「ちょっ、ごめっ謝ります謝りますから!」
失敗したと思った。
いきなり手を握られ、いきなり告白され、帰ってきたと思ったら抱きつかれた。なんですか、この変態。
最初は少しでも妹が変わる刺激になれば良いかな。なんて考えていたけれど、ちょっとこの変態は刺激が強すぎる。いや、ちょっとどころじゃない。
今だって妹はあの変態に跨り、拳を振り下ろし続けているし。こんな妹の行動は初めて見た。
こいし……貴方も成長したのね。
「こ、こいしちゃん? 俺の腕はそっちの方へは曲がら……」
あの変態から悪意は感じない。
けれども……いえ、だからこそタチが悪い。此方に好意を持ってくれているのは嬉しい。でも、いき過ぎた好意には恐怖しか感じないもの。それほど、力を持っているわけではなさそうだから、襲われる心配はないけど……
しかし、どうしてあの変態の心は上手く読めないのかしら?
力を持っているようには見えないし、こいしのように心を閉ざしてしまったようにも思えない。そんな青はどう見てもただの人間。
それなのに……何故?
「おほぉぉぉおおお! しゅごいよぉぉおおおっ!!」
……いえ、むしろ心を読めなくて助かったかもしれない。今まで幾人もの心の中を見てきたけれど、きっとこの変態の心の中はヤバい気がする。
はぁ……これから先、こんな変態と一緒に暮らして大丈夫なのでしょうか? 私は不安しか感じません。
あと、こいし? そろそろやめてあげて。ギャグじゃ済まなくなるから。
そして、何故青は興奮しているのですか?
はぁ、ホント大丈夫かなぁ……
こいしにボコボコにされたはずの変態。けれども変態は元気なままだった。むしろ元気になっているようにも見える。
それが不思議に思い、そのことを聞いてみると。
「まぁ、あの程度なら慣れてるしね」
なんて笑いながら答えた。
言っている意味はよくわからなかったし、理解したくもないけれど、貴方はただの人間じゃないの?
「俺、不老不死なんだ」
あの変態はまた笑いながらそう言った。その笑顔が腹立つ。
――不老不死。
聞いたことはあるけれど、実際に会うのはこの変態が初めて。もしかして、不老不死って皆、変態なの?
私の中の不老不死の評価は一気に落ちた。でも、それは仕方が無いことだと思う。
あの変態はそんな不老不死の影響なのか、食事はいらないらしい。私たちもそれほど裕福なわけではないから、食事がいらないのは助かった。住んでいる家はそれなりに大きいから、寝る場所には困らないけれど。
そして、そんなあの変態が来てから初めての夜。
と、言っても地獄には地上のように太陽はないから、暗くなったりするわけではないけれど。それに時間は夜となっても、繁華街ではきっとその騒がしさが変わることはない。
地獄の鬼たちを中心としたあの繁華街は眠らないのだから。
そして布団に入ったは良いけれど、どうにも寝付けられない。妹は隣で気持ち良さそうに寝ていると言うのに……
そう言えば、あの変態はどうしているのかしら? 一応、彼の部屋を用意してはあるけど……
むぅ、先程からあの変態のことばかりを考えてしまう。近くにいないのに迷惑をかけるとは、本当に鬱陶しい。
「はぁ」
ため息が溢れる。
ダメ。これはちょっと寝られそうにない。
妹を起こさないよう、できるだけそっと布団から出る。外の空気でも吸って一度落ち着かないと。
家の扉を開け外へ出ようとした時、小さくだけど雨音に私の耳へ届いた。
ああ、外の天気は雨でしたか。それはなんともついていない。
どうしてなのかはわからないけれど地獄でも雨は降るし、冬になれば雪だって積もる。
降っているものは仕方が無い。雨音に耳を傾けながら物思いに沈むとしましょう。
扉を開け、家の外へ。
やはり雨が降っていたらしく、ザーザーとした音が耳まで届いた。
そして、其処には――
目を閉じ、上を見上げ、ただただ雨に打たれている青の姿があった。
――何を、やっているのですか?
