雨には良い思い出がなかった。
どうしても、幽香と会ったあの日のこと思い出してしまうから。自分の実力がないせいで、自分に知識がなかったせいで、何も救うことのできなかったあの日を。
それは思い起こせば、もう数百年も前のこと。
けれども、あの日の思い出はいつまでも残り続けている。
こうして、自分で降らせた雨に打たれていると自分の無力さとか愚かさがよくわかる。
結局のところ、俺は何も変わっていないのだろう。いくら霊力が上昇しようと、いくら新しい能力が使えるようになろうと、俺の中身までは変わらない。
俺は馬鹿で、愚かで、無力のままだ。
「んだよ。あのバケモノに飼われているから、多少はやるかと思ったら……まァ、所詮は人間か」
聞きたくもない、不快な声が耳まで届いた。鬱陶しいったらありゃしない。
この場にさとりやこいしちゃんがいなくて助かった。こんな格好の悪いところなど見せられるわけない。
右腕の感覚はなくなり、両足も砕かれ、利き腕を振り上げることも、立ち上がることもできない。中身もやられたのか、呼吸の度に血反吐が吐き出される。そんななんとも情けない姿。
愚かな行為だったと自分でも思う。けれども、譲っちゃあダメなことだってあるんだ。上手くはいかないと知っていても、やらなきゃいけないことだってある。
だから、俺のしたことが間違いだったとは思わない。
自分の大切な人を馬鹿にされたのだ。ここは下がっちゃいけない場面。
そして、徐々に視界が暗くなり始めてきた。
このままじゃ、終われないよなぁ……
―――――――――
「うん? 買い物行くの?」
とある日、今日も今日とて黒猫とじゃれていると、さとりが買い物へ行かないかと声をかけてきた。毎日のように引っ掻かれるが、俺はこの黒猫が一番仲良いかもしれない。猫可愛いよ、猫。
それは少し悲しい事実であるけれど、さとりは相変わらず冷たい視線を向けてくるし、こいしちゃんは何考えているのかわからないしと。なんとも寂しい日々です。
いっそ、この猫が人型にでもなってくれれば俺は幸せなんだけどなぁ。まぁ、それは無いか。
「はい、そろそろ食料も少なくなってきたので」
「了解。それなら一緒に行くよ」
此処に来て禄に働いていないのだ、荷物持ちくらいはしなければ。こいしちゃんも見当たらないし、さとりは俺が守るのだ。まぁ、俺よりさとりの方が強いだろうけれど。
しっかし、二人きりで買い物、か……
あれ? もしかしてこれって――
「違います」
なんだ、違うのか。期待して損してしまったじゃないか。
いや、待て。
ツンデレなさとりのことだ。口ではそう言っていても、心の中では違うのかもしれない。口に出すのは恥ずかしいから、買い物などと言う理由をつけて……ふむ。なるほど。そう言うことか。
「だから、ちげーよ」
全く、さとりにも困ってものだ。此方はいつでもオーケー。準備万端整っている。バッチ来いだ。
「もうっ、行きますよ!」
はい、喜んで。
オトモの黒猫を連れ、さとりと一緒に繁華街で仲良く買い物。
なんとか手を繋いでもらおうとは頑張ってみたが、見事に断られた。別に恥ずかしがるようなことじゃないのにな。
それにしても、先程から周りの視線がやたらと強いな。まぁ、こんなゴツいような奴らしかいない場所に、さとりのような可愛らしい女の子がいればそりゃあ目立つか。
しかし、なんだろうか。この向けられている視線は何かおかしい。突き刺さると言うか……う~ん、俺の気のせいか?
