だらだらと毎日を過ごし、未来に少しの不安と希望を感じながら生きていく。そんな平凡な日々。そうして過ぎ行く日々を惜しみながら大人になって、そのままゆっくりと静かに人生を終わらせる。
そんな人生を想像していた。
空から女の子が降ってくることはないし、街角で食パンを咥えた美少女とぶつかる事もない。自分の中に秘められた力が目覚めることもなく、どんなに練習してもかめはめ波は出なかった。
それでも――空から女の子が降ってきたわけではないし、かめはめ波を出せるようになったわけではない。
けれども――この人生は、想像以上に劇的だ。
――――――――
季節は夏。雨上がりの夕方。そして、部活を終えての帰り道。
今日も今日とて、遠くの方から蝉の声が聞こえる。まさに夏の音。
アスファルトから水分が蒸発して、あの独特な匂いが鼻の奥まで届く。まさに夏の匂い。
自転車に跨り、足に力を入れ全力でペダルを漕ぐ。むしむしとしている空気を切りながら、学校へと続いていた坂道を駆け下りた。
追い風さえも向かい風に変える速度で。
ああ、今この瞬間、俺は風になっている。
――そして車に轢かれた。
いや、俺が一番驚いた。
だって信号の色は青だったと思うんだ。
――――――――
目が覚めると知らない場所にいた。在り来りな表現だけれど、他に言いようもないし仕方がない。
真っ白な空間。その白がどこまでも続いていた。なるほど、これが死後の世界ってやつか。
体は自由に動くけれども、頭はどこかボーっとしている。寝すぎた日の午後のようなあの感じ。
何処でしょうね、此処は。
天国――にしては、華々しさが足りない。
地獄――にしては、禍々しさが足りない。
どうしようか、熟れ過ぎたトマトのモノマネをしながらコサックダンスでも踊ってようかな。
「パンパカパーン。おめでとうございます」
声のした方を見ると、真っ白な服を着た黒髪の少女が立っていた。
何がおめでたいのかは分からないけれど、どうやら悪いことではないみたい。コサックダンスはまた今度にしよう。
「貴女は?」
「私は貴方達人間から天使と呼ばれている存在です」
天使さんでした。悪魔とかよりは嬉しい存在。
しかし、天使と言えば背中に羽と、頭の上に輪ってイメージだったんだが。
「天使さんなのに羽とか輪はないのか?」
「レンタル料が高いんですよ、あれ」
レンタルだったんだ……なんとも世知辛い世の中だ。
本当は敬語を使ったほうが良いのだろうけれど、この自称天使さんはどう見てもただの女の子。敬語を使う気にはなれない。
「それで、天使さんが何の用なんだ?」
「此処は選ばれた者が来ることのできる転生の間。そして貴方はその一人に選ばれました」
どうやって決めたのかは分からないけれど、選ばれてしまったらしい。だから『おめでとうございます』と言ったところか。
「転生?」
「はい、転生です。因みにですが、元の世界に帰ることはできませんよ。貴方死んじゃいましたし」
まぁ、そりゃあそうでしょうね。あれで生きていたら驚く。
転生――って言うと、あれだよね。強くてニューゲーム的な。ゲームや漫画の世界に行って、ヒロインたちとキャッキャウフフな感じに……
うん、そういうの良いと思います。
思わず顔がにやける。
「じゃあ、ポケモンの世界に転生とかできるってこと?」
努力値無振りの甘々トレーナーたちに、現実の厳しさを叩き込んでやりたい。そしてあわよくば、ヒロインたちとキャッキャウフフな関係に……
「理解が早くて助かります。ですが、ポケモンの世界は既に先客がいるので無理ですね」
なんと、ダメですか。そうですか。
「じゃあ、SAOは?」
二刀流とヒロイン達は有り難く俺がいただこう。
「それも先客がいます」
「……モンハン」
KBTIT装備で回避無双を。
「無理ですね」
「ドラクエ!」
この際、7以外ならどれでも良い。でも、できれば3、6、8のどれかで。
「残念ですが……」
……クソったれが!! 全然ダメじゃないか。あ~、んと……他に思いつくのは。
「東方Projectは?」
これがダメだと本当に困る。
「あっ、それなら大丈夫です」
っしゃ。正直、あまり詳しくはないけれど、可愛い女の子も沢山いるしこれは夢が広がります。
「では、転生先の世界は東方Projectの世界と言うことでよろしいですか?」
「うん、よろしく頼むよ」
これからのことを考えると、わくわくが止まらない。
どうしよっかなぁ。紅魔館や永遠亭に博麗神社。あっ、月スタートってのも良いかも。
「承りました。転生についてですが、二種類あります。まず一つ目ですが、今の貴方の状態からの転生です」
それはパスでお願いします。転生した瞬間、妖怪に襲われる未来しか見えない。転生先くらい良い思いをさせてください。
「もう一つは、貴方の望む能力や体質などを付与した状態からのスタートです」
もちろん、そちらでお願いします。神様転生とか素敵。
いや~、テンション上がってきたね!
――ただし!
と、天使さんがこちらを真っ直ぐ見つめながら言った。
「今の貴方の記憶を受け継ぐことはできません」
「えっ……」
思わず声が出てしまった。
記憶を、受け継げない……? 熱くなっていた頭が一気に冷める感覚。
つまりそれは、転生先の俺は今の記憶がないってことで……でもそれって、その転生先の俺って……
――本当に俺だと言えるのか?
