パンツ一枚になって女の子に迫ったら、気絶させられた。どうにも転生と言うのは上手くいかないらしい。
「起きます」
目を覚ますと知らない景色。厳かな建物と立派な鳥居が目に付いた。誰が運んでくれたのかは知らないが、どうやらここは何処かの神社らしい。
俺の格好は変わらずパンツ一枚で、さらに手は後ろで組まされ硬い何かで拘束されていた。そして、目の前には気絶する前に出会ったあの女の子。やぁ、先程ぶりだね。
ふむ――あまりよろしい状況ではないようだ。
「神奈子ー! 変態が目を覚ましたよ!」
女の子が叫んだ。
その変態って言うのやめてもらえませんか? 俺にだってちゃんと名前が――名前?
そう言えば、俺の名前って何て言うんだ? 天使さんは教えてくれなかったし、あの手紙にも書いてはなかったと思う。
そうやってうだうだ考えていると、あの女の子と一緒に青髪の綺麗な女性が現れた。多分、この女性が神奈子と呼ばれていた女性だろう。
「お前がいた場所は守矢の神聖な湖。その場所に何の用だ?」
やや低めのトーンで神奈子が俺に言ってきた。
なんだろうか、下着一枚で女性に叱られているこの状況は。うむ、こういうの良いと思います。是非もっと叱ってもらいたい。そこに蔑んだ目が入れば最高です。
さてさて、そんなことよりも、だ。神聖な湖ですか? それは悪いことをした。まぁ、そんなことを言われても、知らないものは知らないが。
「それは済まなかった。とは、言っても目が覚めたらあの湖にいたのだから、俺にはどうしようもなかったんだ」
「うん? 目が覚めたらあの場所に?」
さて、どうしようか。ここで実は転生してきました。とか言っても許してはもらえなそうだ。けれども、何か説明しなければ向こうは納得しない。
「俺には記憶が無いんだ。気がついたらあの湖の中にいた。ああ、この格好になっていたのもそういう趣味とかではなく、ただ服を乾かしていただけだよ」
ですから、ここは穏便に済ませましょうよ。争いからは何も生まれない。そうでしょう?
「と、言うことだがどうする諏訪子?」
神奈子が女の子に言った。うん? 今、諏訪子と言ったよね。つまり、そこの女の子の被っている帽子が課題1の対象ってことなのかな。
なんだ、蛙じゃなかったのか。勘違いしてしまったじゃないか。あの手紙ももう少しわかりやすい説明にして欲しかった。全く……随分と可愛らしい神様がいたものだ。
「でも、コイツこの姿で私に襲いかかって来たよ」
「いや、違うぞ。あれは襲いかかったわけじゃなく、君を落ち着かせようとしただけだ」
そんなつもりはなかったんだ。信じてください。あと、できれば服を返してください。
「ん……よくわからないけれど、悪い奴ではないんじゃないか? それに、普通なら入ることのできないあの場所にいたのも気になる。ところで、お前の名前は?」
どうやら、神奈子は話のわかる人らしい。諏訪子は相変わらずこちらに敵意を向けっぱなしだが。
名前――これは困った。今ここで考えてしまっても良いが、名前と言うのは強力な鎖だ。つけるだけで縛られてしまう。そして何より、自分で付けるのは気が引ける。
「名前も覚えていないんだ。まぁ、好きに呼んでくれ」
「じゃあ、『変態』で」
諏訪子が言った。
…………うん。なんとなく、こうなる予感はしていたよ。
「それ以外でお願いします」
もっと、ほらカッコイイ名前が良い。『龍』とかつけてさ。
「それなら私が付けてあげるよ。そうだね……」
そう言って、神奈子は空を見上げた。つられて俺も視線を上にむける。雲一つない高い空が広がっていた。今日も暑くなりそうだ。
「『青』、今日からお前の名は『青』だ」
驚くほど適当に名前をつけられた。もし曇り空だったら俺の名は『白』だったんだろう。とは言うものの。
青――うん、なかなか良い響きだ。
「それで、青。お前はこれからどうする?」
どうすれば良いんでしょうね。俺が聞きたいよ。死ぬことはないのだし、なんとかなるは思うが。
「そうだね……とりあず、服を返してもらえませんか?」
話はそれからだ。
なんとか服を返してもらい、これで漸く変態から卒業することができた。さんさんと降り注ぐ太陽光のおかげか、あれだけ濡れていた服もしっかりと乾き、不快感など一切なかった。
「話を戻すけれど、青はこれからどうするんだい? 記憶がないと言うことは、帰る場所だってわからないでしょ?」
神奈子が言ってきた。全くもってその通りだ。反論の余地もない。とは言っても、俺だってこれからどうすれば良いのかわからない。
できれば此処に住まわせてもらいたい。しかし、向こうだってただで住まわせるわけにもいかないだろう。俺と一緒にいることで生じるメリットが必要。
――じゃあ、俺にできることは何だ? 記憶も力も無いような俺に何ができる?
