東方拾憶録【完結】   作:puc119

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第18話~言葉にしても伝わらない~

 

 

 ルーミアの消えたその時から、まるで自分の中の何かが丸々抜けたような感覚に陥った。100年近く一緒に暮らしていた相手がいなくなるというのは、想像以上にダメージが大きいらしい。

 

 もうこれからは、ルーミアの残り湯を楽しむことも、寝ているルーミアをこっそり抱きしめることもできない。蔑んだ視線を向けられることも、罵詈雑言を浴びせながら、叩かれることもなくなってしまったのだ。じゃあ、己の内から溢れ出るパトスはどうすれば……

 

 そんな絶望しか感じない生活を想像することができなかった。

 想像したくなかった。

 

 はぁ、かぐや姫もそうであったように、どうして俺のお嫁さん候補はすぐに、遠い所へ行ってしまうのだろうか。課題のせいで、諏訪子や神奈子たちにも会いに行く余裕がない。

 

 これではまるで呪いのようだ。

 

 自分の力不足を棚に上げ、そんなどう仕様も無い言い訳ばかりが頭に浮かんだ。

 ため息が零れ落ちる。

 

 

「それで、何故貴方は私の家に来たのかしら?」

 

 お茶を飲みながら、幽香が言った。

 

「いやな、近くにいる俺のお嫁さん候補がもう幽香しか残っていないから、会いに来たんだよ」

 

 癒しを求めて幽香の家へ。

 

 はぁ、どうしてこうなってしまったのか……目が覚めた時、あの陰陽師達がいなかったことやルーミアの死体もなかったことを考えると、もしかしたらまだルーミアは生きているのかもしれないが、望みは薄いだろう。

 俺にもう少し力があれば、あんなことにはならなかったのかもしれない。

 たらればを言い出せば切りは無いが。

 

 ホント、人生上手くいかないものだね。

 

「誰がお嫁さん候補よ。巫山戯ないで、ぶっ飛ばすわよ?」

「喜んでお願いします」

 

 もう、二度とルーミアには会えない可能性は高いし、かぐや姫と会うのも1000年後。これからどうやって生きていけば良いのやら。

 

「もうヤダこの変態……」 

 

 幽香と俺のため息が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幽香の家で一休みした後は、自分の家に戻って準備をしてからいつものように都へ行った。

 なんだかんだ言いながら、俺にお茶を出してくれる幽香はやっぱり良い奴なのだと思う。

 

 かぐや姫がいなくなったことをまだ引きずっているのか、都の空気はやはり重く感じた。まぁ俺自身、ルーミアがいなくなったことを引きずっているから、そう感じただけかもしれないが。

 

 これからどうやって生きていこうか。なんて考えながら焼いた猪肉を売る。

 

「お、おい、なんだか今日の変態元気がなくないか?」

「確かに、急に女の子を追い掛け回すこともしてないな」

「俺なんて男なのにおまけをもらっちまったぞ」

「あの変態、男にまで手を出すようになったか……」

「天災じゃ! 天災が来るぞ!!」

 

 しかし、そんな重い空気の中で考え事をしても、悪い方へ悪い方へと考えは進んでしまう。相変わらず妖怪桜のことはわからないし、お先は真っ暗。

 

 ホント、どうすっかね。誰か答えを教えてくれないものか。

 

 

 

 

 

 

 いつもより少しだけ時間がかかった気もするが、売り物は無事完売。何故か女性の客に渡すための花がやたらと減っていたのは気になるが、まぁ、今日はそれだけ女性の客が多かったということなのだろう。

 

 

 都の中をフラつく元気もなかったが、何故かいつものようにお土産を買ってその日はそのまま家へ帰った。

 誰も待ってはいない一人ぽっちの家へ。

 もうルーミアはいないというのに、お土産の団子は買っていかないといけない気がした。

 まだ捨てきれていないのだろう。我ながら女々しいものだ。

 

