東方拾憶録【完結】   作:puc119

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第66話~壊れぬ心~

 

 金色の髪がよく似合う可愛い女の子だった。

 名前はフランドール・スカーレット。レミリアの妹。吸血鬼。背中からはよくわからない羽の様なものが生えていたが、寝るときとか邪魔にならないのだろうか。

 

 レミリアにお願いされ、自分の課題をクリアするため、なんとかこのフランドールを外へ連れ出さなければいけない。引き篭っているくらいなのだから、何かの理由があるのだろうとは思っていた。決して甘い考えなんかじゃなかったと思う。

 

 可愛い女の子に対して、いつだって俺は真剣だ。

 

 

「初めまして。フランドール。俺は青って言うんだ。できればで、良いけど……口汚く罵りながら俺の血を飲んd……」

 

 

 挨拶ってのは大切だ。

 その大切な挨拶の途中にも関わらず、俺の体は弾けた。

 

 これはちょっとヤバいかもしれないなんて、その時初めて思った。

 

 

 

 

 

 

 

「あはっ」

 

 初めて聞いたフランドールの声はそんな言葉だった。

 文字だけを見ると、可愛い女の子がただ無邪気に笑っているようにも見えるが、俺からして見れば人を殺して笑っているようにしか見えない。まぁ、可愛い女の子だから許しちゃうけど。

 

 さて、何が原因なのかわからないが、どうやら最初の挨拶は気に食わなかったらしい。それならば、話題を変える必要がある。

 話題を広げる。それはコミュニケーションを取る上で、最も大切で最も難しいことだ。一番良いのが、相手と共通する話題を提供すること。

 例えばだ。『君が一番興奮するパンツの色は?』とか聞いてみろ。もしかしたら『黒!』とか元気よく答えてくれるかもしれないが、まずそれはないだろう。きっと俺の体がまた弾け飛ぶ。

 

 だから、だ。相手が会話に参加しやすい話題を提供する必要がある。コミュニケーションとはそうやって始め、会話はそうやって広がっていくのだ。なに、焦る必要はない。ゆっくりやれば良いのだから。

 

 

「今日も良い天気ですね」

 

 

 体が弾け飛んだ。

 室内でする話じゃなかった。難しいね、会話って。

 

 

 

 

 自分が他人よりも、コミュニケーション能力に欠けているなんて感じたことはない。今までだって、苦労することはなかったのだから。けれども、今回はどうにも上手くいってくれない。

 そもそも、会話が成り立たないのだ。いくら此方から話しかけても、フランドールが嬉しそうな表情はしてくれるものの、返事をしてくれることはない。

 だから、最初はフランドールって言葉を知らないんじゃないか。なんて思った。

 

 しかし、だ。

 

 

「外の世界はもっと明るいのかなぁ……」

 

 

 たまに、そんな独り言をぽそりと呟くことがある。しかし、その独り言に言葉を返しても、会話にはならなかった。

 言葉を話すことはできる。それなら、俺の話す言葉だって理解することはできているはず。しかし、何故だ? 何故、会話にならない?

 

 どうにか会話になってくれるよう、俺はひたすらフランドールへ話しかけた。喉が枯れるまで話しかけ、体が弾ける。そんなことを繰り返した。

 こんな可愛い女の子に殺されているんだ。正直、興奮しかしない。

 普段の俺ならば『おほおぉぉおおお!! しゅごいのぉぉおぉおお』とか声を出しながら死んでいくが、今回はそんな声を出す暇がない。一瞬で体が弾ける。

 できれば、もう少しゆっくり殺してもらいたいけれど、まぁ、それは贅沢と言うものか。

 

 しっかし、会話が成り立たないと言うだけで、此処まで何もできなくなるとは思わなかった。ホント、どうすれば良いんかねぇ……

 

 

 

 

「ねぇ、私に歌を聴かせてよ」

 

 フランドールはそんなことをよく口にする。

 最初は歌の意味がわからなかったから、とりあえず『森のくまさん』を歌った。

 

 しかし――

 

「……なんか、やだ」

 

 とか言われて体が弾けた。どないしろっちゅうねん。

 それからは、思いつく限りの歌を歌ってみたが、どうにも感触は良くない。ん~……歌を聴かせてと言うから歌っているのだが……もしかして、俺って音痴? けれども、そうではない気がする。もっと根本的に……

 

 

 

 

 すやすやと眠るフランドールは、可愛い。容赦なく俺の体を弾けさせてはくれるが、そんなことなどこの寝顔からは想像もできない。

 それにフランドールは俺を殺したあと、必ず謝った。『ごめんね、ごめんね』と。

 本当に謝る気があるのかはわからないが、色々と思うところはあるのだろう。まぁ、こんな狭く暗い部屋にずっといれば心だって病み始める。それは仕方が無い。

 ただねぇ、どうにもフランドールのことがわからない。別に俺は殺されることは気にしていない。そのことはフランドールにだって伝えた。それでも、フランドールは俺に謝る。どうにかしてあげたいんだけどなぁ……

 

 気持ち良さそうに眠るフランドールの顔をじっと見つめていると、この部屋にある唯一の扉の開く音がした。うん? 今は食事の時間ではないはずだが……

 

 

「驚いた……まだ貴方は壊れていなかったのね」

 

 そして其処には、フランドールの姉であるレミリアがいた。

 レミリアがこの部屋に訪れるのは初めて。どうしたのだろうか?

