東方拾憶録【完結】   作:puc119

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第46話~手が届かないからこそ~

 

 

「ああ、そうだ。なぁ紫、頼みたいことがあるんだけど」

「頼みたいこと?」

 

 せっかく紫と出会えたんだ。このチャンスはいかすべきだろう。課題の方だってクリアしていかなければいけない。

 

「正体不明の……妖怪かな。まぁ、そんな感じで正体不明的な何かの噂が広まり始めたら、俺に教えて欲しいんだ」

「何よ、正体不明って」

「さあ?」

「さあって貴方……」

 

 そんなことを言われても、他にわかっていることなど何もないのだから仕様が無い。毎度のことだが、もう少しくらいヒントがほしいよな。たぶん妖怪なのだろうけど、件の正体不明って奴がどんな奴なのかはわからない。いつ、何処でそいつが現れるのかすらも。

 まぁ、だから正体不明なのかねぇ。

 

「ま、頭の隅にでも覚えておいてもらえると助かる」

「はぁ、わかったわよ。そんな噂があったら教えてあげるわ」

 

 うん、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 紫との出会いがあってからもう数十年。いまだ連絡は来ない。

 その間は、ずっと妹紅と二人で旅を続けていた。最初は家でも作ろうかとも思ったが、建築道具を用意するのも面倒だ。それに旅を止めるつもりもないため、家を建てたとしても定住することはないだろう。

 それならと思い、ひたすらに旅を続けている。流石に雪の降る冬は旅をするのも大変なため、その間だけは人里へ行き空家を貸してもらった。

 

 旅の目的も決めず。漫ろに。ふらふらと。

 星を見たい時は山へ行き、夕日が見たくなれば海を目指し、滝が見たくなれば川を登る。春は桜を追いかけ、夏は涼しさを求め、秋は紅葉を探して……時には木の棒が倒れた方角へ。時にはひたすら海岸線を。そんな行き当たりばったりな旅を続けた。

 

 可愛い女の子との二人旅。妹紅がどう思っていたのかはわからないが、俺にとっては幸せな時間。いまだに、妹紅から自分のことを話してもらってはいない。けれども、出会った頃よりも明るい表情は増えていると思う。時折、何かを思い返したかのように辛そうな顔をするときもあるが。

 

 毎晩のように、能力の練習をしてきたため、水を創造することも動かすこともかなり上手くなってくれたと思う。まぁ、上手くなったとは言え戦闘に使えるような能力ではないが。

 そして、妹紅の方も炎の扱いがかなり上手くなっている。最初の頃など火力の調節が全くできず、幾度となく新鮮な食材を真っ黒な炭化物へと変えてくれたが、今では弱火から超強火まで自在に操れるようになった。

 戦うつもりはないが、戦闘なら俺よりも妹紅の方が強いだろう。だって、俺の能力じゃ女の子を水浸しにして、肌へ張り付いた衣服を眺めることくらいにしか使えないし。

 いいなぁ、炎。パイロキネシスとかカッコイイよね。

 

 

 そして、二人で草原に寝そべり星空を眺めていたとある夏の夜、妹紅がぽそりと呟いた。

 

「私も空を飛んでみたい」

 

 雲一つない星空はやはり綺麗で、輝く星々の世界の中へ吸い込まれそうになる。

 日が長く、夜となっても真っ黒な空へとなりにくいこの季節。朔日の今宵、空の深さは増し星々をいっそう輝かせる。薄らと青みがかった星空には、この季節にしか感じることのできない独特の美しさがあった。冬の星空もよく映えてはくれるが、夏の星空だって負けないくらいによく映える。良い季節だ。

 

「あれ? 妹紅って空飛べなかったっけ?」

「普通の人は飛べないよ……」

 

 普通の人は炎なんて出せないけどな。

 

 空を飛ぶ、か。今では当たり前のように空を飛べるようにはなったが、最初は苦労したな。そんなあの頃が懐かしい。

 

「だからさ。ちょっと私を抱えて飛んでみてよ。私も空を飛ぶってどんな気持ちなのか知りたいし」

 

