「……置いていかれた」
涙目になったルーミアがぽそりと言った。
どうしようか、何と声をかけてあげれば良いのかわからない。
「え、えと……あの郵便屋は何処に行ったの?」
「私にはわからないし、たぶんアイツ自身も、自分が何処にいるのかわからないと思う……」
んと、どういうことだ? ルーミアがわからないのはわかるが、郵便屋自身もわかっていないというのがよくわからない。
「よくわからないが、これから君はどうするの?」
郵便屋を探しに行くのも有りだろうが、まぁ、ここで待っているのが無難だと思う。
それにしても、あの郵便屋は何処か抜けているな。会話をしている時も変な感じがした。人間味が足りないというか、足りすぎているというか……なんだろうか。
「此処で待ってる。アイツが迎えに来るまで」
まぁ、それが一番良いだろう。下手に動くと面倒臭くなるものだ。はぐれてしまった時は、その場に留まることが一番なのだから。
うん? 此処で待つということは、もしかして俺と一緒に暮らすということだろうか? ほほー、それはなかなか……うん、そういうの良いと思います。
「…………」
ルーミアに凄い目をされた。諏訪子が俺に向けた目と同じような気がしたが、それはきっと気のせいだろう。
「ま、まぁ、のんびりしていきなよ」
「変なことしたら食べるから」
はい、喜んでー。
そんな感じで、俺とルーミアの共同生活が始まった。あの郵便屋には感謝しています。ルーミアにとっては良い迷惑だが。
「それで、あの郵便屋はどれくらいで戻って来られそうかわかる?」
この二人の関係はわからないが、そもそも迎えに来てくれるのだろうか? そんなことルーミアには聞けないが。
「早くて数年。もしかしたら数十年……」
いや、かかりすぎだろ。何処まで行ったんだよ。
それにしても、あの郵便屋はどうやって消えたんだ? 目の前からいきなり消えたように見えた。これも能力なのだろうか。
「そんなにかかるのか? 例え、この国の端にいたとしても、数ヶ月もあれば十分だろうに」
俺みたいに、山の中しか歩かないとかなら別だろうが、普通なら道を歩く。此処は都なのだし、道を歩いていれば自然と流れ着くだろう。
「場所自体はそんなに離れていないと思う。でもアイツ、方向音痴だもの……ちょっと頭がおかしいくらい」
「なんで、方向音痴が郵便屋をやってるんだよ……」
思わずツッコミをいれた。明らかに職業選択を間違えている。そして本当に郵便屋なのか? あの郵便屋から、手紙などは受け取ったことがない。なんとも不思議な少年だ。
「私は知らない。私の記憶がある時から、ずっとアイツと一緒にいたもの」
あら、随分と長い付き合いなんだね。
記憶がある時、ねぇ。なんとも引っかかる言い方だ。
まぁ、詳しい話はまた聞けば良いだろう。時間は沢山あるようだし。
それじゃあ、もらったヒマワリの種でも植えようか。
「これから、この種を植えるんだけど、手伝ってもらっても良いかな?」
きっと数ヵ月後には、大きな花を咲かせてくれることだろう。その時が楽しみだ。
「まぁ、良いけど何をすれば良いの?」
「とりあえず、水を用意しないとかな」
本当は井戸でもあれば助かるけれど、此処にそんな物は無い。近くに農業用と思われる水路があったからそこから持ってこよう。
ルーミアと俺とで水瓶を一つずつ持ち、水を汲んで帰ってくる。ルーミアは水の入った水瓶を簡単に持っていたが、俺にはなかなか辛かった。流石は妖怪さん。可愛らしい見た目をしていても、力はあるらしい。
くたくたになりながら水を運び、ヒマワリの植える場所を決めてから草抜き。その場所へ運んできた水を撒いて、種を植える。全て手作業で。一人でやるのには大変な作業。ルーミアがいて助かった。
作業が終わる頃には既に夕方。今日も疲れました。
これで今日の作業は終わったわけだが、ルーミアって飯どうするんだろうな? 残念ながら俺は食料なんて持っていない。一応、ヒマワリの種が残っているけれど、食べてもらいたくはない。そもそも、妖怪って何を食べるのだ? やはり人間を食べるのだろうか? それに、布団だってないから寝るのも大変だろう。俺はどうせ寝ないからいらないが。
「お疲れ様。ルーミアってご飯はどうするの?」
「疲れた……何か食べる物ってあるの?」
「いや、全く無い」
「えっ……」
俺が答えると、まるでこの世の終りかのような顔をされた。そこまで絶望するようなことだったのか。確かに、食べ物は大切だがちょいと大げさじゃないか?
