東方拾憶録【完結】   作:puc119

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第24話~また明日~

 

 

 幽々子の元へ通うようになってからは、毎日休むことなく通い続けた。幽々子の体調が優れず会うことができない日も会ったが、会うたびに幽々子は喜んでくれた。

 気が向いたら行くと言っていた萃香も、最初は行かないのではないかと思っていたが、たまに俺と幽々子が話しているところにひょっこり現れたりした。本当に気が向いたら来ると言った感じ。それでも、幽々子との仲は悪くないっぽい。

 

 幽々子と紫の関係が気になったため、そのことを聞いてみると、曰く、普段何処で何をしているのかはわからないし、たまにしか現れてはくれないが大切な友人らしい。そう笑いながら教えてくれた。

 

 大切な友人……か。俺にはそんな存在がいないから、そんなことを言える幽々子が少しだけ羨ましかった。

 

 

 

 そして、とある夏の日のことだったと思う。

 幽々子との会話を終え、屋敷から出て帰宅しようとしていた時に、あのお堅い門番に止められた。

 

「……おい」

「どうしたのさ?」

 

 顔を此方に向けてはくれないが、きっと相変わらずの仏頂面なのだろう。愛想なんてあったものじゃない。まぁ、愛想があっても困るが。

 

「その……なんだ……これからもお嬢様のことを頼む。お前のことは気に食わんが、お前と会ってからお嬢様も元気になられた」

 

 此方の方は向こうともしないし、人のことを気に食わんとか言いやがる。少しは素直に言えってんだよ。

 まぁ、俺とこの門番の関係はこんなもので良いのだろう。こちとらこの門番と親しくなるつもりもない。

 

「言われなくとも」

「頼んだ。私にはできなかったことなんだ……」

 

 門番の表情は見なかったが、どう言う表情をしているのかはなんとなくわかった。幽々子も良い門番を持ったことで。

 

 あの門番は幽々子が元気になったと言ってはいたが、正直なところ俺にはそう見えなかった。いつまでたっても、あの悲しそうに笑う顔はやめてくれなかったし、体調も良くなっているようには見えない。

 ホント、どうにかしてあげたかったんだけどな……

 

 

 

 

 

 夏を過ぎ、秋を越え、冬を耐えあの妖怪桜についた蕾も膨らみ始める頃のこと。いつものように幽々子の屋敷へ行き、幽々子と会ったのだが、いつもと様子が違った。

 何と言うか、頑張って元気に見せようとしているのがはっきりとわかるんだ。それは明らかに空元気。

 様子がおかしいことには気づいていたが、そのことを聞きはしなかった。たぶん、幽々子も隠したがっていることなのだと思う。

 

 一生懸命空回りしてくれたせいか、その日は直ぐに幽々子がバテてしまうことに。まぁ、慣れないことをするのは疲れるからな。

 しかし、何故か今日はやたらと屋敷の中が静かだったな。いつも五月蝿いわけではないが、今日は全く他の人の気配がしなかった。どうしたのだろうか?

 

 

「なぁ、何があった?」

 

 帰り際、門番に尋ねる。

 

「……女中の一人が、昨晩あの木の下で死んだ」

 

 なるほど、ね。

 

 その後、門番から詳しく話を聞くと、女中が死んでしまったことを幽々子が深く受け止め、この門番以外の屋敷にいる人を解雇したそうだ。もうこれ以上、被害を増やさいないために。

 そんな中、この門番だけは幽々子が何を言おうと此処を出て行かなかったらしい。流石の忠誠心と言ったところか。

 屋敷の中がやたらと静かな原因はわかった。しっかしねぇ、どうしたものか……なんとか幽々子には元気になってもらいたいのだが。

 

 

 そんなことがあった次の日も変わらず幽々子の屋敷へ。

 あと数日もすればこの妖怪桜も花が咲き始めるだろう。

 

『ねがはくは 花のもとにて 春死なむ そのきさらぎの 望月の頃』

 

