東方拾憶録【完結】   作:puc119

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第38話~押しつぶす~

 

 

 流石に、俺だけ格好が違うのはマズいらしく、俺も他の奴ら同様山伏のような格好に。まぁ、手に持つのは錫杖ではなく、幽香からもらったあの傘なんだけどね。この傘でないと、穿突ができないのだ。

 外套の上から無理矢理、袈裟と鈴懸を着たため、少しばかり着膨れしてしまったが動くぶんには問題ない。外套を脱ぐことも考えたが、荷物になるからやめておいた。

 

「貴方が頼光様の仰っていた、仙人様なのですか?」

 

 5人と共に大江山を目指している時、最初にそう声をかけてきたのは、坂田公時だった。あの有名な童話である『金太郎』の主人公。言葉遣いも丁寧で、感じの良い好青年と言った印象。

 そして何よりイケメンである。爆発しろ。

 

「ああ、そうだよ」

「そうでしたか! なんでも貴方は仙術を使えるそうですね。頼りにしております」

 

 そう言って公時は笑った。笑顔もカッコイイ。クソが。

 

 なんだかなぁ、どうにもこの青年が金太郎であるとは思えない。俺の勝手なイメージでしかないが、もっとこう『オラ、わくわくすっぞ』とかそんなセリフを言ってもらっていた方が似合っている。誰だよあんた。

 

 仙人である俺が珍しいのか、その後、公時が声をかけてきたのを皮切りに、他の3人もやたらと話しかけてくるようになった。仙術とはどのようなものなのかとか、空を飛ぶ感覚はとか質問は尽きない。

 これで相手が可愛い女の子であったら俺は嬉しいが、残念ながら相手は野郎。ちっとも嬉しくなんてない。

 

 

 

 

 京を出てから4時間ほど、漸く大江山の麓へたどり着いた。大江山って思っていた以上に近いんだな。きっと飛んでいけば、1時間もかからない距離だろう。

 

「皆も疲れただろう。この先の道はさらに険しくなる。ちょうど良い岩穴もあるし、そこで休憩しよう」

 

 頼光が言った。

 いや、流石にこれくらいじゃ疲れんだろ。たった4時間ほど歩いただけなのだし。まぁ、此処は皆に合わせるのが無難か。余計な口出しはしないに限る。

 

 しっかし、こんなところに岩穴ねぇ。どうにも臭いじゃないか。

 いや、匂いがとかじゃなくて怪しいって意味な。きっと此処で例のお酒をもらえるのだろう。まさに物語通り。物語通りすぎて嫌になる。

 

「はぁ、流石に疲れるな」

「すまん、水をくれないか?」

「ああ、ちょっと待ってくれ……あっ」

「どうした?」

「水、持ってきてないわ」

 

 本当に疲れているのか、岩穴の中で座り込む5人。岩穴の中はそれなりに広く、きっと奥深くまで続いているだろう。

 それにしても、なんとも抜けた5人だな。こんな調子で本当に酒呑童子を倒すつもりなのだろうか? この様子では、放っておいても勝手に自滅する気がする。それは、俺にとって有り難いことではあるが、『神便鬼毒酒』だけは、なんとしてももらわなければいけない。そのためにももう少しだけ頑張って欲しい。それで、俺と戦う時になったら弱ってくれるとすごく助かる。

 まぁ、人生そんなに上手くいくわけがないことくらい、よくわかっているが。

 

「水を入れる器はあるか?」

「器ならあるが……どうするのだ?」

「ああ、そうか! お主なら水を出せたな。助かる」

 

 正直、水はやらなくても良いんじゃないかと思った。俺はコイツらと戦わなければいけない。水を飲めず、それで弱ってくれるのなら有り難いこと。

 けれども、其処まで外道に徹することが俺にはできなかった。人間道は歩まないと決めたはず。そう……そうだと言うのに、情けないことではあるが、それを捨てきることがどうしてもできなかった。

 

「おお、何もないところから水が……」

「これが、仙術……なのですか?」

「有り難い。有り難い……」

 

 ただ、水を出しただけだというのに、5人からはひたすら感謝された。

 『ありがとう。貴方が来てくれて良かった』と。

 

 ……やはり、水なんてあげない方が良かった。お礼の言葉は、重い。

 