「……ちょっと考えさせてくれないか」
「はい、ごゆっくりと考えてください」
選択肢は二つ。一つはこのままの状態からスタート。もう一つは所謂、強くてニューゲーム。ただし、今の記憶はなくなる。
前者は論外。けれども後者だって選びたくはない。
どうする? どうすれば良い?
「一つ提案しても良いかな?」
「聞きましょう」
記憶がなくなるのは困る。かと言って、能力がなければ思うように動ける気もしない。
「能力がなければ何もできない。記憶がなければ何も始まらない。だから……」
――だからこれは、ギリギリで俺が許せる妥協案だ。
~少年説明中~
「って、言うのはどう?」
「えっ? あ、はい。そうですね」
……ちゃんと話聞いてた? 結構一生懸命説明したんだけど。
「えと、つまり私の下僕になってくれるってことですか?」
「話聞いてねぇじゃん! 張り倒すぞちんちくりんのペッタンコが!!」
「んなっ! 人が気にしていることを! 地獄に落としますよ!?」
あっ、それはやめて。でも話をちゃんと聞かない方が悪いと思うの。こちとらこれからの人生がかかっているんだ。もう少し真剣になってもらいたい。
「さてと、私のお茶目ポイントアップはここまでとして……貴方の提案ですが、大体はOKです。まとめますと、基本的には二つ目の転生条件。そして制限期間以内に10課題をクリアできれば記憶が戻る。そして、今の貴方からの手紙を転生先の貴方に渡すことができる。と、いうことですね」
良かった。受け入れてもらえるらしい。ってか、ちゃんと聞けていたのなら初めから真剣にやりなさいよ。
「うん。まぁ、そんな感じだね。んで、だいたいOKってことは何かあるってことかな?」
元々提案がそのまま通るとは思っていなかったし、ここまでは予想の範囲内だ。
「はい、そうです。まず制限期間ですが2000年とさせていただきます。ああ、その間は死ぬことも老いることもありませんので安心してください。記憶に関してですが、東方Projectの知識に関する記憶も消させていただきます」
人差し指と中指を立てながら天使さんが言った。2000年……ちょっと想像できないけれど、多分それだけあれば大丈夫だと思う。
「次に、能力はこちらで決めさせていただきます。最初はかなり使えないような能力となりますが、課題をクリアする事に強化していく感じにします。また送る手紙と課題は、確認させていただき多少修正することもあるかと思います。そして最後ですが、もし転生先の貴方が期間以内に全ての課題をクリアすることができなかった時は……」
――転生先の貴方ではなく、今の貴方が地獄へ落ちていただきます。
だなんて、本日最高の笑顔で天使さんが言った。実はこの子、悪魔なんじゃないだろうか?
「……了解」
「あっ、別に地獄じゃなくて私の下僕でm「地獄でお願いします」……むぅ。冷たいですね」
天使さんがそう言って、右手を軽く払った。
そして、目の前に現れた真っ白な椅子と机。その机の上には紙とペンがあった。
「そこの紙に転生先の貴方へ伝えたいことと、課題の内容をお願いします」
自分へ向けての手紙。なんだか複雑な気分だ。伝えたいこと、伝えなければいけないことが沢山あった。その全てを文字だけで表すことはできなかったけれど、きっと俺ならわかってくれると思う。
「ふむ。手紙の内容も課題もOKです。ふふっ、なかなかに面白い内容ですね。では、転生する準備は良いですか?」
大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。自分の心臓の暴れる音がよく聞こえた。
「……うん、大丈夫。大丈夫だからよろしく頼むよ」
「怖い……ですよね。自分の知らない自分になるって」
そりゃあ、怖いさ。今だって怖くて泣きそうだ。心臓は暴れたままだし、足だって震えている。
でも――
「大丈夫。きっと俺ならやってくれる」
そう言って自分に言い聞かせた。自分のことくらい信じてあげてみようじゃないか。
「……わかりました。それでは送りますね。この転生が貴方にとって最高のものとなるよう心から願っています」
それじゃ、あとは任せたよ。未来の俺。
そして、視界が暗転した。
――――――――
気がつくと足元に空。頭上には水が見えた。風を切る音が五月蝿い。
つまりこれは――
「なるほど、落下中か」
そして、そのまま水の中へ飛び込んだ。
水で視界の景色がぼやける。服のせいで動かしにくい手足を使って何とか水面へ。
空気、俺に空気をください。
正直、何が起こったのか全くわからない。ここは何処で俺は、
――誰だ?
何とか水面まで上がり、空気を吸い込む。本当にわからないことだらけだ。
『課題1,「洩矢諏訪子の帽子を被れ」』
パニックになっている頭の中で、無機質な声が響いた。
「誰だよ、諏訪子って……」
この瞬間から記憶を取り戻す旅が始まった。
読了ありがとうございました
どこかで会った方もいるかもしれませんが
はじめまして
東方のキャラは出てこないし、終わりは中途半端でしたね
きっとケロちゃんが出てきてくれるはず
では、次話でお会いしましょう
感想・質問何でもお待ちしております