(・∀・)まっっちょ!
心が折れそうだった。
家の影から、暗闇の中から、あらゆる場所からマッチョは飛び出してくる。地上にはマッチョが溢れかえり、上を見上げれば両手を羽ばたかせ空を飛ぶマッチョの姿。
そんな地獄絵図は此処に平安京にあった。
最初のうちは、妹紅がマッチョ一人一人を捕まえ、何らかの術を解いてはいたが、如何せんマッチョは多すぎた。
きっと俺の見えているこのマッチョたちは、全員ただの畜生なはず。飛んでいるマッチョは鳥だろう。頭ではそうわかっていても、相変わらずマッチョの姿は変わらない。
集中し、霊力を限界まで高め、鍛え抜かれた妄想力を使い、このマッチョは可愛い女の子だと想像してはみたが、結果としてマッチョに獣耳と尻尾が生えただけだった。グルグルと喉を鳴らしながら、何が楽しいのかは知らんが尻尾をフルフルさせ近づいて来るマッチョ。その姿には可愛さの欠片もない。
もうヤダ、帰りたい……
前を向けばマッチョ。後ろを振り返ればマッチョ。上を見ればマッチョ。
妖怪とは精神に依存する生き物だと聞いた。もし、俺が妖怪だったのなら間違えなく消滅しているだろう。それほどに、このマッチョ共は俺の心を抉ってくれる。今の俺なら無我の境地にだって達することができそうだ。
「う~ん、それにしても誰がこんなことをやっているんだろう」
俺と違いマッチョが見えていないため、まだまだ余裕そうな妹紅。俺の心はズタズタだ。早いとこ犯人を見つけないと心が死ぬ。
「……わからん、ただ近づいてはいると思う」
京を覆っている薄気味悪い黒い煙は先ほどより、確実に濃くなっている。きっとこの先に封獣ぬえがいるはずだ。
全く、なんて恐ろしいイタズラを考えたのだ。どういう原理で動物がマッチョに見えるのかわからないが、本当にやめてほしい。
どうやら大内裏へ近づくほど、黒い煙は濃くなっているらしく、行かなければいけない場所も漸くわかった。しかし、何が目的でこんなことを起こしているのだろうか?
そして、大内裏の正門である朱雀門の上にソイツがいた。
短い黒髪に黒色のワンピースとニーソックス。背中からはよくわからん赤と青の羽が三対。
あともう少しで、ワンピースの中が見えるのに……しかし、ちらりと見える太腿は素敵。
やはり、鵺の正体は女の子だったのか。もうこの世界何でもありだな。どうしたらこの可憐な少女が虎やら猿やら狸に見えるんだよ……どうせ声だってトラツグミのようには聞こえないだろうし。
「あら? よく此処までたどり着けたわね人間」
どうやら此方に気づいたらしく、門の上からぬえが声をかけてきた。
何度も何度も心が折られそうになったけどな。妹紅と一緒じゃなかったら、此処まで来ることはできなかっただろう。
「お前がこの馬鹿げたイタズラの犯人か?」
「ご名答。私は鵺。正体不明が売りの妖怪よ」
……正体不明が売りなのに、自分で言っちゃったよ。安売りも良いところだ。
ぬえさん意外とおっちょこちょいなのね。
『おめでとうございます。これで課題7はクリアとなります。霊力が上昇しました。現在の貴方の能力は「雨を降らせる程度」の能力です』
久方ぶりに聞いたあの無機質な声。体の底がゆっくりと温かくなる感覚がし、少しだけ体が軽くなる。
ああ、これで課題クリアなのね……なんだろうか、今までで一番あっけない気がする。もっと熱い展開とかそう言うのが欲しかったのだが、それは我が儘だろうか。
「……それで、君は何が目的でこんなことをしたんだ?」
「人間は正体不明なものを怖がる。そして、それが私の力になる。お前だって怖かっただろう? 正体のわからないものが」
いや、俺が怖かったのはマッチョであって、むしろ正体がわかっていたから怖かったのだが……
どうにもこの娘とは会話が噛み合わないな。いや、まぁ可愛いから許しちゃうけど。
「けれども、どうやら私の正体もバレちゃったみたいね」
いや、君が教えてくれたんだよ? バラしたの君だからね?
