「そう言えば、ルーミアって人間を食べなくても大丈夫なのか? 食べているところを見たことないけど」
都で焼いた川魚を売る生活を始めて数日ほど。家の前に蒔いたヒマワリの種も漸く芽を出してくれた。とりあえずは一安心と言ったところか。
「この前、ひとり食べた」
魚ばかり捕まえるのもアレなため、今は捕まえた猪の処理をしているところ。まだ生きているうちに刃物を入れて一気に血を抜く、ここで血抜きを失敗すると生臭さが残ってしまうらしい。
俺は血抜きなんてできなかったが、それもルーミアがやってくれた。ルーミアなら血抜きなんてしなくとも、美味しく食べる気もするが、どうやら郵便屋に教えてもらったらしい。ホント、ありがたいことだ。
「あら、そうだったのか。じゃあ、当分は食べなくても良いんだな」
血抜きを終えた後は、皮を剥ぐ作業に移る。本当なら、猪の皮も利用してあげたいのだが、猪の毛は非常に硬い。そして、鞣す方法もわからない。
「……あんたと同じ人間を殺したというのに、随分とあっさりしているのね」
脂の多い猪は皮と肉を剥がすのも大変で、なかなか時間がかかってしまった。けれども、味は間違いなく美味しいだろう。豚肉、豚肉。
「だって、ルーミアにとって必要なことなのだろ? それなら何とも思わんよ。そんなの、この猪を殺すのとたいして変わらない」
最後に頭を落とす。結果、50kgほどの収穫となった。
一つの肉の塊を適当な大きさに切り分け、運びやすいようにする。一応、塩水で洗っておこう。もしかしたら、まだ血が抜けきれていないかもしれない。
「そういうものなの?」
「そういうものなの」
妖怪は人間を食べる者。だから俺は気にしない。必要最低限の人間を食べるだけにしてくれ、とかも思わない。まぁ、無差別に人を殺しまくっているとかだったら、流石に気にするが。けれどもルーミアは、そんなことをしてはいないだろう。
裏を返せば、妖怪が人間に退治されたとしても気にしないということではある。
他の奴らがどう考えているのかは知らない。
さて、そろそろ家へ帰ろうか。
せっかく手に入れた食材。干し肉を作ってみたりするのも良いかもしれない。都でも串焼きにして売ってみるとしよう。
最初は、熊の手でも売れば良いんじゃないかとも考えた。しかし、処理の仕方が全くわからない。また、話によると毛を抜くことが大変らしい。それに絶対美味しくない。高級食材だから美味しいとは限らないのだ。
家へ戻り、貯めたお金で買ったお茶を飲み、一息。
うん、漸く文化的な生活ができるようになってきた。やはりお金は大切だ。
ん……ん~、文化的な生活といえば、ルーミアって風呂はどうしているのだろうか? 俺は代謝系がおかしいのか、そもそもほとんど体臭がしないらしいので、たまに川に行くくらいだが。
あ~、冬はどうしよう。水が凍っていなければ良いが。まぁ、なんとかなるだろう。
それにしても、ルーミアの風呂事情……これは気になるな。
「なあ、ルーミア。お前って風呂どうしてるの?」
のんびりとお茶を飲んでいるルーミアに聞いてみた。いくら妖怪とは言え、ルーミアだって女性なのだ。風呂にだって入りたいだろう。
「…………」
ルーミアにすごい目で見られた。
「……変態」
どうしてそうなる。ただ疑問に思ったから聞いただけだ。
決して、己の内側から溢れるパトスを、ルーミアの入浴シーンで解放しようとかそういうのではない。まぁ、ルーミアの入浴シーンを見たくないと言ったら嘘になるが。
自分には正直に生きたいのだ。
「……あんたが都へ行っている間に、渓流で洗ってる」
なるほど、そうだったのか。なるほど……今度都へ行くふりをして山へ行ってみようかな。バレたら何をされるのかわからないが、そのことを含めても収支はプラスに傾く。
「もし覗いたら此処から出て行く」
あっ、それはやめて。流石に辛いから。泣いちゃうかもしれない。
まぁ、そんなことより風呂は作った方が良いだろう。諏訪のように温泉でも湧いていれば助かるが、大和の国で温泉など聞いたことがない。
と、なると自分で作らなければ。この時代では入浴の文化なぞ、まだないだろうし。
手に入れたばかりの猪肉を持って都へ。
今日は魚ではなく、焼いた肉を売ることにしよう。最近、俺の焼き魚を真似する奴も出てきた。だからと言って客足が遠のいたわけでもなく、そのことに不満はそこまでないが、まぁ違う物を売ってみるのも良いだろう。
お客に最近の様子を聞いたところ、どうやら物部氏が滅んだらしい。と、なると今は聖徳太子のいた時代か。まぁそんな偉い人、俺にはなんの関係もないが。
猪肉もかなり好評なようで、10kg近く持ってきた肉は直ぐに売れてしまった。これなら熊の肉とかでも売れるだろうか?
