東方拾憶録【完結】   作:puc119

18 / 75
第閑話~宵闇の妖怪とただの郵便屋~

 

 

 他の妖怪がどうなのかは、知らないけれど私には記憶がない。それが生まれた時からなのか、何かがあって記憶がなくなってしまったのかも、私は知らない。

 私の中の一番古い記憶はアイツとの出会いだった。

 

 気がつくと、目の前にアイツがいた。

 

「おろ、やっと目を覚ましてくれたね。一応、『かいふくのくすり』は使っておいたけど……気分はどう?」

 

 赤い帽子を被った少年とも青年とも言えるような人間がいた。

 気分は悪くないし、聞きたいことも沢山ある。

 けれども、今は何より――

 

「お腹すいた……」

 

 私がそう言葉を溢すと、ソイツはクスクスと笑った。初めてコイツと出会った時から、よく笑う奴だって思った。……ホント、笑うことしかできない奴だった。

 

「そかそか、まぁ、饅頭で良いならいっぱいあるから食べなよ」

 

 初めてソイツからもらった食べ物は、すごく甘くて……でもすごく美味しくて、なんだか泣きそうになったのを今も覚えている。まんじゅうが何なのか、私にはわからないけれど。

 

「えと……それで、君の名前は?」

 

 ソイツから貰った物を食べていると聞いてきた。

 私の名前……

 

「……ルーミア」

 

 記憶なんてないはずなのに、何故か自分の名前ははっきりと覚えていた。不思議には思ったけれど、考えてもわからないし、今は目の前の食べ物に夢中。

 後で考えれば良いのだ。

 

「ん、了解。よろしくねルーミアちゃん。あっ、俺の名前は……は良いか。まぁ、郵便屋だよ」

 

 そう言ってソイツは、また笑った。

 ゆうびんやが何なのかは、やっぱりわからない。

 

「それでだけど、もし良いならさ。これから俺と一緒に旅をしてみない? 一人だと、どうにも寂しいんだ」

 

 ソイツからの提案。

 私には記憶がないし、これからどうやって生きていけば良いのかもわからない。

 それに何より、コイツと一緒にいれば食べ物をもらえる。食べる物は大切だ。

 

「別に良いけど、何処まで旅をするの?」

「ん~……目的は決まっているけど、目的地は決まっていないかな。まぁ、適当にぶらぶらとって感じになると思うよ」

 

 なんとも変な旅になりそうだ。なんてその時は思った。

 

 

 それからソイツとの旅が始まった。

 

 どうやら本当に目的地は決まっていないらしく、海へ行ったり山へ行ったり、鬼や天狗のいる場所なんかへも行った。見境なんてありもしない。

 けれどもソイツはかなりの方向音痴で、海へ行こう。なんて言いながら海のある方とは真逆へ行こうとしたりするような奴だった。さらに厄介なことに、ソイツは明らかに間違っている道を進んでいるのにも関わらず、そのことには気づかないこと。そんなことが何度もあった。

 そんな、なんとも変な奴。

 

 旅の目的が全くわからないから、一度ゆうびんやとは何なのか聞いた時は――

 

「人と人とを繋ぐ仕事をする人だよ」

 

 なんて言われた。

 やっぱり意味はわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私がソイツと旅を始めて、初めての仕事らしい仕事は神からの贈り物を届けること。けれども、届ける相手が何処にいるのかなんてわからず、結局一ヶ月近くもの時間がかかった。

 

 そして、そこであの変態との出会いがあった。

 

 第一印象から、何だか変な奴だと思っていたけれど、二回目の出会いでその考えは確信に変わった。

 紛う方なき変態だった。

 

 二回目の変態との出会いの後、何故か私はアイツに置いていかれて変態と暮らすことになってしまった。絶望しか感じない。この世の終わりだ。

 

 

 あの変態と一緒の生活が始まって、お風呂へ入っているところを覗かれそうになったり、ことあるごとに抱きつかれそうになったり、何度も出ていこうと思った。

 

 でも何故か、そんなに悪い生活ではなかったと思う。そればっかりは自分でも本当に不思議だけど。

 

 あの変態は、私のような妖怪と一緒に生活することを、全く気にしていない。そんななんとも変な奴。

 変態は気にしなかった。けれども、こんな夢みたいな生活が許されるはずがないことくらい、私にだってわかっている。

 

 私を含め、人を食べる妖怪もいる。妖怪は人から恐れられなければいけない。そんな妖怪を退治することは、人にとって当たり前の事なのだろう。

 だから、こんな生活をいつまでも続けられるとか、そんなことは思わなかった。

 

 いつの日かこの生活が終わってしまうことくらい、わかっていた。

 

 

 

 

 

 結局、アイツが私を迎えに来ないまま、流れてしまった数十年もの年月。

 もしかしたら見捨てられたのかな。なんて言う不安に押しつぶされそうになる。きっとただ迷子になっているだけ。そうやって、自分に言い聞かせても不安が晴れることはなかった。

 

 遅いよバカ。

 

 

 そしてついに、その日が来た。

 

 あの変態の匂いではない匂い。それも全部で6とちょっと多い。どうやら夢の終わりが来たらしい。

 いつかこうなるだろうとは思っていた。だから、こうなってしまったらどう行動すれば良いのかだって決めていた。

 私みたいな弱小妖怪ではあの人間共に勝てない。

 手足が震えた。それでもやらなければこの変態に迷惑をかけてしまう。それだけは嫌だった。

 

 

 騒いでいる人間共を無視して変態の後ろに回り込み、変態の身体を右手で突き刺す。少しの間、静かにしていてもらおう。

 

