東方拾憶録【完結】   作:puc119

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第55話~すっごく熱いよ~

 

 

 地獄での生活を始めて、もう何年経ってしまっただろうか? たぶんだが俺が堕とされてから、もう100年は経ってしまっただろう。

 ジメジメとした空気に、薄暗い景色。そんな此処は決して住みやすい場所ではないだろう。まぁ、地獄なのだから住みやすくては困るが。

 

 とは言うものの、どう言う原理なのかは全くわからないが、俺が降らせたのではない自然の雨は降るし、冬になれば雪も降る。そしてその季節によって花々だって咲き誇る。四季を感じられ、地獄にしてはなんとも生温い場所。

 それに、古明地姉妹と一緒に暮らすこの生活はかなり気に入っている。相変わらず、俺への好感度は上がってくれていないみたいだが、それでも可愛い女の子と一緒に生活できているのだ。それが嬉しくないはずはない。

 

 素直な感情をちょっとだけさとりへ伝えれば叩かれ、序でにこいしちゃんにはぶん殴られと、なかなかに愉快な生活。こいしちゃん、マジ容赦無い。

 俺は他人の心を読むことはできない。けれども、あの二人から嫌われてはいないとは思う。まぁ、100年も一緒に過ごしてきたのだし、これで実は嫌われていたらショックだが。

 

 

 そう、100年だ。俺が此処へ来てからもう100年。それだと言うのに――

 

「どうして、お前は普通に生きているんだ? てか、いつの間に尻尾が二つになったよ」

「にゃーん」

 

 いや『にゃーん』じゃわかんないって……

 

 通常の猫の寿命は10~20年程度だったと思う。しかし、この黒猫はもう100年以上も生きている。尻尾も2本あるし……どう見ても猫又です。本当にありがとうございました。

 もうただの猫ではないのだろう。

 

 そしてこの黒猫だけではなく、他にも何種類かのペットが明らかに寿命の限界を越えていた。普通の鴉って100年も生きないよね?

 

 流石はゲームの世界。もう何でもありだ。ちょっと妖怪がポンポン生まれ過ぎな気もするが……

 

「せっかく妖怪になったんだしさ。何か喋ることってできないのか?」

「にゃん」

 

 ダメですか、そうですか。

 相変わらず、何を考えているのかわからん。さとりなら動物の心も読むことができるそうだが。

 

 沢山いるペットの中で、この黒猫が一番懐いてくれているとは思う。ぶっちゃけ、古明地姉妹よりもこの黒猫の方が、俺への好感度は高そうだ。

 だから、もし喋ってくれるようなら嬉しいんだけどなぁ……そして、人型になってくれればさらに素敵。

 まぁ、高望みはしないさ。

 

 

「んじゃ、今日も適当に散歩するか」

「にゃーん」

 

 散歩。それが最近の日課。

 本当なら、さとりやこいしちゃんと一緒に散歩をしたいところではあるけれど、さとりには断られた。取り付く島もなかった。こいしちゃんの方は、一緒に散歩してくれるとは言ってくれたものの、散歩しだして数分でその姿を消してくれた。流石に泣いた。

 

 そんな悲しい過去があったため、この黒猫と散歩をすることとした。一人じゃ寂しいし、この黒猫はなんとも有り難い存在である。

 この散歩を始めてもう数年。地獄の中はほとんど回ってしまったかもしれない。血の池地獄や灼熱地獄、針山地獄などなど、観光地らしき場所は全部回ってしまった。まぁ、俺が勝手に観光地と呼んでいるだけで、本当に観光地なのかは知らないが。実際、楽しい場所ではなかったし。

 

 さてさて、今日は何処へ行こうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの喧しい繁華街を歩くのも嫌だったため、喧騒のない道をぽてぽてと進む。

 周りに人影などは見えず、いくつかの人魂がふよふよと漂っているだけ。人魂になってまで漂わせるのは未練か、はたまた……

 ま、俺にはそんな他人のことなど知ったことじゃないが。

 

 そんな人魂の漂う恐想的にも、幻想的にも見える景色を横目に進んでいると――一人の少女から声をかけられた。

 

「あんた人間よね? 生きた人間が、どうしてこんな地獄になんかいるんだい?」

 

 金髪のポニーテールにこげ茶色のスカート。その胸に付いた6つのボタンは、どことなく蜘蛛を思わせる容姿だった。あら美人さんですね。どちら様でしょうか?

