此処、地獄での生活を始めてもう数百年。代わり映えのない生活が続くものだとばかり思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
地獄のスリム化。
そんな名目のために、今俺達が住んでいる地獄は変わることとなった。
変わらないものなど無いとは言え、随分と急なことである。どうやら地上での人口増加に伴い、今の地獄では回しきることができなくなったそうだ。あと、財政難も原因らしい。いつの世も、詰まるところはお金なんだな。
地獄の沙汰も――という言葉はあるが、まぁ、そういう事なんだろう。
つまり、だ。
此処は、地獄から旧地獄へと変わる。
けれども、この旧地獄には灼熱地獄は残っているし、怨霊共だって蔓っている。そして、それらを放置しておくのは少々マズイらしい。
だから、誰かがそれらを管理しなければいけない訳だが……まぁ、誰もそんなことやりたがる奴などいない。
全てを焼き尽くす灼熱地獄など、特殊な妖怪でない限り近づくことすらできやしないし、妖怪にとって怨霊とは最悪の敵なんだ。灼熱地獄を管理でき、怨霊共をまとめる。そんな妖怪はやはり少ない。
適材適所と言えば聞こえは良いが、結局のところ嫌な役目を押し付けられただけ。そんなことで古明地姉妹が、その役目を負うこととなった。
さとりなら怨霊共の言葉を聞くこともできるし、ペットの地獄鴉なら灼熱地獄の熱さにも負けない。まさにぴったりの役職。まぁ、俺は何にもできないんだけどさ。
「わーっ、ひろーい」
嬉しそうな声を出し燥ぎ回るこいしちゃん。
上を見上げれば、綺麗なステンドグラスの嵌った天窓。下を見ると、此方もステンドグラスの床。仄かに暖かいのは、この建物の下にある灼熱地獄の影響か?
地霊殿と言うらしいこの建物は、旧地獄の真ん中に灼熱地獄へ蓋をするように建てられている。今までは、旧地獄の端でひっそりと暮らしていたのに、いきなりこんな場所に来るとはねぇ。
豪華な内装。俺たちだけで暮らすのには広すぎる大きさ。きっと、お偉いさん方が一生懸命お金を使ってくれたんだろう。有り難いことだ。
ふむ、これだけ広いのなら沢山子どもが産まれても問題ないな。さとりもそう思うだろ?
「…………」
無視された。
最近、構ってもらえません。
これが噂の放置プレイってやつだろうか?
さとりさん、随分と特殊な趣味をお持ちなのね。大丈夫、そんな君でも俺は心から愛すことができると誓うよ。
引っぱたかれた。
さて、さとりの俺へ対する愛も感じることができたのだし、いつものようにフラフラと出かけることにしようかな。此処に居てもできることなんて何も無いしさ。
「にゃーん」
おう、もう準備はできているよ。それじゃ行くとするか。
それにしても、お前も随分と長い時間を生きているよな。もう数百歳だろ? 本当はもう喋ることだってできるんじゃないのか?
「にゃん?」
まぁ、無理か。
あの暴力的な熊畜生だって、数百年生きても喋らなかったんだ。ま、そのままのお前だって充分可愛いんだ。別に無理をする必要なんてない。
此処へ来てからもう数百年にもなると言うのに、知り合いはなかなか増えてくれない。野郎共とは知り合いになどなりたくないし、最近は多少まともになったとは言え、以前会ったヤマメも最初はやたらと俺のことを避けていた。
避けられるような覚えはないんだけどなぁ……
まぁ、さとりやこいしちゃん、それに今、隣を一緒に歩いている黒猫を始め、多くのペットがいるんだ。それほど不満はない。
そりゃあ、できれば可愛い女の子と友達にはなりたいけどさ。
そして、旧地獄となったことで、繁華街の方も何か変わったことはないかと、フラフラと歩いている時だった。
それは再会。
思い起こせば、もう遥か昔のように感じてしまう。俺が人の道を外すと決めたきっかけ。
大江山の鬼頭。伊吹萃香と数百年越しの出会いだった。
「うわっ、うわあ! 萃香じゃん!! 久しぶり!!」
二本の大きな角。手には瓢箪。抱きしめるのにはちょうど良い身体。数百年前と変わらぬ姿。
萃香の後ろに幾人かの鬼も見えたが、そんな奴らに興味はない。
霊力で身体強化を行い、急いで近寄り、全力で萃香を抱きしめ……ようとしたら、ぶん殴られた。
痛い。
数メートルほど吹き飛ばされ、土埃が舞った。
ゆっくりと立ち上がってから、服についた土を叩いて落とす。
ふぅ……
「うわぁあ! 久しぶり萃香!!」
ぶん殴られた。
なんだって言うのだ……ああ、そう言えば『今度会ったら全力でぶん殴る』とか言っていたな。冗談じゃなかったのか……
