモフモフの小さいのがいて、何コレ可愛い。とか思っていたら後ろから殴られた。アレだ、小熊がいたらその側には親熊もいるということだ。

 朦朧とする意識の中、必死に逃げようとした。しかし熊は速い。ダメでした。死にました。

 

 

 

「思ったよりも早い再会じゃったな」

 

 灰色の空間で緑の彼女は言った。俺だってこの彼女に会いたくて来たわけではない。

 

「それにしても情けないのう。妖怪に襲われたとかならわかるが、熊って……」

 

 放っておいてくれ。あと、熊を舐めてはいけない。素手の一般人では到底敵う相手ではないのだ。全ての熊が、下半身丸出しの世界一有名なあの熊ほど優しくはないのだから。

 

「熊に襲われたとき、飛べば良かったのじゃないかえ?」

 

 俺だってそれくらいは考えた。しかし、だ。

 

「飛べると言えば飛べるが、今の俺だと50cmほど浮くのが限界なんだよ。それに走った方が速い」

 

 まぁ、結局追いつかれて殴り殺されたが。俺が何をしたと言うのだ。

 その時はそんな簡単な会話をしたくらいで彼女とは別れた。聞かなければいけないこともあったが、どうせまた会うことになるだろう。

 

 睡眠や食事を必要としないこの体は、思った以上に便利だ。寝ないため夜も動くことができるし、食料にも困らない。ただ、晴れの日は良いが、曇りの日の夜は最悪だった。ほとんど何も見えないのだから。

 火でも起こせれば良かったけれど、生憎俺にはそんなことはできない。一度、本気で火を起こそうと頑張ってみたが、いくら木の棒を手で回しても煙すら立たなかった。現実は厳しい。

 もしかしたら、霊力を使って火を起こしたりとかもできるのだろう。まぁ、これも俺にはできないが。

 

 

 放浪生活、五日目。

 熊に襲われた。

 あら、クマさん。またお会いましたね。

 

 クソが。

 

 

「……前々から思っていたが、お前さんアホじゃろ」

 

 そしてまた熊に殴り殺された。いい加減にしてほしい。

 アホとは失礼な。だいたいなんだよ、あの熊。俺が何をしたって言うんだ。理不尽にもほどがある。

 

「どうしてお前さんは山の中を進もうとする。流石にこの時代でも道ぐらいはある。あえて険しい道のりを歩く必要はないじゃろ」

 

 確かにそれはそうだ。なるほど、俺が熊に襲われていたのはそのせいだったか。

 

「そりゃあ、気づかなかった。しかし、どうして君は道があるとかそんなことを知っているんだ?」

 

 疑問には思っていた。彼女の話しぶりを聞くに、俺が未来から来たことや、転生者であることも知っている雰囲気がある。

 

「お前さんを通して、外の様子は見させてもらっておるよ。流石にお前さんの心の中はわからんが。それに……」

 

 なんと、そうだったのか。そういうことは最初に言ってもらいたかった。そうか、見られていたのか……それは興奮しますね。

 

「それに?」

「昔、同じようなことを経験したことがあるんじゃよ。お前さんと同じように、道なき道を進んだアホがいる。まぁ、あの相棒はただ道に迷っていただけじゃが」

 

 相変わらず、彼女の言っていることはよくわからなかった。ただ、そのことを話す彼女の顔は、少しだけ悲しそうに……

 昔に何があったのやら。

 

 その時の会話もそれくらいで終わってしまった。けれども、少しずつでも彼女のことがわかるようになってきたのは、良いことなのだと思う。

 

 

 放浪生活10日目。

 猪との死闘後、熊に襲われた。

 

 

「いや、もうわしは何も言わんよ……」

 

 とても悲しそうな顔をした彼女。思わず抱きしめてあげたくなる。その後どうなるかわからんが。

 さて、少し言い訳をさせて欲しい。違うんだ。俺だって道を進もうとしたんだ。しかし、道なんてそう簡単に見つかることもなく、結局山の中を突き進むことに。

 そして、猪と遭遇。出会った瞬間に吹き飛ばされた。野生の力、マジヤバい。なんとか猪から逃げ、ボロボロになった体で進んでいると熊がいた。

 

 

 もう笑うしかなかった。

 

 

 呪われているのではないだろうか。きっと、前世の俺が熊に相当酷いことでもしたのだろう。そうとでも思わなければやってられない。

 どうするんだよコレ。都に辿り着ける気がしないぞ。熊遭遇率が高すぎる。

 

 

 

 

 放浪生活……何日目だろうか。人里を発見した。

 結局、道なぞ見つからずひたすらに山の中を進んだ。そして見つけた立ち上る煙。

 これで見つかったのが、熊の妖怪の生活する村とかなら笑い話にでもなるだろう。俺は笑えないが。

 クマさんとか言うと可愛い響きではあるが、アイツらがしてきた行動は外道そのものだ。リスキルされた時は本当に驚いた。殺された回数はもうすぐ二桁になる。

 昔話の金太郎は熊に相撲で勝ったそうだが、考えられん。熊に跨りお馬の稽古とかなめてんのか。

 

 話はそれたが、見つけた村は諏訪ほどではないにしろ、なかなか大きな人里だった。

 この場所が日本のどの辺りなのかはわからないが、人に聞けば都への道は教えてもらえるだろう。長く険しい道のりだった。

 