 

「初めまして。うん、青って言う人間だよ。ん~……どうしてと言われてもねぇ。手違いと言えば手違いだろうし、ただ間違いだったわけでもないんだろうなぁ」

 

 俺はただ可愛い女の子を助けたかっただけだが、結果として妖怪の見方をしてしまったのだ。人間にとっては大悪党だろう。けれども、此処へ堕とされたのは人間側のミス。なんとも複雑である。

 

「うーん……よくわからないけれど、色々な事情があったってことかい? ああ、そうだ。自己紹介がまだだったわね。私は黒谷ヤマメ。まぁ、妖怪だよ」

 

 そう言って笑いながらヤマメは答えた。

 忌み嫌われた者共の集まるこの地獄では珍しく、明るい性格のように見える。じゃあ、貴女はどうして地獄にいるのかねぇ?

 まぁ、どうせ聞いても心地良い様な理由ではないだろう。それならば、聞かぬのが一番だ。

 

「人間にゃ、此処は生き辛くはないのかい?」

「いんや、そんなことはないさ。さとりやこいしちゃんのおかげで不便なく、楽しく生きさせてもらっているよ」

 

 もし、あの二人に会わなかったらホント、どうなっていたことやら……

 それにいつまでも、こうして地獄で生活を続けているのも、あの姉妹と別れたくないから。まぁ、いつの日か別れなければいけない日は来るだろうが。

 

「ああ、あんたがあの噂の……」

 

 どうせ碌な噂じゃないんだろうな。そのことはもう慣れたが。

 

「なるほどねぇ……」

 

 そんなヤマメの言葉を聞いた直後――急に身体が重くなった。

 

 あ、れ? えっ……なんだ、これ?

 

 頭がフラつき、動かしてもないのに節々が痛む。そして、猛烈な寒気。

 

 これじゃあ、まるで――風邪の様な症状じゃないか。

 

 どうなってんだ? 確かに今までは普通だった。普通の人間よりは丈夫な体。それが、いきなりこんな状態に……

 なんとも妖艶な笑を浮かべているヤマメの姿。

 

 

 ああ……もしかしてヤマメ。貴女が原因か?

 

 

 ちょいとまずい、ヤマメが二人に見える。実際に増えてくれれば嬉しいところではあるけれど、そんなことあるはずがない。

 足に力が入らない。立っていることですらキツイ……

 

「にゃーん?」

 

 あ~ダメだね、こりゃ……ごめんな。

 ちょっと……寝るわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 それは、ちょっとした好奇心だった。

 嫌われ者の集まるこの地ですら、嫌われてしまった妖怪。そして、そんな妖怪に飼われていると言う一人の人間。あの妖怪の悪口を吐いた莫迦者共へ牙を向く。そんな噂の人間。

 

 だから、そんな人間には興味があった。

 

 私の能力を使えば、多くの人間を苦しませることは容易い。そんな能力と種族のせいで嫌われ、堕とされたこの身。自分の持つ能力を安易にばら撒こうとは思わない。

 

 けれども、この青と名乗った人間には興味が湧いた。

 今まで、多くの人間を見てきたけれど、妖怪を庇うような人間とは会ったことがない。だから、目の前の人間が気になってついつい……ね。

 

「にゃん?」

 

 二つの尾を持つ黒猫が、倒れてしまった青に声をかけた。

 どうやら、まだそこまで力は無いみたいだけど、この猫も近いうちに人型になれるほどの力をつけるだろう。

 

 う~ん……勢いで能力を使ってしまったけれど、どうしようか。

 出会っていきなり能力を使ったんだ。これは流石に罪悪感がある。私の家に連れて行って、看病くらいしてあげた方が良いよね。

 自分でやっておいてアレだけど、やっちゃったものは仕方が無いもん。

 

「にゃーん……」

 

 ごめんね。ちょいとそこの人間を連れて行かせてもらうよ。大丈夫、これ以上危害を加えるわけじゃないからさ。

 青に声をかけ続けている黒猫に、私は危ない奴じゃないよアピールをしながら、なんとか青を持ち上げる。

 

 そして、そのまま自分の家へ行こうとした時

 

 

 ――ゾワリと、今まで感じたことがないほどの恐怖が私へ襲いかかった。

 

 

 な、なに? この恐怖の原因は……?