「じ、じゃあ、あんたは今までどうやって生きていたのよ?」
「何も食べなかったよ。食べなくても生きていける体質だし」
ホント、便利な体質だよ。しかし、困ったな。ルーミアの食料をなんとかしないとだ。
「ん~……ルーミアはこれまで、食料はどうしていたの?」
今までもずっと旅を続けていただろうし、何かを食べていたとは思うが……
「アイツに頼めば何かくれた。それでも、お腹がいっぱいになるわけじゃないから、どうしてもお腹が減ったら人を食べてた」
すごいなあの郵便屋。そう言えばいきなりバナナをくれたりしていたな。何者なのだろうか。そして、やっぱり人間を食べるのか。まぁ、俺は別に気にしないが。流石に知り合いを食べられたりすると困るが、妖怪だって生きているのだ。人間を食べることは、生きるために必要なのだろう。
「そっか。それで、今は人を食べないと厳しそう?」
最悪、俺を食べれば良い。どうせ復活するし。痛いのは嫌いだが、即死させてもらえればそれほど気にしない。
「まだ人は食べなくて大丈夫だけど、お腹すいた」
とても悲しそうな顔をしながらルーミアが言った。どうすっかね。時刻はすでに夕方。もうすぐ夜になる……いや、妖怪なのだし夜の方が調子は良いのか? むぅ、その辺りのことはよくわからない。
「なぁ、ルーミア」
ま、とりあえず、動くとしよう。
「なに?」
「お前、熊食べる?」
「ごちそうさまでした」
両手を合わせてからルーミアが言葉を落した。この瞬間、この山の生態的順位は入れ替わっただろう。熊達にとっては晴天の霹靂だ。
暗くなり始めた山を歩くこと数分。いつものように熊が現れた。その時、ルーミアを中心に黒い霧のようなものが現れ、熊を覆った。その中へルーミアが入っていき、なんとも表現のし辛い音が夕方の山に響いた。
数分後、何事もなかったかのようにルーミアが現れ、食材に対する感謝を述べた。
熊に対して同情などは全くないが、なんだろうか、見ていて無性に悲しくなった。まさに弱肉強食の世界だ。
しかし、今回ばかりは熊にも感謝しよう。もしかしたら現れないかとも思ったが、いつものようにホイホイと現れてくれた。もう、俺の能力『野生の熊を引きつける程度の能力』で良いんじゃないか? そんな能力は嫌だが。
まぁ、とりあえず今日は帰って休むことにしよう。明日だってやることは沢山あるのだ。
家に戻る頃には完全に夜となってしまっていた。一応、お腹も満たされ満足したのか、家へ戻るとルーミアは直ぐ眠りについた。布団はなくても問題ないらしい。慣れていると言っていた。
寝る時、俺に
「変なことしないでよ。絶対だよ!」
とか言っていたが、これはアレか? やれってことか?
なんて、考えてもみたが、多分違うだろう。この時代にあのお笑いトリオはいないのだし。
寝ているルーミアを見ていると、いけない衝動に駆られそうになるため家の外に出る。いつものように空を見上げてボーっと考え事を。空では諏訪で見た時と同じ星空が広がっていた。いつの日かこの空も黒く汚れてしまう日が来るだろう。なんとも悲しいことだ。そんな科学で満たされてしまった世界で、妖怪や神々は存在できるのだろうか。きっと彼らには生き辛い世界になる。その時彼らは――
まぁ、今考えてもわかりはしないか。
そんな遠い未来のことよりも、大切なのは今なのだ。特にルーミアの食料が問題。今日は熊を食べたが、もしこのまま熊を食べ続けたら、あの山から熊が死滅する。生態系の崩壊待ったなしだ。
はぁ、自分のことすら満足にできていないのに、他人のことを考えなくてはいけないとは……課題は山積みだ。ホント、もう少しくらい俺に力があれば良かったのに。
やらなければいけないことが多いと、何をして良いのかわからなくなる。得体も知れない不安が襲いかかる。
それでも前へ進まなければならない……なんとも大変だ。
と、言うことで第12話でした
今度こそ進めようと思っていましたが、ぐだぐだ書いて気づけば3000文字
猛反省です
次話は、今度こそ進めます
輝夜さん登場辺りまでなんとか……
では、次話でお会いしましょう