東方拾憶録【完結】   作:puc119

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第36話~選ぶ道は~

 

 

「それが私たちの退治しなければならない者……つまり、鬼たちの頭である伊吹萃香の特徴だ」

 

 頼光の言葉が聞こえた。聞きたくもなかった。知りたくは、なかった。

 頭の中が真っ白になって、けれども、ああ、やっぱりそうなのか。なんて冷静に今の状況を考えるような自分もいて、まるでぐちゃぐちゃ。

 

 だって、なぁ。これは流石に酷いんじゃないか?

 もしかしたらさ、なんとかなるんじゃないかと思っていた。酒呑童子だけを倒して、他の鬼は倒さずにすむみたいに。そんな甘いことを考えていた。

 けれども、そんなことはもう思えない。

 

「そんなこと、聞いてねーよ……」

 

 独り言が落ちる。誰に当てたわけでもない愚痴が溢れる。

 

 嬉しそうにお酒を飲み、楽しそうに笑う萃香の姿を思い出した。

 何やってんだ、お前は……なんで鬼の頭なんてやってんだよ……

 

「お主と出会えて良かったよ。それでは一月後、羅城門で」

「……ああ、わかったよ」

 

 頼光とは他にも会話をした気もするが、よく覚えていない。

 

 ホント、人生上手くはいかないものだ。

 俺はどうすりゃあ、良いんだよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自宅へ戻り、床へ倒れこむ。

 何もする気が起きない。何かをしなきゃいけないことはわかっている。それでも、どうにも体は動いちゃくれないし、頭は回らない。

 

 あの緑の彼女は、萃香が酒呑童子であること知っていたのだろうか?

 

 ……まぁ、知っていたんだろうな。教えてくれても良かったのにさ。

 

 ――いや、教えてもらったところで何かができたわけでもないか。

 

 

 ああ、そう言えば最近はお酒を飲んでないな。萃香と一緒にいた時は、毎日飲んでいたと言うのにさ……

 

 ダメだ、本当にやる気が起きない。何かをやらなければいけない。でも、何をすれば良いんだよ。

 誰か教えてくれないかね……

 

 

 

 

 あの日から3週間、京へ行くのも熊と戦うこともせず、ただただ家の中でボーっと過ごした。それは、ただの現実逃避。そんなことはわかっている。けれども、体は動かない。

 あと、一週間で俺は酒呑童子……伊吹萃香を討伐するために出発しなければいけない。行かなければいけないのだ。

 正直、行きたくなんてない。一緒に過ごしてきた仲間が殺される場面など見たくはない。どうにか良い方法はないか、いろいろと考えた。足りない頭でうだうだと考えてはみた。

 

 歴史だと、頼光たちによって995年に酒呑童子は討伐される。毒の酒を飲み、弱ったところで首を落とされる。それが俺の知っている歴史。

 しかし、酒呑童子が萃香みたいな女の子と言う話は聞いたことがない。それなら、俺の知っている歴史とは違う結果になるのではないか? もしかしたら、萃香が生き残ることもあるのではないか?

 

 ――そんなどう仕様も無い願望ばかりが頭に浮かぶ。

 

 もし、萃香を助けるのだとしたら歴史を変えなければいけない。そして、そのことをできるのは、この世界では俺だけだろう。歴史を、結果を知っていてそれを変えられる立場にいるのは俺だけ。

 

 それが重かった。

 

 

「たまには、外へ出てみるか……」

 

 最近、独り言も増えた気がする。だって、そうでもしないと何かに押しつぶされそうになるから。

 

 家の扉を開け、外へ。

 外の天気は腹が立つほどの晴天で、久しぶりに太陽を見たせいか、思わず目を細めてしまった。太陽ってこんなに眩しかったんだな。

 

 

「こんにちは。お久しぶりですね。青さん」

 

 そして、家の外にはあの郵便屋がいた。ルーミアの姿は見えない。

 

「……や、久しぶり」

 

 この郵便屋も知っていたんだろうな。萃香が酒呑童子だってことを。

 はぁ、皆勝手だよな。幽々子の時だってそうだ。知っていたのなら教えて欲しい。知らなかったのは、いつだって俺だけじゃないか。

 

「なぁ……もし、俺が行かなかったら萃香は?」

「殺されますよ。人間の四天王達によって『神便鬼毒酒』を飲まされ、身体が動かなくなったところで首を落とされ、その首は京へ持ち帰る途中で埋葬されます。それが萃香さん……酒呑童子の物語です」

 

 ――貴方も知っているでしょう?

 

 いつもの笑顔で郵便屋が言った。

 その時、俺がこの郵便屋に抱いていた違和感の正体が漸くわかった。この郵便屋の笑い方はおかしい。普通の人なら照れ隠しや苦笑いをするような場面でも、この郵便屋は普通に笑う。普通にしか笑わない。

 

 

 ――壊れている。

 

 

 そう、思った。

 

 

「なぁ……貴方は何者なんだ?」

 

 俺が転生者であることも、この先に起こることも知っている……貴方は誰だ?

