少しばかり考える時間がほしかった。
まず、どうしてお前が此処幻想郷へいる? お前はあの山にいたはずだろ? 勝手に出てきちゃダメじゃないか。
それに、お前が山神様? 笑わせてくれる。お前のような畜生の何処が神様なんだ。神様ってのはもっと神々しく、そして可愛らしくなければいけない。それだのに、お前のような熊畜生は神々しくもないし、何より可愛らしさの欠片もない。
体からはドス黒い妖気な様なものが溢れ出ている。熊畜生の周りに植物が一切生えていないのはその影響だろうか?
何の間違いかは知らんが、お前は神になった。つまり、何かしらの信仰を集めてしまったと言うことだろう。ただの熊だったお前が何をやってんだよ……
もう二度と会わないだろうと思っていた。二度と会いたくないとも思っていた。数百年の時を越えての再会。そんなのはちっとも嬉しくない。
この熊畜生を見ていると、どうしても足が震える。
それでも俺は一歩、熊畜生へ近づいた。お前の様な畜生が、因縁の相手などとは思いたくもない。けれども、どうやら鬱陶しいことにお前と俺は繋がっているらしい。全く何の間違いかは知らんが、誰だよそんな縁を俺とコイツに結びつけたのは。
はぁ、まぁ、それならば、俺がソレを切らなければいけないのだろう。
なぁ、お前だってそう思うだろ? 良い加減、この鬱陶しい縁は切ろうじゃないか。
どうせ、今の俺ではお前には適わない。それでも、やらなきゃいけないんだろう。此処は引き下がっちゃダメな場面なんだ。
「青。それ以上ソレに近づくのはやめておきなさい」
後ろから、そんな声をかけられた。
「……紫、コイツは?」
「もう数百年も前のことだけど、それからずっと其処にいるのよ。此方から近づかない限り何もしないから、放って置いているの。まぁ……ソレに勝てる奴なんていないから、放っておくしかないのだけど」
数百年も前、か。
文の言葉が正しければ、まだこの山に鬼が居たはず。そして、あの鬼共がコイツを放っておくとも思えない。それでも、コイツが数百年の間ずっと居るということは……まぁ、そう言うことなのだろう。
「なんで、この畜生如きが神なんて言われているんだよ? 信仰したところで、コイツは何もしないだろうに」
信仰とはそう言うものだ。何の見返りも求めず神になど祈らない。自分の力だけではどう仕様も無く、それでも何かを叶えたいから縋るのだ。
「……ソレが人間から信仰を集めているわけではないわ。何者も寄せ付けないほどの力が怖いから。ソレがただただ恐ろしいから……そんなこの山に住む、多くの妖怪の畏怖の念が積もり積もって、神になったのよ」
――ホント、面倒なことにね。
ため息と共に、紫はそんな言葉を落とした。
畏怖の念……か。神へその感情を抱くことはあるだろう。けれども今回の場合は、その順番が逆になった。神だから怖いと感じる。怖いと感じたから神になる。つまりはそう言うことだろう。
良い迷惑だよ。
「コイツを殺すことは、お前でもできないのか?」
「無茶を言わないで。私だって何度も考えたわよ。こんなバケモノがいたら、いずれ此処は崩壊する。でも、例えソレが神ではなかったとしても、ただの妖怪だったとしても勝てる奴なんていない。ソレは力が違いすぎるもの。今はまだ何もしてこないから良いけれど、もしコイツが動き始めたら……そんなことは考えたくもないわね。いったい、何人の人間を殺せばそれだけの力が……」
……うん? ちょ、ちょっと待ってくれ。
コイツが強いのは知っている。染み付いて取ることができないほどにわかっている。どうして此処までこの熊畜生が強いのか? そんな疑問だって何度も思った。
コイツが……この熊畜生が此処まで強いのは――
「多くの人間を殺したから、コイツは此処までの力を持ったのか?」
「ええ、そうね……それこそ、百人や千人なんて言う量ではなく、万を超える数の人間を殺しでもしなければ、ただの熊が此処までの力をつけるのは有り得ないもの」
万を超えるような人の数を殺す? それは……
嫌な汗が全身から吹き出した。
ああどうか、どうか……俺の勘違いであってくれ……
「一つ、教えてくれ」
「何よ?」
切っても切り離すことのできない縁。そんな見えるはずもない糸が、俺の身体に纏わり付いた。
口の中が酷く乾く。嫌な汗が止まらない。