「できれば、ここで住まわせてもらいたい」
「……部屋も空いているし、別に良いけれど青には何ができるの?」
諏訪子が言った。まぁ、そうなるだろうね。向こうにメリットなんてないのだから。
さあ、自問自答の時間だ。
記憶もない。力もない。料理や掃除などの雑用だって上手くはできないだろう。そんな俺には何が残っている? 何ができる?
そうやって頭の中で考え続けた。
「そうだね……知識を与えるって言うのはどう?」
「知識? どういうこと?」
記憶はない。でも、知識は残っている。転生前の俺がどれくらい勉強していたのかは知らないが、それなりの知識は残っていた。あとはこの知識が諏訪子たちに必要かどうか、それだけだ。
「へ~例えばどんな知識を与えてくれるのさ?」
神奈子はそう言った。どうやら少しは興味があるらしい。
さぁ、ここからが重要だ。今のこの世界の常識が、どの程度のものなのかは知らない。もしかしたら、俺の持っている知識なんて当たり前のことかもしれない。
しかし、だ。俺の寿命は2000年もある。これは流石に長すぎる。だから、もしかしたら此処は俺のいた世界よりも、かなり昔の世界なんじゃないだろうか。そうだとすれば、俺の持っている知識のほとんどがこの世界で知られていない情報ということとなる。それを生かさない手はないだろう。
まぁ、そもそも俺の知識が間違っていることもあるけれど、その時はその時だ。
「DNAって知ってる?」
たぶん、俺のいた世界では一般常識であった言葉。とりあえずこの辺りの質問からスタート。
「うん? え、今何て?」
ゴールした。驚くほど早かった。
「DNA、deoxyribonucleic acid……まぁデオキシリボ核酸のことで、AGのプリン、CTのピリミジンからなる塩基と、2-デオキシ-D-リボースがβ-N-グリコシド結合したヌクレオシドの糖へリン酸がエステル結合したヌクレオチドが構成単位となっているもの。役割は主に遺伝情報の継承」
何故かすらすらと言葉が出てきてくれた。なんだろうか、聞いたこともない言葉が勝手に出てくるこの感覚は。なんとも不思議な気分になる。
「……何言ってるの?」
俺の話に諏訪子と神奈子は首を傾げた。良かった、どうやら俺の持っている知識は使うことができそうだ。
「まぁ、こんな感じの知識を俺は沢山持っている。それに、できるだけ掃除なんかの雑用も手伝うから――どうか、よろしくお願いします」
全力でお願いごと。この物語はまだ始まったばかり、躓いているわけにはいかない。
「だってさ、どうする? 神奈子」
「ふふ、面白そうだし良いんじゃない? わかった……青、お前にここで暮らすことを許してやる」
諏訪子と神奈子が言った。良かった……スタートは上手くいったみたいだ。とりあえずは一安心と言ったところ。
これで漸く俺の転生生活がスタートしたと言って良いと思う。安心して寝られる場所がある。それだけで、心の持ちようは大きく変わるのだと痛感できた。
諏訪子や神奈子と一緒に暮らすようになって聞いたが、神奈子も諏訪子と同じ神様らしい。なんで一つの神社に二柱もいるのか知らないが、深くは聞かなかった。
諏訪子と神奈子に知識を与えるためのお勉強会は、週に2日ほど開かれた。最初は九九も知らないようだったが、流石は神様。かなり頭がよろしいようで、恐ろしい勢いで知識を吸収していった。どうやら、二柱とも理科が好きなようです。歴史についての知識は流石に教えるということはしなかった。そもそも此処の歴史と、俺の知っている歴史は違うだろうし。
神社に住んでいるのは俺以外全員女性で――うん、なかなかに楽しい生活だと思う。思わず顔がにやける。
お勉強会もなく、掃除も終わって暇なときは人里を見にも行った。どうやら俺のいた世界よりも、ここはかなり昔の世界らしい。弥生時代くらいなのかな?
