かぐや姫の屋敷を訪れるようになって、新しい生活リズムができ始めた。
基本的に昼間は都で魚や肉を売り、夜はかぐや姫の居る屋敷で談笑。談笑をする時間はまちまちといったところだが、だいたいは俺がかぐや姫から貴族に対する愚痴を聞いているだけだった。まぁ、可愛い女の子とお喋りできるのだし、そのことに不満はない。
貴族の皆さんもかぐや姫を諦め始めたのか、訪れる人の数は次第に減っていったそうで、今はもう5人しかいないらしい。そろそろあの有名な課題を出される頃なのだろう。
たまに、幽香のいる場所へも行き、お茶を飲み花の種をもらったりもしていた。また来たの? と言うような顔を毎回されるが、行く度にお茶を出してくれる幽香は結構優しい奴だと思う。もういっそ結婚してくれないだろうか。
毎晩のように霊力を扱う練習をしたおかげか、漸くまともな霊弾を放てるようにもなり、風呂を沸かす時間もだいぶ短くなってきたと思う。
試しにと思い、山へ入り熊と決闘をしてみた。
殴り殺された。
野生の壁は厚い。
「随分と久しい再会じゃな」
数十年ぶりに彼女と再会。
もし、俺と彼女が結婚することがあったとすると、恋のキューピッドは熊になるだろう。
そんなキューピッドは嫌だが。
「や、久しぶり」
おかしいな、少しは強くなったと思ったのだが……あの熊、俺の霊弾に怯みすらしなかったぞ。当分の目標はあの熊を倒すことになりそうだ。
「ああ、そうだ。君は妖怪桜のこと、知ってる?」
せっかく再会できたのだ。聞いておいて損はないだろう。相変わらず、妖怪桜の噂は全く入って来ない。どうにかならないものか。
「うん? ん~……ああ、あの桜のことか。知っていると言えば、知っておるが。この時代にあるかはわしも知らんぞ。まぁ、そのうち噂ぐらいなら入ってくるじゃろうよ」
お、知っているのか。流石です。
それしても、彼女が何者なのか未だにわからない。謎の多い女性と言うのも魅力的ではあるが……
「了解、それじゃあ、その噂が入ってくるまでのんびりしているよ」
だいたい、妖怪桜ってなんだよ。桜の妖怪ってことなのか? そいつもやはり、人の形をしているのかねぇ。まぁ、それもそのうちわかるか。謎解きってのも嫌いではない。ただ苦手なだけだ。
そんな生活を続けて数年。
根気よくかぐや姫の元へ通い続けていた貴族たちも皆脱落し、かぐや姫へアプローチをかける者も帝だけとなった。まぁ、アプローチと言っても文通をしているだけだが。
流石のかぐや姫でも帝からの誘いは断り辛いらしく、律儀に文通は続けている。何度か、かぐや姫の代わりに俺が手紙を書いたりもした。少しだけ帝が可哀想に思える。少しだけだが。
「三月後の満月の日。月へ帰ることになったわ」
ぽそりとかぐや姫が呟いた。
そろそろだろうとは思っていたけれど、そうか、もうそんな時期なのか。それは寂しくなるな。
しかし、かぐや姫は地球での生活を気に入ってしまったらしく、本音のところでは月へ帰りたくはないらしい。曰く、毎日同じ生活の続く月での暮らしは暇なのだそうだ。
そんなかぐや姫の思いを聞き、俺はついポロりと言葉を溢した。
「そんなに嫌なら、此処に残れば良いじゃん。何処かへ隠れるとかさ」
自分でも失言だったと思う。
「簡単に言ってくれるわね……けれど、そうね。確かにそれは良いかもしれない。永琳が迎えに来る可能性も高いし……あれ? いける?」
ぶつぶつと独り言を溢すかぐや姫。誰だよ永琳って。
そんな会話をした日から三ヶ月後。
かぐや姫が月へ帰らなければいけない前日の夜。これで、彼女と会うのは最後になるかもしれない。
「そう言えば、貴方への返事をまだしていなかったわね」
満ちかけの月を見上げながら、かぐや姫が呟いた。
「返事? んと、なんのことだ? 記憶にないけれど……」
そんな約束事みたいなこと何か言っただろうか。
ん……ああ、わかった。求婚したときの返事ってことだろう。そう言えば、それから何も言われていなかった。
「思い出した?」
「ああ」
うおお、これは緊張するな。
どうなんだろうか。バッサリ切られても仕方は無いがせめて友達くらいにはなりたいものだ。
「今はまだその気にはなれないけれど、もし、貴方が1000年後も私を想い続けてくれるのなら、考えてあげても良いわよ」
なんて、かぐや姫は笑いながら言ってくれた。
想像以上に良い返事。
これは1000年後、月へ迎えに行く必要がありそうだ。
「了解。1000年間貴女を想っているよ」
そんな返事をし、持ってきた花をかぐや姫へ渡す。
「これは?」
「都忘れのドライフラワー。ま、受け取ってくださいな」
ドライフラワーを作るのは大変だった。何回失敗したことか。
花言葉は……まぁ、別にいいだろう。そんなたいした物でもないのだし。