 そして、最期の挨拶。

 

「今までありがとう……あんたとの生活も悪くはなかった」

 

 確かに声は震えていたけれど、言葉は思っていたよりも簡単に出てくれた。

 認めるのは悔しいけれど、この変態との生活は悪くなかった。感謝もしているのだ。

 

 

 ありがとう。

 

 

 私が変態を殺したためか、さらに騒ぎ出す人間。非常に五月蝿い。

 

 あーあ、せめて夜だったらもう少しくらい希望があったのになぁ。まぁ、今は完全に昼夜逆転してしまったから、例え夜だとしてもたぶん駄目だろうけれど。

 

 

 さて、最期の時間だ。

 ここで私は殺される。

 けれども最期くらい妖怪らしくやってみよう。胸張って虚勢を張って意地張って。私らしくやってやろう。

 

 

「ねぇ……目の前にいるあんた達は食べれる人類?」

 

 

 私じゃ、コイツらには勝てない。手や足、声だって震える。

 一人くらいは倒せるかな? ん~……ちょっと厳しいか。

 

 両足に力を込め、私は全力で人間共へ飛びかかった。

 そして、四方から飛んでくる御札が直撃。

 

 体からどんどん力が抜けていくのがわかった。全然力が入らない。

 まぁ、こんなものなのかな。

 

 はぁ、なかなかうまくはいかないね……

 

 

 

 

「ちょ、ちょいと待ってって。はい、攻撃やめー」

 

 目を閉じようとした時、聞き覚えのある声がした。

 見えたのは数十年振りのアイツの姿だった。

 

「誰だ、お前は?」

「ただの郵便屋だよ。んで、こっちがアシスタントのルーミアちゃん」

 

 私に付いた御札を剥がしながら、アイツが言った。少しだけ身体に力が入るようになった。

 

「ん~……あんまりよろしい状況じゃないみたいだね。でもなんとか間に合ったのかな? 青さんは倒れているっぽいけど」

「……遅いよ」

 

 何十年待ったと思っているのだ。ホント、何処へ行っていたのやら。

 

「いや~、ちょっと道を間違えちゃってさ。んで、ちょっと聞きたいんだけど、僕たちを見逃してもらうってことは……できたりする?」

「ほざくな。できるわけがなかろうに」

 

 人間の言葉を聞き終わると、アイツは一度静かにため息をした。流石にそんな提案は無理だろう。

 

「そっか、まぁそうだよね。ルーミアちゃん力を出すから、ちょっとの間我慢しててね」

 

 アイツはそう言い、いつかのように姿が変わった。

 

 黒かった髪は白くなり、紫色の長い尻尾が生えた。白色の耳と来ていた服も白色に。

 そして、巫山戯ているほどの力。空気が震えた。

 

 立っていることすら辛い。

 姿は変わっているけれど、鬼と戦うことになってしまったあの時と同じ力を感じた。

 

「な、なんだよ。その力……お前、なんなんだよ」 

「さっきも言ったように、ただの郵便屋だよ。まぁ、ちょっとばかし長生きはしているけれど。んでさ、どうします? もし見逃してくれるのなら僕たちは、貴方たちには何も危害を加えたりしないよ。ルーミアちゃんをいじめたことは怒っているけど、それも今なら見逃してあげる」

 

 アイツがそう言うと、人間共は何かを言いたげな顔をしながらも、逃げるように帰って行った。一安心。

 

 

 

 

 

 

「おおー、帰ってくれたか。良かった良かった。いや~戦闘は苦手なんだよね」

 

 そう言って、アイツは笑った。いつものような笑顔で。

 そして、気がつくといつもの姿に戻っていて、あの巫山戯ているほどの力も感じなくなっていた。

 本当にコイツは何者なのだろうか。

 

「それで、ルーミアちゃんはこれからどうする? 別に此処に残って、青さんと一緒に居ても良いけど」

「いい、あんたと一緒に行く」

 

 もし此処に残ってしまったら、今日のようにまた襲われる日が来るだろう。迷惑をかけてしまう。

 

「うん、了解。青さんに手紙とかは書かない?」

「書かない」

 

 どうせ、またいつか会う日が来るだろうし。

 私がいなくなったことで、あの変態は落ち込むだろうけれど、少しくらい痛い目にあってもらおう。それくらいの罰は当たっても良いと思う。

 

「ツンデレさんだね」

 

 そう言ってアイツはまた笑った。

 

 うっさい。

 

 

 

 

 その後、変態を家の中まで運び、その場をあとにした。未練が全くないわけではないけれど、まぁ、ちょうど良い機会なんだと思う。

 

 私と別れていた間、アイツは何処にいたのか気になり、そのことを聞いてみると

 

「気がついたら月にいてさ。そのせいでなかなか帰って来られなかったんだよね」

 

 空を指で指し、アイツはそう言った。

 

 月……? 冗談のようにしか聞こえなかったけれど、たぶん本当に月へ行っていたのだと思う。それにしても、何がどう起これば月へ行くことになるのだ。

 

 そんななんとも不思議な奴だけど、嫌いではないし信頼もしている。

 

 おかえり。

 

 これでまた、ふらふらと旅をする日々が始まる。

 せめて、自分の身を守れるくらいには強くなってやろう。なんて思った。

 

 






祝UA数3000
ありがとうございます


なんとなく閑話にしてみました

と、言うことで第閑話でした
どうやらルーミアさんも元気っぽいそうでよかったです
そのことを主人公が知るのはいつのなるのでしょうね

次話は……未定です
では、次話でお会いしましょう

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。