「……その桜には近づかない方が良いわよ」
細く、今にも消えてしまいそうな声がした。
声のした方を見ると、そこには儚げな少女が一人。この女性が門番の言っていたお嬢様って人なのだろうか? 随分とひ弱そうな少女なことで。
まぁ、そういう少女も嫌いではない。
「貴女は?」
「西行寺幽々子。一応、この屋敷の主よ。貴方たちは?」
うん? この少女が西行寺幽々子なのか? どう見ても大食らいには見えないし、亡霊でもなさそうだが……どういうことだろうか。
「俺は青。んで、下にいるのが萃香」
此方はいまだ肩車を続けたまま。黒い格好をした男が鬼の少女に肩車をさせているなど、傍から見ればさぞ奇妙な光景だろう。やめる気は無いが。
「んでさ、この桜の木が例の妖怪桜って奴なのかな?」
「あまり外へ出ないから噂とかは知らないけれど、たぶんそうだと思う。その桜の木の下で自害した人を何人も見てきたもの」
自害した人を何人もねぇ……それは決して愉快なことではなかっただろうに。多くの人の死を目撃するのにはまだ早すぎる年齢。
「貴方たちも死にに来たの?」
そう幽々子が静かに言った。
――歪んでいる。
人の死と出会いすぎたせいなのか、妖怪桜のせいなのかはわからないが、その時はそんなことを思った。だって普通ならそんなことを人には聞かない。
悟ったような、諦めたような表情の幽々子。悲しい女の子だ。
ただ、まぁ、そんな女の子も俺は嫌いじゃあない。
「いんや、別に此処へは死にに来たわけではないよ。ただこの桜を見に来ただけ。それに俺は不老不死。何があろうと死にはしないよ」
「本当に? 貴方は死なないの?」
「もちろん」
正しくは死んでも生き返ると言った方が良いだろうが、まぁ細かいことはどうでも良い。
俺の言葉に、幽々子はぐっと何かを考えている様子だった。何を考えているのかはわからないが、きっと色々と思うところがあるのだろう。
「そう、貴方は死なないのね……もし良ければ、これからも此処へ来てもらえるかしら? 私も話し相手が欲しかったところなの」
「喜んで。ああそうだ。あのいかにもお堅そうな門番に、俺を屋敷の中に入れてやってくれって言っておいてもらえるかな? 別に塀を飛び越えても良いけれど、どうせなら普通に入りたい」
俺がそう答えると、幽々子は静かに笑った。
「ええ、わかったわ」
何と言うか――悲しい笑顔だった。
その日は、幽々子がもう眠いと言ったため別れることに。花が咲いていない桜を見て楽しむような趣味もないため、俺たちも帰宅した。
「これ、私が来る意味あったのかな?」
家へ帰るため、二人でぽてぽてと歩いている時、萃香が言った。
歩いているのは萃香だけだが。肩車はまだ続けたままです。
さぁ、どうなんだろうね?
けれども、幽々子と会っておいて損はないと思う。幽々子だって俺のハーレムメンバーの一人なのだ。顔合わせくらいはしておいても良いだろう。
「私もそのメンバーに入っているの?」
「そりゃあ、そうだろ」
「……ホント青って変な奴だね」
萃香はそう言っていたけれど、何処か楽しそうにも見えた。どうやら、嫌われてはいないのかな。
次の日、いつものように京で商品を売った後、お土産に団子を20本ばかし買って幽々子の所へ。大食らいらしいのでこれで足りるのかはわからないが、まぁ、多く買っておいて損はない。
しっかし、あの幽々子が大食らいとか全く想像できない。まぁ、人は見かけによらないとはよく言うが。
一応萃香も誘ってみると、気が向いたら行くと言っていた。ホント、便利な能力をお持ちなことで。羨ましいものだ。
幽々子のいる屋敷の門の前まで着くと、今日も今日とてあのお堅そうな門番は立っていた。
昨日は追い返されてしまったが、今回は屋敷のお嬢様公認の訪問。追い返されることはないだろう。
門番が俺に気づくと、露骨に嫌そうな顔をされた。良い反応だ。ふふふ、追い返すに追い返せないとは、さぞ悔しかろう。
ねぇねぇ、門番さん。今どんな気持ち? どんな気持ち?
