東方拾憶録【完結】   作:puc119

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第57話~嘘~

 

 

 ――幻想郷。

 

 消えていってしまう妖怪たちのために作られた、最後の楽園。つまり其処は、妖怪と人間が共に暮らす場所なのだろう。

 正直、そんなものの存在は信じられなかった。妖怪にとって人間は必要不可欠。しかし、人間にとって妖怪とは悪の存在でしかない。喰われるか、喰われないか。妖怪にとって人間は食料でしかないのだから。

 そうだと言うのに、よくまぁ、そんな場所を作ったものだよ。

 

 其処はどんな、世界なんだろうな……

 

 あの郵便屋は――幻想郷の少女達。なんて言う言葉を使っていたと思う。その言葉の真意まではわからないが、きっと幻想郷にはそれだけ女の子がいるということなのだろう。

 それは心が踊る。けれども、きっとその少女達と言うのは人間ではないはず。思い返してみれば、力のある大妖怪は皆、女の子の姿だった。幽香や紫、萃香やぬえなど。つまり、幻想郷の少女達と言うのは、まぁ、そう言うことなんだろうな。

 

「にゃーん」

 

 あの黒猫の声がした。

 よう、お前も夜ふかしか? まぁ、猫は夜行性だって聞いたこともあるし、これが普通なんだろうけどさ。

 

 地霊殿へと住居を移して暫くたったが、夜の練習で雨を降らすことはできなくなった。灼熱地獄の温度を下げるわけにもいかないしな。それにしても、もう少しばかり使いやすい能力にしてくれないかね? 課題だってもう7つもクリアしたと言うのに、今だ戦闘に使える能力は皆無だ。

 

「申し訳ないけどさ。俺、近いうちに地上へ帰らないといけないんだ」

「にゃん」

 

 此処での生活は楽しかった。

 まぁ、今までで一番長く生活をしてきた場所だしな。やはり愛着はある。それでも自分のために、此処を離れなければいけない。

 

「地上へ……行ってしまうのですか?」

 

 さとりの声がした。

 いつかは伝えなければいけないこと。まぁ、良いタイミングと言えば、良いタイミングなのかねぇ。

 

「元々、此処へ来たのも間違いだったしなぁ。それにさ、やらなきゃいけないことがまだ残っているんだ」

 

 随分とのんびりしてしまったけど、流石にそろそろ動かないと。

 残されている時間にはまだ余裕はある。それでも、のんびりし過ぎるのはあまりよろしくない。此処はちょいと居心地が良すぎたね。地獄のはずなのに。

 

「……こいしが寂しがりますよ?」

「君は寂しがってはくれないのかな?」

「っ……私は――」

 

 俺じゃあ、君の心を読むことはできない。だから口にしてもらわないと伝わらない。けれども、まぁ……うん、言葉にしなくたって伝わることだってあるはず。

 今はその態度だけで充分満足。

 

「ま、大丈夫だよ。用事が終わったらまた戻ってくるからさ」

 

 此処も簡単に捨てられるような場所じゃなくなってしまった。だから、戻ってくるよ。できたら、きっと……

 

「それは、難しいと思います……今はまだ地上と此処は繋がっていますが、そのうち切り離されるそうです。つまり、地上から此処へ来るのは……」

 

 えっ、何それ? 初めて聞いたんですけど。

 つまり、此処へは来られなくなるってことなのか? それはあまりよろしくない。紫に頼めばどうにかならないだろうか。アイツならなんとかしてくれそうだが……

 

「ま、まぁ、大丈夫だろ。きっと探せば抜け道くらい見つかるだろうしさ」

「いや、私が言いたいのはそう言うことではなくて……」

 

 うん? じゃあ、どう言うことだろうか?

 他にも何か問題があるのか?

