「私は八雲紫と申します。それにしても貴方……随分な物を身体の中に飼っていらっしゃるのね」
正直に言って、この紫と名乗った少女の言葉の意味はわからない。
もしかしたら、これが今流行りの逆ナンの仕方なのかもしれないが、それはたぶん違うと思う。
だいたい、随分な物を飼っているとはなんだ? 萃香のことを指しているのかもしれないが、萃香とは一緒に生活しているだけで、飼う飼われるなどと言う関係は全くない。
では、紫は何のことを言っているのだ?
……ん、ああ、もしかしたらあの緑の彼女のことか? 彼女曰く、あの灰色の世界は俺の心の中らしいのだし。しかし、あの緑の彼女だって別に飼っているわけではない。餌などをあげたこともない。
そしてむしろ俺は、可愛い女の子を飼うよりは飼われる方が好きだ。
首輪とか付けてもらって罵られたい。
「何のことを言っているのか、わからないのだけど……何が言いたいのかな?」
もし、紫の言っている随分な物があの緑の彼女のことを指していたとしても、どうしてそのことを知っているのだろうか? それに、俺の中に彼女がいるから何だと言うのだ。
「貴方の中にいる方とはどうすれば会えるのかしら?」
ああ、なるほどね。彼女に会いたいということか。俺に興味があったわけではないのか。それは残念だ。
しかしねぇ、彼女に会う方法と言われても困る。彼女はまだ外に出ることはできないらしいし、かと言ってあの世界に俺以外の奴が行けるとも思えない。
――まぁ、強いて言えば。
「俺が死ねば彼女のいる世界にはいけるかな」
俺、限定だけど。
「……なるほどね」
俺の言葉に紫はそう言葉を落とした。残念だが、貴女ではあの緑の彼女に会うことはできないだろう。
そんなことを伝えようとした時、紫がゆっくりと此方に近づいてきた。
そのまま、お互いの吐息がかかる距離まで詰められる。
そして紫が言った――
「ごめんなさいね」
えっ、何コレ? 何が起きているの? ヤバい、めっちゃ良い匂いがする! なんて思っていると、いきなり胸の辺りに激痛が走った。
視線を下へ向けると、紫の腕が俺の胸を貫いていた。
全く……随分と大胆なことをしてくれたものである。
「また面倒な奴を連れてきたものじゃな……」
灰色の世界で緑の彼女はため息をしながら言った。
その顔は何処か不機嫌そうに見えた。どうしたのだろうか。
「初めまして私は八雲紫と申します」
そして何故か俺の隣には紫がいた。何故此処にいる。此処は俺と彼女だけの秘密の場所だったのだ。関係者以外に入られると困る。
ふむ、二人だけの場所とはなかなかに良い響きだな。これからこの灰色の世界は、俺と彼女の愛の園とでも呼んでみようか。いや、ちょっと名前が長いな。
「それくらい知っておる。どうせアレじゃろ? 妖怪共と人間共が、共に暮らせる世界を作るための協力をしろとか言うのじゃろ? 遠い未来で妖怪や神々が消えてしまう前に」
「……何故そのことを?」
「お前ごときに話す気はない」
これはマズイな、全く話についていけない。
それにしても、どうして彼女は此処まで不機嫌なのだろうか? あの郵便屋とあった後も彼女は不機嫌であったが、あの時の怒り方とは何かが違う。あの時の怒っている彼女は可愛らしかったが、今回はそういう雰囲気ではない。
「それに今は外に出ることもできん。まぁお前には借りは無いが、八雲紫には借りがある。もし外に出ることができたら協力くらいはする」
ん~……どう言う意味だろうか? 紫の表情を見ると、此方も彼女の言葉の意味はわかっていなそうだった。まぁ、たぶん彼女の過去に紫との間で、何かがあったということなのだろうが。しかし、それをこの紫が知らないと言うのはおかしなことでもある。
相変わらず謎の多い女性だ。
「それは――「ただし!」
紫が何かを言おうとした時、彼女がそれを遮った。
「また今回のように、そこのアホを殺してこの世界に入ってきた時はお前を殺す。これでもわしは、そこのアホをそれなりに気に入っておる。そこのアホは殺されることを気にはせんが、もし今回と同じことをした時はお前の存在ごと消す」
いや、嬉しいことを言われているのはわかるが、そのさっきから人のことをアホアホ言うのはやめてもらえないだろうか。興奮します。
とても口出しできる雰囲気ではないが。
「……重々承知いたしました。それではまたお会いできる日を楽しみにしております」
彼女の言葉を受け、紫はそう答えてから薄気味悪い黒い空間の中へ、逃げるように消えていった。
八雲紫……ねぇ。此方も謎の多い女性だ。まぁ、謎の多い女性と言うのも嫌いではない。俺には全く興味を持っていなかったように見えたが、また会う日が来るのだろう。
それにしても俺のことを気に入っている、ねぇ。なんだ、実は俺にメロメロだったのか全くツンデレさんめ。
「なんじゃ? やたらとニヤケおって?」
先程までことなど何もなかったように彼女は言った。俺の知っているいつも通りの彼女だった。切り替えの早いことで。
「いやね。全く……何? 君って俺のこと好きだったの?」
いやぁ、頬が緩むじゃないか。
「いや全く。気には入っておるが、好きとかそういうのではない」
……ツンデレって難しいね。
アレか? やはりこの緑の彼女は攻略不可能キャラなのか? 期待させるだけさせておいて、個別ルートは全く用意されていない的な感じなのか?