 色々と考えてはみたが、あの課題をクリアするためには、やはりあの妖怪桜が満開になる必要があると思う。

 

「や、幽々子。こんにちは」

「……いらっしゃい。青」

 

 昨日のようになんとか元気に見せようとするのはやめたらしい。元気のないことが今日ははっきりとわかった。

 これもこれで、困るのだが……

 

 人気の少ない、寂し気な屋敷。

 この空気はなかなかにくるものがある。

 

「ねぇ、貴方は本当に……」

「死なないよ。こんな桜ごときで俺は死なない。だからさ、その……まぁ、心配しなくても大丈夫だよ」

 

 幽々子の聞きたいことはわかっていたので、質問を聞き終わる前に答えた。

 この桜の力がどの程度のものなのか俺にはわからない。けれども、この程度で俺は死にはしない。そのことだけははっきりとわかった。

 

「そっか……」

 

 俺の答えに、幽々子は静かに言葉を落とした。

 こういう時は、なんて声をかけてあげれば良いのだろうか。いつもの軽口すら出てきてはくれない。

 

「……最初はね。そんな力はなかった。けれどもいつの間にか、人を死に誘うようになっていたの。こんな力いらないのにね」

 

 ……あの桜の話、なのか? それにしては何だかおかしな感じがする。

 

「んと、その力ってのは?」

「私の力。『死を操る程度の能力』。人をゆっくりと、けれども確実に死へと導く。私はもう、あの桜と何も変わらない……」

 

 ああ、そういうお話ですか。

 

 なんだ? こんな時なんて言ってあげれば良い?

 励ます? 幽々子はあんな桜なんかとは違うと言ってやる? 上手い言葉が浮かんでこない……

 

 

「なぁ、幽々子。お願いがあるんだけどさ」

 

 はぁ、こういう話は苦手だ

 

「……なに?」

 

 俺にできることなんて何もない。だから、いつものようにやらせてもらおう。

 

「膝枕をしてくれませんか?」

「…………」

 

 幽々子が黙った。

 黙ってしまった。

 

 ヤバい、もしかして怒られるか? 流石に空気を読まな過ぎたか?

 

「ふふっ」

 

 そんなことを思ったけれども、幽々子は笑った。いつもの悲しそうな笑顔なんかではなく、普通に笑ってくれた。

 どうやら怒られなくてすみそうだ。

 

「そうね……してあげても良いけれど、また今度かしら」

「なんじゃそれ。むぅ、約束だからな。言質取ったからな」

 

 それから少しだけ、幽々子の顔にも元気が戻った気がした。

 あの言葉が正解なんかではないと思うけれど、たぶん言って良かったのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日ほど、ついに妖怪桜の花も咲き始め、今は八分咲きと言ったところ。きっと明日には満開になってくれるだろう。

 

 明日は、桜の木の下で死んでみたりと色々と試す必要がありそうだ。幽々子は驚くだろうが、俺が本当に不老不死なのだと証明もできるわけなのだし、ちょうど良いのかもしれない。

 

「明日にはこの桜も満開ね」

「そうだな」

 

 幽々子と二人でのんびりお茶を飲みながらの会話。ゆっくりと時間が流れていく感覚。悪い感覚ではない。

 

 この世界に転生してから、桜を此処までじっくり見つめるのは初めて。いくら妖怪桜と言われるような桜でもなかなかに綺麗だった。

 憎たらしいことだ。

 

 なんとなく幽々子の方を見ると、此方をじっと見つめていた。どうしたのだろうか?

 すると、幽々子が自分の膝をぽふぽふと叩いた。

 

「約束、だったものね」

 

 えっ、マジすか? 良いんですか?

