売り場の拠点を平安京に変え、漸く新しい生活にも慣れてきた。
空を飛び、売り物を持って京へ。せっかくなのだし新しい物も売ってみようと、自然薯の天ぷらを売ってみたことがあった。かなりの勢いで売れてくれたが、そもそも自然薯を掘るのが面倒であったため、商品にするのは諦めた。本当に面倒くさいんだよ、アレ。
結局、新しい商品は増えず、今まで通り魚と肉、それと少しの花を売り続けた。稼いだお金は主にお酒の購入代金に。少々もったいない気もするが、萃香も喜んでいたしこれで良いと思う。そのおかげか、人間の作るお酒も美味しく飲めるようになってきたんじゃないかな。
そんな生活を数十年も続け、京の人々も俺のことを覚えていった。
その結果付いた渾名が『空飛ぶ変態仙人』。
最初は子どもや野郎共が面白がって言っているだけであったが、数十年もするうちに老若男女関係なく『空飛ぶ変態仙人』なんて言われるようになった。
なんだろうか。皆して寄って集って俺を虐めているようにしか思えない。そんなことを考えると、こう……熱い何かが込み上げてくる。
人はそれを涙と呼ぶのだろう。
考えても見て欲しい。御老人から――
『やぁ、空飛ぶ変態仙人さん。今日も良い天気だね』
とか言われるのだ。俺は泣いても良いと思う
とは言え、そんな悪い話ばかりでもなく、漸く妖怪桜らしい桜の情報を得ることもできた。
妖怪桜のきっかけは、一人の歌人の死だったらしい。
桜を愛した一人の歌人が、満開の桜の木の下で永い眠りについた。
それだけで終わってくれれば良かったのだが、その歌人を慕っていた者達も彼に続こうとした。その結果、歌人の愛した桜は人間から精気を吸い取り、妖怪桜へと変わってしまった。精気を吸い取った妖怪桜は人を呼び、人々を死へと誘い続けている。そんな話だそうだ。
そんなこと歌人は望んでいなかっただろうに。何とも悲しい話である。
悲しい話ではあるけれど、此方としては嬉しい話。確信は持てないが、その歌人と言うのはやはり西行法師で、その妖怪桜が今回の課題の鍵なのだろう。
後は課題をクリアするだけ。クリアするだけなのだが……
『ねがはくは 花のもとにて 春死なむ そのきさらぎの 望月の頃」
この課題の意味はまだわからないままだ。
先に進むための扉を見つけることはできた。しかし、扉の開け方がわからない。
どうしたものか……
まぁ、とりあえず、その妖怪桜とやらを見に行くとしましょうか。
件の妖怪桜のある場所は、お屋敷の中らしいと言うことは聞いていた。そのお屋敷に行っては見たが、何とも御堅そうな門番さんが屋敷への入口を塞いでいる。
まぁ、勝手に入られて勝手に死なれるのは困るってことなのだろう。懸命な判断だと思う。
それで防ぎきれるのかはわからないが。
「…………」
無言で此方を睨みつけてくる門番。怖いったらありゃしない。
さてさて、どうしたものか。この様子では、中へ簡単に入れてくれることはないだろう。まぁ、聞いてみなければわからないが。
「ちょいと門番さん?」
「…………」
無視ですか。そうですか。
正直なところ、俺は空を飛べるため門など無視して塀を乗り越えることもできる。しかし、最初くらいはちゃんと門から入りたいじゃないか。かぐや姫の時は出禁になったため仕方なくやっただけだ。
「おーい、門番さん?」
「…………」
ダメだ、これ。文字通り話にならん。
あまり巫山戯すぎると、門番の持っている刀で切り捨てられそうだし、そもそも男には興味がない。
ん~どうするか。
よしっ、彼方が無言を通すというのなら、根比べと行きましょうか。
門番の前で胡座をかいて座る。決めた。もう俺は門番が喋れるまで動かん。
待たせるのは嫌いだが、待つことは嫌いではない。
そんな莫迦みたなことを、太陽がまだ真上にすら行っていない時間から始めた。流石にもう少し良い方法はあっただろうに……と自分でもそう思う。けれども、一度やると決めたことは最後までやりたいのだ。
「…………」
一時間後、今だ無言で俺を睨み続ける門番。
なかなか辛抱強いことで。
「…………」
さらに数時間後。まだ喋らない。
この人、飯とか食べないのだろうか? いくらずっと座っているとはいえ、良い加減俺の足も疲れてきたのだが。
「…………おい」
そして、太陽が沈み始めた頃、漸く門番が喋った。たぶん、お腹が空いたのだろう。
良かった、そろそろ暇つぶしのための妄想する材料が足りなくなってきていたのだ。このままでは踏み込んではいけない領域へ行ってしまうところだった。
「うん?」
この屋敷を訪れる人は俺以外に誰もいなかった。それなら、門など閉めておけば良いのにね。
まぁ、たまにはお客が来るということなのだろうが。
「目的は何だ?」
「妖怪桜を見に来た」
季節は春を少しばかり過ぎた頃。お花見には少々遅すぎる。まぁ、見るだけでは終わらないと思うが。
「ならん。アレは人を殺す」
「それなら大丈夫。俺、不老不死だから」
俺がそう言うと、何とも胡散臭いものを見るような目で此方を見てきた。俺はもうコイツの顔は見飽きた。
まぁ、いきなり不老不死などと言われても、信ずることはできないだろうな。それが普通だと思う。
「そうか……お前が例の『空飛ぶ変態』か」
仙人をつけろよデコ助野郎。
仙人つけないと不老不死要素がないでしょうが。空飛ぶ変態とかどんな不審者だよ。まぁ、俺のことらしいが。
「それなら、なおさら此処へ入れるわけにはいかない」
「何故さ?」
「お嬢様の教育に悪い」
……お嬢様?