「ふふっ、相変わらずだね。青は」
人を二回もぶん殴っておいて、萃香は楽しそうに笑った。
きっと、さっきの2発で終わりってことだろう。うん、それくらいすっきりしてくれた方が此方も助かる。
殴られた両頬は痛むけれども、萃香との再会はそれ以上に嬉しい。寂しがりやなんです。
「そう言えば、どうして萃香は旧地獄になんているんだ? お前も人間たちに封印されちゃったのか?」
萃香みたいな大妖怪なら、それもおかしな話ではない。それに萃香すぐ騙されるし、人間だって萃香を封印するだけならそれほど難しいことではないだろう。
「いんや、私も含めて此処にいる奴らは皆、自分の意思で来たんだよ」
クピリと手に持っていた瓢箪を傾けてから萃香が言った。懐かしいお酒の香り。俺も飲みたいなぁ。
「うん? 自分の意思で? なんでまたそんなことをしたのさ」
好き好んで来るような場所ではないと思うが……だって此処、元地獄だし。決して住みやすい場所ではないだろう。
「それがねぇ……」
それから、ポツポツと落としてくれた萃香の話をまとめると、ようは地上の卑劣な手を使い、鬼を乱獲し始めた人間共に愛想を尽かし此処へ来たそうだ。
なんとも複雑な話。別にどちらが悪いと言うわけではないのだろう。鬼共基準の正々堂々な勝負など、人間にとっては卑怯でしかない。それほどに実力差があるのだから。だから人間は知恵を搾り、策を練り鬼共を追い詰めたのだろう。
それは仕方がないこと。萃香の味方はしても人間の味方も、妖怪の味方もするつもりはない。だから、正直この話にはそれほど興味がなかった。
ただ、まぁ……こうやって、妖怪ってのは消えていくんだろうな。なんて思ったくらいだ。
「それにしても、青はこんな場所にいたんだねぇ。そりゃあ見つからないはずだ。紫が青のこと探してたよ?」
「紫が? 別に頼んだ事も、頼まれている事もないんだけどなぁ」
結婚する準備が整ったとかなら嬉しいが、たぶん違う。そんな気配微塵もなかったもん。
「幻想郷が漸く形になってきたから、青に見せたかったんじゃない? まぁ、そのうち紫も此処へ来ると思うからその時聞けば良いと思うけど」
幻想郷? それは何処かで聞いたことのある言葉。
ん~……ああ、そうか。確かあの郵便屋が――
う~ん、幻想郷ねぇ……今回の課題と何か関係あるのか?
「その幻想郷って何のなのさ」
「あら? 紫から何も聞いていないんだ。忘れ去られ、幻想へ消えたものどもの集まる、最後の楽園だよ」
――まぁ、ようは妖怪のための場所だね。
ああ、なるほど。今回の課題はそういうことだったのか。まだ確定はしていないが、どうやら今までで一番楽な課題となりそうだ。詰まるところ、その幻想郷とやらへ行けば良いのだろう。紫もそのうち来てくれるそうだし、問題は何も無い。
敢えて言うとしたら、もし俺が幻想郷へ行ってしまったとき、此処へ帰ってこられるのかわからないということくらいだ。
数百年も住んでいる場所。そこを去るのは少々名残惜しい。
さてさて、そんな話はまた今度。
今は、萃香との再会を祝うべきなんだろう。
「とりあえずさ」
「なに?」
「お酒飲もうぜ」
祝いの席と言えば酒。
親しい友もいる。美味しいお酒がある。随分と久しい再会なんだ。積もる話もあるだろう。そんな良い機会。飲んで酔わなきゃもったいない。
「そうだね。久しぶりに青と飲むお酒も悪くはないし」
最初は俺と萃香と黒猫だけの小さな宴会。けれども酒好きの多いこの場所で、それだけで終わることなどはなく、萃香と一緒に降りてきた鬼共なんかも交えての大宴会に。
てか、猫ってお酒飲んでも大丈夫なのか? グビグビ飲んでるけど……
きっとこの場所も、この鬼たちが来たことで変わっていくことだろう。それが良い方向へ向かうのか、悪い方向へ向かうのかはわからないが、今ばかりはこの宴会を楽しませてもらうとしよう。
騒がしいのも嫌いじゃないのだ。
「そう言えば青の持っている瓢箪って何が入っているの?」
「うん? ああ、神便鬼毒酒だよ。飲む?」
「飲むわけないでしょ。てか、なんでまだそんなの持っているのさ……」
いや、便利なんだよ。これ。
さてさて、主人公は今回の課題は簡単などと言っていますが、それをこいしさんが許してくれますかねぇ?
と、言うことで第56話でした
5月14日
こいしさんの日らしいですが、私の誕生日でもあります
ビール飲みたいなぁ
そんなわけで病み上がりでしたがなんとか投稿となります
本当に風邪には気をつけてください……
次話は……こいしさん次第でしょうか?
では、次話でお会いしましょう