「だから、お前を殺して正体不明を取り戻させてもらう。さあ、人間。正体不明の攻撃に怯えて死ね!」
とんだ迸りもあったものだ。
どう考えても、ぬえが勝手に正体をバラし、イチャモンつけて襲いかかって来ているようにしか思えない。どこのヤクザだよ……
「妹紅はちょっと、此処で待ってて」
「えっ、でも青は勝てるの?」
やってみなきゃわからない。それでも、格好くらいはつけたいじゃないか。そりゃあ、俺よりも妹紅の方が強いのだから一緒に戦ってくれれば嬉しい。けれども、せっかくの機会、自分の実力を知るにはちょうど良い。
相手は後世まで語り継がれる大妖怪。一方此方は、ただの不老不死。戦況は絶望的。いつも通りだ。
幽香の傘を強く握り、飛び上がる。
あの熊畜生以外の妖怪と戦うのはこれが初めて、やるだけやってみるのも悪くはないだろう。
飛び上がりぬえの様子を確認すると、先程までは持っていなかった三又の槍がその手にはあった。是非、口汚く罵られながら、あの槍でチクチクされてみたい。
そんな阿呆みたいなことを考えていると、レーザーやら妖弾やらと色鮮やかな弾幕をぬえが放ってきた。
ああ、こりゃダメだ。
そう思った。頭はそう考えた。
けれども――体は動いた。
レーザーを掠らせながらも、巫山戯ている量の妖弾を躱してくれた。空を飛びながら戦うなんてことは、もちろん慣れていない。それでも、体は勝手に動く。妖弾と妖弾の間に身体を入れ込み躱し、躱しきれない妖弾は傘で弾き、ぬえへ向かって一直線に進む。
目標まで数十メートル。
「ちょ、ちょっと、どうして!?」
慌てたようなぬえの声が届いた。そんなの俺だってわからない。そりゃあ毎晩毎晩ほぼ休むことなく、努力は続けてきた。けれども、どうして此処まで体が動いてくれるのかは、俺にだってわからない。
目標まではもう十数メートル。弾幕を喰らう気はもうしない。
「このっ……人間ごときが!」
風を切る音が五月蝿い。
色鮮やかな弾幕は眩しい。
でも、悪い気分じゃあない。
目標までもう数メートル。
「堕ちろっ!」
そんな声と共に突き出されたトライデント。
そして俺は、そいつを傘で弾き飛ばし、代わりに傘の先端をぬえの喉元へ突き付けた。
「俺の勝ち……かな?」
「…………」
正直、滅茶苦茶驚いている。
だって、相手は大妖怪。それなのに、此処まで上手くいくとは流石に思えなかった。強く……なっているのか?
でも、そんな実感は湧かない。
さてっと、この目の前で俯き、黙り込んでしまった妖怪はどうしようか?
ん~……うん? この勝負に俺は勝ったわけなのだし、此処は俺の言うことなら何でも聞くって言うのが筋なのではないか?
うん、きっとそうだ。それくらいの権利は俺にあるはず。あんなマッチョだらけの地獄絵図を見せられたのだ、ただで許すと言うのは違うだろう。
「な、なによ。その目は……?」
さてさて、ぬえには何をしてもらおうか。
とりあえず、さっきのトライデントで俺の尻をつついてもらうことから始めるとして、その次は……これはヤバイな興奮しかしない。
あっ、でも下に妹紅がいるんだよなぁ。妹紅の前でそんなことをやるのはどうにも気が引ける。まぁ、課題もクリアできたことだし、別にもうぬえに用はないんだけどさ。
「とりあえず、君がやっている術を解いてくれないか?」
突きつけていた傘を降ろし、ぬえに提案。やはり、女の子の弱みにつけ込むような事は止めておこう。越えてはいけない一線くらい俺にだってあるのだから。
もう色々と越えちゃってる気もするけれど……越えちゃったなら、また戻れば良いのだ。それでも、きっと遅くはないはず
「……わかった」
俺の提案に、ぬえはそう答えた。
「うん、ありがとう」
これでもう、この京にマッチョが蔓延ることはないだろう。別に人間を救おうとか、そう言うことは思わないけれど、悪いことではないはず。
そして、ぬえが手を挙げ、その手を振り下ろすと京の彼方此方で何かが光った。
あの薄気味悪い黒い煙もなくなり始め、静かな京の姿へ。
さて、これで一応一件落着とでも言って良いのかな? ふふん、珍しく活躍できたからなんとも今は気分が良い。今日はお酒でも買ってパーっとやろうか。
そんな、この後どうしようかなんて呑気に考え事をした時だった。
ざくり――と、何かが俺の腹を貫いた。
急に腹が熱くなり、あの燃えるような痛みが腹から広がった。視線を下へ向けると、其処には俺を貫いた一本の矢。
ちょ、ちょっと待ってくれ。なんだこれ? 今回の俺は特に悪いことはしていないはずだ。逆にぬえのやった術を解かせ、京の安全も守ったはずじゃあ……
「えっ、なにコレ……」
惚けたようなぬえの声。
歯を食いしばりなんとか痛みに耐えながら、足元を見ると何かの術のようなものが展開されていた。これはちょいとマズイかもしれない。
どういう仕掛けなのかはわからないが、全く体が動かない。
これは人間が、やったのか? ぬえを退治するために……
「青っ!!」
妹紅の声が聞こえた。
待て、お前は来るな。それに、たぶんもう……
そりゃあ、そうだ。考えてもみろ、あの人間共が何も抵抗せずただただ、やられているはずがない。ずっと……ずっとこの瞬間を狙っていたのだろう。
またまた俺は迸りだが、この暗闇の中あいつらに俺が見えているとも思えない。
はぁ、紫の言ってた嫌な予感って、これのことだったのかねぇ……こんなんどう仕様も無いじゃないか。
これから、どうなることやら……
そして、俺とぬえは光の中へと吸い込まれていった。
実は強かった主人公
弱けりゃあの頼光四天王に圧勝することなんてできなかったわけですしね
これもきっとクマさんのおかげです
あの変態さんはそのことにいつ気づくのやら……
と、言うことで第48話でした
主人公に矢を放ったのは源頼政さんです
ご先祖様の仇討ちも無事できたようでなによりです
妹紅さんと仲良くなりすぎていたので、堕ちてもらうことに
次話は地底のお話っぽいですね
では、次話でお会いしましょう