「どう? 落ち着いてきた?」
「……うん、もう大丈夫」
ポロポロと溢れ落ちていた涙も止まり、僅かな笑を浮かべながらフランドールが答えた。はにかんだ様な笑顔が超可愛い。
漸くだ、漸く会話ができるようになってくれた。会話ができるって素敵なことね。
投げかけた言葉に対して反応をしてくれる。一見それは簡単なこと。けれども、簡単故に難しいことだってあるのだろう。
さて、これで俺は前へ進むことができるようになったわけだ。後は、フランドールを外へ連れ出すだけ。そうすれば9番目の課題もクリアすることができる。うむ、それくらいならば直ぐにでもできるだろう。
しかし、だ。ただ連れ出してそれで終わりと言うわけにもいかない。壁を壊したのはフランドール自身。けれども、壊すよう促したのは俺だから、やはり責任は取らなければいけないだろう。
後は、何処まで責任を取るか、だが……まぁ、それはフランドール次第か。俺的には責任を取ってフランドールと結婚をするのも吝かではない。むしろ此方からお願いしたい。
それができればだけどさ……ま、人生上手くはいかないよな。
「んで、フランドールはこれからどうしたいんだ?」
「青とお話したい」
なるほど、お話か。
……俺はいっぱいお話したんだけどなぁ。喉が枯れるまでお話をしてあげたんだけどなぁ……もう記憶には無いのかね?
まぁ、可愛い女の子の願いなんだ。断るはずはない。
「そかそかお話ね。どんなお話が聴きたいの?」
恋ばな? 恋ばなとかしてみる? たぶん、ルーミアに関することばかりになると思うけど。仕方無いね、ルーミア可愛いし。
「外のお話がいい」
ああ、そう言えば外の世界が気になるって言ってたよな。
やはり、この狭い部屋の中だけでは退屈なのだろう。この部屋の中へ引き篭ってしまったのはフランドールが選んだことであるが、女の子だもん、旅したいよね。
「了解。外の世界って言っても、外の世界は広いからなぁ。特に外の世界のどんな話を聞きたい?」
「全部!」
はい、ありがとうございます。全部いただきました。
はぁ……こりゃあ、また喉が枯れるな。
まぁ、今更焦ったところでどう仕様も無い。ゆっくりやろう。
話を聞くことに疲れたのか、壁を壊すのに疲れてしまったのかわからないが、話を始めて2時間もしないくらいでフランドールは寝てしまった。
この薄暗い部屋の中には時計がない。だから今が何時なのかはわからないが、いつもより早い時間の就寝だろう。
すやすやと眠るフランドールは可愛い。きっと、今のフランドールの姿が本当の姿なんだろうな。
一人の少女には大きすぎるベット。できれば添い寝をしてあげたいところであるが、其処は踏みとどまることができた。近づいてしまえば後々辛くなるだけ。
そんなことわかっているんだけどさ。
どうにも、この体は言うことを聞いてはくれない。何回考えたって、同じ答え。俺ではあの少女達と一緒にいることはできない。そんなことにすら俺は気づけなかった。
バッドエンドは嫌いなんだけどなぁ……ねぇ、神様。どうにかなりませんか?
恐る恐ると言ったふうに、フランドールのその綺麗な金色の髪を撫でている時だった。あの重苦しい扉がゆっくりと開いた。
「ご苦労。良くやった。褒めてあげるわ人間」
「別に良いよ。俺がやりたいようやっただけだ」
魔法だか何だかわからないが、どうやらこの部屋の様子はレミリアに見られているらしい。一応言っておくが、見られているから俺がフランドールと添い寝をしなかったとか、襲いかからなかったとか、そう言うことではない。違うったら違う。
そもそも、見られていようが関係ないし。むしろ、見られていた方が興奮する。
「でも、私じゃできなかったことだから……ありがとう、青」
可愛らしい笑顔。暖かい言葉。
……恥ずかしいったらありゃしない。褒められるのは慣れていないのだ。
「それにしてもどうして、そこまでフランのために頑張ったのよ?」
「そりゃあ、フランドールが可愛い女の子だったからだよ」
もしフランドールが女の子ではなく野郎だったら、ぶん殴って引きずって外へ連れ出して終わりだっただろう。此処まで時間をかけゆっくりやったのはフランドールが可愛い女の子だったからだ。
「……それだけ?」
「それだけさ。他の理由なんて無い様なもんだ」
他の理由は君たちには関係のない理由。大丈夫、そっちは俺一人で頑張るからさ。
「まぁ、それなら別に良いけど……どう? せっかくなのだし上でお茶でも飲まない? とびきり美味しいのを用意させるから」
なんと、それはアレですか? デートのお誘いですか? そりゃあ願ってもないことだ。可愛い女の子と二人でお茶とか素敵。そりゃあ、断るはずなんてない。
けれども――
「そりゃあ嬉しいお誘いだ。本当なら喜んで誘われたいところだけど……ごめんな、ちょっと――疲れたんだ」
