東方拾憶録【完結】   作:puc119

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第4話~空気を読んだ結果がこれだよ~

 

 

 毎日の始まりは『おはよう』の一言から始まる。たったそれだけのことでも、これがあるのとないのでは、大きく違う。だから俺は今日も声に出すのだ。一日が始まったことを知らせるために。

 

「おはよう。諏訪子」

 

 俺はそう言って廊下で会った諏訪子に挨拶をしたが、諏訪子はぷいっと俺から顔を反らせた。どうやら、先日のことをまだ怒っているらしい。

 これは困った。ただでさえ好感度は低かったのに、あの事件のせいで好感度メーターはマイナス方向へ振り切ってしまった。土下座による謝罪も行ったが、諏訪子は受け入れなかったし、こちらから話しかけても無視される。

 どうしようか……諏訪子が怒っている原因は俺が裸を見たからだろう。それなら、俺の裸を見せれば許してもらえるのではないか? いやいや、落ち着け。どう考えたって二次災害が起きる。

 

 ――ホント、どうしたものか

 

「……おはよう、青」

 

 うだうだ考えていると、神奈子が声をかけてきた。しかし、声に元気はないし何処か眠そうだ。きっと昨晩、俺に付き合ってずっと起きていたからだろう。申し訳ない気分になる。

 

「おはよう。神奈子」

「いやぁ、流石にちょっと眠いね。うん眠いから寝てくるよ」

 

 そう言って、神奈子は自分の部屋の方へ行ってしまった。きっとお昼すぎくらいまでは起きてこないだろう。どうかゆっくり休んでください。

 

 その後、神奈子を抜かしての朝食を食べるとき、廊下で会ったときなど諏訪子に声をかけ続けたが全て無視された。あれだな。ここまで無視されると意外に心へくるものがある。

 いやはや、どうしたら許してもらえるのかね。居心地が悪いったらありゃしない。一緒に朝食を食べていた巫女さんも、俺と諏訪子の様子にあたふたしていた。このままではいけない。

 

 お昼を過ぎたあたりで漸く神奈子が起きてきた。俺と諏訪子の様子を見て、何かおかしいとは思ったのだろうが、神奈子は何も言わなかった。たぶん、一人でどうにかしろってことなのだろう。

 うん、できるだけ頑張ってみるよ。

 

 しかし、結局その日は何もできないまま夜になってしまった。本当なら寝なければいけないけれど、どうしても寝る気にはなれない。それに、この寒い冬の夜は考え事をするのにちょうど良い。

 自分の部屋を出て、冷え切った廊下を歩く。吐き出す息は白くなり、まさに冬と言った感じだ。今晩も星を見ながらのんびりと考えるとしよう。

 

 そして、いつもの縁側へと行くとそこには諏訪子がいた。

 思わず息を呑む。

 

「……本当に青は寝ないんだね」

 

 ――神奈子の言ってた通りだ。

 

 諏訪子が久しぶりにかけてくれた言葉。嬉しさ半分、驚き半分と言ったところ。身体が固まる。

 

「そんなに身構えなくても大丈夫だよ。別にそんなに怒っていたわけでもないし……ただ、ちょっと混乱していただけ」

 

 諏訪子はそう続けた。それにしても、どうして諏訪子が此処にいるのだろうか? 今までこんなことは一度もなかったのに。

 

「そんな所に立ってないで、こっちに来て座りなよ」

 

 ぽふぽふと自分の隣を叩きながら諏訪子が言った。それじゃあ、お邪魔します。

 なんかやたらと緊張するね。こういうのはどうにも慣れない。

 

「記憶がないってのはさ、どういう気分なの?」

 

 ……いきなり難しい質問がきた。思っていることは色々とあるけれど、それを言葉にするのは難しい。

 

 まぁただ、一つ言えるのは――

 

「とにかく不安な感じかな」

 

 自分の過去には何もなく、未来は何も見えない。真っ暗な闇の中に、自分だけが放り込まれたような感覚になる。そのまま闇に飲み込まれてしまいそうで、そのことがどうにも不安だった。

 

「そっか……」

 

 俺の言葉に、諏訪子はそう答えた。そして痛いほどの沈黙が続く。

 降り積もった雪は音を吸ってしまう。一人でいるときは感じなかったが、わずかな音すらしないこの静かな空間は、思った以上の寂しさを感じた。何かを喋らなければいけない。しかし、言葉は出てこない。

 

 沈黙は続いた。

 