 

「待っていたぞ」

 

 岩穴で休んでいると、奥の方から3人の翁が現れた。

 やはり現れやがったか……

 

「貴方たちは?」

 

 頼光が聞いた。

 誰がどれかはわからないが八幡、住吉、熊野の三柱の化身だろう。

 

「私たちは神々の化身。酒呑童子を討とうとするお主たちに渡したい物がある」

 

 そう言って、一人の翁が頼光に瓢箪を渡した。

 しっかし、随分と人任せな神様だよな。人間なんかに鬼退治をさせようとするとは。まぁ、神様ってのはそう簡単に人間を助けられないってことなんだろうけどさ。

 

「これは?」

「『神便鬼毒酒』。人間にとっては薬となり、鬼にとっては毒となる神々の造った酒。これを飲ませれば、鬼どもは直ぐに眠りへとつくだろう。私たちにはこれくらいしかできない。どうか、酒呑童子を討ってくれ」

「……私にできる限りのことはやらせていただきます」

 

 頼光がそう答えると、三人の翁は直ぐに消えてしまった。

 どうやら、頼光も相手がただの人間ではないとわかったらしい。歴史も神も見方をしてくれている。恵まれてるねぇ、あんたは。

 

 そうか……俺は神も敵にしないといけなくなるのか。

 

 

 可愛い女の子を救いたい。

 

 たったそれだけのことなのにな。まぁ、人生多少の壁があった方が燃える。これくらいがちょうど良い。

 そう思うことにした。

 

 

 

 

 休憩を終え、一段と険しくなった道を進む。緊張からなのか、本当に辛いなのかはわからないが、5人の口数は極端に減った。

 こんな調子で大丈夫なのか? もう何回考えたかもわからない疑問がもう一度浮かび上がる。頑張ってくれとは思わないが、少々情けない。

 

 そして日が沈み始めた頃、漸く大江山の山頂へと着いた。

 其処は、木々もなく開けた場所となっており、随分と見晴らしの良い山頂だった。未来でもこの環境が残っていれば、きっと絶好のスポットとしてネットでも紹介されるだろう。

 

 まぁ、ただ問題があるとしたら其処には、鬼共が蔓延っているということ。これでは観光客も寄り付かない。ざっと数えてその数は30と言ったところか。萃香の言っていたように、ゴツい奴らばかりだ。すごく帰りたい。

 

「それで? あんたらは何をしに此処へ?」

 

 そして、そのゴツい奴らの中に見覚えのある鬼が一匹。さらに、その鬼がどうやら酒呑童子らしい。他の鬼と比べても体は小さく、とてもじゃないが強そうには見えない。

 やっぱり、信じられんよなぁ。萃香が酒呑童子だなんて。

 

「私たちは修験者だが、もうすぐ夜となってしまう。どうか、此処で一晩泊めてはもらえないだろうか? なに、只で泊めろとは言わない。ちゃんと手土産も持ってきている」

 

 よくもまぁ、鬼相手に頼光も口が回るものだ。他の4人の表情なんて強張っていて、いかにも緊張してますと言う具合なのに。

 まぁ、たった30ばかしの鬼しか此処にはいないが、もしこの鬼たちが京へ攻めてくれば、京は壊滅するだろう。それほどに鬼の力は強いと聞いている。緊張するなと言うのは無理な話。

 

「手土産ねぇ……なんだい? それは」

「お酒だよ。それも極上の」

「あい、わかった。それなら喜んで迎えよう。さぁ皆、客人だよ! 宴の準備をしな!」

 

 持ってきた手土産がお酒だと知り、パーっと萃香の表情は明るくなった。ここ数ヶ月ほど会っていなかったが、萃香の性格はあの時と変わっていないらしい。萃香さん超可愛い。結婚してくれないかな?

 

 萃香の声を聞いた鬼共は、わーわー騒ぎながら、宴の準備を始めた。中央では火を起こし、大きな猪を丸ごと焼いている。さらに魚や野菜などもちゃんとあるらしく、なかなかに豪華な食事。

 こうやって見ていると、ただのお祭り好きで愉快な集団にしか見えない。ゴツいのばかりだから俺は嫌いだけど。

 

 俺の顔は萃香に知られている。もし、萃香に見つかってしまえば面倒だ。そのため、できるだけ萃香から遠い場所に立ち、一応顔も布で隠すようにした。どうかバレませんように。

 

 

 

 

「それじゃ、一日限りの良き仲間に……」

 

 

 ――乾杯っ!!