ほほう、お嬢様、ね。へー、なるほど。なるほど。
教育に悪いと言われたことは腹立つが、うん、これは良いことを聞けた。お嬢様とはどんなお方なんでしょうね。
その時は中へ入ることを諦め、一度帰宅。どうせ、あの門番は俺を入れてはくれないだろうし。
噂の妖怪桜があることも確認できた。後は侵入して課題を解くために色々と試してみるだけ。
いつかのように、黒色の頭巾を被り黒色の服を着て屋敷へ乗り込む。懐かしいな。アレはもう100年も前のことなのか。
「私がこの服を着る意味ってあるの?」
俺と同じ服を着た萃香が言った。ただ、角が邪魔になるため頭巾はなし。
「そりゃあ夜の屋敷に忍び込むのだから、この格好をしなければいけないだろ?」
自分でも何を言っているのかよくわからないが、きっと雰囲気と勢いが大切なのだろう。忍者ごっこ楽しいです。
「そうなのかなぁ」
何処か納得していない様子の萃香。まぁ、細かいことは気にするな。
ああそうだ、大切なことを伝えていなかった。
「いいか。萃香。忍者ってのは語尾に『ニンニン』って付けるんだぞ」
「……頭打った?」
冷たい視線だった。たぶん、これが普通の反応なのだろう。ルーミアのノリの良さは好きだったが。
一人の人間と一匹の鬼で夜の京を駆ける。目指す所は妖怪桜。
屋敷の門の前へ着いたが、やはり門は閉まっていた。まぁ、これであの門番が立っていたら驚きだが。
ん~……このまま普通に乗り込んでも良いのだが、それでは少々つまらない。別に、萃香が忍者ごっこに付き合ってくれないから寂しいとか、そう言うことではなく、このまま乗り込むのは違う気がした。
「よし、萃香。合体だ」
「……合体? 何をするの?」
「肩車して」
身長的に考えると俺が肩車をした方が良いのだろうが、力的に考えると萃香がした方が絶対に良い。
もう、アレだ。自分でも何がしたいのかわからなくなってきた。
何故かテンションは上がってきたが。
「まぁ、良いけど」
しゃがんだ萃香の両肩に足をかけ、安定させるために両手で萃香の角を掴む。おお、なんかしっくりくる。
しっくりくる!
「よし、このまま侵入するぞ萃香」
「了解ー」
肩車をしたまま、萃香がフワリと飛んで屋敷の中へ侵入。最初は萃香ってあんまりノリが良くないのかなと思っていたが、そうでもないらしい。もし、俺と萃香が逆の立場だったら絶対に断る……ことはしないか。女の子に肩車するとかご褒美でしかないのだし。
門を飛び越えると、そこには広い庭が広がっていた。これでは手入れをする人も大変だろうに。
肩車をしてもらったままその庭を進む。広い庭の中には何本も桜の木が植えてあったが、その中でも一際大きな木が一本。
たぶん、コイツが例の妖怪桜って奴なのだろう。そんなことを考えてその桜の木を見ると、確かに寒気のようなものを感じる。
これが死に誘われているってやつなのだろうか。
「どう? 萃香は何か感じる?」
「うん……何だか嫌な感じ。今はまだ大丈夫だけど、もしあの桜が満開になったらなんて考えたくもないかな」
ん~……正直、俺にはそこまで感じるものはないが、まぁ、この季節に来て正解だったってことなのだろうか。
しかし、課題はどうすればクリアできるのだろうか。やはりこの桜が満開の季節に来なければいけないと言うことか? わからないことがまだまだ多い。
「萃香。もうちょっとあの桜に近づいてくれないか?」
俺が萃香にそう声をかけ、萃香が妖怪桜へ近づこうとした時だった。
「……その桜には近づかない方が良いわよ」
俺が西行寺幽々子と初めて出会ったのは。
今にも消えてしまいそうな少女だなんて、その時は思った。
漸く幽々子さん登場です
と、言うことで第21話でした
お気に入り数も少しずつ増え私は幸せだったりします
次話は幽々子さんと桜のお話っぽいです
何やら重い空気が近づいてきましたね
では、次話でお会いしましょう