夜の間はいつものように能力の練習をし、ルーミアと感動的な再会をした次の日の朝。
一口サイズの氷を造り、それを俺が舐めているとルーミアが『私にもちょうだい』と言ってきたので、愛を込めた氷をあげた。氷、美味しいよね。いくらでもあるから、沢山食べなさいな。
ガリっと口の中で転がしていた氷を噛み砕き、ルーミアへ挨拶。
挨拶は大切なのだ。
「ねぇ、ルーミア。俺のこと好き?」
「…………」
見事に無視された。
無視が一番心へくる。
作った氷を口の中でコロコロと転がし、気休め程度の冷たさを得る。うん、きっと口の中に氷があるから、喋ることができなかっただけだよね。
さてさて、ルーミアと再会したのは良いが、これからどうしようか。正直、ルーミアがいれば俺は充分満足だが、せっかくなのだし幻想郷の中を案内してもらいたい。きっとまだ見ぬ素敵な出会いが俺を待っている。
「これからどうするの?」
ようやっと、ルーミアが口を開いてくれた。
先程の俺のセリフはなかったことにされたらしい。俺が叫んだ愛は消されてしまった。悲しい世界だ。
「俺もどうすっかなぁって考えてたところだよ。ルーミアは何処で生活してたの?」
「ここの森でふよふよしてた」
そっかぁ、ふよふよしてたのか。
それってどんな生活なんだろうな。
ちょっと想像ができないけれど、まぁルーミアも元気そうだし悪い生活ではなかったのだろう。
「人里とかへは行かないのか?」
「うん、ほとんど行ってない。行っても食べちゃダメだもん」
ああ、そう言うルールなのね。
まぁ、そうでもしなければ人里なんて直ぐに消えるわな。じゃあ、人を食べる必要のある妖怪はどうしているんだ? たぶん、人里以外なら人間を食べても良いと言うことだろうが、それだけで此処の妖怪は足りるのだろうか?
今度、紫に聞いてみよう。これからは此処で生活するのだ。やはりルールくらいは覚えておきたい。
「ま、とりあえず幻想郷を案内してよ。俺はまだ来たばかりだから、此処のことは何にも知らないんだ」
「それは別に良いけど……私も詳しいわけじゃないよ?」
それでも俺よりは詳しいさ。紫との約束の日まで、それほど時間があるわけでもないが、まぁ、ゆっくりと幻想郷を楽しませてもらおう。幻想郷には観光名所とかはないのだろうか?
「じゃ、お願いするよ。幻想郷ってどんな場所があるんだ?」
「んと……妖怪の山には天狗とか河童がいて、霧の湖にはバカがいて……あとは、人里とか迷いの竹林とか、彼岸花が沢山咲く場所に……山の上には巫女がいる」
ふむ。ルーミアの話を聞く限り、幻想郷ってあまり広くなさそうだな。妖怪の山に人里、それと霧の湖ってのは俺が凍らせたあの湖のことだろう。
まだ行っていないのは、迷いの竹林に彼岸花の咲く場所と、巫女さんのいる山くらいか。
……うん? 迷いの竹林? 何処かでそんな単語を聞いた気が――
ああ、そうだ。思い出した。あの手紙だ。俺の残してくれた、あの手紙の妹紅の部分に書いてあったじゃないか。妹紅は迷いの竹林に住んでいるって。
そうか、じゃあ妹紅も幻想郷に来ているのか? この時代にいるのかはわからないが、いつの日か妹紅も幻想郷へ来るのだろう。
山の上にいる巫女さんと言うのも気にはなるが、それよりも今は妹紅と会いたい。あの時はいきなりの別れとなってしまったんだ。きっと妹紅だって心配してくれていたはず。
「迷いの竹林ってところを案内してもらっても良いかな?」
「うん、わかった。でも、あそこ竹ばっかで面白くないよ?」
あら、そうなのか? んじゃあ、まだ妹紅は此処へ来ていないと言うことだろうか。
ん~……まぁ、それでも行ってみる価値は充分にある。例え妹紅がいないとしても、一度行ってみるのも悪くはない。
「それでも良いさ。案内よろしく頼むよ」
きっと素敵な出会いがあるはずだから。
――――――――
「いやぁ……こりゃあ確かに迷いの竹林だな」
ルーミアに案内されながら森を抜け、人里の横を抜けると竹林が広がっていた。
試しにと思い竹林の中へ入って数分。もう迷子です。
前後左右竹しかなく、同じような景色がひたすらに続く。俺みたく、空を飛ぶことのできる奴なら問題ないだろうが、空を飛ぶことのできない奴にとってこの竹林は恐怖だろう。
俺はあの郵便屋とは違い、方向感覚だって鈍いわけではない。けれども、この竹林は流石に迷う。
「だから、言ったじゃん。竹ばっかだって」
しっかし、本当に竹しかないな。季節は既に夏。筍の季節は過ぎているし、この様子では誰も中へ入ろうとはしないだろう。
なるほどねぇ、あの妹紅のことだ。人が来ないから此処に住もうとするのだろうな。迷子になったりはしないのかな? どうやら、あの性格は変わらなかったらしい。色々と思うところもあるだろうが、そろそろ自分を許してやっても、良いと思うんだけどねぇ。
「う~ん、まさか此処まで見事な竹林だとは思っていなかったよ。違う場所へ行こうか。山の上にいる巫女さんてのも気になるし」
この様子じゃ、例え妹紅が此処に住んでいようが見つけるのは難しいだろう。また会える日が来れば良いが……
