広い道には其処彼処にお店が並び、客引きの声が響く。活気のある街並み。
諏訪の里と比べると、幾分か近代へと近づいているように感じる。転生したばかりの頃は、弥生時代辺りかと思っていたが、どうやらもう少しほど時代は進んでいたらしい。かぐや姫がまだ月へ帰っていなければ良いが……
さてさて、これからどうやって生活をしていけば良いのだろうか。お金など持っていないし、これから先、お金を稼げる予定もない。
と、言うかお先真っ暗だ。住む場所だってないのだから。
物乞いをするほど落ちぶれてもいないし、自分の家くらいは欲しい。都合良く空家とかないものかね?
「そこの人、ちょいとよろしいかい?」
他の町人と比べて、少しばかり品のある服を来ていた男性を呼び止める。この国の役人とかなら嬉しいが。
「うん? どうした?」
「つい先ほど、諏訪の国から此方へたどり着いた旅の者だが、この国で暮らそうと思う。それで、もし空家などがあれば勝手に住んでも大丈夫だろうか?」
これで、ダメなどと言われたらどうしようか。まぁ、それでも勝手に使わせてもらおう。バレなければ問題ない。バレたら逃げれば良いのだし。
「諏訪からか? 歳も若いと言うのに、また随分遠いところから来たものだな。そうだな、都の外れへ行けば何軒かあったと思う。そこなら大丈夫だろうさ」
それは、ありがたい。これで、自分の帰る場所はなんとかなりそうだ。しかし、俺のような若者が一人旅をするのは、やはり珍しいのだろうか? まぁ、道中は危険がいっぱいある。そんなものなのだろう。
「それは良かった。ありがたく使わせてもらうよ。ああ、そうだ。かぐや姫と言う名を聞いたことはあるかい?」
「かぐや姫? いや、俺は聞いたことがないな」
ふむ。どうやら、間に合ったらしい。まだ竹から生まれてはいないのだろう。それならいっそ、俺が竹を割ってしまえば良いのではないか? ……いや、やめておこうか。これで歴史の流れが大きく変わってしまったら問題だ。
「そうか。悪いね、呼び止めてしまって」
「いいって、気にするな。ようこそ大和の国へ。歓迎するよ旅人よ」
大和国ねぇ……確か奈良県だったかな。ま、竹取物語が始まるまで、のんびり暮らしていることにしよう。焦ったところで何も変わらないのだ。
都の中心と思われる場所は、確かに賑わいを見せていたが、少しばかり歩いているとすぐに長閑な風景へと変わった。
田畑があり、家も密集していない。
さらに歩を進める。そして、山の麓に一軒の空家を漸く見つけた。
周りに民家もなく静かな場所。都からはかなり離れてしまったが、山も近くここなら畑を作ったとしても誰の迷惑にもならない。家の中もそれほど荒れておらず、雨風なら充分防げる。
良い物件だ。
さて、とりあえず住居を確保することはできたが、これからどう生活をしていけば良いのやら。とりあえず、人間らしい生活をするためにはお金が必要だ。しかしねぇ、売る物なんて何もないわけで……どうすっかなぁ。
作物を育てるにしても、種や道具がない。誰かに雇ってもらうのも良いかもしれないが、俺は一人気ままに生きたい。ん~……せっかく近くに山があるのだ。山菜でも取って売ってみようかな。あと魚でも捕まえられれば良いが、こちらも道具が必要なのだし、難しいだろう。手掴みとか捕まえられる気がしない。
家の中を物色していると、水瓶らしきものが二つと鍋が一つだけ見つかった。できれば、農業するための道具も欲しかったが、使える道具があっただけで充分。そんじゃ、ま。山菜を取りに山へでも行ってみましょうか。
そして、山の中へと入ったわけだが……
「山菜ってどれでしょうね?」
どれが食べられる草で、どれが食べられない草なのかさっぱりわからん。もしかしたら、自分の知識の中にあるのではないかと期待していたが、残念ながら山菜に関する知識は皆無らしい。
なんとなく、これは食べられそうだというのは見つかるが、本当に食べられるのかわからない。とりあえず、それっぽいやつを取って売ってみようとも考えたが、もしそれが食べられない物だとしたら、俺への信用がなくなる。それはまずい。信用は大切なのだ。異物混入程度なら大して騒がれないだろうが、食べられない草を売る人とか明らかに頭がおかしい。
山菜は諦め、何か他に売り物となりそうな物を探す。すると渓流を見つけ、よく見ると魚の影も見えた。
やはり、魚を捕まえるのが無難なのだろうか。
そして始まる転生人生初の魚取り。
適当な岩陰に手を突っ込み、それっぽいやつを捕まえる。ヤダ何コレ、ヌメヌメする。
数時間にも及びヌメヌメとの格闘を終え、得られた成果は、魚0匹。沢蟹4匹となった。魚、全然捕まらないよ。途中から何だか面白くなって全力で水遊びをしてしまった。服もびしょびしょだ。もし、俺が女性だとしたらサービスシーンとなっただろうが、残念ながら俺は男だ。何のサービスにもならない。男でも構わないとか言われたら俺が困る。
どう調理して良いのかわからない沢蟹は逃がして、家へと帰る。結局、何の収穫もなかったが、山には渓流があり、そこには魚がいるとわかっただけで十分だろう。