「ただいま」

 

 誰も待っている人はいないが、挨拶は大切だ。それにこうでもしないと心が折れそうになる。

 

「お帰りー」

 

 とりあえず、お茶でも淹れて先ほど買ってきた団子を食べるとしよう。ああ、水汲みも自分でやらないといけないのか。なんとも面倒くさい。

 

 水を汲んで来てからソイツを火にかけ沸かしてお茶を淹れる。

 何故か俺の家にいる、頭から立派な角が2本生えている女の子の分も用意し、団子と一緒に渡す。

 

「おおー、ありがとう」

 

 ふぅ、とお茶を飲んで一息。今日もお茶が美味しい。

 さてさて、これからどうしようか。まだ日が落ちるまでは時間がある。魚や猪を狩りに行くか、熊に挑戦しに行くかのどっちかだろう。

 ああ、でも別にお金を稼ぐ必要も、食料を得る必要もなくなったのだし魚や猪は狩らなくても良いのか。

 どうにも調子が狂う。

 

 と、なると残っているのは熊になるな。今の俺で熊に勝てるだろうか。そろそろ冬眠へ向けて熊の気性も荒くなり始めている。まぁ、やってみなければわからないが。

 

「えと……私が言うのもアレだけど、何か聞きたいこととかはないの?」

 

 女の子が聞いてきた。

 

 聞きたいこと……なんだろうか、人生相談とかそう言うことだろうか。この女の子はたぶん人間ではない。頭についている角が飾りだとしたら人間かもしれないが、それはないだろう。

 

 ――鬼。

 

 角で思い出す妖怪といえば、真っ先にそれが浮かぶ。随分と可愛らしい鬼がいたものだ。大好きです。結婚してください。

 まぁ、本当にこの女の子が鬼なのかどうかはまだわからないが。

 

「そうだね……女の子に気持ちを伝えるのにはどうすれば良いと思う?」

「え、えっ? そんなこと聞く? えと、それは……その自分の気持ちを素直に伝えれば良いんじゃない?」

 

 素直に伝える……か。

 つまり嘘偽りなく自分の気持ちをさらけ出せと言う事なのだろう。なるほど。

 

 

「君のことが好きだ。結婚してくれ」

「そういうことじゃねーよ。ばかやろー」

 

 そう言うことではないらしい。何がいけなかったのだろうか。

 

 

「月が綺麗ですね」

「修辞技法使えば良いってものでもねーよ。いい加減にしろ」

 

 なんだよ、じゃあどうすれば良いのだ。何が不満なのか全くわからない。

 

「ああ、もう! 私は伊吹萃香。種族は鬼! あんたは!?」

 

 怒ったように、自ら萃香と名乗った女の子は言った。

 ふむ、やはり鬼だったのか。どうして俺の家に居るのかわからないしどうして怒っているのかもわからない。

 なるほど、これが最近の若者ってやつなのか。すぐキレる。大丈夫、そんな君でも俺は心から愛せるくらいの懐は持っているつもりだ。

 

「青。種族は人間。不老不死」

 

 本当に人間かどうか怪しいし、不労不死と言っても期間限定。まぁ、嘘はついていないが。

 それにしても、どうして萃香は俺の家にいるのだろうか。何かを盗むにしても、此処には禄な物がない。俺に会いに来たわけでもないだろうし……

 

「それで、どうして君は俺の家にいるのかな?」

「ちょっと休もうと思っていて、ちょうど良い家があったから休んでた」

 

 なるほど、そういうことだったのか。

 ようこそいらっしゃい。何もないけど、ゆっくりしていってね。

 

「了解。俺はこれからちょっと出かけるけど、君はどうする?」

 

 今日こそは熊を倒さなければいけない。いつまでも弱いままではいられないのだ。

 

「えっ……それだけ? いや、ほら私鬼だよ? 怖くないの?」

 