それなりに、神奈子とも仲良くなり、諏訪子とも出会った時よりは仲良くなったと思う。未だに『変態』と呼ばれているが。
そんな生活を数ヶ月ほど続けた。
さて、さてさてと。
そろそろ動く頃なんだろう。俺のためにも課題をクリアしなければいけない。
季節も冬となり、寒い日が続くようになった。
「そう言えば、諏訪子の被っている帽子って風呂の時とかも被ったままなの?」
そう、この帽子だ。俺はこの帽子を被らなければいけない。寝ている時なら外しているだろうと夜中、こっそり諏訪子の寝ている部屋に行こうとしたら、諏訪子にバレてボコボコにされた。そして俺の名前が『青』から『変態』に戻った。変態に再入学した。
「流石に外すよ。邪魔だもん」
ふむ。なるほど外すのか。
「どうしたの? いきなりそんなこと聞いて」
「いや、何でもないよ」
これでやることは決まった。あとは結果を出すだけだ。
そして、ついに決行の時が来た。今諏訪子はお風呂に入っているはず。心臓が暴れる。落ち着け。落ち着くんだ。やることは簡単なのだから。ただ諏訪子が風呂に入っている間に諏訪子の帽子を被るだけ。
たったそれだけのことだ。
足音を消し、気配を殺しながら脱衣所へと向かう。やっていることはどう見ても犯罪者だが、仕方がない。そう自分に言い聞かせた。男にはやらなければいけない時がある。そして、引き戸を開け脱衣所の中へと入った。
ここで諏訪子とあってしまったら色々とゲームオーバーだが、日頃の行いが良かったのだろう。諏訪子とは出会わずにすんだ。脱衣所の中には乱暴に脱ぎ散らかされた服。そして、あの帽子もそこにあった。
脱ぎ捨てられた服に向かおうとする手を、鋼の精神でもってなんとか止め、震える手で帽子に手を伸ばす。
二つの目玉のついた独特なデザインの帽子。持ち上げた帽子は思っていた以上に軽かった。その帽子をゆっくりと自分の頭に被せる。
そして――
『おめでとうございます。これで課題1はクリアとなります。空を飛べるようになり、霊力が使えるようになりました。現在の貴方の能力は「湿度を操る程度の能力です」』
あの無機質な声が頭の中で響いた。身体の奥から力が漲ってくる感覚。
「うおおおおおお!!」
思わず叫んだ。なるほど、これが課題クリアのボーナスってことか。長かった……ここまで長い道のりだった。
「あーうー。体を拭く布を忘れちゃっ…………なにやってんの?」
うおおおおおお!?!?
諏訪子にぶん殴られた。湯煙のせいで諏訪子の裸を見ることはできなかった。と言うことだけは伝えておきたい。
それから暫く諏訪子が口を聞いてくれなくなった。
雪が舞い、一面を銀の世界へと変えていく。そんな季節の夜の中、空を見上げると今日も星々が輝いていた。俺のいた世界の星空はどうだったんだろうか。きっとここまで綺麗ではなかったのだろう。汚れた空に星は映えない。
「今日も寝ないのかい?」
縁側で星空を眺めていると、後ろから声をかけられた。神奈子の声だろう。
どうやら、この身体は睡眠を必要としないらしく今まで寝たことはない。それにこの輝き続ける星々を見ながら、ゆっくりと考え事すると言うのも悪くない。
「まぁね」
別に寝られないというわけでもないのだが――どうにも、ね。
「……寝るのが怖い?」
冷え切った空気の中、神奈子の声はよく響いた。
「まぁ、ね」
もし寝て次の日の朝になったら、また俺の記憶が消えているんじゃないだろうか。どうしてもそう考えずにはいられない。きっと大丈夫。そうやって何度も自分に言い聞かせたが、この体は睡眠を拒み続けた。
寝るのが怖かった。
「そっか……それじゃあ、今日くらいは青に付き合って私も起きていようかな。別に良いでしょ?」
「ああ…………ありがとう。神奈子」
神奈子の提案を拒めない。そんな自分が情けなかった。
うん、明日からはちゃんと寝るようにしよう。ここまでしてもらったんだ、やらなければいけない。
神奈子と語りながら過ごしたその日の夜は、いつもより短く感じられた。
この作品は何処へ向かっているのでしょうか?
きっとこれからチートハーレム路線へ……まぁ、無理でしょうね
主人公の能力が一度も使われないまま、強化されてしまったことは書き終わって気づきました
と、言うことで第3話でした
UA数も100を超え私は幸せです
次話も諏訪での日々となりそうです
頑張ってケロちゃんの好感度を上げないとですね
感想・質問何でもお待ちしておりますが、なくても頑張ります