 むくりと起き上がり、妹紅が言った。

 えっ、抱えて飛ぶんですか? 何その素敵イベント。

 

「ま、まぁ、いいけど」

 

 しかし、抱えると言ってもどうすれば良いのだろう。抱っこはダメだ。理性が飛ぶ。飛ぶのは体だけで充分。

 となると、まぁ、背負うのが一番か。

 

 寝ていた身体を起こし、軽く叩いて服についた草を落とす。そして、妹紅に背を向けるようにしゃがんだ。き、緊張するな。

 背中に柔らかな感触と少しの重さがかかる。後ろから回された両腕。僅かに聞こえる吐息。全部が全部、俺の心臓の動きを速めた。

 

 やべぇ、もこたんめっちゃ良い匂いがする!

 

「そ、それじゃあ、飛ぶぞ」

「うん、お願い」

 

 耳元から聞こえる声はこそばゆく、心臓の鼓動は妹紅に気づかれるんじゃないかってくらい大きくなる。

 そう言えば、人を背負ったまま飛ぶのは初めて、しかも相手は可愛い女の子。まぁ、野郎など背負って飛びたくはないが。

 

 

 少しばかり霊力を高め、空を飛ぶ願いを込める。すると地から足が離れ、ゆっくりと浮上が始まった。

 昔はこんなこともできなかったんだよな。今では信じられない。ただただ、空へ想いを馳せると言うことが俺にはできなかった。

 そりゃあ、崖から突き落とされたって空を飛べるようにはならないだろう。空を飛ぶ奴らってのは、落ちたくないから飛ぶのではなく、空へ向かって飛びたいと思うから飛んでいるのだ。そんな簡単なことが俺にはわからなかった。

 

「すごい……ホントに飛んでる」

 

 ゆっくりと上昇していたが、人を背負ったまま飛ぶのにも慣れてきたため、速度を一気に上げる。上で輝く星々に向かって。

 重力に逆らい、眼下の景色がぼやけ始める。此処まで高く飛んだのは初めてかもしれない。しかし、いくら高く飛んでも、どんなに上を目指しても、見える星の大きさは変わらない。

 数え切れないほどの星。けれども、そんな星々に手は届かない。

 

 上を目指し続けてもキリがないため、数十分ほど飛んだところで上昇を止める。

 明かりの少ないこの時代、下の景色は何も見えず、見えるのは上で輝く星だけとなる。真っ暗な世界へ放り出され、どちらが上でどちらが下か――そんな感覚すらも狂い始める。

 

「星、すごいね」

「ああ、そうだな」

 

 千年も経てばこの星空は消えてしまうだろう。文明の発展と共に忘れてきてしまう。それが悪いことだとは思わないが、この景色を見られなくなるのはやはり悲しい。

 

「青はさ。私に聞かないよね……」

 

 耳元から聞こえる妹紅の声。

 その表情を見ることはできない。

 

「妹紅が話してくれるまで俺は聞かないよ」

 

 妹紅と旅を始めてもう数十年。それだのに、俺は妹紅のことはほとんど知らない。迷いの竹林に住む、不老不死。俺が知っているのそれくらい。

 このままでは、幽々子やルーミア、萃香の時のように俺の無知が招いた失敗をまた繰り返してしまうかもしれない。

 

 けれども……それでも、妹紅に聞こうとは思わなかった。俺が聞けば妹紅は悲しむのではないか。そんな目先のことしか考えられない俺には聞くことができなかった。

 

「そっか……やっぱり優しいんだね、青は」

「……そんなことは、ないさ」

 

 本当に俺が優しいのなら、聞かなければいけないのだろう。

 あと一歩踏み出す勇気が俺には足りない。あれだけの失敗をしてきたと言うのに。

 

「ううん、私にはそれが救いになった。うん……今更だけど、時間はかかっちゃったけど私のこと話してみようと思う」

 

 救いになった……か。なんとも複雑な気分になる。自分ではダメだと思っていたことが、相手にとって救いになるとは。

 

 ――辛いなら、別に話さなくても良いんだぞ?