そんな言葉を出そうとしたけれど、私の口からは言葉が出てこない。
じっと何かを考えているかのように、ただただ雨に打たれ続ける青。その心はやっぱり読むことはできなかった。
そんな青の姿を何故か見てはいけない気がして、私は逃げるように家の中へと戻った。
トクトクと心臓の動きが速い。昼間の青からは想像もできない姿……
うん。もう今日は寝よう。このことは明日聞けば良いのだから。
そう考え、布団の中へ戻ったけれど、やはりその日は良く寝られなかった。
――――――――
「はふっ……」
「随分と眠そうじゃん。寝られんかったの?」
「まぁ、そうですね」
欠伸を一つすると、青からそう声をかけられた。少々恥ずかしい。
そうです。寝られなかったんです。貴方のせいなんです。
外はあれだけ降っていた雨も次の日には止み、いつもと変わらぬ景色だった。
第三の目でじっと見つめてみても、やはり青の心はわからない。聞きたいことがあった。けれども、何故か聞かない方が良い気がして……
だから、どうにか青の心を読むことはできないものかと、頑張ってはいますがやはりその心は読めない。
「え、えと……そんなに俺のことを見つめてどうしたのかな?」
他人の心を読めなくなってしまった妹のことは少しだけ羨ましかった。心を読むことで嫌われ続けた私。
でも、今ばかりは青の心が読めないことが惜しい。
いや、卑猥な考えは伝わってくるけどね。誰がお前とキスなんてするかばかやろー。
結局、昨晩のことは青から聞くことができなかった。まさか、心が読めないというだけで、これほどまで臆病になってしまうとは……なんだか複雑な気分です。
その青はと言うと、今は妹やペットの猫と一緒に遊んでいるところ。昨日はあれだけ、青をボコボコにしていたと言うのに、妹も楽しそうに遊んでいる。
そんなことが嬉しかった。
このまま、少しずつでも良いから閉ざした心を開けてくれれば良いのだけど……
そして、その日の夜。
遊び疲れたのか、妹は今日も隣でぐっすりと眠っている。
私も寝なきゃ。そうは思ってもどうにも寝られそうにない。いくら寝ようと思っても、ぎゅっと目を瞑ってみても、どうにも体が睡眠を拒む。
――青は、今日も起きているのでしょうか?
そんなことばかりを考えてしまう。そんなことばかりが気になってしまう。
だから、私は今日もそっと布団から抜け出し外へと向かった。
そして、扉の前へ着くと、またあの音が聞こえた。
また雨? しかも、昨晩よりその音は強い。
そっと扉を開け外へ。
其処には、昨日と同じように雨の中に立っている青の姿。此方に気づくこともなく、ただただ上を見上げている。
昼間に見せるような、間の抜けた表情ではなく、真剣に何かを考えるような姿。
昼間と夜。貴方の本当の姿はどっちなの?
