東方拾憶録【完結】   作:puc119

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第49話~崩壊の始まりは~

 

 

 気がつけば俺の身は薄暗い空中にあった。ぬえと共に光の中へ吸い込まれ、何が起こったのかはわからないが、俺はこの場所へ転送されたのだろう。

 風を切る音が五月蝿い。

 何が起こったのかはわからないし、此処が何処なのかもわからない。けれども、この感覚には覚えがある。

 

「なるほど、落下中か」

 

 この世界へ来たときのことを思い出す。訳もわからぬまま、空中へ投げ出され、あの湖へ叩き落とされた時のことを。ああ、そうか。アレからもう数百年も経ったのか……

 なんとも感慨深いものである。

 

 あの時は何もできずにたたき落とされた。しかし今は違う。

 

 ――今の俺は空だって飛べるのだから。

 

 空への想いを馳せ、ただただ飛びたいと願う。そうすることで俺の体は重力から開放され……ないぞ、おい。

 あ、あれ? なんでか知らんけど、落下速度が落ちない。むしろ加速してる。ヤバいヤバい、なにコレ。どうなってんの? マジ意味わからん。どんなに飛びたいと願っても、体が浮くことはないし、眼下に見える景色は近くなる一方。

 落ち着け、とりあえず落ち着け。

 

 平安京にいたあのマッチョですら空を飛んでいたんだ。マッチョにできて俺にできないわけがない。

 両手だ! 鳥のように両手を羽ばたかせれば空だってきっと飛べる! ……訳ないわな。

 

 どんどんと迫る真っ赤な色をした池のようなもの。

 

 

 あ~……ダメだね、こりゃ。

 

 そして俺は赤色の水へ叩き落とされた。

 

 

 

 

 なんとも粘性係数の高そうな真っ赤な水。水と言うよりそれは、血と言った方が合っているかもしれない。矢が突き刺さって部分がズキリと痛んだ。先程空を飛べなかったのはコイツのせいか? 何を仕掛けておいたのかは知らんが、ホント面倒なことをしてくれたものだよ。

 痛みを堪えながら水中で無理矢理の矢を引き抜き、なんとか水面へ。体力は限界が近い。なんとか陸へ上がらないと。

 

 粘っこい血のような水を掻き分け陸を目指す。どんどんと力は入らなくなるし、視界だってボヤけ始めできている。頭はボーっとし、今すぐにでも寝られそうだ。

 きっと今なら気持ちよく寝られるだろう。それでも、なんとか最期の力を振り絞り陸まではたどり着くことができた。

 

 しかし、もう無理。限界。

 

 ああ、そう言えば妹紅を置いてきちゃったな。きっとあの優しい妹紅のことだ、俺を心配していることだろう。それに、一緒に光の中へ飲み込まれていったぬえは大丈夫だろうか。

 

 どうして、俺の人生はこうも上手くいかないんだろうね……

 

 そんなことを思いながら俺の意識は薄れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

「ただいまー」

 

 そんな妹の声がした。

 良かった、どうやら今日はちゃんと帰ってきてくれたみたい。第三の目を閉ざしてから、妹の考えていることがわからなくなり、何をしたいのかも私にはわからない。まるで、猫のようにふらりと遊びに出かけては、いつの間にかふらりと帰ってきている。危険なことをしていないと良いのだけど……たった一人の私の家族。やはり心配です。

 

 人からも妖怪からも嫌われ、地獄へ隠れ住むようになってもう、数年ほど。嫌われ者である私の家に客人などは訪れないし、この家に居るのは私と妹と何匹かのペットだけ。

 

 妹のことは気になるし、できれば閉ざした心をもう一度開いてもらいたいとも思っている。けれども、この静かな生活はそれになりに気に入っている。私にはこれくらいがちょうど良いのだから。

 

 

 しかし、そんな静かな生活もあの変態のせいで大きく変わることとなった。マジふざけんな。私の小さな幸せを返せ。

 でもそんなことに、その時の私が気づくはずもなく……

 

 

 そんな幸せの崩壊のきっかけは、妹が連れて来た。

 