 夢にまで見た可愛い女の子の膝枕。

 

 滅茶苦茶緊張する。

 

「そ、それじゃあ、失礼します」

 

 ゆっくりと幽々子の膝に自分の頭預ける。

 

「ふふっ、何緊張してるのよ」

「仕方が無いでしょうが。膝枕をしてもらうなんて初めてのことなんだから」

 

 一度ルーミアに頼んだこともあるが、ぶん殴られた。

 容赦ないね。

 

「私も初めてよ」

 

 なるほど、つまり俺が初めての男ということか。そういう趣味は別に無いが……まぁ、あれだ、なかなか嬉しいものだ。

 

 初めての膝枕は、確かに人間の温もりを感じることができた。

 まぁ、幽々子だって生きているんだ。当たり前のことではあるが、何故かそんなことを思った。

 

 別に疲れていたわけでもないはずなのに、その時は次第に意識が沈んでいった。申し訳ないけれど少しだけ寝させてもらおう。

 

 

「……ありがとう青。貴方と出会えて私は幸せだったわよ」

 

 

 意識が落ちる直前、そんな言葉が聞こえた気がした。

 

 

 

 意識が戻ると、既に日は落ち始めていた。

 しまった。寝すぎた。普段寝ることなんてないはずなのに、何故かぐっすり寝てしまった。

 いまだ、幽々子は膝枕を続けてくれている。これは申し訳ない……

 

「いや~すまん。寝ちゃったみたいだ。ついね」

「そんなに膝枕が良かったの?」

 

 最高でした。

 

「またお願いできるかな?」

「……機会があればね」

 

 そりゃあ、楽しみだ。どうせまた寝てしまうのだろうが、是非またやってもらいたい。その時が楽しみ。

 

 さてさて、今日はいつもより長く居てしまった。そろそろ良い時間だ。

 

「んじゃ、俺は帰ろうかな。また明日な幽々子」

「……ええ、さようなら青」

 

 幽々子と挨拶をしてから別れる。

 明日は色々と大変な日になりそうだ。萃香にも付いてきてもらおうかな。

 

 

 その時の俺は、そんなことしか考えていなかった。

 幽々子がいつものように『また明日』と言わなかったのにも俺は気づけなかった。たぶん、幽々子はずっと決めていたのだと思う。それでも、もし俺が此処で幽々子の様子に気づいていれば何かが変わっていたのかもしれない。

 

 気づいた時にはもう遅い。

 そんなことばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして次の日。

 萃香を幽々子の所へ誘ってみようとしたが、家の中に萃香の姿はなかった。何処かへ行ってしまったのだろうか?

 

 仕方がないため一人で出発。

 今日はやることも多いため、物売りはせず直接幽々子の屋敷へ。

 

 そして幽々子の屋敷の前へ到着。

 そこには今日も今日とていつも通り仏頂面の門番が一人いるのだが……

 

 ……うん? なんだ?

 な~んか様子がいつもと違うぞ。

 

「おい、何かあったのか?」

 

 眉間にはシワを寄せ、両目をぎゅっと瞑り、唇を噛み締めた門番。

 

「…………」

 

 俺の問いに門番は何も答えなかった。

 なんだろうか?

 

 

 

 

 とりあえず門番は無視して屋敷の中へ。門番に引き止められることもなかった。

 

 屋敷の庭には満開になった桜たち。

 その場所は桜の花の香りで満ちていた。まさに春の香り。

 

 その中に一際目立つ桜の木が一本。

 

 

 

 そして、その木の下に――

 

 

 

 

『おめでとうございます。これで課題4はクリアとなります。霊力が上昇しました。能力が強化されました』

 

 

 

 

 血塗れの幽々子が眠るように死んでいた。

 

 

 






最初は桜の木の下で自害した人の描写なんかも書こうとはしましたが、やめました
残酷な描写タグをつけるのが嫌でしたし

と、言うことで第24話でした
ちょいとだけ幽々子さんと主人公には良い感じになってもらいましたが、めでたくなく関係はリセットです
さぁ、次行ってみよー

これでとりあえず、休憩は終了です

次話では、幽々子さんに新しい亡霊人生を歩んでもらうことになりそうです
まぁ、どうなるかわかりませんが

では、次話でお会いしましょう


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