東方拾憶録【完結】   作:puc119

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第32話~今日の天気は~

 

 

 ……どうして雨粒が?

 反射的に上を見上げた。ぽっかりと浮かんだ地球が見える。

 けれども、次第に厚い雲が覆い始め、ついにその星は見えなくなっていった。

 

 

 そして――土砂降りの雨が降り始めた。

 

 

 なんだ? 何が起きている?

 

 郵便屋の姿を確認。黒色なはずだった和服は赤い線の入った青色の服となり、背中から2本の鰭。

 今まで穏やかだったはずの波の音が、大きくなった。

 

「な、何故……貴方は?」

 

 余裕のあった表情は引きつった表情へ変わり、震えるような声で依姫が言った。

 雨が、強い。

 

「この力は、霊力でも妖力でも魔力でも神力でもありません。貴方たちの科学力は妖力に対して相性は抜群。けれども、僕の力はそんな科学力と共に歩んできました。そう言う力なんです」

 

 幽香の傘を広げ雨を受ける。バチバチと弾ける雨音が騒がしい。

 郵便屋の言っている言葉の意味はわからないが、此方はいまだ霊力を使うことができない。今は彼に頼るしかなさそうだ。

 

 ……それにしても身体が重い。知らず知らずのうち、霊力に頼った生活をしてきたと言う事だろう。

 

「……貴方の目的は?」

「目的なんてありませんよ。貴方達からいただける穢れなき経験値も、少しばかりの努力値も僕にはいりません。だからおとなしくこの結界を解いていただけると嬉しいのですが……」

 

 この郵便屋がどれほどの力を持っているのか俺にはわからないが、先程までいたウサ耳少女たちは逃げ出し、依姫の表情は苦い。つまり、相当の実力ってことなのだろう。

 紫やルーミアもかなり辛そうな顔をしている。それほどの力なのか。どうして俺にはそれを感じることができないのかはわからないが。

 

「それは、できません。私たちにも面子があります……私では貴方に勝つことはできないでしょう。それでも全力でやらせていただきます。貴方ですよね? 数十年前に現れた、感じたことのない力を使う侵入者と言うのは」

「あら、バレていましたか。ふふっ、相変わらずお堅いんですね」

 

 依姫の言葉に郵便屋はそう言って笑った。

 相変わらず……?

 

 

「祇園様。お願いします」

 

 そんな声が聞こえ、依姫が持っていた長物を地面へ突き立てると、いきなり地面から刀が生えてきて俺たちを囲んだ。

 困ったなおい。先程から何もできない。

 

 唯一の頼みである郵便屋の様子を確認。

 

 

「……ありゃ、困った。動けない」

 

 俺たちと同じよう、刀に囲まれ動けなくなっていた。

 

 ダメじゃねーか。がっかりだよ。

 

 

 もっと、こう生えてくる刀をバキバキと折ってくれると思っていたのに……何と言うかこれでは気が抜ける。空を飛べたりはしないのか? それに、確か貴方はワープとかできたでしょうが。

 

「えと……もしかしてまずい状況?」

「あ~……まぁ、なんとかなるかと思います。確かに僕はあの幻想郷の少女達のように、空を飛び、華麗な弾幕を広げることはできません。それでも、それなりの実力はあるつもりです」

 

 じゃあ、どするのさ?

 なんて俺が聞こうとした時、郵便屋が手を軽く振り下ろして言った。

 

「『かみなり』」

 

 そんな声が聞こえると、急に空が激しく何かが光り、爆音が響き渡った。

 煙が視界に広がり、わずかに届く何かが焼けた時の匂い。

 

 そして、俺たちを囲んでいたはずの刀が消え、身体に力が入るようになっていた。

 本当に一瞬の出来事、何が起こったのかはわからない。相変わらず土砂降りの雨も止まっていない。けれども、あの戦いでこの郵便屋は勝ったということなのだろう。

 

 本当に、何者なんだよ。あの郵便屋。

 

「む、むぅ。もしかしてやりすぎたかな?」

「……とりあえず、元の姿に戻って……辛い」

 