 

「まぁ、貴方に言っても仕様がありませんか」

 

 そう言ってさとりは笑った。

 何の問題があるのか聞こうとしたが、さとりの笑顔を見てその気は失せた。何だったんだろうか。

 

 とは言うものの、たぶん此処へ帰ってくることは……

 

 そろそろ覚悟を決めないとだよな。

 

 

 

 

 

 

 

 さとりとそんな会話をしてから、数週間ほど。そしてついに、地上へ戻ることのできる日が来た。

 

 それは、黒猫といつのもようにじゃれて遊んでいる時だった。

 ゾワリと随分と久しいあの感覚。

 

「にゃん?」

 

 大丈夫、安心して。変な奴ではあるけれど危害を加えるような奴ではないよ。

 

 

「久しぶりね、青」

「うん、本当に久しぶり、紫」

 

 もう少しばかり早く来てくれても良かったけれど、紫だって俺が地獄へ居たとは思っていなかっただろう。まぁ、仕方が無いね。

 

「貴方が妖怪賢者ですか……ああ、いえ。大丈夫です。言葉に出さなくともわかりますから。そうですか……其処の変態を引取りに。しかし、何故わざわざ其処の変態などを引取りに来たのですか? ああ、なるほど、変態とは昔からの友人でしたか。それで、漸く完成した幻想郷とやらを見せるためと……」

 

 ちょ、ちょい待てって。いきなりさとりはどうしたんだよ? 普段から相手の心を読み、先に言葉を出すこともあったけれど、此処まで露骨なのは初めて。それに何処か言葉が刺々しい。あと、さらりと俺のこと罵倒するのやめてください。興奮します。

 第三の目だけを紫へ向け、顔は手に取った本へ向けたまま。

 紫の舌打ちが聞こえた。

 

「なるほど……それが貴女の――」

「ええ、そうです。私の能力です。さて、変態を連れて行くとのことですけど……まぁ、私は構いませんよ。前々から聞いていましたし。私は静かに暮らせればそれで良いので」

 

 う~ん……なんだかさとりの御機嫌が、どうにもよろしくないらしい。いったいどうしたと言うのだ。なんだか、先程から空気が重い。

 扇で顔を隠しているため紫表情は見えないが、良い顔はしていないだろう。

 

「……そう、わかりましたわ。それでは、連れて行かせて――」

「ダメ」

 

 気がつくと、俺と紫の間にはこいしちゃんが立っていた。

 どうやら、いつの間にか帰ってきていたらしい。君も本当に何を考えているのかわからないね。しかし、ダメって言うのは……?

 

「ソレを連れて行くのはダメ。ソレは私の物だもん。貴方の物じゃない、私とお姉ちゃんだけの物。だから連れて行くのはダメ」

「こいし……」

 

 此方には背を向けているため、こいしちゃんの表情はわからない。

 けれども、紫の眉間に皺が寄っているのを見る限り、あまり良い状況じゃないだろうな。そして、さとりと言い、こいしちゃんと言い先程からどうしたんだ? こんな二人は今まで見たことがない。

 

「ソレが来てせっかく良くなったの。ソレが居なくなったらまた戻っちゃう。それはイヤ。だからダメ。ソレは絶対に渡さないもん」

 

 たぶん、こいしちゃんなりに色々と考えていたんだろう。他人の心を読んでしまい、それが重荷となってしまっているさとりのことを。

 俺がこの姉妹へ何かができたとは思っていなかった。けれども、どうやらそうではなかったらしい。そんなこと、全くわからなかったんだけどなぁ……

 

 それにこいしちゃんも、俺のことはそれなりに大切に思ってくれているっぽい。それが物としてなのが少々悲しいが、まぁ、大切に思われていないよりはよっぽどマシだ。

 

 さて、大切に思われていることは嬉しいし、俺だって古明地姉妹やペットたちと別れるのは寂しい。けれども、先へ進まにゃいけないのだ。記憶を消してまで俺に全てを託した自分のために、精一杯頑張らないといけないのだ。

 説得、できるかねぇ……そう言うのは苦手なんだが。まぁ、やるだけやってみなければ、何も始まらないか。

 

「ねえ、こいしちゃん」

「なあに?」

 

 此方を振り向いたこいしちゃんの表情は、いつもと違っているようには見えなかった。

 

「俺さ、地上へ行くよ」

 

 そう伝えると、こいしちゃんは途端にムスっとした表情となった。

 ごめんな。此処での生活は楽しかった。それにあの時、こいしちゃんが俺を拾ってくれたことだって感謝している。それでも行かなくちゃいけないんだ。

 

「まぁ、ちょっと考えてみなよ。もし、俺が地上へ行ったらどうなると思う?」

「お姉ちゃんが悲しむ……」

「いえ、そんなことありませんよ?」

 

 さて、重要なのは此処からだ。とりあえず、さとりの言葉は無視させてもらおう。

 どうにかして説得できれば良いが……

 

「うん、まぁ、そうなるよな。んでだな。重要なのはその後なんだ」

「そのあと?」

「いや、だから私は……」

 