 

「おかえりって……え、えと、こいし? その手に持って引きずっているのは?」

「血の池で拾ってきたの。ねえ、お姉ちゃん、これペットにしても良い?」

 

 人間の少年と思われる塊の脚を持ち、ズルズルと引きずりながら妹が帰ってきた。今までも、動物を拾ってきてペットにすることはあったけれど、人間を拾ってくるのはこれが初めて。

 あと、こいし? せめて足じゃなくて手を持ってあげましょうよ。

 

「……あったところへ戻してきなさい」

「えー、良いじゃん。もうペットだって何匹もいるんだし変わらないでしょ?」

 

 確かにペットは何匹もいるけれど、人間は一人もいない。人間? ダメダメ、お姉さんそんなの認めませんよ。

 それに、その拾ってきた人間だって私たちのことを知ったら、どうせ私たちを嫌ってしまうだろう。今までもそうだった。きっとこれからだって……

 嫌われることに慣れるなんてことはない。嫌われればいつだって寂しいし。いつだって一人ぽっちだ……

 

 妹が拾ってきた少年は黒色の外套を羽織り、腰には見かけない形の傘と瓢箪が一つ。どうして、この少年は地獄へ? 見たところ妖力は感じないし、怨霊などの死霊の類でもなさそうだ。どう見ても、ただの人間。そんな人間が何故? 気になることは多いけれど、できれば関わりたくはない。私のような妖怪が関わってしまえば、この人間にだって迷惑がかかってしまう。

 

「あのね、こいし。それは人間よ? 人間は私たちを嫌ってしまうものなの。だから……ね」

「ん~……でも、これはまだわかんないよ?」

 

 それは、そうだけど……けれども、まず無理だろう。何回も経験してきた。最初は大丈夫でも関わりあううちに、近づくごとに、私と関わってきた者の心の闇は大きくなっていった。

 何度も経験してきた。何度も、何度も……

 

 はぁ、妹にも困ったものです。何かに興味を持ってくれることは嬉しいし、私だって応援したい。けれども、興味を持った相手が人間となれば話は別。動物とは違い、人間の感情の動きは大きく作用してしまう。もし、妹が連れて来たものが動物ならば私は受け入れた。でも、人間はダメ。

 人間は壊れてしまうのだから。それも、簡単に。

 

 なんとか、妹を説得できれば良いのだけど……

 

「はぁ……じゃあ、こうしましょう。こいしの連れて来た人間に私たちのことを話し、それでその人間が私たちと一緒に暮らしても良いと言ったら許可を出します」

「ホント!? えへへー楽しみだね!」

 

 まるで、自分が嫌われることなんか無いかのように喜ぶこいし。そんな姿を見ていると、心が痛む。

 きっと、私たちはその人間に拒絶されてしまう。

 

 ――他人の心を読む。

 

 そんな妖怪が嫌われないわけなどないのだから……

 きっと私たちはまた嫌われてしまう。そんなことはわかっている。嫌われることはやはり辛い。けれども、これで妹が成長してくれれば、学んでくれれば私は良いと思った。

 

 まぁ、そんな考えが失敗だったのだけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

「お姉ちゃーん! 目覚ましたよー!」

 

 妹が連れて来た人間の目が目覚めるまで、のんびりお茶を飲みながら趣味の読書をしていると、元気な声が響いた。

 はぁ……この時が来ましたか。軽く深呼吸をして心の準備。

 うん、大丈夫。例え他人から嫌われようが、私にはこの妹がいる。大切な大切な存在である妹がいるんだ。だから大丈夫。私はまだ頑張れる。

 

「身体の調子はどうですか?」

「ん~……いや大丈夫。五体満足だよ。んで君は? ああ、俺は青って言うんだ」

 

 私の質問に素直に答え、青と名乗った少年。

 あ、あれ? 心が上手く読めない……全く読めないと言うわけではないし、端々から卑猥な考えや淫猥な感情は読み取ることはできるけれど、雑音のようなものが混じり、何故か詳しい感情までは読み取ることができなかった。

 そして、出会ってまだ数秒なのに、貴方が好きだってどういうことだ。

 今まで嫌われことは何度もあった。しかし、出会って数秒で告白されたのは初めて。口には出していないけど。

 何この人間、マジ怖い。ドン引きです。

 

「え、えと……私は古明地さとりと申します。それで、其処にいるのが私の妹であるこいしです」

「うん? さとり……? ん~……もしかして心を読むことのできるあの?」

 

 青の言葉を聞き、とくりと心臓が跳ねた。

 何故、そのことを?