「あ、れ? も、もしかして青……なの?」
声が聞こえた。
さて、違う場所へ行こうか。そんなことを呟いた時だった。かさりと、地に降り積もった笹を踏む音と聞きなれた声。俺が一番長く一緒にいた相手。流石に聞き間違えることはない。
「久しぶりだね、妹紅。元気にしてた?」
突然の別れが訪れたあの日と変わらぬ姿。
久しぶり。
「えっ? え……本当に青? だってあの時、青は妖怪と一緒に封印されて……」
ちょいとばかし混乱させてしまったらしく、どうにも妹紅に落ち着きがない。まぁ、いきなり消えた奴がこうして何の脈絡もなく現れたのだ、そりゃあ、驚くだろう。
「知り合い?」
くいっと、ルーミアに袖を引っ張られそんなことを聞かれた。ルーミアからしてみれば、いきなり知らない少女が現れ、意味もわからず混乱し始めたようにしか見えていないだろう。
「うん、そうだよ。ルーミアと別れたあと、其処にいる妹紅と一緒に旅をしていたんだ」
「そうなのかー」
そうなのだ。
懐かしい。今思えば、妹紅と初めて会ったあの時だって急なものだった。
「え、えと、青は今まで何処にいたの?」
漸く、落ち着いてくれた様子の妹紅。
「ちょっと地獄に堕とされててさ。なかなか出て来られなかったんだよ」
「へ? 地獄?」
まぁ、地獄と言ってもそれほど悪い場所じゃなかったよ。古明地姉妹もいたし、萃香にも会えたし。それに今は地獄でもなくなった。またあの場所へ行ける日が来れば良いんだけどな。
「ずっと地獄へいれば良かったのに」
ルーミアの口から何かが聞こえたが、何を言っているのかはわからなかった。きっと俺のことを好きだとか、そう言うことを言ってくれたのだろう。
「……そっちの女の子は?」
やや、低めのトーンで妹紅が聞いてきた。
あれ? 妹紅さん、もしかしてちょっと機嫌が悪い? 俺の気のせいか?
「ああ、そう言えば妹紅には言っていなかったね。名前はルーミアで俺のお嫁さんだよ」
ぶん殴られた。
きっとこれも愛情表現の一つだと俺は信じているよ。
――――――――――
本当に久しぶりの再会だった。
思い返してみれば、突然の出会い。いきなりの別れ。急な再会。いつだってそうだった。
傘を差し、腰に瓢箪をぶら下げたあの時と変わらない姿。声。それが嬉しかった。
別れたのはもう数百年も前のこと。光の中に青が飲み込まれたときは、頭の中が真っ白になって、憤りとかそういう黒い感情が爆発しかけた。最初はあの京を燃やしてしまおうかとも考えたけれど、そんなことをしたら、青に怒られるなんて考えて止まることができた。
まぁ、その青は消えちゃったんだけど……
「全くルーミアも素直じゃ……あっ、殴るのはやめて。興奮しちゃう」
青と別れたその日から、何をする気にもなれずフラフラと宛もなく旅を続けた。
でも、やっぱり一人の旅はつまらなかった……
青がいればもっと楽しかったのに――そんなことばかりを考えていた。そして、いつの間にか此処へ辿り着いてしまっていた。それからはやりたいことも見つからず、ただただ此処でボーっと過ごす日々。そんな状態の私にとって、人が訪れることのないこの場所は有り難かった。
そして今日、たまにはと思い、ふらりと家から出てみた。やることなど何も無いと言うのに。
何を考えるでもなく、ふらふら歩いていると声が聞こえた。
懐かしい声だった。
何かが込み上げて来そうだったけれど、なんとかそれを飲み込んで、震える足を動かして、声の元へ向かった。
また会えたのは嬉しかった。本当に嬉しかったと思う。
もしかしたら、また会えるんじゃないかって考えていた。でも、卑屈な性格の私はどうしても、そうじゃないことばかりを考えてしまっていた。
「ばか、変態」
「胸張って言ってやるよ。俺は変態だ」
それでも、こうしてまた会えることができた。
会いたかった相手。嬉しくないはずがない。そう絶対、嬉しいはずなのに……
青の隣には、一人の女の子がいた。
綺麗な金色の髪。ちょっと幼い部分があるけれど、可愛らしい顔。
そして、青が言ったあの言葉。
――名前はルーミアで俺のお嫁さんだよ。
その言葉を聞いてズキリと何かが痛んだ。
痛い……
私には見せてくれたことのないような青の表情。
そんな顔、私は知らない。そんな顔を向けられたこともない。
でも、それはおかしなことじゃない。私の知らない青がいても変なことじゃない。そんなことは知っている。わかっている。
けれども、痛い。
痛い、痛い……何が、痛いの?
やだなぁ。なんだか、あまり良い気分じゃない。せっかく青と会えたのに。
そして黒くて、濁っていて、嫌な感情がゆっくりと――
ああ、そっか。痛いのは――
次回、『病んだ心と止まない怪雨』
まぁ、嘘ですけど
と、言うことで第62話でした
妹紅さんはまだ輝夜さんとは会っていないっぽいです
そして、ちょいと妹紅さんの様子がおかしいですけど、ドロドロしたものにはならないと信じています
頼むぞ主人公
私は信じている
次話はこの続きっぽいです
皆で笑いながらお酒を飲んでいれば嬉しいですね
では、次話でお会いしましょう