この熊畜生が、こんな巫山戯ている様な力をつけてしまったのは、多くの……それこそ数えるのも大変な量の人間を殺したから。
ああ、まずいな。どうやらコレは勘違いではない気がする。
心臓が暴れる。自責の念とか後悔とか、嫌な感情がグルグルと俺の中で暴れまわり続ける。
だって……だって、この熊畜生がこうなってしまったのは――
「その殺した人間ってのは……同じ人間でも、良い……のか?」
「ええ、そうね。けれども、普通はそんなこ……ちょっ、ちょっと待って青。それって貴方……」
紫の言葉を聞き、確信することができた。
わかりたくもない事実がわかってしまった。
そうか……そう言うことだったんだな。
今から数百年前。俺がまだ地上へいたころ。もっと強くなりたくて、可愛い女の子を助けたくて、俺は修行をした。いつものように、自分一人でやるのではなくあの熊畜生を使って。
修行をしていた時間は、たった30年程度だったと思う。
それでも、そのたった30年の間に俺は何度もこの熊畜生に殺された。何度も何度も、来る日も来る日も、ひたすらに……バカみたいに殺され続けた。
一日で三桁以上殺されたこともあった。
それを30年。毎日繰り返し続けた。
その間に殺された回数は一万など軽く超える。
……つまり、この熊畜生が此処まで強くなってしまったのは──全部、俺のせいだ。
しまったなぁ……これは本当にやってしまった。
自分が殺されることで相手が強くなる。そんなこと考えもしなかった。少しばかり強い、ただの畜生としか思っていなかった。
今は乾いた笑いしか出てこない。
流石に取り返しがつかない。どうすんだよ、コレ。
何が、切れない縁を誰かが結んだ、だ。それをやったのは、やってしまったのは他の誰でもない俺じゃないか……
そりゃあ、この熊畜生だって此処まで来るはずだ。こんな太い縁を切れるはずなど無いのだから。むしろ、よく地獄へ現れなかったと思う。
「やっぱりコイツがいると、不味いか?」
「……そうね。ソレが喋ることができるようなら、ルールを守ることができるようなら問題ない。けれども、ソレは言葉を使わない。それに、抑えることのできない力は……」
まぁ、そうだよなぁ。
こんな、いつ爆発するかわからん爆弾の様な奴がいて安全なわけがない。
やっぱり、俺がどうにかしないと……だよな。
しかし、今の俺ではコイツをどうにかすることができない。8つの課題をクリアし、強くはなった。それでもこの熊畜生には届かない。
今から修行をするか? いや……それでもまだ厳しいか。
もっと早く、もっと強い力を手に入れるのには──
うん、決めた。
残された課題はあと2つ。それをクリアすれば良い。そうすれば、今よりは確実に強くなるのだから。
もう、なりふり構っている場合でもないだろう。これは俺がやらなければいけないことなんだ。
他の誰でもない、俺とこの熊畜生だけの問題なんだ。
さらに一歩、畜生へ近づく。
襲いかかってくる様子は、ない。
お前も何を考えているんだろうな。運命だかなんだか知らんが、ただの畜生だったお前がそんなものに引きずり回されてさ。
まぁ、そう言うのも全部、俺のせいなのか。
「おい、ド畜生。ちょっと聞けや」
俺の言葉を、コイツが理解するのかわからない。それでも、言わなきゃいけないことなんだ。
「悪いけど、今の俺じゃお前には勝てん。けれども、きっと近い未来でちゃんとお前を殺してやる。だから、もう少しだけ此処でおとなしくしててくれ」
できるだけ早く課題をクリアしてきてやる。だから、それまでは我慢してろ。
その後、全部終わらせよう。この馬鹿げた、俺とお前の関係を全部お仕舞いにしよう。
今まで数百年も待っていたんだ。それくらいはできるだろ?
俺の言葉に、熊畜生はやはり何の反応もしなかった。
ホント、お前は可愛くないな。地獄にいたあの黒猫を少しは見習えってんだよ。
まぁ、お前が可愛らしくても困るが。
さて、もうこの場所でやることもなくなった。
今までのんびりやってきたけれど、そろそろ頑張る必要があるそうだ。
今回は戦闘なしです
この続きはまたいつか……
と、言うことで第60話でした
主人公以外で残っているオリキャラはこのクマさんだけです
頑張ってほしいですね
そろそろこの作品も完結させたい気分ですので進めむしょうか
次話は一気に進か、全く進まないかのどちらかです
では、次話でお会いしましょう