鼓動が高まる。動悸が収まらない。なんだよ、これ。
いやいや、落ち着けって。確かにこの少年、可愛い顔をしてはいるけれど、俺にはそんな趣味なんてないはずだ。少年の隣にいる、ルーミアと呼ばれた女の子に反応しているならわかるが、どうやらそうではないらしい。
どう見ても相手は男。しかし、俺は普通に女の子が好きです。
とりあえず、いただいたバナナを一口。柔らかい食感と独特な香り。甘味が口の中に広がり、記憶なんてないはずなのに懐かしさを感じた。
うん。漸く、胸の高まりが収まってきた。ホントなんだったのだろうか。
「はい、ルーミアちゃんにもあげるよ。さて、それでは本題に入りますね。八坂神奈子様と洩矢諏訪子様よりお届け物を預かっています。今日はそれを届けに来ました」
郵便屋の少年がルーミアにバナナを渡しながら言った。神奈子と諏訪子からお届け物? なんだろうか。ただの手紙ではなさそうだが。しかし、よく俺のいる場所がわかったな。俺だって自分が何処にいるのかわからないというのに。
郵便屋から預かり物を渡してもらう。うん、なんだこれ? 何かの服か?
「神力を込めて作られた外套だそうです。あっ、サインか判子お願いします」
これから暑くなるというのに外套とは……まぁ、せっかく作ってもらったのだ、ありがたくいただこう。これを着ていればもう風邪をひくこともなさそうなのだし。
それにしても、この東方の世界、何でもありだな。特に、この郵便屋なんて自由すぎるだろ。バナナとかこの時代には絶対ないぞ。何処から収穫したのやら。
「はい、サインありがとうございます。あの二柱に、何か伝えておきたいこととかありますか?」
「ん~……いや、特にないよ。別れてそれほど時間が経っているわけでもないし。ああ、外套を送ってくれてありがとう。と伝えておいてもらえるかな」
諏訪に帰るのがいつになるかはわからないが、うん、帰る場所があるというのは良いことだ。もしかしたら、嫌われているのではないかとも思っていた。しかし、どうやらそうでもなかったらしい。
「了解しました。伝えておきます。それでは、そろそろ行きますね。ほら、ルーミアちゃん行くよ」
そう言って郵便屋は立ち上がった。見た目の年齢は俺よりも少し下くらいだろう。まぁ、人間かどうかわからないが。けれども、悪い人ではなさそうだ。
配達お疲れ様でした。
「それでは、貴方の転生人生が素敵なものとなりますよう、心から祈っております。またいつかお会いしましょう」
えっ?
ちょ、ちょっと待て。どうしてそのことを知っている。諏訪子たちが教えたということか? いや……それは考えにくい。じゃあ何故?
そして、いつの間にか郵便屋は消えていた。
全く……わからないことだらけだ。
混乱した頭を整理するために、俺の残してくれた手紙を出す。パラパラ捲っていると、あの花畑の妖怪さんと思われる記述や、先ほど会ったルーミアの記述は見つけることができた。相変わらず、役に立ちそうなことは書かれていなかったが。『わはー』ってなんだよ。『わはー』って。
そして、郵便屋のことや緑の彼女の記述は見つからなかった。つまりあの二人は、東方のキャラではないということだろうか。
むぅ……考えてもわからん。今度、彼女に会った時、聞いてみることにしよう。
立ち上がり、身体をほぐすために軽く体操。
暑そうだけれど、神奈子達からいただいた外套を羽織ってみる。重さはほとんど感じない。さらに、不快な暑さもなかった。これは、すごいな。流石は神のくれた外套だ。
妖怪さんの傘を片手に持ち、パチパチと燃えていた焚き火に土をかけて消す。山火事になったら洒落にならんしな。
それじゃ、そろそろ行くとしましょうか。
何処へ進めば良いのかわからない。けれども、歩き出さなければ始まらない。目指す都は遠そうだ。
歩き出して数分。
後ろから、何か物音が聞こえると思い振り返ると、熊がいた。
乾いた笑いが口から溢れる。
しかし、だ。今の俺は、前回までのように蹂躙されるしかなかった俺とは違う。此方には妖怪さんからもらった傘も、諏訪の神々からもらった外套もある。
「いつまでも、俺が弱いままだと思うなよ」
そして俺は、傘を持った手と、両足に力を込め熊に向かって跳んだ。
「何故あの流れで負ける。明らかに勝つ流れじゃったろうに」
灰色の空間で彼女が言った。
そんなことを言われても、勝てなかったのだから仕方が無い。
熊に向かって飛び込み、渾身の力で傘を振り下ろした。怯みすらもしなかった。そして、熊から見事な右ストレートを受け、そのまま殴り殺された。
あの右なら世界を狙える。
「いくら道具を持ったからと言って傘と外套だぞ? それで何ができる。俺の力が強くなったわけでもないんだ」
鉄砲でももらえていれば結果は違ったかもしれないが、残念ながらもらえた道具は傘と外套。陽除け、雨除けにしかならん。熊強いよ、熊。
「相変わらず情けないのう……」
放って置いてくれ。頑張ってもできないことなど沢山あるのだ。
「それにしても、今日の君はなんだか機嫌が良いな」
人が死んだのにも関わらず、いつもよりニコニコしている。もしかして、俺のことを好きなんじゃないだろうか。いつの間に好感度が上がっていたんだ?