それが、私にはわからなかった。
そんな青に声をかけることも憚れ、やはり私は逃げるように家の中へと戻った。
「お姉ちゃん、最近元気ないけどどうしたの?」
青と一緒に暮らすようになってからもう十日ほどでしょうか。寝不足の日々が続きます。
「いえ、大丈夫よ。ちょっと夜、寝られてないだけだから」
どうやら、ここ最近の寝不足が祟り、表情にそれが出てきてしまっているらしい。
「なんだ、また寝られなかったのか。寝不足は健康に悪いぞ?」
それもこれも、貴方のせいなんですけどね。
あれから毎晩、外へ出ると雨の降る中に青は立っていた。ただ。其処に立っている時もあれば、座っていることや傘を差している時、霊弾のようなものを出している時など……
何をやっているのかわからないし、そのことを聞くこともできていない。
雨が降ることはおかしくない。けれども、夜だけ。しかも毎晩降っているのは流石におかしい。たぶん、それに青が関係しているんでしょうけれど。
「大丈夫ですよ。それほど柔な体でもありませんので」
それでも、流石に最近は厳しくなってきた。
人間よりは丈夫な身であるけれど、昼間に寝てしまうことも増えてきている。それに、妹にまで心配されるようになってしまったんだ。そろそろマズい。
聞いてみるしか、ないですよね……
覚悟を決めないと。
夜。私はそっと布団から抜け出した。
すっかりこの行為にも慣れてしまったけれど、なんだかいけないことをしているみたいで、どうにも心がざわつく。
家の外へと続く扉の前へ立つと、いつもの音が聞こえてきた。
どうやら、今日も彼は外にいるらしい。
そして、そっと扉を開けると――
目の前に青がいた。
「うわぁ!? び、びっくりした」
驚いたような青の声。こっちが驚いたわ。
いつものように立っていなさいよ。
ふぅ……これで逃げることもできない。それは、臆病な私にとってちょうど良い。
私だって、前へ進まなければいけないのだから。
「……青は何をやっていたのですか?」
「えっ? い、いや……べ、別に夜、眠れないって言っていたさとりのために、寝るまで優しく抱きしめてあげようと思っていたとかじゃ、な、ないぞ?」
違う。私が聞きたいのはそうじゃない。
あと、ふざけんな。そんなことされたら、余計寝られんくなるわ。
「……いえ、そうではなくて。青は毎晩、何をやっていたのですか?」
「毎晩……? あ~、もしかして最近さとりが寝不足なのは……ごめんな。俺のせいだったか。別に放っておいてくれても良かったんだけど」
むぅ、失言でしたね。いつもは何も考えていないように見えて、こう言う時に限って青は聡い。
「別に青のせいではありませんよ。それで、貴方は何を?」
私がそう尋ねると、青が軽く手を振り下ろした。
そして、あれだけ強く降っていたはずの雨が、止んだ。
「ただの練習だよ。特訓って言うべきかな。この身体はさ、どうやら睡眠がいらないらしいから、夜になったらずっとやってきてたことなんだ」
そう、でしたか……
「昔は……まぁ、今もだけど俺ってどうにも力がないから、そのせいで色々な人たちを助けられなかった。それが嫌で、この特訓に意味があるのかわからないけれど、こうやって毎晩やってきた」
そんな言葉を落とした青の心には、名前も知らない様々な少女の顔が浮かんでは消えた。
「……頑張ってはいるつもりなんだけどねぇ。ホント、どうにも上手くはいってくれない人生だよ」
青の過去に何があったのか私にはわからない。
でも、地獄へ来なければいけなかったと言うことは、きっとそれだけの理由があるのだろう。
まぁ、昼間の青を見れば地獄へ堕とされるのも仕方が無い気もするけど。
むしろ、妥当な判断だと思う。
「それに、うだうだと考え事をするのに、夜ってのはちょうど良いしさ」
最後にそう言って青は笑った。
「……そう言うことでしたか。わかりました。それでは、私も寝ることにします」
「うん、おやすみ。良い夜を」
本当はもっと聞かなければいけないことがあったのだと思う。けれども、口下手な私ではどうしてもそれができなかった。
ただ、これで心の中にあったモヤモヤは少しばかり晴れたような気もします。
はい、おやすみなさい。
「ああ、もし私たちの部屋へ入ってきたら追い出しますからね」
「りょ、了解です……」
うん、どうやら今日からは寝ることもできそうだ。
良い夜を。
青の心は読めない。でも、青との距離は少しだけ縮まった気がします。
それが良いことなのか、それとも悪いことなのか、その時の私にはわかりませんでした。
きっとこの時から私は――……
少しだけ遠い未来で、そんなことを気づくのです
むぅ、いつもより長くなってしまいました
と、言うことで第51話でした
少しだけ主人公の好感度を上げる調整
あとは叩き落とすだけですね!
次話は……未定です
では、次話でお会いしましょう