温まった懐で家具屋へ。風呂に使えそうな桶を探してみるが、なかなか見つからない。仕方が無いため、店主に言って作ってもらうことにした。値段はどうしてもかかってしまうが、まぁ必要経費だ。
それから一週間ほど経ち、桶を受け取った。運ぶのは苦労したが、なんとか家まで持ち帰る。
「なにそれ?」
「風呂」
家へ帰るとルーミアに聞かれた。これでまた一つ文化的な生活に近づいた。
早速、水を桶の中に溜めてみたが、よく考えるとこれではただの水風呂だ。どうすっかな。沸かしたお湯を入れれば良かったか? いや、それでは時間がかかりすぎるか。
桶ごと温める方法もないため、焼いた石を入れることにした。
まさに焼け石に水。
いくつもの焼いた石を入れ、漸くちょうど良い温度になった。風呂を沸かすのも大変だ。
「ルーミア」
「なに?」
「一緒に入ろっか」
「死ね」
なんとも手厳しい。いつになったらデレてくれるのやら。
ルーミアには断られてしまったため、仕方なしだが一人で入ることに。とりあえず服を脱ぐ。
「何いきなり服を脱いでるの!? あと前くらい隠せ!」
風呂に入るのだから服は脱がないと仕様が無いでしょうが。
「別に隠す必要なんてないからな。見ろこの割れた腹筋を」
ぶん殴られた。
少々巫山戯過ぎたらしい。
風呂自体はルーミアも気に入ってくれたらしく、俺が出かけている間にちょこちょこ入っているらしい。
たまたま品物が早く売れてしまい、たまたま直ぐに家へ帰ることにして、たまたま家の裏に作った風呂場へ行くと、たまたまルーミアが入浴していた。偶然って怖いね。
その後、ブチギレたルーミアが家を出て行くと言ったので、泣いて土下座をし、なんとか許してもらった。そんなこともあったりしたが、後は問題も特になく平和に生活できている。
春に植えたヒマワリは、夏になると大きな花を咲かせてくれた。試しに都で売ってみると、主に貴族からだが、なかなかに売れてくれる。大きくて持ち運びが不便なため、量を売ることはできないのが惜しい。最初は種から油を取って売ろうとも思っていたが、この調子なら、ヒマワリをそのまま売るだけで十分そうだ。
焼いた魚や肉、そしてたまに花を売る。そんな生活を何十年も続けた。未だ、あの郵便屋は訪れない。ルーミア曰く、郵便屋自身は滅茶苦茶強いらしく、死ぬようなことはないと言っていたが、流石に時間がかかりすぎだろ。何処へ行っているのやら……
そして一向にルーミアはデレてくれないが、きっと落ちるのは時間の問題だろう。心の中では俺にメロメロなはずだ。
何十年経っても俺の姿は変わらないため、都の人には不審がられるかと思ったが、どうやら俺は仙人という扱いらしい。そんな噂を聞きつけてなのか、一度青髪の美人さんが話しかけてきたことがあった。俺が仙人などの偉い者でないとわかると帰っていったが。
そして漸く、かぐや姫と呼ばれるたいそう美しい女性の噂が俺の耳に入ってきた。随分と長い道のりだった。
「どうよルーミア、カッコイイ?」
「うん、カッコイイ。カッコイイ」
バラで作った花束を持ち、いつもの外套を羽織ってルーミアに聞く。適当に流されただけな気もするけれど、きっと本音を言うのが恥ずかしいだけだろう。全く、このツンデレさんめ。
バラの花は幽香からもらった種を育てました。
「モテそう?」
「うん、モテそう。モテそう」
「……俺のこと好き?」
「ううん、大嫌い」
……うん。きっと恥ずかしいだけだろう。そのはずだ。そうであってくれ。
「よし、それじゃあ、ちょっと求婚してくるわ。ああ、俺がかぐや姫と結婚しても、ルーミアのこともちゃんと愛してあげるから心配はいらないぜ」
この時代なら、ハーレムだって合法なはず。ホント、良い時代だ。
「…………」
ルーミアに睨まれた。その目は汚物を見るそれのようだった。そんな目をされると興奮しますね。
さてと、そろそろ行くとしましょうか。
未来の婚約者が俺を待っている。先は明るい。
ドMで変態な主人公って、どんなチートキャラより最強だと私は思います
と、言うことで第14話でした
主人公に合わせて夜行性なのに、昼間起きているルーミアさんの主人公への好感度は意外と高いかもしれません
まぁ、そんなことはありませんが
次話では漸く輝夜さん登場っぽいです
では、次話でお会いしましょう