「ふふっ、ありがとう」
どういたしまして。
これが最後の贈り物とならないよう、心から願っているよ。
そして俺は、1000年後の未来に想いを馳せながら、かぐや姫に別れを告げた。
1000年後か……長いねぇ。
次の日の晩、雲一つない夜空には、まん丸になった月が浮かんでいた。
「行かなくていいの?」
ルーミアが聞いてくる。
「もうお別れは済んだしな」
それに俺が行ったところで、できることは何もない。
1000年後まで、ただただ、かぐや姫を想い続けることしか俺にはできない。
そして、真夜中なはずなのに、まるで昼間のように空が明るくなった。
どうやら迎えが来たようだ。
都の人間たちも、かぐや姫が連れて行かれないよう頑張るらしいが、まぁ無理だろう。かぐや姫曰く、月の文明と地上の文明では差がありすぎるらしい。
そこは物語通りといったところだろうか。
さようなら。また会う日までお元気で。
かぐや姫が去ってからの都は、どことなく悲壮感のようなものが漂っていた。
気持ちはわからないでもないが、それでも前に進まなければいけない。いつまでも引きずるわけにはいかないのだ。
出会いがあれば別れが来る。それは仕方がないことなのだろう。
そう、仕方がないことなんだ……
出会いや幸運は突然訪れる。
裏を返すとそれはつまり、不幸や別れだって突然訪れるって意味なのだろう。
本当に、ソイツはいきなりの出来事だった。
かぐや姫と別れてから一ヶ月。
いつものように都で肉と魚を売って、いつものように帰宅した。
そして、帰宅したことをルーミアに伝えたとき、聞きなれない声が聞こえた。
「見つけたぞ!」
「まさか本当に、現れるとは……」
「仙人殿、ソイツは危険です。お下がりください!」
いきなり6人ほどの男どもが現れ騒ぎだしたんだ。
見るからに陰陽師と言った格好。おいおいなんだよ、物騒じゃないか。もう少しくらい落ち着きなさい。別にルーミアはそれほど危険な妖怪ではないのだし。
その時の俺は、ルーミアのことを話せば納得してくれるだろうと、莫迦みたいに呑気なことを考えていた。
そんなはずあるわけがないのに。
だってもう既にルーミアは人を襲ってしまっているのだから。
陰陽師たちに見つかったルーミアの行動は速かった。
どう説明しようか悩んでいた俺の後ろへ、すぐに回り込んだ。
「っ! 卑怯者が」
陰陽師の一人が言った。
えと、俺はどうすれば良いのだろうか。ルーミアも少し落ち着いて欲しい。
「卑怯も何も、私は妖怪。それに仙人の肉ってすごく美味しいそうね」
いや、俺仙人じゃないぞ? ルーミアだってそれは知っているだろうに。
ルーミアの行動を受けてなのか、陰陽師たちは各々、御札らしき物を取り出していた。
しかし、何だってルーミアはこんな行動をとっているのだ?
そして、俺の後ろにいるルーミアの手が震えていることに気づいた。
……漸く、ルーミアがどうしてこんな行動をとっているのかわかった。ホント、自分の頭の悪さが嫌になる。
きっとルーミアはこういう状況になったとき、どう行動すれば良いのかずっと考えていたのだろう。
――人喰い妖怪と人間が一緒に暮らす。
そんな莫迦みたいな話がこの世界で許されるわけがない。
つまり、ルーミアがとっているこの行動は全部……俺を助けるためのもの。
ちょっと、待て。それは許さん。
例え俺がどんな目にあおうが気にはしないが、ルーミアに危険な役目を与えることだけは許さん。
だからルーミアを止めようと、なんとか待ってもらおうと、どうにか声を出そうとした時だった。
ルーミアの右手が俺の身体を貫いた。
どうやら肺をやられたらしく、声が出せない。
「仙人殿! 貴様ッ!!」
聞きたくもない、陰陽師たちの声がする。
きっと彼らも人食い妖怪を退治するという、当たり前な行動をしているだけ。悪いことは何もしていない。
視界が薄れ始める。ホント、勘弁してくれよ……
「今までありがとう……あんたとの生活も悪くはなかった」
そんな今にも泣きそうな声が最期に聞こえた。
「あまり会いたくはない、再会となってしまったな」
灰色の世界で、緑の彼女が言った。
なんだよ、これ。
ちょっと待ってくれ。
「まぁ、諦めるんじゃな……それに、あの小娘の意図くらい酌んでやれ。それが残されたお前さんの使命じゃろうに」
残酷なほどの正論が灰色の世界で響いた。
自分の無力さが、愚かさが本当に嫌になる。
……どうしてこんな、うまくいかないんだよ。
目を覚ました世界に、ルーミアはいなかった。
……これから、どうすっかね。
ギャグは疲れてきたのでちょっと休憩です
けれども、シリアスだけでは終われません
次話はきっとルーミアさんのお話です
では、次話でお会いしましょう