 

 辛そうな妹紅の声を聞き、そんな言葉がでかかった。しかし、なんとか言葉を飲み込み、自分の中へ言葉を押し込む。

 漸く妹紅が話そうとしてくれているんだ。それなら俺がやらなければいけないのは、それを後押ししてあげること。妹紅の決意を無駄にしてはいけない。

 

「ゆっくりでいいよ。だから話してくれると俺も嬉しいかな」

「うん……わかった」

 

 そんなつもりはないはずだったけれど、どうやら俺は妹紅に対して他の少女たちとは違う扱いをしているらしい。それが同じ不老不死者としてなのか、それとも違う理由なのかはわからない。ただ、何と言うか……いや、自分でもよくわからないな……

 

 

「私は……咎人なんだ。人を手にかけ、不老不死の薬を飲んだ。そんな咎人」

 

 

 ぽそりぽそりと妹紅が言葉落とし始めてくれた。

 妹紅が話終えるまで、俺は黙ってその言葉を聞き続けた。その話には流れなんてなく、落とされる言葉は短い。そんな短く切られた言葉を繋ぎ合わせなければいけない。

 時には言葉が詰まり、風の音だけが聞こえる世界へと変わる。ゆっくりと、しかし妹紅は話を続けた。

 産まれた家の話。父親と輝夜の話。蓬莱の薬を飲んだ時の話。そこで犯した罪。そして、不老不死者となってからどんな生活を送ってきたのか。

 

 まとめれば、数十分もあれば終わるような話。しかし、話終わる頃には真っ黒な世界が明るくなり始める時間となっていた。

 

 

「……そんな人生だった。うん、あまり楽しい人生ではなかったかな。後悔ばかりだったもの」

 

 話の結びに妹紅はそう言った。

 確かに愉快な話ではなかった。てか、予想以上に話の内容が重かった。なんて声をかけてあげれば良いのかさっぱりわからん。

 

「青と旅をするようになってからは楽しいよ。でも、私なんかがこんなに楽しんで良いのかわからない……」

 

 ん……自責の念って奴だろうか。また難しい話だ。妹紅のしたことは決して正しいことではない。人を殺めたことが許されるとは思えない。思えないけれど……

 

「別に楽しんだって良いんじゃないか?」

 

 俺は妹紅に何かを言えるほど偉くはない。だから好き勝手言わせてもらおう。

 それに、俺も色々とやらかしてるしさ。

 

 自分勝手に、我が儘にいかせてもらおう。

 反省もした。後悔もした。けれども立ち止まることはしない。そう決めた。

 

「い、良いのかなぁ……」

「ま、それは妹紅の問題だ。解決しろとも言わない。だからって無視して良いとも言えない。けれどさ、妹紅には笑っていてくれた方が嬉しいかな。何か手伝えることがあれば手伝う。いくらでも相談にだって乗る。頑張れ。それくらいしか俺には言えないよ」

「……ありがとう」

 

 どういたしまして。

 やはり重い話や難しい話は苦手だ。どうせなら楽しい話の方が俺は好き。

 東の空は明るく、また今日も一日が始まる。

 

「さて、そろそろ戻ろっか」

「うん」

 

 数十年も一緒にいて、随分と時間はかかってしまったけれど、少しだけ妹紅との距離は縮まったと思う。本当に小さな距離。難しいよね、人間関係って。

 

 さて、今日はどこを目指して旅をしようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの?」

 

 数時間ぶりに地上へ戻り妹紅を下ろした時に、ふと思った。

 確かに背中で感じられていた柔らかな感触。

 

「いや、その……妹紅も女の子なんだなって」

 

 ごちそうさまでした。

 流石に怒られました。

 

 






……あれ?

ん~……おっかしいなぁ

と、言うことで第46話でした
さぁ、一気に進めるぞとか思い書き始めましたが予定通りは進みませんでした
またしっぽりとしたお話
ごめんねー

次話は……もう、これわかりませんね

では、次話でお会いしましょう

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