 

「……ええ、そうですよ」

 

 私がそう答えると、いきなり手を握られた。

 滅茶苦茶驚いた。何? 何事ですか?

 

 そして――

 

 

 

「貴方が好きだ。結婚しよう」

 

 

 

 青はそう言った。

 

「…………は?」

「あら? 聞こえんかったか? んじゃあ、もう一度言うけど、好k「いや、いいです。ちょっと黙れ」あっ……はい」

 

 ちょっと待って欲しい。意味がわからない。

 これは、どういうこと? この人間は何を言っているの? いや、その言葉の意味はわかっているし、その言葉が嘘でないこともわかる。けれども、やはり意味がわからない。

 嘘ではない。だからこそわからない。

 

「えーっ、お姉ちゃん結婚するの?」

 

 しません。

 

「うん、どうやらそうらしいぞ。これからよろしくな、こいしちゃん。でも安心して欲しい。俺はこいしちゃんのことも好きだから、君とだって結婚しても良いんだよ?」

 

 お前は少し黙れ。

 

「……話を整理しましょう。貴方は人間なんですよね? では、どうして人間である貴方が地獄へ?」

「えっ……此処って地獄だったの?」

 

 知らなかったのね……

 此処は、現世で罪を負った死者や、生きながらも忌み嫌われ追い出された者たちが集う場所。青のような生きている人間が来て良い場所でない。

 

「いや、俺もどうしてこうなったのか、わからないんだけどさ。ちょいと悪さをしていた妖怪を懲らしめていたら、何の間違いかは知らんがその妖怪と共に此処へ落とされたんだよ。まぁ、一緒に落とされた妖怪がどうなったかは知らんけど」

 

 妖怪と一緒に落とされた?

 あまり信じられるような話ではない。けれども、どうやら嘘ではなさそうだ。それくらいのことしか読めないけれど、それくらいのことはわかるもの。

 

 あと、何かにつけて私の唇を狙うのはやめてください。

 そして良い加減その握った手を放せ。

 

「それで結局、青はどうなの? 一緒に暮らしても良いの?」

 

 ああ、そう言えば元々そう言う話でしたね。この変態のせいで話が反れてしまっていた。

 う~ん、どうしましょうか。正直、この変態と一緒に暮らすのは勘弁してもらいたいところ。けれども、妹はそうではないのだろう。

 

 ……うん、此処は姉としてきっと我慢しなくてはいけない場面なのだろう。今まで姉らしいことは何もできなかったから、今ばかりは妹のために頑張ってみよう。

 

「そうね……もし、貴方が良いのであれば、これから私たちと一緒に生活してくれませんか?」

「えっ、良いのか? むしろ、此方からお願いしたいくらいなんだが……うん、それじゃあ、これからよろしくお願いします」

 

 青がそう答えると、こいしは本当に嬉しそうに笑った。

 そんな笑顔が見られただけでも、良かったって思える。

 

 

 これからどうなるのかはわからない。今はまだ大丈夫。けれども、もしかしたら青だって私たちのことを嫌ってしまうかもしれない。未来なんて不安だらけで何も見えない。

 

 ただ、また妹の笑顔が見られれば良いな。なんて私は思うのです。

 

 

 

「一緒に暮らす……それって結婚じゃ!?」

 

 ちげーよ。

 

 






少しばかり間が空きましたが私は元気です
最初は、ぬえさんと二人で旅をするお話を書いていましたが、続きそうになかったのでボツに

と、言うことで第49話でした
これで、次の犠牲者が決まりましたね


次話はきっとこの続き

では、次話でお会いしましょう

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