「え、えと……質問の意味がよくわからないのですが」
「青、消えちゃうの?」
「いんや、別に消えはしないと思うよ」
午後のお茶を古明地姉妹と楽しみながら、疑問に思っていたことを聞いてみた。
――幻想へ消えるってどう言うことだと思う?
そんな疑問。
けれども、残念ながら良い回答をもらえることはできず、割りと困っています。
その質問を聞いた理由は、件の課題をクリアするため。此処数年、課題のことをすっかり忘れていたが、そう言えば、7つ目の課題も無事クリアすることができたんだよなぁ。さて次の課題はなんだろうかと想い、聞いてみたところ。
『課題8,「幻想へ消えろ」』
そんな答えが返ってきた。マジ意味わからん。
『消えろ』の意味が死ぬと言うことではないと思う。何かの比喩だとは思うんだが……さらに、ただ消えるだけではなく、幻想へ消えなければいけない。そのことがよくわからなかった。
そして、この課題のキーマンとなる東方のキャラも、全く思い当たらない。まぁ、月へ行かされた時だってキーマンらしいキーマンはいなかったのだし、そう言う課題なのかもしれないが。
それに、そろそろ考えておかなければいけないこともある。
残された課題はあと3つ。俺の予想が正しければ次か、その次の課題はたぶんアレだろう。あんなにわかりやすい伏線を用意してくれていたんだ。それを回収しないはずがない。
しっかし、アレだな。最初は課題をクリアしていくことに、ワクワク感とかそう言うものがあった。けれども今は、見えている崖へ突き進んでいるような気しかしない。
最後の課題をクリアした時、きっと俺の身は空へ投げ出される。そのとき俺は、空を飛ぶことができるだろうか?
……その自信はあまりない。
ま、それでも俺は進まにゃならんのだけどさ。
難しいよね。人生って。
「いきなりどうしたのですか? そんな質問をしてきて」
「ん~……いや、何でもないよ。ちょいと疑問に思ったから聞いてみただけ」
まぁ、いきなりあんな質問をされても、そりゃあ答えることなんてできないだろう。それは仕方がないこと。
とは言っても、仕方がないで終わらせるわけにはいかないんだよなぁ……ホント、困ったもんだよ。
「そう言えば、今日ね。血の池で溺れている人がいたよ」
「あら、それは大変ね」
幻想へ消えろ……か。
とは言っても、俺が今いる場所は地獄。こんな場所にいては、課題だってクリアすることはできないだろう。
さとりたちが地上から地獄へ来ることができたんだ。だから、地獄から抜けることもできるが……
「それで、こいしはどうしたの?」
「? ……どうしたって?」
もし、此処から抜けてしまったら、それはこの古明地姉妹とお別れと言うこと。それは少し寂しい。
一緒に暮らし始めて、もう数年にもなる。きっとこの二人だって俺と別れるのは寂しいはず。
「え、えと……だから、こいしはちゃんとその溺れている人を助けてあげた?」
「ううん、見てただけよ」
相変わらずこいしちゃんの『お姉ちゃんを助けてあげて』と言う願いを、俺は叶えることができていない。地獄の馬鹿共は変わらず、さとりのことを嫌い、口汚い言葉を投げかけてくる。腹立たしいったらありゃしない。
ホント、どうにかしてやりたいのだが、どうにも上手くはいかない。さとりだって、色々と思うところはあるだろう。もっと、自分の感情とかそう言うの出しても良いはず。
溜まり続けた負の感情が破裂してしまう前に……
「そこは助けてあげましょうよ……」
「だってその人、船幽霊なんだもん。船幽霊も溺れるんだね~」
確かに、心の中を読まれてしまうのは嬉しいことではない。隠しておきたいことなど、誰にだってあるのだから。その隠していることがバレてしまえば、良い気分にはならないだろう。
しかし、だ。だからと言って、さとりへ汚い言葉を投げつけて良い理由にはならない。さとりが心を読めることを使い、相手へ危害を加えていれば話は違うが、さとりはそんなことはしないだろう。さとりは優しい性格の持ち主なのだから。それなのに、嫌われてしまっていることがどうにも腹立たしかった。
さとり曰く、俺の心は上手く読むことができないらしい。もし、俺の考えていることが完全に読まれていたら、さとりに対して今とは違った想いを持っていたのかねぇ。
それは少し考え辛いが……さとり、可愛いし。冷たい言葉を投げかけ、蔑むようなあの視線は素敵。
それに、言葉にしてくれないだけで、さとりだって俺のことを好きなはず。
「いえ、全く好きじゃありませんよ?」
恥ずかしがりなさとりのことだ。言葉に出すたった少しの勇気が足りていないだけ。
全く、此方の準備はバッチシだと言うのに……俺は今日にだって式を挙げてもらっても構わない。
「青が良くとも、私が構います」
そうなるとすれば、きっと俺は婿養子になるわけだから、これからは『古明地青』と名乗ることができる。
――古明地青、か。
うん、素敵な響きじゃないか。
「よろしく、さとり。これから一緒に、素敵な家庭を築いていこうな」
引っぱたかれた。
ありがとうございます。
こんな生活は気に入っているのだ。
