東方拾憶録【完結】   作:puc119

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第33話~止まらず進め~

 

 

『課題6,「神便鬼毒酒を飲め」』

 

 月へ行ったことだけがやたらと印象に残っていたが、そう言えば課題はクリアできたよな。なんて思いながら次の課題を聞いてみると、あの無機質な声にそう言われた。

 

 『神便鬼毒酒』と言えば……酒呑童子伝説に登場するあの酒のことだろう。名前は忘れたが何処かの岩穴に現れる3社の神からいただける、鬼には毒と、人間には薬となる不思議な酒……だったかな。

 

 酒呑童子か……また随分と有名な妖怪に関する課題だ。しっかしなぁ、東方のキャラの中に酒呑童子などいなかったと思う。茨木童子らしきキャラはあの手紙に書いてあったが。

 

 ふむ、これはアレか? 俺も源頼光や渡辺綱、坂田公時らと共に酒呑童子退治へ加われと言うことだろうか。

 しかし、俺なんかがそんな簡単に鬼退治に参加できる気はしない。それなりに有名ではあると思うが、その有名のなり方が悪かった。

 

 人呼んで『空飛ぶ変態仙人』。

 

 誰がそんな呼ばわれ方をしている奴を、命懸けの鬼退治なんかに連れて行くというのだ。

 俺だって、そんな奴と一緒に鬼退治などしたくはない。連れて行かれたとしても、正気の沙汰とは思えない。命を投げ捨てにいっている。

 

 せめて『空飛ぶ仙人』とか呼ばれていれば良かったのだ。それを『変態』の一言が全てをぶち壊している。誰だよ、最初に俺を変態と呼んだ奴。良い迷惑にも程がある。

 

 まぁ、そう呼ばれてしまっているのは仕方がないこと。

 

 さてさて……どうするかな。俺の知識が正しければ酒呑童子の鬼退治が行われるのは、西暦で言うと1000年辺り。あと数十年もすれば、その時が来るだろう。時間はあまり残されていない。その時までに、どうにか鬼退治へ連れて行ってもらえるだけの人間にならなければ。

 

 まぁ、とりあえずは、あの憎しみしか感じない二つ名を変えてもらわないとだな。

 

 

 

 

 

 

 

 なんてことを考えたは良いが、実際のところ何をすれば良いのかさっぱりわからん。今まで通りの生活を続けても何かが変わるとは思えない。

 いっそ陰陽師にでもなって妖怪退治をしてみるのはどうだろう。課題も既に半分はクリアした。きっと小妖怪程度なら俺でも倒せるのではないか? 空だって普通に飛ぶことができ、霊弾だって放つことができる。

 

 おお、なんか行ける気がしてきた。

 

 長い間商売を続けてきたおかげで、俺の知名度は充分。そんな俺が妖怪退治を始めたと言えば、噂は一気に広がるはず。それならお客にも困らないだろう。

 希望が見えてきた。

 

 あとは、俺がどの程度戦えるのかと言うことくらい。今まで戦いなど全くやったことがないため、自分の実力はさっぱりわからん。まずは己の実力を知ることが大切だ。

 と言うことは、だ。誰かと戦わなければいけない。まず思い当たるのは幽香だけど、俺は少女に拳を振るう気にはなれない。可愛少女にボコボコにされるのは好きだが、逆は好かん。

 

 と、なれば思いたる敵は一つ。

 

 あの熊畜生だ。

 

 前回殴り殺された時からまだ数年も経ってはいない。それでも、此方は課題を二つもクリアし霊力もかなり上昇した。前回みたく瞬殺されることはないだろう。

 この自宅から熊の居る場所までは近く、周りに人もいない。まさに絶好の場所。

 時刻もちょうど夜。夜行性であるあの畜生だって起きているはずだ。いや、まぁ、昼間も普通に現れてくれるが……

 

 さて、行くとしようか。

 決して勝てるだなんて思ってはいない。それでも、挑む価値は充分にある。

 

 

 

 

 真ん丸に輝く月明かりの下、自宅の裏山の中を進む。

 

 そして、あの場所へ着いた。

 

 木々はなく、月明かりに照らされた地面が見える。何処か重たい雰囲気と、漂う獣臭。その中心には真っ黒な塊が一つ。

 俺に気づいたのか、畜生はゆっくりと立ち上がり此方を向いた。3mを超える巨漢。

 

 震える手足。嫌な汗は止まらない。

 

「よお、久しぶりだな」

 

 恐怖心を紛らかすため声を出す。畜生からの返事はない。いや、あっても困るけどさ。

 

 相変わらずの瞑らな瞳が月明かりの中、不気味に光る。

 一発目だ。とりあえず一発目を避けろ。

 息を吐き出しながら、全身を震わす。わずかばかりの霊力で身体強化。

  

 感覚を研ぎ澄ませ、畜生の行動に全神経を尖らせる。

 

 そして――畜生の姿勢が少しだけ低くなった。

 

 うめき声のような音を出しながら此方へ飛びかかってくる熊畜生。いつもなら此処で暴力的な右ストレートを受け試合は終了。

 

 けれども、今回ばかりは抗わせてもらおう。

 短い呼吸をし、息を止め、右足に力を込め、全力で左へ飛ぶ。畜生の右手と思われるものが俺の顔スレスレを横切ったのがわかった。動きが速すぎてまともに見ることもできない。