 

 鬼の山に、愉快な声が響き渡った。

 頼光の提案により、最初の一杯目は全員一緒に飲むことになった。もちろん、『神便鬼毒酒』をだ。流石は神のくれたお酒。どうやら、この『神便鬼毒酒』はいくらでも瓢箪から出てくるらしく、俺たち人間を含め全員にお酒を注いでも終わることがなかった。

 もしかしたら、頼光の提案は受け入れてくれないのではとも思ったが、萃香さんノリノリで承諾しました。少しは他人を疑って欲しい。毒が入っているとか思わなかったのだろうか?

 他の鬼たちも同様で、極上のお酒と聞き飲みたくない奴はいないのか、疑う奴なんて一人もいなかった。なんとも純粋な心を持った集団だ。将来心配になる。

 これも歴史の力って奴なのだろうかねぇ?

 

 

 例に漏れず、俺も『神便鬼毒酒』はもらっている。盃を軽く挙げ、乾杯の掛け声をしてから、一気にお酒を流し込んだ。

 鬼の酒と比べてアルコールは弱め、香りも味も其処まで良くはない。俺に詳しいお酒の味なんてわかりやしないけれど……ああうん、あまり美味しくないね、これ。

 

『おめでとうございます。これで課題6はクリアとなります。霊力が上昇しました。現在の貴方の能力は「水を動かす程度」の能力です』

 

 あの声が頭の中で響いた。

 『神便鬼毒酒』の効果のおかげなのか、課題をクリアしたからなのかはわからないが、急に身体が軽くなったような感覚。

 

 これで、残る課題はあと4つか。

 水を動かす程度の能力がどれほどのものかはわからないが、新しい能力も扱えるようになり、順調順調。

 

 

 

 

 さて、と。

 

 これで、俺の用事は終わりだ。

 けれども、俺にはやらなければいけないことが後2つほど残っている。

 

 パタリ、パタリと倒れていく鬼共。まさか、こんなにも早く効果が現れるとは……

 

「お前、何……をした?」

 

 苦しそうな萃香の声。

 

「この酒はな。人間にとって薬となり、お前たち鬼にとっては毒となる。そんな神からいただいた酒なんだ」

 

 萃香の前に立つ頼光。

 その手には一本の太刀。

 

「騙した……のか?」

 

 幽香の傘を手に取ってから立ち上がる。

 くるりと傘を半回転。持ち手ではなく、傘の先端を手に持つように。

 そして、ゆっくりと歩を進め、頼光の後ろへ。

 

「まぁ、そういうことになるな」

 

 頼光がゆっくりと太刀を振り上げた。

 萃香は動けない。

 

 フック状になっている傘の持ち手を上へ向け、頼光の両足の間に入れる。

 

 

 一度、軽く深呼吸。

 正直に言おう。“穿突”を使うのはやはり怖いのだ。それでも……それでも、俺は前へ進ませてもらう。

 力なんて抜かない。全力でやらせてもらおうか。

 

 

「じゃあな、別に怨むのなら怨んでくれてかまわんっおっほぉぉぉおおおっ!!」

 

 

 そして、俺は傘を全力で後ろへ引いた。この時、やや上向きに引くのがポイントだと思う。

 

 その場に倒れこむ頼光。

 悪いな。でもお前のこと、そんなに嫌いじゃなかったよ。

 

「貴方は何を……しているのですか? これは……どういうことですか?」

 

 公時の声が聞こえた。

 さよなら人間道。もう振り返りなんてしない。ひたすら外道を歩もうじゃないか。

 

「……そういうこと、かな。はぁ……うっし。かかってこいや人間。残らず昇天させてやるよ」

 

 残りは4人。

 

 






なんともまぁ、格好の悪い必殺技ではありますが、威力は強そうです

と、言うことで第38話でした
“穿突”をくらってしまった頼光さんが少しばかり不憫です……

次話は4人との戦い
この作品で初めての戦いらしい戦いです
内容は酷そうですが……

では、次話でお会いしましょう

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