夜となり、いつものように一人で能力やら霊力の練習。
如何せん、成長速度が遅いせいでどうにも強くなっている実感は湧かなかったが、あの牛畜生との戦いや、さとりへ汚い言葉を吐き出した馬鹿共と戦うことで漸く、その実感が湧き出した。
自分が強いとは思えない。明らかに戦闘向きではない能力。霊力で強化しなければ、手も足も出ないほどの実力。そして戦う度に殺された。それでも、あの馬鹿共に負けたことは一度もない。最終的に勝ちゃ良いのだ。
今までに倒した奴はもう二桁になるだろう。それでも、さとりへ対しての暴言がなくなることはなかった。まぁ、いくら馬鹿共を伸したところで、根本的な解決にはなっていないのだから、そりゃあそうだろう。きっと、さとりだって俺がやっていることを知ったら止めるはず。
しかし、どうにもあの汚い言葉を聞かされると、黙っていることができなかった。譲っちゃダメなことがあるのだ。さとりの様な可愛い女の子が否定されると言うことは、俺の人生そのものを否定されているのと、何ら変わりない。
このままじゃ、ダメだってことくらいわかっているんだけどなぁ……
毎晩こうやって自分で降らせた雨に打たれながら、うんうんと考えてみても、やはり良い考えは浮かばない。どうにか、ならないものか……
「青は今日も寝ないの?」
いつもの雨音と共に、そんな声が聞こえた。
「もうこれも日課になっちゃったからな。んで、こいしちゃんはどうしたの?」
声の方を振り返ると、この雨の中、傘も差さずに立っているこいしちゃんの姿があった。さとりとはこの夜に何度か会ったことがあるけれど、こいしちゃんと会うのは初めて。珍しいね。
「なんとなく、かなぁ」
「傘差さないと身体濡れちゃうよ?」
「いい、青の雨は嫌いじゃないから」
相変わらずこいしちゃんが何を考えているのかは、よくわからない。それが、こいしちゃんの持つ元々の性格なのか、はたまた能力のせいなのか……
ただ、それが能力のせいだとは考えたくはない。他人の心を読む能力を越え、せっかく新たな道を歩いているのに、其処でもまた能力のせいで……それは少し寂しいものがある。
まぁ、こいしちゃん自身が今の自分をどう思っているのかはわからないが。
「そっか、そりゃあ嬉しいよ……ごめんな。こいしちゃんのお願いを叶えるのは、もう少しかかるっぽいわ」
「お願い? 私、何か青に頼んだっけ?」
あら、伝わらなかったか。そうだよなぁ、あのお願いを受けてからもう数年も経ってしまったんだ。そりゃあ、直ぐには思い浮かばないか。
「さとりを助けてってお願いだよ」
「う~……ん? 私、そんなこと言ったっけ?」
……ああ、純粋に忘れてたのね。結構重要なことだと思っていたけど、実はそうでもなかったのね。
なんだろうか、このどう仕様も無い遣る瀬無さは……
「でも、それなら大丈夫だと思うよ」
「うん? 大丈夫ってどう言うこと?」
もうお前いらないから出てけよ。とか言われたらどうしようか。一瞬で幻想へ消えられそうだ。それなら課題もクリアできるが、それでは失う物が多すぎる。
「だって、今のお姉ちゃん楽しそうだもん」
それは、思わず見蕩れてしまうような笑顔だった。
「そう……なの?」
正直、俺にはわからなかった。俺の目にはさとりが変わったようには見えないし、相変わらずあの冷たい言葉や視線はそのまま。
それはそれで、興奮するから問題ないが。
「うん、昔よりもずっとずっと楽しそうだよ。よく青の悪口とか私に言ってくるけど、その時だって何処か楽しそう。青は気付かなかったの?」
「いや……まぁ、全然気付かんかったわ」
さとりとは毎日会っているけれど、そんなことは気付かない。
しかし、こいしちゃんの言っているようにさとりが変わったとしたら、その要因はなんだ? 悲しいことではあるが、俺はさとりへ対して何もできてはいない。
それなのに、さとりが変わったのは……何故?
「ふふっ、青ってばお姉ちゃんのこと好きなのに、何も知らないのね。どんかーん」
むぅ、何も言い返せない。
いや、でもこれは仕様が無い。俺は察しの良い人間でも、頭の良い人間でもないのだから。まぁ、それもただの言い訳なんだけどさ……
「でも、貴方はそれで良いの。そっちの方が良いの。知ってしまったら壊れてしまう物もあるから」
「……それはどう言う意味?」
またそうやって、深そうなことを……どうせ、教えてくれないんだろうな。いつだってそうだ。知らないのは、わかっていなかったのは俺だけだった。
「それに私は今の生活は好きよ。私とお姉ちゃんとペットと青がいるこの生活は好き。それじゃ、また明日ね、青」
やはりあの言葉の意味を教えてはくれず、こいしちゃんは家の中へと戻っていった。
この生活……か。
そうだね、こんな生活が続くと良いよね。
例え、それが夢物語としても。どうせいつかは終わる夢。
けれども、そんな夢を見ている間くらいは楽しまなければもったいない。俺はそう思うのです。
なかなか、主人公が動いてくれず大変です
と、言うことで第54話でした
いつまでも止まっているわけにはいかないので、そろそろ進めないとですね
次話は未定です
では、次話でお会いしましょう