この狭く暗い部屋で、フランドールと一緒に暮らして200年以上。
その間、一度も体を休めることはできなかった。そして、漸く一段落。丈夫な体ではあるけれど――
流石に今ばかりは休憩をしたい。
ごめんな。せっかく誘ってくれたのに。もう少しくらい強がっていたかったが、どうにもこの体は言うことを聞いてくれない。ホント、情けないなぁ……
薄れる視界。
遠くなる意識。
でも、自分で言うのもアレだが、今回は少しだけ頑張ったと思うんだ。
――ありがとう。お疲れ様。
最後にそんな声が聞こえた気がする。
うん、おやすみなさい。
――――――――
「ねぇ、起きて」
可愛らしい声が聞こえた。
決して良い寝覚めではないけれど、起きることはできる。むぅ、フランドールが起きる前には目が覚めてくれると思っていたが、ダメだったか。まぁ、疲れていたし仕方が無い。
「や、おはよう」
「うん、おはよう」
起きたらちゃんと挨拶をする。簡単なことだけどそれは大切なこと。そう思うんだ。
「青が私より寝ているなんてなんて珍しいね」
「いや、まぁ、疲れていたからな」
珍しいと言うより、此処に来て寝たこと自体が初めてなんだけどな。まぁ、そんなことは別に知らなくても問題ない。
さて、今日は何をしようか。昨日の続きとしてまたお話をするのも良いが、そろそろフランドールもこの部屋を出られるようになった方が良い気がする。レミリアだってそれを待っているだろうしさ。
「なぁ、フランドール」
「なあに?」
それにしても、フランドールって名前が長い。俺もレミリアみたいにフランって呼んでみるか? いや、まぁ、やめておくか。フランドールが嫌がったらヤダし。
「この部屋の外へ出てみないか?」
「え゛っ?」
……何か、今まで聞いたことないような声がしたな。なんだろう、そんなに驚くようなことだっただろうか?
「いや、だからさ。この部屋の外へ出てみないかってこと」
「わ、私は遠慮するぞ」
フランドールの口調がおかしくなった。それほど嫌と言うことか。
しかし、いつまでもこの部屋にいても仕方が無い。フランドールだって、外へ出てみたいはず。それでも俺の誘いに断るのは……まぁ、やっぱり怖いんだろうな。
この部屋へ引き篭ったのだって、それなりの理由があったわけだし。
「レミリアだって、お前が部屋から出るのを待っているよ?」
「お姉様が? でも……私が外へ出たら皆怖がるし……」
ああ、やはりそんな理由だったか。う~ん、いきなりは難しいよな。フランドールだって心を開いてくれたばかり、少々焦りすぎたか。
「別に大丈夫だと思うけどなぁ……」
「青がおかしいんだよ」
そうだろうか? 確かに最近までのフランドールは、少々変わっていたがそれももう過去の話。昔のフランドールと、今のフランドールは違うのだ。どうせなら前を見て歩こうぜ。
「んじゃあさ、外へ出る練習をしよう。フランドールだって外へ出てみたいだろ?」
「そりゃあ、そうだけど……練習って何をするの?」
正直なところ、今のフランドールなら外へ出ても問題はないと思う。けれども、フランドールはその自信がない。それならば自信を付けさせないと。
右手を差し出し、フランドールの前へ。
「?」
こてりと首を傾げられた。
むぅ、伝わらなかったか。
「握手だよ。言葉の挨拶とはまた違う挨拶」
もしかしたら、握手を知らないのかもしれないと思ったが、その言葉の意味は知っていたらしく、フランドールは恐る恐るといった具合に俺の右手をゆっくりと握った。
瞬間――メキャリと嫌な音が俺の右手から響いた。
右手が一瞬で逝った。
……ヤバい、滅茶苦茶痛い。
「握手って、なんだか良いね……」
嬉しそうに言葉を落とすフランドール。
俺は必死に歯を食いしばり、痛みに耐え、なんとか笑顔を作った。たぶん、その顔は引き攣ってるが……
笑え、笑うんだ俺! 今笑わないでいつ笑う!!
「……な、なぁ、フランドール」
「どうしたの?」
今だ、笑顔で俺の右手を握り続けるフランドールさん。
流石は吸血鬼、本当に力が強いのね。霊力で強化をしていなかった、右手はもうダメだろう。フランドールは笑っている。俺も泣きそうになりながら笑った。
「お外へ出るのは、もうちょっと後にしよっか」
うん、それが良いと思うんだ。
はぁ……本当に外へ出られるんかねぇ?
のんびりと進めていきましょう
と、言うことで第67話でした
逃げ続けていた問題が迫ってきているせいで、これから主人公の思いや行動は矛盾だらけのものとなっていきます
元々、思いと行動が矛盾している場面がありましたが、きっともっと多くなるのでしょうね
その貴方の物語をうだうだと悩んでくださいな
次話はこの続きだと思います
では、次話でお会いしましょう