 

「言っただろ。俺は不老不死だって。そんな簡単には壊れはしないよ」

 

 壊れた体は直ぐ治るし。

 ホント、この体質で良かったよ。

 

「いえ……そうじゃなくて、貴方の心のことよ」

「心?」

 

 どう言う意味だ? 心が壊れる? 狭く暗い部屋の中で可愛い女の子と二人きり。そんな嬉しい状況はなかなかない。

 

「フランの様子は?」

「進展はないよ。色々やってはいるけれど、そもそも会話にならんしなぁ……」

 

 相手へ言葉を投げかければ、相手からまた言葉が帰ってくる。ああ、そうかこれが会話だ。ここ数十年。それが全くできていなかった。

 部屋の中にずっといるせいで、今がいつの季節なのかわからない。だから、俺が此処に来てどれくらいたったのかはわからないが、そろそろ100年くらい経ったのではないだろうか。

 まさか此処まで時間がかかるとは……あの熊畜生はまだ暴れていないだろうか?

 

「なんとか……なりそう?」

 

 心配そうな表情を浮かべるレミリア。

 まぁ、自分の妹のことなんだ。そりゃあ心配だろう。

 

「まだ時間はかかると思う。でも大丈夫。きっと何とかするから」

「……うん、お願い」

 

 ホント、なんとかしなきゃなぁ……

 

 

 

 

 それからレミリアはよくこの部屋に訪れるようになった。訪れるのは決まってフランドールが寝ている時。そんなレミリアの存在はなんとも有り難かった。会話ができるって素敵。

 

 色々と考えてみたが、どうやらフランドールの言っている『歌』と言うのは、俺の『声』らしい。つまり、歌ってくれとは喋ってくれと言うこと。そんなことに気づくのすら長い時間がかかった。

 

 いつまで経っても、どんなに俺が喋りかけても、状況は全く進展しない。

 

 喋る。

 壊れる。

 直る。

 謝る。

 

 ひたすらそれを繰り返し続けた。

 

 どうやら俺とフランドールの間には大きな壁があるらしく、ソイツのせいで俺の言葉が届いてくれないらしい。だから、どうにかしてその壁を壊す必要があった。

 目に見える壁なら直ぐに壊すことができる。しかし、今回の壁は俺に見ることができないし、フランドールしか壊せない。

 今までは、自分が喋ることに必死だった。喋りかけることで、いつか壁が壊れてくると思っていたから。けれども、俺の言葉はフランドールまで届かない。俺ではあの壁を壊せない。

 

 体感でしかないが、此処へ訪れてもう200年ほど。いつまでもこのままでいるわけにはいかない。

 

 

 ――そして俺は歌うのをやめた。

 

 

 頼むよ、フランドール。なんとかその壁を壊してくれ。俺の言葉を、届けさせてくれ。

 

 

 

 

 レミリアからフランドールのことは色々と聞いていた。能力のこと。性格のこと。引き篭ってしまったこと。

 引き篭ってしまった理由は、仕方無いと言えば仕方の無い理由であったが、もう少しなんとかなった気もする。まぁ、フランドールから直接話を聞いたわけではないため、なんとも言えないところではあるが。

 

 

「ねぇ、前みたいに歌ってよ」

 

 

 俺が歌うことをやめて数日。フランドールがよく声をかけてくれるようになり始めた。歌って、聴かせてと。

 返事をしてあげたいところではあるが、此処はまだ我慢。また振り出しに戻ってしまう。

 

 大丈夫、まだ我慢できる。

 

 

「おはよう」

 

 フランドールが目を覚ますとそんな声をかけられた。

 俺は歌わなかった。

 体が弾けた。

 

 

「おやすみなさい」

 

 

 寝る前にそんな声をかけられた。

 俺は歌わなかった。

 体が弾けた。

 

 

 

 

 結局のところ、フランドールは臆病なのだろう。あと一歩が踏み出すことができていないのだ。

 

「ごめんね」

 

 壁を作り閉じ篭り、他人と距離を開け自分を守る。

 

「ごめんなさい」

 

 謝ることで自分を守る。

 他人を玩具と思うことで、言葉を歌と思うことで、自分ではない自分のせいだと思うことで、自分を守る。

 それは全部フランドールに少しだけの勇気がないため。能力のため他人から嫌われ閉じ篭り、心が病んだ。そしてこれ以上、壊れないよう大きな壁を作った。

 つまりはそう言うことだろう。

 

 それでも、他人に歌を求め続けるのはきっと、自分のことを――

 

 

「ねぇ、また歌ってよ。前みたいに歌を私に聴かせてよ……」

 

 

 俺は歌わなかった。

 

 

 ――体が弾けた。

 

 

 

 

 

 俺が歌うことをやめて数年。漸く、変わり始めてくれた。それが良い方へなのか、悪い方へなのかまだわからない。それでも、何かが変わり始めた。

 

 玩具の歌じゃフランドールへ届かない。

 フランドールが俺を玩具と呼ぶ限り、きっと俺の言葉は伝わらない。

 

 どうしてフランドールが俺に歌を求めたのか、そんなことわかっている。けれどもそれは、玩具の俺じゃどう仕様も無い。玩具じゃお前を救えない。

 

 

 

 

 とある日だった。

 それはフランドールにとって小さな一歩。本当に小さな一歩だった。

 

 フランドールが泣いていた。

 大粒の涙を流し、その涙を拭おうともせず、ただただ泣いていた。

 

 そして――詰まらせながらフランドールが声を落とした。

 

 

「私を助けてよ――青……」

 

 

 壁が壊れた。

 

 

「当ったり前だろうが、そのために俺は来たんだから」

 

 

「うん……ありがとう」

 

 

 声が届いた。

 

 





もう少し明るい雰囲気にしたかったですが無理でした

と、言うことで第66話でした
気づけばもう66話
この作品も長いですねぇ

次話は……どうでしょうか? まぁ、重くはならなそうです
主人公には早く幻想郷へ行って、あのクマさんをなんとかしてもらわないとですね

では、次話でお会いしましょう

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