何かおかしい。そうは思っていてもその違和感の正体が何なのかまではわからなかった。俺だって今まで他人から色々な視線を向けられてきた。そのどれもが、嬉しいものではなかったが、これほどまでにトゲトゲしい視線は初めてだ。
その正体に気づいたのは、さとりが食料を買うため、店員へ話しかけた時のこと。どうやら、あの突き刺さるような攻撃的な視線は全てさとりへ向けられていたらしかった。
そんなことにも気づかいないとは、我ながら鈍感なことだ。
さとりが店員に話しかけると、その店員は嫌な顔を隠そうともせず、舌打ち混じりに食料を投げるように渡してきた。
あぁん? てめぇ、この野郎。俺のさとりに何やってんだ。と殴りかかろうとしたが、さとりに止められてしまった。
――良いんです。慣れてますから。
なんて、見ている此方が悲しくなるような笑顔を浮かべながら。
そんな顔をされてしまうと、何も言い返せない。ホントに、本当にそれで良いのかよ……
どうやら最低なことに、さとりの慣れていると言う言葉は本当らしく、どの店に行っても嫌そうな顔され、暴言を吐かれ、時には商品を売ってすらくれない店もあった。
反吐が出る。胸糞悪いったらありゃしない。
最初はうきうき気分で出発したはずの買い物も、帰るときにはうきうきの欠片もなくなっていた。
「すみません。私のせいで気分悪くなりましたよね。それでも、青には私が周りからどう思われているのか知ってもらいたくて……」
どうして、さとりのような可愛い女の子が謝らなきゃならんのだ。巫山戯んな。
「今日はありがとうございました」
そして、さとりはまた、あの悲しくなるような笑顔を浮かべ家の中へと入っていった。
そんなさとりへ俺は何も言えなかった。
やり場のない怒りとか、遣る瀬無さとか、むかむかした感情が俺の中でグルグルと回り続ける。そんなどう仕様も無い感情が嫌だったから、とりあえずふらふらと出かけることに。
これは、色々と考える必要がありそうだ。
どうして、さとりはあんな外れで暮らしているのか。そもそも何故地獄に? そんな疑問を思ったことがあった。そしてその答えが、今日わかってしまった。
あの突き刺さるような視線。周りから向けられる露骨な嫌悪感。それらはとてもじゃないが、良いものでなかった。
――他人の心を読む。
黒く、汚く濁ったそれを見る。
『それを見るのが嫌だったから、私は閉じちゃった』
今なら、こいしちゃんの言っていた言葉の意味も理解できる。
『お姉ちゃんを助けてあげて』
その言葉にどれほどの意味が込められていたのか、漸く今更になって理解できる。
「なんで、そんなこともわからなかったんだろうな……」
誰ともなしに独り言とため息が溢れる。
バッカだよなぁ、鈍感にもほどがある。
俺にこれをなんとかできるのか? どれほどの覚悟でさとりが今日、俺を買い物へ連れて行ってくれたのかもわからない。
けれども、きっとそれは凄く辛いことなのだろう。
そんな答えなんて出そうもないことをうだうだ考えながら歩いていると、いつの間にか見覚えのある場所へ辿り着いていた。
血の池地獄。
始まりの場所。
感慨深いことなど何も無いが、色々と思うこともある。もしこの場所へ落とされず、もしこいしちゃんが此処へ訪れなければ、きっと今とは違う結果になっていたのだろう。
たらればを言い出せばキリが無い。
しかし、さとりやこいしちゃんのように可愛い女の子と出会えたのだ。それは決して悪いことなんかではないはず。
今まで後悔ばかりの人生ではあったけれど、これだけは胸張って言える。あの二人と出会えて良かったって。
さてさて、俺の気持ちなど、どうでも良いのだ。問題なのはさとりの気持ちだ。
どうにかして、あの悲しくなるような笑顔じゃない顔を見たいんだがなぁ。
「よォ、あのバケモノと一緒にいた人間じゃねェか」
血の池を見ながら、ボーっとしていると、低く不快な声が聞こえた。野郎には興味ないんだがなぁ。
声のした方を向くと、其処には牛の顔をした大男が立っていた。
「バケモノ……?」
「てめェと一緒にいた薄気味悪ィ妖怪のことだよ。勝手に他人の心を読みやがってホントに気持ち悪ィったらありゃしねェ」
いや、てめぇの方がキモイわ。
なにその顔。ギャグ? 顔だけ牧場行けよ。
「てめェも大変だろ。あんなバケモノと一緒にいてよォ」
何を言っているんだ? この牛男は。
さとりのような可愛い女の子と一緒にいて、大変なはずがないだろうに。
「お前からも言ってくれよ。いるだけで邪魔くせェからさっさと何処か行けって」
ヘラヘラと笑いながら此方に背を向け、きったねぇ言葉を落とし続ける牛畜生。
……此処まで来るといっそ清々しい。
しっかしねぇ、残念ながら俺にはコイツを叩きのめすほどの力がない。
湿度を操ったところで、水温を変えたところで、水を造り出したところで、雨を降らせたところで、このド畜生を倒せはしない。
腹立たしいことに俺の能力じゃコイツを倒せない。
「おい、不細工。ちょっとこっち向け」
「あァん?……ッ!」
だから俺は、そのきったねぇ顔面を全力でぶん殴った。
戦闘シーンを書くときはやはり戦闘をするだけの理由がほしくなります
その時、悪役がいるととても楽ですよね
しかし、原作キャラを悪役にするのも嫌でしたので、牛男さんに登場していただきました
と、言うことで第52話でした
今まで戦闘と言えばクマさんでしたけど、クマさんに地獄まで来てもらうわけにもいきません
さてさて、彼に勝てますかね?なんとか頑張ってもらいたいところです
次話は、きっとこの続き
では、次話でお会いしましょう