 そんなルーミアの言葉に郵便屋は『ごめん、ごめん』なんて言って応えた。

 郵便屋の姿が元のそれになると、馬鹿みたいに降っていた雨が嘘のように止み、宙には地球が見えた。随分と遠いところまで来たものだ。視界の晴れた先には倒れた依姫の姿。

 

 さて、これからどうするのだろうか? 俺は月に来ることが主な目的だったから、正直やることは少ないのだが。やりたいことなど輝夜と会うくらいだ。紫だって、郵便屋がいなければ何もできなかったわけだし、今更月の技術が欲しいなどとは言い出さないだろう。

 少しばかり月を観光してみたい気もあるが。

 

「ふ~っと。久しぶりに力を使ったら疲れました。えと、この後皆さんはどうしますか?」

 

 大きく伸びをしてから郵便屋が言った。相変わらずの笑顔で。

 それにしても、依姫は大丈夫なのだろうか? 郵便屋の攻撃が直撃したみたいだけど。それに雷とか言っていたよな。普通、雷が直撃したら死ぬだろ。実際、今もまだ倒れているし。

 

「桃が食べたい」

「ああ、忘れてた。んじゃ、桃狩りに行こっか」

 

 そんなルーミアの言葉を受け、二人は桃狩りへ行ってしまった。本当に自由だよね、君たちって。

 さて、俺はどうしようか。月の桃も食べては見たいが、それよりも輝夜と会いたい。きっとアイツも元気にしていることだろう。約束の時までは、まだ数百年もあるが、会えるのなら会っておきたい。

 

 そんなことを考えながら、倒れている依姫の元へ。

 少しばかり怖いけれど、聞いてみなければわからない。

 

 しかし、アレだ。こう無防備な女性を見るとだな……ほら。なんだか、そういう衝動に駆られる。いや、流石に手は出さないが。

 

 

 声をかけるのも憚られ、仕方なしに依姫が起きるのを待つ。寝息が聞こえることから生きていることは確かだが……

 

 郵便屋とルーミアは桃狩りへ。紫は呆然と立ち尽くしたままで何を考えているのかわからない。

 しかっし、此処はどういう環境になっているのだろうか? 重力だって地球と変わったようには見えず、海があり桃だって生えているらしい。俺の常識がまた一つ崩壊した。

 月といえば、ゴツゴツの地面が広がるばかり。御伽噺だとしても、兎が餅つきをしているくらいだと思っていたんだがなぁ。

 

「んっ……」

 

 うだうだと考え事をしていると、どうやら依姫が起きたらしい。

 争い事が起きなければ良いが。

 

「ああ……やはり、私は負けてしまったのですね」

 

 ぽそりと落ちた独り言。俺には郵便屋と依姫の正しい実力はわからない。それでも、依姫に力がないとは思わなかった。相手が悪かったと言うやつなのだろう。

 

「ちょいとさ、聞きたいことがあるんだけど……蓬莱山輝夜のいる場所って君にわかる?」

「輝夜様……ですか? いえ、私たちも知りません。月へ帰るはずだったあの日、八意様と共に何処かへ逃げたと聞いています。ですので、今も地上の何処かにおられるかと」

 

 ……えっ?

 あら? 何? アイツ、月へ帰ってなかったの? なんだよ、それ。これでは此処へ来た意味がただ、課題をクリアするだけになってしまうじゃないか。いや、まぁ、そのことに不満はないが……そして八意様とは誰だろうか。

 

「貴方と、輝夜様どのような関係が?」

「婚約者だよ」

 

 そんなふうに俺が答えると、依姫はすごく驚いたような顔をした。

 輝夜も『考えてあげる』くらいしか言っていなかった気もするが、まぁ、アイツだって俺にベタ惚れなはずだ。たぶん……

 

 はぁ、そっか。輝夜は此処にいないのか……それならもう、帰っても思い残すこともほとんどない。今更、月を観光する気にもなれないし。

 なんだか急にやる気がなくなってきた。自分の家でのんびりとお茶が飲みたいよ。萃香だって帰ってきているかもしれない。諏訪へ行くのも、もう少しあとにしようかな。ああ、でも此処から地球へ戻るとすると、あの湖に着くのか? それなら、少しばかり寄って行くのも良いかもしれないな。

