「それが私たちの退治しなければならない者……つまり、鬼たちの頭である伊吹萃香の特徴だ」
頼光の言葉が聞こえた。聞きたくもなかった。知りたくは、なかった。
頭の中が真っ白になって、けれども、ああ、やっぱりそうなのか。なんて冷静に今の状況を考えるような自分もいて、まるでぐちゃぐちゃ。
だって、なぁ。これは流石に酷いんじゃないか?
もしかしたらさ、なんとかなるんじゃないかと思っていた。酒呑童子だけを倒して、他の鬼は倒さずにすむみたいに。そんな甘いことを考えていた。
けれども、そんなことはもう思えない。
「そんなこと、聞いてねーよ……」
独り言が落ちる。誰に当てたわけでもない愚痴が溢れる。
嬉しそうにお酒を飲み、楽しそうに笑う萃香の姿を思い出した。
何やってんだ、お前は……なんで鬼の頭なんてやってんだよ……
「お主と出会えて良かったよ。それでは一月後、羅城門で」
「……ああ、わかったよ」
頼光とは他にも会話をした気もするが、よく覚えていない。
ホント、人生上手くはいかないものだ。
俺はどうすりゃあ、良いんだよ……
自宅へ戻り、床へ倒れこむ。
何もする気が起きない。何かをしなきゃいけないことはわかっている。それでも、どうにも体は動いちゃくれないし、頭は回らない。
あの緑の彼女は、萃香が酒呑童子であること知っていたのだろうか?
……まぁ、知っていたんだろうな。教えてくれても良かったのにさ。
――いや、教えてもらったところで何かができたわけでもないか。
ああ、そう言えば最近はお酒を飲んでないな。萃香と一緒にいた時は、毎日飲んでいたと言うのにさ……
ダメだ、本当にやる気が起きない。何かをやらなければいけない。でも、何をすれば良いんだよ。
誰か教えてくれないかね……
あの日から3週間、京へ行くのも熊と戦うこともせず、ただただ家の中でボーっと過ごした。それは、ただの現実逃避。そんなことはわかっている。けれども、体は動かない。
あと、一週間で俺は酒呑童子……伊吹萃香を討伐するために出発しなければいけない。行かなければいけないのだ。
正直、行きたくなんてない。一緒に過ごしてきた仲間が殺される場面など見たくはない。どうにか良い方法はないか、いろいろと考えた。足りない頭でうだうだと考えてはみた。
歴史だと、頼光たちによって995年に酒呑童子は討伐される。毒の酒を飲み、弱ったところで首を落とされる。それが俺の知っている歴史。
しかし、酒呑童子が萃香みたいな女の子と言う話は聞いたことがない。それなら、俺の知っている歴史とは違う結果になるのではないか? もしかしたら、萃香が生き残ることもあるのではないか?
――そんなどう仕様も無い願望ばかりが頭に浮かぶ。
もし、萃香を助けるのだとしたら歴史を変えなければいけない。そして、そのことをできるのは、この世界では俺だけだろう。歴史を、結果を知っていてそれを変えられる立場にいるのは俺だけ。
それが重かった。
「たまには、外へ出てみるか……」
最近、独り言も増えた気がする。だって、そうでもしないと何かに押しつぶされそうになるから。
家の扉を開け、外へ。
外の天気は腹が立つほどの晴天で、久しぶりに太陽を見たせいか、思わず目を細めてしまった。太陽ってこんなに眩しかったんだな。
「こんにちは。お久しぶりですね。青さん」
そして、家の外にはあの郵便屋がいた。ルーミアの姿は見えない。
「……や、久しぶり」
この郵便屋も知っていたんだろうな。萃香が酒呑童子だってことを。
はぁ、皆勝手だよな。幽々子の時だってそうだ。知っていたのなら教えて欲しい。知らなかったのは、いつだって俺だけじゃないか。
「なぁ……もし、俺が行かなかったら萃香は?」
「殺されますよ。人間の四天王達によって『神便鬼毒酒』を飲まされ、身体が動かなくなったところで首を落とされ、その首は京へ持ち帰る途中で埋葬されます。それが萃香さん……酒呑童子の物語です」
――貴方も知っているでしょう?
いつもの笑顔で郵便屋が言った。
その時、俺がこの郵便屋に抱いていた違和感の正体が漸くわかった。この郵便屋の笑い方はおかしい。普通の人なら照れ隠しや苦笑いをするような場面でも、この郵便屋は普通に笑う。普通にしか笑わない。
――壊れている。
そう、思った。
「なぁ……貴方は何者なんだ?」
俺が転生者であることも、この先に起こることも知っている……貴方は誰だ?