「久しぶりに顔を見ることができたしな。ああ、お前さんのことではないぞ。お前さんの顔とか見飽きたし」
好感度など全然上がっていなかった。むしろ落ちている。この彼女ルートは難しそうだ。
ふむ、俺が死んだ後、出会った者と言えば、郵便屋にルーミア。あとは熊くらいか。とりあえず、熊はないだろ。あの熊可愛くないし。
となると、残っているのは郵便屋とルーミアだ。まぁ、たぶんあの郵便屋なのだろう。なんとなくだが、そのことはわかった。
「ホント、どうやってこの世界に来たのやら……」
そう彼女はため息を吐きながら言ったが、その顔はやはり何処か嬉しそうだった。二人の間で何があったのかは知らないが、どうやら色々と複雑な関係なのだろう。
「ああ、聞きたいことがあるのだけど、君って東方projectのキャラクターではないの?」
きっと、事情を知らない人が聞いたら意味のわからない質問。しかし、この空間には俺と彼女しかいない。全くもってノープロブレムだ。
「ん~……どうなんじゃろうな。そのことはわしもわからん。確かにお前さん達みたく、この東方の世界がゲームとなっている世界からは来ていないが」
あら、そうなのか。それにしても、よく俺の質問内容がわかったな。しかし、この世界って本当に何のゲームだろうな。アクション? RPG? 恋愛シミュレーション? そのどれもしっくりこないが……強いて言うなら恋愛シミュレーションと言ったところか。それなら好感度メーターくらい出して欲しかった。
その時の会話も結局、それくらいで終わってしまった。少しずつ、彼女が何者かはわかってきたが、それ以上に疑問は増えた。この世界にはわからないことが多すぎる。
再び現実世界へと戻り、歩を進める。最近は死にすぎているせいで、どっちが現実なのかたまにわからなくなるが、やらなければいけない事くらい覚えている。
『月の姫に求婚』。まだクリアできている課題は1つしかない。時間はまだまだあるけれど、こういうのは早め早めに終わらせたい。
そして、再び始まる一人旅。
茹だるような夏を越え、紅葉の秋を楽しみ、静かな冬が過ぎて、また春が訪れた。寄ろうと思えば人里へ寄ることもできただろうけれど、何かに負ける気がして山の中を歩き続けた。
山を歩けば熊に会う。熊に会ったら殺される。あの灰色の空間へ逝く度に彼女からは、アホだアホだと言われたが、それでも俺は山の中を歩き続けた。何の意味も無い意地を張って、都を目指し続けた。
二柱からもらった外套や、妖怪さんからもらった傘は何度も俺を助けてくれた。特に、冬なんかは外套がなければ凍え死んでいただろう。雨から、雪から俺の身体を守ってくれた。ありがたい限りだ。
4つの季節を旅して、一番良かった季節はやっぱり冬だろう。だって、熊に襲われないし。できれば、そのまま冬眠していてもらいたい。
逆に冬眠前の熊は、いつもに増して獰猛だった。俺だって、出会った熊全てに殺されているわけではない。逃げられることもある。しかし、秋の熊はちょっと勘弁して欲しい勢いで襲いかかってきた。わりとトラウマです。
四季を楽しみながら、熊や猪に襲われながら一年以上もの時間をかけ、漸く都へとたどり着いた。何回死んだのかは、覚えていない。
まだ都へ入っていないのにも関わらず、人々の活気が伝わってくる。人と会うのも随分久しぶりだ。
てか、明らかに時間かかりすぎだよね。どうして信州から、京都・奈良へ移動するだけに一年もかかるんだよ。普通なら一ヶ月もあれば十分だろうに。
しかしまぁ、目的地には着いたのだ。スタートラインに立つまで時間はかかってしまったが、大切なのはここから。これで漸く物語が動き始める。
始まった物語は終わるまで止まらない。
もう10話だそうです
信じられないくらい進行が遅いですね
私も焦ってきました
と、言うことで第10話でした
実際のところ信州から京都・奈良まで、山の中だけを歩くとどれくらいかかるのですかね?
私はやったことがないのでわかりませんが
次話は都でのお話っぽいです
一文無しの主人公ですが、生活できますかねぇ……
では、次話でお会いしましょう