びしょびしょに濡れた服は脱いで乾かし、いつかのように下着だけとなって休む。
なんだろうか、初めてこの世界へ来た時もそうだったが、新転地へ来る度に服がびしょびしょになっている気がする。妖怪さんの場所でも雨で濡れていたし……まぁ、今回は俺が燥ぎ過ぎたせいだが。
そんなことを考え、濡れた服を太陽に任せている時だった。
「変態だ……変態がいる」
少女の声が響いた。
何でこう、ここまでタイミングが悪いのだろうか。俺が何をしたと言うのだ。
声のした方を見ると、あの郵便屋の少年と一緒にいた、ルーミアが立っていた。
「私、知ってる……あ、あんた変態でしょ?」
俺も知ってる。これはダメなパターンだ。
「いやいや、落ち着けって。違う。違うぞ。これは下着を見せびらかそうとしているとか、そういうことではなくてだな。ただ、服を乾かしていただけで、決して己の欲求を満たすとかそういうのでは……」
ルーミアを落ち着かせるために、笑顔を作りゆっくりと彼女へ近づく。
「あんたが落ち着きなさいよ。そして、近づいて来るな!」
涙目になりながらルーミアが叫んだ。どうやら彼女は少しばかり、混乱しているらしい。
待て、待ってくれ。俺たちにはお互いを理解し合う時間が必要なんだ。まず、ゆっくりと話し合いをだな。
「えと……何やら騒がしいけど何かあったのかな?」
郵便屋の少年が現れた。まぁ、ルーミアがいるのだから彼もいておかしくはないか。
「こいつがこの格好で下着を私に見せびらかしながら、襲いかかろうとしてきた」
違います。誤解です。そんな趣味ありません。
「え……ホントに? 勘違いとかじゃなくて?」
郵便屋が言った。どうやらこの少年はちゃんと話を聞いてくれるらしい。
「うん、なんだか気持ちの悪い笑を浮かべながら、あの姿で近づいてきた。ねぇ、コイツは食べれる人類?」
気持ち悪いとは失礼な。あと、食べれる人類ってどういう意味だろうか? し、下ネタかな? 確かに俺は食べるより食べられる方が好きではあるけれど……そんないきなり大胆な。照れるじゃないか。ほら、そういうのはもっと日が落ちてからする話で。
「ほら、見てよアレ。何考えているのかわかったものじゃない。絶対食べた方が良い人類だよ!」
相変わらず、半泣きのままルーミアが言った。
なんだろうか、俺も泣きたい。どうして、ただ服を乾かしていただけなのに、ここまで言われなきゃならないのだ。
それにしても、半泣きの少女と言うのもまた……いや、これ以上はやめておこうか。これ以上は流石にマズイ。
「いや、ほら青さんは一応お客さんだからね。食べちゃダメだよ。それに変なの食べると、またお腹壊すよ?」
おい、今さらりと人のこと変なのって言わなかったか? 気のせいですか?
何ですか? 実は貴方もそう思っていたんですか?
「と、言うことで、風見幽香様からお届け物です。サインか判子お願いします。っと、ほらルーミアちゃん落ち着いて」
そう言ってルーミアを抑えながら、郵便屋は小包を渡してくれた。見ていてなんだか微笑ましい。風見幽香って、あの花畑の妖怪さんのことだよな。なんだろうか。
小包を開けてみると、中には何かの種らしき物が入っていた。
これは……ヒマワリの種か?
……そっか、ちゃんと種を付けることができたんだな。
「何か、伝えておくことはありますか?」
「そうだね。この種、ありがとう。頑張って育ててみると伝えておいてもらえるかな? ああ、後あの妖怪さんって今何処に住んでいるのかわかる?」
もしわかるのなら、また会いに行ってみようかな。花畑だって見てみたいし。もしかしたら、まだ前の場所にいるかもしれないが。
「えっとですね……ん~……あら? ルーミアちゃん、僕達って何処から来たっけ? み、南だっけ?」
「どうして忘れるのよ……ここから真っ直ぐ東に進んで一山を越えたところ。そんなに遠くない」
「みたいです」
郵便屋の代わりにルーミアが答えてくれた。意外と良いコンビ……なのかな?
ふむそれほど遠くはないのか、遊びに行ってみようかな。ヒマワリの種をくれたのだし、嫌われてはいないだろう。
もしかしたら結婚してくれるかもしれない。
「いや、それはない」
ルーミアの声が聞こえた気がした。きっと気のせいだろう。
「それでは、僕たちは行きますね。また会う日までお元気で」
明るい未来に思いを馳せていると、少年の声が聞こえ、そしていつの間にか消えていた。
ヒマワリ、育てないとだな。せっかくもらったのだし。手間のかかる植物でもないし、何とも良い貰い物をした。
ヒマワリ……か。
うん? これ売れるんじゃないか?
「って、何で君はまだいるのかな?」
郵便屋はいなくなっていたが、ポツンとルーミアが立っていた。
「……置いていかれた」
涙目だった。
相変わらず物語は進みません
今だに主人公の名前を忘れます 間違えます
と、言うことで第11話でした
次話は、きっと一気に進むことでしょう
私はそう信じています
では、次話でお会いしましょう