「ただの郵便屋……といつもなら答えますが、そうですね。たまには自分のことを喋ってみるのも良いかもしれません。たぶん、これが最期でしょうし」
俺の質問に郵便屋はそう答えた。
中身なんて何もない空っぽの笑顔のまま。
「僕の中には、沢山の自分と一人の女の子がいました。いつもいつも、莫迦みたいに騒がしい奴らで五月蠅いったらありゃしない。それでも……あの時は楽しかったです。そして、そんなある日のこと、一人の女の子が消えました。禄に別れの言葉も残さず自分勝手に。だから、僕は旅に出たんです。その女の子ともう一度会うために」
黙って郵便屋の言葉に耳を傾ける。
郵便屋の言葉の意味は半分もわからない。自分の中の自分とか、旅に出たとか……それでも、この郵便屋が探している女の子が誰なのかは、はっきりとわかった。
「女の子を探すために幾億年の時を過ごし、幾つもの世界を越えてきました。そのうちに、少しずつアイツらの声が聞こえなくなり、自分の中も静かに……今では、アレだけ五月蝿かった声も全く聞こえません。つまり、もう限界っぽいです」
世界を……越える? この郵便屋はずっと見てきたのか? 繰り返される歴史を。
「だから、青さんにはなんとか頑張ってもらいたいのです。貴方の中にいるアイツに会わなきゃいけないんです。それが、僕が此処まで生きてきた理由ですから」
そう言って、郵便屋は笑った。
……やっと、この郵便屋がどんな存在なのかわかった気がする。
「貴方が見てきた世界で萃香は?」
「ほとんどの世界で殺されました。ただ、萃香さんが生き残る世界もありましたよ。通常の歴史に登場しないはずのイレギュラーによって」
つまり、この世界でのイレギャラーは……俺か。
萃香を救うことのできる唯一の存在が俺なのか。そんな物語の主人公みたいな存在なのか……
「この世界は貴方の物語です。貴方が書き進めなければいけない物語」
誰だって物語の主人公には憧れ、そんな存在を夢見る。
しかし、実際にそんな立場になっても……どうすりゃ良いんだよ。攻略本くらい用意しておいて欲しい。
「ですから、この先の道は貴方が決めなければいけません。今まで通り人の道か、萃香さんを救い妖の道を歩むか」
妖の道。それは、つまり……
郵便屋は笑いながら言葉を続ける。
「けれども、もし貴方が萃香さんを救えば、人間からは迫害されるでしょう。つまり、今まで通りの生活はできません。それでも、貴方は選ばなければいけません。萃香さんの死を乗り越え人の道を歩むか、萃香さんを救い人の道を外れるか」
郵便屋は笑う。
「これは、そんな貴方の物語なんです。そんな貴方は、この物語をどう書き進めますか?」
人間も妖怪も関係なく、皆で笑っていられる世界を過ごしていきたかった。
でも、どうやらそんなに上手くはいかないらしい。
俺が人間側へつけば萃香は殺される。けれども萃香を救えば、今までのように人間と一緒に生活はできなくなる。そして、萃香を救えるのは俺だけ。
他の誰でもなく、俺だけが救える。
なんだかんだで、都での生活は楽しかった。『変態』だの『ド変態』だの誂われながら物を売る生活は本当に楽しかった。
ずっとそんな生活を続けたい。そう思っていた。
やっぱり、捨てきれないよなぁ……
人の道を選べとか妖の道を選べとか。そんな難しい話は嫌いだ。できることなら何方も歩みたい。
自己犠牲とかエゴとか色々と考えた。
結局のところ、俺はわがままで自分勝手なんだろう。今更になって、自分のことを捨てられない。
「人の道か、妖の道か……んなもん、決まってる」
けれども、自分のこと以上に大切な物はある。
いつだって、それのために生きてきた。それだけのために生きてきた。
「俺はどっちも選ばない」
人の道と妖の道……何方かを選べと言われても、俺は選べない。
「しかし、だ」
俺なんかじゃ、物語の主人公にはなりきれやしないだろう。主人公ってのは、皆のために頑張らなきゃいけない存在なんだ。
俺はそんな存在にはなれやしない。
それでも……そんな俺でも胸張って言えることはある。
「可愛い女の子を救うためなら、喜んで人の道から外れてやるよ」
さて、歴史を変えさせてもらおうか。
東方キャラがまた出てこない……
次話では出てくれるでしょうか?
と、言うことで第36話でした
もうちょいと軽い話を書きたいものです
でも、この場面でギャグを入れても違う気がしますし、難しいですね
次話は鬼退治
変態さんが歩く最後の人の道です
では、次話でお会いしましょう