 こんなとき何を喋れば良いのだろうか? ヤバい、下ネタしか出てこないぞ。

 

「青はさ……どうして私と神奈子が一緒にいるのかとか、疑問には思わなかったの?」

 

 諏訪子が口を開き、沈黙が終わった。良かった、どうやら下ネタを言わなくて済みそうだ。

 

「そりゃあ、疑問にくらい思ったよ。俺はお前たち二人の間で何があったのか知らないのだから。けれどもさ、それは昔のことなんだろ? それなら俺からは聞かないよ」

 

 昔のことがどうでも良いとは思わない。だけど、いつまでも過去に捕らわれているわけにはいかないのだ。立ち止まることだってできない。だから見えない道だろうが、なんだろうが進まなければ。

 

「…………」

 

 俺の答えに諏訪子は何も言ってくれなかった。諏訪子の様子を確かめると、空を見上げていた。それに習って俺も空を見上げると、今日も星が綺麗に輝いていた。今まで何度もこの星空を見てきてわかったが、どうやらこの世界の天体は俺のいた世界と同じらしい。

 おおいぬ座のシリウス、オリオン座のベテルギウス、こいぬ座のプロキオンからなる冬の大三角。やっぱり星空は冬の方が綺麗らしい。

 

「過去に行くことってできないのかな?」

 

 諏訪子がぽそりと呟く。その言葉に俺の心臓が大きく跳ねた。過去に行く方法ですか……

 

「どうやら、上手くいけばできるっぽいよ。ただ、もし過去へ行けたとしても……」

 

 そこで俺の言葉は止まった。良いのか?ここから先の言葉を伝えても大丈夫なのか?

 ――いや、自分で言ったじゃないか。過去に縋ることのできない俺は、前に進まなければいけないのだと。

 

「行けたとしても?」

 

 転生前の俺は、どう言う気分だったのだろうか。自分の記憶を消し、未来の自分へ全てを託すと言うのは。

 

 そして静かに一度呼吸をしてから俺は言った。

 

「記憶は失われる」

 

 まぁ、俺がそうだったってだけで、もしかしたら違う方法だってあったかもしれない。それにここは、元の世界とも違う。けれども、なかなか上手くはいかないみたいだ。

 

「えっ、じゃあ青って……」

 

 諏訪子がこちらに顔を向け見つめてきた。

 今なら自然な流れでキスができそうだが、なんとかその衝動を抑えつける。流石に空気くらいは読めます。

 

「詳しくは俺もわからないけどね。どうやらそう言うことらしい」

 

 もう少し説明が欲しかった。ホント、人生の攻略本がほしいよ。

 

「そうだったんだ。それで青は私たちが知らないことを知っているんだね」

 

 漸く話をしやすい空気となり、それから俺は俺のことを。諏訪子は諏訪子のことをお互いに語りあった。流石にこの世界がゲームの世界と言うことは言わなかったけれど、用意された課題のこと。寿命のこと。そして記憶が元に戻ることも話した。

 諏訪子は神様として祟られたこと。この国のこと。そして神奈子との戦争のことの話をしてくれた。

 難しいことはわからないけれど、どうやら諏訪子も色々と思っていることはあるらしい。神様ってのも楽ではないみたいだ。

 

 そんなことを長い間語り合っていたせいか、東の空が赤くなり始めていた。また今日も寝ることができなかったけれど、悪い気分ではない。

 両腕を真上に伸ばし、凝り固まった身体に刺激を与える。

 太陽が顔を出し、朝日が地上を照らす。また今日も一日が始まる。だから俺は今日も口に出すのだ。一日が始まったことを伝えるために。

 

「おはよう。諏訪子」

「うん、おはよう青。ふふっ、ずっと一緒にいたのに変な気分だね」

 

 笑いながら諏訪子が返してくれた。やはり挨拶は返してもらった方が気持ちが良い。

 

「なあ、諏訪子」

「なに?」

 

 まだまだ寒い日々が続く。

 春は待ち遠しいけれど、冬と言う季節も悪くはない。

 

 

「キスしよっか」

 

 

 ぶん殴られた。

 いや、いける空気だと思ったんだよ。

 

 

 






こんな真夏に冬の話を書いていると、頭がおかしくなりそうです

と、言うことで第4話でした
話がなかなか進みませんね
いつになったら諏訪を抜けれるのやら

次話もきっと諏訪のお話です
そろそろ能力も使ってあげさせたいですね


感想・質問何でもお待ちしておりますが、なくても隠れた迷作を目指して頑張ります

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