 萃香が言った。

 可愛いとは思うが、別に怖いだとかそういうことは思わない。熊の方がよっぽど怖い。

 確かに、2mを超えるような巨漢での毛むくじゃらとかなら怖いが、萃香の見た目は角のある女の子というだけ。怖がる要素がない。ただただ、萌えるだけだ。

 

「別に怖いとかは思わないよ。さっきも聞いたけど、君はどうする? 此処に居てもらっても俺は構わないけれど」

 

 むしろ、一緒に生活してくれれば嬉しい。まぁ、流石にそこまでは望まないが。

 

「変な奴。ん~……じゃあ、私は此処に残っているよ。どれくらいで戻ってくるの?」

「それはわからないが、夜になる前には戻れると思う」

 

 戻って来られる時間は熊のご機嫌次第だ。いつかみたいに、生き返った瞬間殺されることを繰り返されたら戻ってくるのはかなり遅くなると思う。

 

「了解。いってらっしゃい」

 

 萃香には変な奴と言われたが、萃香だって充分変な奴だと思う。鬼って皆こんな感じなのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……一日振りじゃな」

 

 勝てませんでした。殺されました。俺の考えが甘かったです。

 

 作戦は悪くなかったはずなのだが……

 

 山の中へ入ると、とりあえず直ぐに熊を見つけることができた。

 今回考えた作戦は、熊の攻撃が届かない場所まで浮き、熊の頭上からひたすら霊弾を打ち込む。課題もクリアし、霊力も上がった。だから勝てると思ったんだ。

 霊力を込めた霊弾を数発ぶつけたときだった。

 

 

 熊が飛んだ。

 

 

 二足歩行をしていた時からーーあれ? この熊なんかおかしいぞ、とは思っていたが、まさか飛ぶとは思わなかった。

 そして飛んだ熊に叩き落とされ、いつものように殴り殺された。

 新たなトラウマを刻み込まれた。熊怖いよ、熊。

 

「どうしてかは分からぬが、どうやらあの熊、妖怪化し始めていたみたいじゃな」

 

 なるほど、そういうことだったのか。どうやら強くなっているのは相手も同じらしい。

 あの山にいる熊が、皆妖怪になっていたらどうしようか。空飛ぶ熊とか最強かよ。

 乾いた笑いしか出てこない。

 

 また少し、目標が遠ざかった。

 

 

 

 

 

 緑の彼女と別れたあと、何も持ち帰らず帰るのも悔しかったので、川魚を3匹ほど捕まえてから家へ帰った。魚を捕まえるのもだいぶ上手くなったと思う。

 日が沈みきる前にはなんとか家に帰ることができ、家へ帰ると萃香が何かを飲んでいた。

 

「お帰り~」

 

 ただいま。

 取ってきた魚に塩を塗り込み、竹串を通して囲炉裏で焼く。

 

 漂うアルコールの香り。どうやら萃香はお酒を飲んでいるらしい。

 

「青も飲むかい?」

 

 そう言えば、今までお酒は飲んだことがなかった。試しに飲んでみようかな。

 

 湯呑を萃香に差し出し、お酒を注いでもらう。ありがとう。

 後で、君には代わりに川魚をあげよう。

 

 アルコールの匂いが鼻を抜ける。湯呑を傾け、お酒を一気に喉へ流し込んだ。

 熱くなんてないはずなのに、喉や胃が焼けるような感覚がして頭が急に痛くなり始めた。

 

 そして意識が飛んだ。

 

 どうやらお酒は、もう少し慣れる必要があるっぽい。

 

 

 






急性アルコール中毒にはご注意を

と、言うことで第18話でした

いつものように萃香さん登場
私の作品ではほとんどレギュラーですね

ここからはルーミアさんに変わって萃香さんに頑張ってもらいます


次話は、たぶん萃香さんとのお話……かもしれません
では、次話でお会いしましょう


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