 

 

「ソレ、返して」

 

 声が聞こえた。一人の少女の声が。

 声の方を向くと、あの古明地姉妹の妹の方が立っていた。今まで誰もいなかった場所に……

 

 体が震える。

 あの恐怖はこの娘……から?

 

「……か、看病するために連れて行くだけよ?」

 

 なんとか、声を搾り出す。

 

 コワイ、コワイ……目の前にいるこの娘が怖い。

 

 

「ダメ。ソレは私の物。私とお姉ちゃんだけの物。ソレの体も心も、全部が全部私とお姉ちゃんだけの物。ソレを勝手に持っていくのは絶対に許さない。だから返して」

 

 この娘から殺意とか怒りとか、そう言う感情は一切感じない。けれども、とにかく怖い。何も感じないはず、感じないはずなのに……体の震えが止まらない。

 何を考えているのか、全くわからない酷く透明な表情。それがひたすらに――怖かった。

 

 

「あっ……うん。じゃあ、返すよ……」

 

 これまで、大妖怪と呼ばれるような強大な力を持った妖怪と会った時ですら感じなかった恐怖。今はとにかく、この娘の前から逃げ出したい。

 そうでもしないと、心が……精神がおかしくなりそうだ。

 

 だから、私はできるだけ丁寧に青を地面へ降ろし、その場から全力で逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 目が覚めると、酷く喉が渇いていた。体も重く、頭も痛い。まぁ、風邪を引いたわけなのだし、それは仕方が無いこと。

 

 まず初めに見えてきた景色は、見慣れた物だった。それは100年以上暮らしている、古明地姉妹の家の天井。

 

 うん? どうして俺は此処にいるんだ? 確かヤマメと会って、急に体調が悪くなり、その場で倒れてしまったはずなのだが……

 ヤマメが運んでくれたのか?

 

「にゃん」

 

 あの黒猫の声がした。

 おお、お前もちゃんと帰ってきたのか。できれば何が起きたのか教えて欲しいけれど……まぁ、無理だよな。お前の言葉わかんないし。

 

 しっかし、風邪を引いたのなんていつ以来だ? こんなに辛かったかねぇ?

 この状態じゃ動ける気が全くしない。

 

「お粥作ってきたよー」

 

 そんな元気の良い、こいしちゃんの声がした。

 

 はっ! これはもしや、アレか? 可愛い女の子に看病をしてもらえると言う、夢のようなイベントか!?

 ふーふーと、息を吹きかけてもらってから『はい、あーん』的な……うん、良いと思います。いつの間にお粥を作ってくれたのかはわからないが、本当に嬉しいことである。

 

 そんな素敵イベントのために、無理矢理体を動かし、なんとか上体を起こす。頑張れ、俺。素敵イベントはもう目の前だ!

 

 力を振り縛り、体を上げると可愛い笑顔をし、土鍋を持ったこいしちゃんの姿。その容姿はまるで天使のようだった。

 

「えへへ~、青のために一生懸命作ったんだ」

 

 なに、この娘。マジ可愛い。

 

 こいしちゃんが土鍋の蓋を開けると、一生懸命作ってくれたらしいお粥の香りがフワリと広がった。

 その香りが鼻を抜けるとホロリと涙が溢れ、ケホリと噎せた。

 

 少しばかり嫌な予感がし、土鍋の中身を確認。

 

 真っ赤な色だった。

 今なお沸騰し続けていた。

 俺の知っているお粥と違かった。

 

「……えと、こいしちゃん。コレは?」

「お粥だよ!」

 

 どうやら、お粥らしい。

 まさか100年も経って、漸く文化の違いを実感させられるとは思わなかった。

 

「食べてくれるよね?」

 

 その無邪気な笑顔に逃げ道を潰された。

 断るなんてできるわけがない。

 

 

「喜んでいただきます……」

 

 

 ねぇ、神様。

 俺のこと、どれくらい嫌いですか?

 

 






私が風邪を引いてしまったので、主人公にも引いてもらいました
お身体は大切に……

と、言うことで第55話でした
頑張って100年ほど進んでもらいましたが、いつまで地底にいることやら……
地上はまだ鎌倉時代でしょう
先は長いですねぇ


次話も未定です
体調が治り次第のんびりと書いていきます

では、次話でお会いしましょう

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