 とりあえず、里の中をフラフラと歩く。其処彼処から賑やかな声が聞こえ、活気のある里なのだとわかった。お茶の一杯でももらいたいところではあるが、お金なぞ持っていないし物々交換する物もない。仕方が無いね。

 

 そして、村の中心辺りで人集りを見つけた。近づいて様子を伺ってみると、どうやら、これから数人の陰陽師たちで妖怪退治に行くそうだ。俺的には妖怪よりも熊をどうにかして欲しい。アレだけ旅をしていたのにも関わらず、妖怪には一匹も出会わなかったのだし。熊怖いよ、熊。

 

 しっかし、妖怪ねぇ。まだ会ったことがないため、どんなものかはわからないが、退治しなければいけないとは、やはり人を襲うってことなのだろう。

 どんなものなのか少し気になる。東方のキャラの中にも妖怪は多くいたと思う。どうせなら妖怪にも会ってみたい。

 そんなことを思い、なんとも厳かな服装をした陰陽師と思われる男性に声をかけ、連れて行ってくれと頼んだ。わざわざ危険な妖怪退治に、連れて行けと言われるのは珍しいためか、最初は驚かれたがついてきても良いそうだ。身の安全は保証できないそうだが。

 

 陰陽師の男性に詳しい話を聞くと、今回退治する妖怪は、見たこともない花々に囲まれた場所に住んでおり、花畑に入ると容赦なく襲いかかってくる危険で、しかもかなり強い妖怪らしい。

 いや、それ花畑に近づかなければ良いだけだろ。なんて思ったが口には出さなかった。この男性の口振りを聞くに、たぶん言っても無駄だろう。この人達にとっては、妖怪というだけで悪なのだから。別に善悪を説くつもりはないが、そういう考えはあまり好きになれない。

 

 一般人である俺に自慢をするのが楽しいのか、件の妖怪がいる場所へ向かうまで、陰陽師の方々がどれほど凄いのかを教えてもらい、今回も余裕だろうと笑っていた。

 この人達なら熊にも勝てるだろうか? いや……ダメだろうな。野生の力は恐ろしいのだし。

 

 

 

 そんな話を聞かされながら歩くこと2時間ほど。大きな黄色い花をつけた植物がいっぱいに咲いていた。

 

 ヒマワリ畑。

 

 なるほど、これは綺麗だ。

 先ほど近づかなければ良いなんて思ったが、これほど綺麗なら近づいてしまうのも仕方が無い。

 しかし、花を育てる妖怪とは珍しい気がする。もしかしたら、この花は近づいてきた人間を襲うために育てているのかもしれない。真実はわからないが。

 

 そして、だ。せっかく目的地へ着いたというのに、陰陽師たちはなかなか動こうとしなかい。

 

「おい、早く誰か逝けよ」

「いやいや、そう言うお前が逝けよ」

「どうする? 誰から逝く?」

「あ~、じゃあ俺が逝くわ」

「いやいや、俺が逝くよ」

「えっ、えっ……じゃ、じゃあ俺が逝く」

 

「「「どうぞ、どうぞ」」」

 

 何やってんだよ。仲良いなコノヤロー。さっきまでの勢いはどうした。

 今だコントを続けている陰陽師たちを放っておき、ひまわりに近づいてみる。

 

「おい、危ないぞ! 下がれ」

 

 陰陽師達が騒ぎ始めたがとりあえずは無視。

 

 ふむ、どう見てもヒマワリだ。

 それもかなり立派な。しかし、この時代にひまわりなんてあるのか? 俺の知識が正しければ、ヒマワリが日本に来るのは江戸時代辺りだと思ったが。

 

 まぁ、そんなことはどうでも良いのだ。それよりも、さっきから気になっていたヒマワリがある。一本だけ元気がなく、せっかくつけた花も下を向いてしまっている。そのヒマワリの葉を確認。

 

 ああ、やっぱりか。ちょいとまずいな。

 他は大丈夫そうだが……たぶん、もう土は……

 

「おーい、それ以上は奴に気づかれる。良い加減戻って……「そおい!」なにやってんの!? そおいじゃねーよ!!」

 

 ヒマワリに手をかけ、全力で引き抜いた。

 

「ヤバい! 奴が来る!!」

 

 俺がヒマワリを引っこ抜くと、陰陽師たちが騒がしくなり、ギャーギャー言いながらものすごい速さで帰って行った。

 置いていかれた……

 

 

「貴方は何を……やっているのかしら?」

 

 声が聞こえた。透き通るような綺麗な声だった。

 声のした方を見ると、この時代ではまず見ることのない西洋の服を着た緑髪の女性がいた。その右手には一本の傘が。

 

 思わずその容姿に見蕩れた。それほどに綺麗な容姿だった。

 身体が、固まった。

 

 

 そして気がつくと、傘が俺の腹を貫いていた。

 

 






一度だけ野生のクマさんと出会ったことがありますが、あの絶望感はなかなかにすごかったです
運良くクマさんの方から逃げてくれましたが

と、言うことで第6話でした
毎度お馴染み、幽香さん登場

きっと次話は主人公が幽香さんにいたぶられるお話です
この主人公なら喜ぶことでしょう

では、次話でお会いしましょう

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