 

「ただの郵便屋……といつもなら答えますが、そうですね。たまには自分のことを喋ってみるのも良いかもしれません。たぶん、これが最期でしょうし」

 

 俺の質問に郵便屋はそう答えた。

 中身なんて何もない空っぽの笑顔のまま。

 

「僕の中には、沢山の自分と一人の女の子がいました。いつもいつも、莫迦みたいに騒がしい奴らで五月蠅いったらありゃしない。それでも……あの時は楽しかったです。そして、そんなある日のこと、一人の女の子が消えました。禄に別れの言葉も残さず自分勝手に。だから、僕は旅に出たんです。その女の子ともう一度会うために」

 

 黙って郵便屋の言葉に耳を傾ける。

 郵便屋の言葉の意味は半分もわからない。自分の中の自分とか、旅に出たとか……それでも、この郵便屋が探している女の子が誰なのかは、はっきりとわかった。

 

「女の子を探すために幾億年の時を過ごし、幾つもの世界を越えてきました。そのうちに、少しずつアイツらの声が聞こえなくなり、自分の中も静かに……今では、アレだけ五月蝿かった声も全く聞こえません。つまり、もう限界っぽいです」

 

 世界を……越える? この郵便屋はずっと見てきたのか? 繰り返される歴史を。

 

「だから、青さんにはなんとか頑張ってもらいたいのです。貴方の中にいるアイツに会わなきゃいけないんです。それが、僕が此処まで生きてきた理由ですから」

 

 そう言って、郵便屋は笑った。

 ……やっと、この郵便屋がどんな存在なのかわかった気がする。

 

「貴方が見てきた世界で萃香は?」

「ほとんどの世界で殺されました。ただ、萃香さんが生き残る世界もありましたよ。通常の歴史に登場しないはずのイレギュラーによって」

 

 つまり、この世界でのイレギャラーは……俺か。

 萃香を救うことのできる唯一の存在が俺なのか。そんな物語の主人公みたいな存在なのか……

 

「この世界は貴方の物語です。貴方が書き進めなければいけない物語」

 

 誰だって物語の主人公には憧れ、そんな存在を夢見る。

 しかし、実際にそんな立場になっても……どうすりゃ良いんだよ。攻略本くらい用意しておいて欲しい。

 

「ですから、この先の道は貴方が決めなければいけません。今まで通り人の道か、萃香さんを救い妖の道を歩むか」

 

 妖の道。それは、つまり……

 

 郵便屋は笑いながら言葉を続ける。

 

「けれども、もし貴方が萃香さんを救えば、人間からは迫害されるでしょう。つまり、今まで通りの生活はできません。それでも、貴方は選ばなければいけません。萃香さんの死を乗り越え人の道を歩むか、萃香さんを救い人の道を外れるか」

 

 郵便屋は笑う。

 

 

「これは、そんな貴方の物語なんです。そんな貴方は、この物語をどう書き進めますか?」

 

 

 人間も妖怪も関係なく、皆で笑っていられる世界を過ごしていきたかった。

 でも、どうやらそんなに上手くはいかないらしい。

 

 俺が人間側へつけば萃香は殺される。けれども萃香を救えば、今までのように人間と一緒に生活はできなくなる。そして、萃香を救えるのは俺だけ。

 他の誰でもなく、俺だけが救える。

 

 なんだかんだで、都での生活は楽しかった。『変態』だの『ド変態』だの誂われながら物を売る生活は本当に楽しかった。

 ずっとそんな生活を続けたい。そう思っていた。

 

 

 やっぱり、捨てきれないよなぁ……

 

 

 人の道を選べとか妖の道を選べとか。そんな難しい話は嫌いだ。できることなら何方も歩みたい。

 自己犠牲とかエゴとか色々と考えた。

 結局のところ、俺はわがままで自分勝手なんだろう。今更になって、自分のことを捨てられない。

 

 

「人の道か、妖の道か……んなもん、決まってる」

 

 けれども、自分のこと以上に大切な物はある。

 いつだって、それのために生きてきた。それだけのために生きてきた。

 

「俺はどっちも選ばない」

 

 人の道と妖の道……何方かを選べと言われても、俺は選べない。

 

「しかし、だ」

 

 俺なんかじゃ、物語の主人公にはなりきれやしないだろう。主人公ってのは、皆のために頑張らなきゃいけない存在なんだ。

 俺はそんな存在にはなれやしない。

 

 

 それでも……そんな俺でも胸張って言えることはある。

 

 

「可愛い女の子を救うためなら、喜んで人の道から外れてやるよ」

 

 

 さて、歴史を変えさせてもらおうか。

 

 






東方キャラがまた出てこない……
次話では出てくれるでしょうか?

と、言うことで第36話でした
もうちょいと軽い話を書きたいものです
でも、この場面でギャグを入れても違う気がしますし、難しいですね

次話は鬼退治
変態さんが歩く最後の人の道です

では、次話でお会いしましょう

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