 

 攻撃を外したためか、一瞬バランスを崩した畜生が見えた。瞬きする暇はない。

 

 このチャンスを逃すな。

 着地した左足に力を込め、右手を固く握り、畜生の顔面へ叩き込む。

 

 

 

 

 な~んて感じにいけば良かったんだけどな。俺の拳が届く前に、畜生の後ろ脚が俺の顔面を吹き飛ばした。

 振り切った右手の勢いを利用しての空中後ろ回し蹴り。まさに一撃必殺。俺なんかとはレベルが違う。

 

 ローリング・ソバットしてくる熊とか聞いたことねーよ。どんな熊だ。

 

 ……まぁ、これであの彼女と会うことができるのだ。悲観することはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、久しぶり」

 

 いつも彼女から声を掛かられていたので、今回は自分から声をかける。それに意味などはないが。

 それにしても、あの熊畜生どうなってんだ。何処であんな技を覚えたよ。こっそり一人で練習でもしていたのか? 本当に勘弁して欲しい。

 

「すごいな、あの熊……」

 

 君から見てもすごいのか……アイツに俺は勝てるのかねぇ? 別に勝つ必要などないが、負けっぱなしは気に食わない。ちょうど良い目標とさせてもらおう。

 それに、あの畜生くらい倒せなければ酒呑童子など話にならないだろう。幼少時代の金太郎ですら熊との相撲に勝っている。流石に幼少時代の金太郎以下の実力ではまずいだろう。これでは陰陽師にもなれない。

 これからは毎晩あの畜生との戦いだ。それくらいしなければいけない。戦い方を死んで身体に叩き込むのだ。

 

 

 さて。

 さてさて、と。

 俺の話はこれくらいで良いだろう。

 そろそろ進めなければいけない物語が目の前にあるのだから。

 

「なあ」

「うん?」

 

 

「君は……君たちは誰だ?」

 

 

 もうそろそろ教えてくれても良いんじゃないか?

 色々と考えた。予想を立て、結果を求め、考察をし続けた。けれども、本当の答えなんて俺にはわからない。

 

 与えられている情報が少なすぎる。

 

 未来の出来事や俺が転生者であることを知り、それでいて俺に協力しようとしてくれている、君と郵便屋は何者だ?

 

「……アイツからは?」

「何も聞いていない」

「そっか……」

 

 下に落ちた彼女の顔。何を思い、何を考えているのか俺にはわからない。

 言葉にしてもらわないと、俺にはわからないのだ。

 

 

「……正直なところな、わしにもよくわからん。今のわしの状況が。ずっとずっと昔に消えたはずじゃった。それをアイツに無理矢理救われ、暫くの間一緒にいた。それからまた消えることになって、今度こそ駄目だと思っておったよ。思っていたんじゃがなぁ……」

 

 ポツポツと彼女が言葉を落とした。

 彼女の状況はやはりわからない。何が原因で何があったのか。そして彼女も自分の状況がわからない、と。なんとも複雑な状況だ。

 

 

「君はどうしたいんだ?」

 

 

 彼女にとって、これは俺の物語らしい。

 けれども、俺にとってこれは可愛い少女達が中心の物語だ。もちろん、その少女達の中にこの彼女も含まれる。そんな物語を作るのなら、皆が笑っていた方が良いに決まっている。

 

 ――それが俺の望みだ。

 

 

「そうじゃな……たぶん、わしもこれが最期のチャンスじゃと思う。だからもう一度だけあの相棒と会いたいかな」

 

 

「……了解。それなら全力で協力してやる」

 

 

 俺がそう答えると

 

 ――ありがとう。

 

 なんて言って彼女は笑った。

 

 あと一つ課題をクリアできれば彼女は外へ出ることができる。今まで何度も何度もこの彼女には助けてもらってきた。

 これで漸く、自分のため以外にやらなきゃいけない理由が、頑張ろうと思う気持ちができた。

 

 彼女とあの郵便屋はきっと何処かで止まった物語。何の因果か知らないが、それが動き出したんだ。ソイツに乗ってみるってのも悪くはない。

 それが可愛い少女のためだと言うのなら、全力でやる必要がある。

 

 酒呑童子がどんな奴かは知らないが、歴史は俺に味方をしてくれている。『神便鬼毒酒』を飲むついでに、ちょいと鬼退治と洒落こもうじゃあないか。

 

 

 

 なんて、その時は思っていた。未来は明るいって、きっと皆で笑いながら暮らせる世界が待っているんだって。

 

『今回が、たぶん最期のチャンスなんです』

『流石に、そろそろ限界が近いんですよ』

『そうじゃな……たぶん、わしもこれが最期のチャンスじゃと思う』

 

 予兆は充分にあった。フラグも立っていた。ただ俺が気付けなかっただけ。

 

 そんなあの二人の言葉を思い出したのは、ずっとずっと後になってからのこと。

 けれども、こればかりは俺にどうすることもできなかったのだと思うんだ。

 

 止まった物語が動き出した。

 終わりに向けて。

 

 

 






東方のキャラが出てきませんね
どうなってんでしょうか

と、言うことで第33話でした
これからもう暫くは、あの二人が中心のお話っぽいです

これが最期ですからね

立てたフラグは回収しないといけませんし


次話は修行回の予定です
ボコボコにされながら、あのクマさんとお稽古です


では、次話でお会いしましょう

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