「や、今日も御苦労さん」
「……少しでもお嬢様におかしなことをしたら叩き切るからな」
ものすごい顔で睨まれた。
けれども、門番さん。貴方じゃ俺を殺せはしないよ。
「大丈夫。そんなことはしないさ」
門番と軽く会話をし屋敷の中へ。広い庭を進むと幽々子が縁側に腰掛けていた。
儚げな少女が一人縁側に腰掛けているという風景は、すごく絵になる光景。暫し、その風景に見蕩れてしまった。
「こんにちは。幽々子」
「あら、ホントに来てくれたのね。こんにちは青」
俺の挨拶に幽々子はそう答え笑ってくれた。やはり、その笑顔は何処か悲しそうだった。どうにかならないものか。
「はい、とりあえずお土産を渡しておくよ。お団子。味は保証するよ」
数十年前からずっとお世話になっている御手洗団子。味はかなり良いと思う。流石は1000年後まで愛され続く下鴨神社の御手洗団子と言ったところか。
「お団子は嬉しいけれど……こんなに食べられないわよ。私は少食だし」
あら? そうなのか。まぁ、大食らいと言うのはおかしいとは思っていたが。全く前世の俺も嘘を書くことはやめてほしい。ただでさえ情報が少ないと言うのに。
「ま、食べきれなかったら門番とかにあげれば良いさ」
あの門番、甘い物は嫌いな気もするが……どうせなら美味しく食べてもらいたい。
「……そう言えば、萃香さんだったかしら? あの女の子は来ていないの?」
「ああ、萃香なら気が向いたら来るってさ。そのうちひょっこり現れるんじゃないかな」
神出鬼没とでも言うのだろうか。鬼らしいことだ。
「んで、どうする? 何かする?」
「そうね……外の世界の話を聞かせてもらえるかしら? 私は生まれつき体が弱かったから、あまりこの屋敷の外のことは知らなくて……」
外の世界……ねぇ。となると、幽々子の世界はこの屋敷の中ということなのだろう。随分と狭い世界があったものだ。
「了解。んじゃ、俺が初めて出会った神様たちの話からかな」
世界の広さを教えてやんよ。
ま、それほど旅をしていたわけでもないけれどさ。
俺の話を幽々子は、時々質問なんかも入れつつ楽しそうに聞いてくれた。幽々子から見ての外の世界の話はやはり新鮮らしく、俺にとっては何でもないようなことでも幽々子は一々驚いていた。
そんな幽々子のことを考えると、やりきれない思いも感じるが、こればかりは俺にどうすることもできない。
できるのは精一杯話をしてあげるだけだ。そんな楽しい時間を過ごした。
けれども、可愛い女の子と二人きりでお喋りと言う、何とも素敵な時間は直ぐに終わりが来てしまった。
二時間ほど話をしたところで、幽々子が軽くだが咳き込み始めた。生まれつき体が弱いと言っていたのは、こういうことなのだろう。
「ごめんなさいね。久しぶりに燥いだから、少し疲れてしまったみたい。今日はもう休むことにするわ」
あれで燥いでいたのか……どうやら俺が思っている以上に幽々子の体は弱いらしい。まぁ、そればかりは仕方が無いことである。
「ん、気にすんなって。俺はいつも暇だし、いつでもまた来てあげられるからさ」
「……ありがとう。妖忌はあんな性格だから話し相手にはならないし、私は友達が少ないから……貴方と会えて嬉しかったわ。だから……その……友達になってもらえると……」
俺にお礼をし、何処か不安そうな顔で幽々子は言った。
妖忌ってのはたぶんあの門番のことなのだろう。まぁ、あの性格じゃ話し相手にはつまらないだろうな。幽々子のことを大切に思っていることはわかるが。
しかし、友達に、ねぇ。不安になる要素なんてありもしないと言うのに……むしろ此方からお願いしたい。
「喜んでお願いします。それに毎日だって来てやるよ。だから、そんな心配しなくても大丈夫だよ」
本当なら、友達なんて言わずお嫁さんになって欲しいところであるが、流石にそんなことを言える雰囲気ではなかった。
まぁ、これから何回も会うことになるのだ。焦る必要はないだろう。ゆっくり進んで行けば良い。
「ふふっ、ありがとう」
どういたしまして。
幽々子と別れ、帰るときに門番と軽く会話をしてから帰宅。予定より少しばかり早い帰宅となってしまったが、今日はまぁ、風呂にでも入ってのんびりさせてもらおう。
そんなことを考え、京の中を歩いている時だった。
周りには俺以外誰もいないことに気がついた。
ん……おかしいな。確かに京の中心からは少しばかり外れているが、まだ昼間。人が誰もいないなんてことがあるのか?
そして、ゾワリと得体のしれない何かに、身体を舐められるような不快感が身体を走った。
なんだ? 何が来る?
「ご機嫌よう」
急に後ろから声をかけられた。女性の声だった。
この女性が不快感の正体か?
「こんにちは。貴女は?」
後ろを振り返ると、扇で顔のした半分を隠した金髪の少女が立っていた。
あら可愛い女の子じゃないですか。
もしや、アレか? これが噂の逆ナンってやつだろうか。ヤバいな逆ナンなんて初めてだから、どうすれば良いのかわからない。
「私は八雲紫と申します。それにしても貴方……随分な物を身体の中に飼っていらっしゃるのね」
クスクスと笑いながら紫はそう言った。
どうやら、逆ナンではないっぽい。
なんとか重い空気は回避しました
次はダメでしょうが
と、言うことで第22話でした
儚げな少女が登場するのはたぶん、この幽々子さんが最初で最後でしょう
幻想郷の少女たちには元気でいてもらいたいですし
次話は紫さんとのお話から
紫さんも私の作品ではレギュラーだったりします
では、次話でお会いしましょう