 たぶん、この姉妹なら俺なんかが居なくともしっかりとやっていけるはず。姉思いの妹と、妹思いの姉。そして、飼い主のことを大切に想っている沢山のペット。それだけいれば大丈夫。俺の入る場所だって無い。

 

 だから嘘でも良い。

 今は安心させてあげれば、それで良いはず。これから先、俺にできることは……何もないから。

 

「そう、その後だ。何年先になるかわからないけれど、俺がもし帰って来たとき、その時のこと。その時はきっと……」

「お姉ちゃん、すごく喜ぶ?」

「おい、話聞けよ」

 

 まずいまずい。さとりが怒り始めた。

 本読んでたんじゃなかったんですか? は、早めに説得せねば。

 

「うん、凄く喜ぶはず。きっと今まで見たことがないくらいに。離れていたからこそ、わかることだってあるんだ。こいしちゃんはその時のさとりを見たくないか?」

「……見たい、かも」

「そう言う話は、私のいない場所でやってください……」

 

 これでなんとか納得してくれませんか? 正直、此処へ戻ってくるのは難しいだろう。もしかしたらと言う可能性もあるけれど、人生そんなに上手くはいってくれないのだから。

 

「だからさ、俺は地上へ行くよ。大丈夫、きっと帰ってくるからさ」

 

 大丈夫、きっと帰ってこられる。誰に言うでもなく、自分へそう言い聞かせた。やっぱり嘘で終わらせたくはないから。

 その自信はあまりないけれど。

 

「うん、わかった。それなら……行ってらっしゃい」

 

 ありがとう。これで俺はまた一つ前へ進むことができる。

 さとりのことよろしく頼むよ。こいしちゃん。

 

 行ってきます。

 

 

 さて、これでもう俺を止める人はいない。けれども、別れの挨拶くらいはやっておきたい。

 だから、さとりの前まで行き、ゆっくりと右手を差し出した。

 

「これは?」

「握手だよ。これで当分はお別れになっちゃうしな」

 

 もしかしたら、さとりは気づいているのかもしれない。この握手の意味とか、そう言うのを。

 しかし、さとりは何も言わずに優しく俺の右手を、自分の右手で握り返してくれた。

 

 そして握った右手を引き、さとりの体を近づかせてから――そっと抱きしめた。

 

 

 ありがとう。さようなら。

 

 

 小さな小さな声でお礼と、お別れの言葉。

 

 ありがとう――貴方のおかげで此処まで来ることができました。

 さようなら――どうかいつまでもお元気で。

 

 いきなり抱きしめたと言うのに、珍しく叩かれることも、罵られることもなかった。それは、少しだけ寂しいことではあったけれど、これはこれで良しとしておこう。

 

 

「それじゃあ紫、お願いするよ」

「随分と楽しそうな生活をしていたのね」

「嫉妬?」

「そんなわけないでしょ」

 

 ふふっ、楽しそうじゃなくて実際に楽しい生活だったよ。本当に色々とあったけれど、この姉妹のおかげで俺は充分すぎるほどの生活を送らせてもらえた。

 

「それでは、行きましょうか。幻想郷が貴方を待っているわ」

 

 今まで本当にお世話になりました。

 君たちが幸せな人生を過ごせるよう、心から願っています。

 

 ――さようなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 変化した視界の先には、陽が差していた。数百年ぶりに見る太陽。

 そっか、太陽ってこんなに眩しかったんだな。そんなこともすっかり忘れていた。

 

『おめでとうございます。これで課題8はクリアとなります。霊力が上昇しました。現在の貴方の能力は「水の状態を操る程度」の能力です』

 

 そして、あの無機質な声。

 これで残りの課題は2つ。もう少しで俺の記憶も戻るし、順調順調。

 

 あと2つ、か……

 

 

「ようこそ、幻想郷へ。歓迎するわよ人間」

 

 紫の声がした。

 此処が幻想郷ねぇ。いったいどんな世界なのやら……

 

 






この物語も漸く終盤です
最終話は80話くらいでしょうか?

と、言うことで第57話でした
もうちょっと、ゆっくりしていっても良かったかもしれませんが、これ以上ゆっくりしていると、古明地姉妹と主人公がくっつきそうでしたので離れてもらいました

次話は幻想郷の中をふらふらと出歩いてもらう予定です
ルーミアさんとかと会えると良いですね

では、次話でお会いしましょう

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