 

 やることがなくなり、座りながらボーっと考え事をしていると、郵便屋たちが帰ってきた。両手いっぱいに桃を抱えて幸せそうな顔をしているルーミア。楽しそうで何よりです。

 

「さて、そろそろ帰りませんか? 月でやることもありませんし」

 

 ルーミアから桃を一ついただき、それを食べていると、郵便屋が紫に言った。

 

「……そうね。帰りましょうか」

 

 表情一つ変えず、紫が言った。

 何を考えているのやら。きっと、自分の力が全く使えなかったこととか、色々と考えているのだろう。侵略をしようとした結果がこれではね。

 事実、郵便屋がいなければ俺たちは何もできなかったのだし。彼には感謝だ。

 

「できることなら、貴方とはもうお会いしたくありません」

「大丈夫です。もう此処へ来ることはできないと思います。流石に、そろそろ限界が近いんですよ」

 

 依姫の言葉に、郵便屋は笑ってそう言った。

 限界が近い……? どう言う意味だ? 寿命とかそういう話だろうか。

 

 相変わらずわからないことばかり、この郵便屋とは一度ゆっくり二人で話をした方が良いのかもしれない。あの緑の彼女のことだって、聞かなければいけないのだから。

 

 

 その後、海に映った地球へ飛び込むことで俺たちは自分たちの星へ戻った。

 何と言うか、本当に何をしに来たのかわからない。まるで夢物語。けれども、まぁ、こんなものなのかもしれない。例え御伽噺でも夢物語でも、楽しければそれで良い。人生楽しんだ方が良いに決まっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海に映った地球へ飛び込んだ先は、何故か俺の家の前だった。

 辺りは暗く、まだ夜。確かに、月へいた時間なんて2時間もなかっただろう。随分と忙しい旅行となってしまった。

 てか、此処へ戻ってこられるのなら、行く時もそうすれば良かったのにな。そう言うものではないのだろうか? 帰りは良い良い、行きは怖い。そんな感じなのだろう。

 しかし、これで諏訪の二柱へ会いに行くことも難しくなってしまった。まぁ、仕方がないか。

 

「紫はこれからどうするの?」

 

 あんなことがあった手前、流石に月へ行くとも思えない。これからどうすんのかね?

 

「……そうね。少しばかり、考える必要がありそうだわ。色々と」

 

 そう言ってから、紫は例のスキマの中へと消えていった。表情はよく見えなかったが、きっと良い表情ではなかっただろう。理想ほど現実は上手くいかない。そんなものだ。

 

「貴方たちは?」

「ん~……僕はこれからもフラフラと旅を続けます。けれども、青さんとはまた近いうちに会うことになると思いますよ。大きなイベントがありますし」

 

 大きなイベント? 何のことだろうか。この辺りの時代でそんな大きな出来事などあっただろうか?

 

「ルーミアは? ああ、また俺と一緒に生活してくれても良いんだぜ?」

「死ね。私もコイツについていく」

 

 美味しそうに桃を食べながら答えるルーミア。

 まぁ、そうだろうな。別れってのも寂しいものではあるが、仕方がないこと。それにまた直ぐに会えるのだし、悲観することは何もない。生きてさえいれば、また会うことができるのだ。

 

 

 

 

 

 郵便屋たちと別れてから、自分の家の中へ戻る。ただいま。

 まだ萃香は帰っていないらしく、人気のない大きな平屋。

 

 もう一度、外へ出て上を見上げる。雲一つない空にぽっかりと浮かんだ満月が見えた。彼処まで行き、此処まで帰ってきた。やはり実感が湧かない。

 

 なんとも不思議な気分だ。

 

 






ま~たこの変態、一人になってしまいましたね
これからどうするのやら……

と、言うことで第32話でした
2話に分けても何の問題もありませんでしたが、主人公があまり主人公をやらないのもアレですので、さくっと帰ってきてもらいました
まぁ、主人公らしい場面は元々ありませんが

次話は未定です
可愛い女の子を求めて主人公はフラフラと出かけることでしょう

では、次話でお会いしましょう

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