「それにしても、何故お前さんは殺されたと言うのに全く怒らないのじゃ?」
「前にも言ったように、可愛い女の子に殺されるのは、ご褒美だ。興奮しかしない。そこに怒る理由なんて俺の中には存在しないよ」
「はぁ、お前さんも相変わらずな性格じゃのう……」
二人の愛の園にため息が溢れた。
灰色の世界から戻ってくると、何故かまだ紫がいた。何処から取り出したのかわからないが日傘なんかも差している。今の時代じゃ日傘なんて似合わないだろうに。
それにしてもなんだろうか、まだ用事があるのかな。
また会えるだろうとは思っていたが、まさかこんなに早く会えるとは思っていなかった。随分と早い再会である。
「先程は失礼いたしました。御詫び申し上げます」
そう言って紫は頭を下げた。
別に俺は気にしていないのだが……俺ももう少しくらい怒ったほうが良いのだろうか? しかしねぇ、可愛い女の子に怒ることなんて、俺にできはしない。
「別に謝らなくても良いよ。彼女も言っていたように、俺は気にしていないのだから」
うん? もしかしたら、お詫びに俺とデートしろとか言えばしてくれたのではないか? 考え方は最低だが、背に腹は代えられない。これはもったいないことをした。
「貴方にもお願いがあるのだけど……」
「何かな?」
私の下僕になってくれとか言ってくれないだろうか。それなら喜んで引き受けるが。
「あの娘……西行寺幽々子とこれからも仲良くしてあげてくれないかしら?」
幽々子? 紫も幽々子のことを知っているのか?
まぁ、どう言う関係なのかは知らないが、そんなことを言われなくとも仲良くするに決まっている。未来のお嫁さんは大事にしなければいけないのだ。
「もちろん。これからも仲良くするよ」
「そう、それは良かった」
俺が紫の問にそう答えると、紫は可愛く笑ってくれた。
良い笑顔だ。いつまでも、こういう素直な笑顔で笑っていてもらいたいものだ。
幽々子と仲良くするのはもちろんだが、できれば貴女とも仲良くなりたいのですが……なんて言おうとしたが、あの灰色の世界の時のように、紫は黒い空間の中へ消えていった。
人間では……ないよな。
そう言えば、前世の俺が残してくれた手紙の中に、紫のことを書いてあった気がする。確か、スキマ妖怪……とか書いてあった。やはりスキマ妖怪の意味はわからない。
紫が消えてから暫くすると、急に俺のいる通りに人が現れ始めた。やはり紫が何かをやっていたらしい。器用なことで。
そう言えば、あの緑の彼女が言っていた、妖怪と人間が共に暮らすことのできる世界とはなんだろうか? それを紫が目指している……ってことなのかねぇ。
正直、そんな話は夢物語にしか思えない。
妖怪側から見ればメリットはあるが、人間側として見ると何のメリットがあるのかわからない。妖怪は人を襲う。自分たちが生きるために。つまり妖怪が生きていくためには人間が必要だ。
しかし、人間は違う。人間が生きていくために妖怪など必要ではないのだから。
そうだとすると、人間と妖怪が共に暮らす世界での人間の扱いは、家畜と何も変わらない。それを人間が受け入れるとは思えないが……
はぁ、難しい話はわからん。
今は自分のことだけで手一杯なのだ。
まぁ、今は自分にできることをやるしかないだろう。紫からも頼まれているわけだし、精一杯幽々子のために頑張ってみるとしよう。
予定していたお話と変わってしまいました
本当は幽々子さんが出てくる予定でしたのに……
と、言うことで第23話でした
胡散臭さなど全く無い紫さんとか書いてみたいです
たぶん書けませんが
次話は幽々子さんメインっぽいです
さてさて、ここらで一度休憩しておきましょうか
主人公は悲しむでしょうが私は気にしません
では、次話でお会いしましょう