大内家の野望   作:一ノ一

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その四十二

 陶隆房率いる大内家と龍造寺隆信率いる龍造寺家の戦いは膠着状態に入って早一月が過ぎようとしていた。全体的に見れば大内家が押され気味か。実際に剣を交えたのは一度きりではあるが、その戦いの結末は大内家が守る西島城を攻略するには至らなかったものの、それでも川を渡り敵地の正面に陣地を構築するという目的は達成できたという点で龍造寺家に天秤は傾いていた。

 隆房が想定した筑後川を天然の堀として利用する策はここに崩れた。

 しかし、だからといって容易く城が攻略できるはずもない。

 初戦から激戦となったこの戦い。被害は城攻めを決行した龍造寺家のほうが大きかった。龍造寺家が出した死傷者は一〇〇人を上回るだろう。相手方にどれだけの被害を出せたかは不透明だが、三桁には届くまい。

「なかなか……」

 物思いに耽るように直茂は廊下を歩いていた。途中、すれ違う者達とぶつかりそうになるほど、直茂は頭を悩ませている。

 攻めるに攻められない。

 軍師を拝命する直茂にしてみても、この状況はよいものではない。

 物見を出して敵方の様子を探ってみれば、西島城の城塞化を着々と進めているというではないか。危険を押して自らの目で確認してみれば、堀を幾重にも重ね、平屋の建物がぐるりとその城の周囲を囲んでいた。

 城の全体像が判明しているわけではない。陣城というにはあまりにも手が込んでいるのは事実である。城の外に設けられた陣にも、同じような建物が散見される。おそらくは指揮官級の武士の宿、そして――――

「城の回りに家なんて建ててなあ」

「エリ殿」

 兵達の姉貴分。信常エリが呆れたような口振りで直茂の隣に歩み寄ってきた。

「よう、浮かない顔してどうしたんだ?」

「そのような顔をしていましたか?」

「まあね。大方、うちの大将にまた何か言われたってところかな。城一つ落とそうっていうんだ。時間はかかるよ」

 エリの口調に直茂を慰めようという意図は感じられなかった。厳然たる事実として、城攻めの難しさを知るからこそであろう。

 彼女にとって、そして多くの将兵にとって戦はまだ始まったばかりなのだ。

 だが、だからこそ序盤からの膠着状態というのは士気に関わる、と直茂は考えていた。せめて、敵が敷いた陣の一つでも落とさなければ長い戦いを渡っていけない。

「打って出る予定は?」

 問われた直茂は、僅かばかり悩んだところで頷きもせず、首を横に振るでもなく答えた。 

「陶は完全に守りに入っており、挑発に乗る様子もありません。人数でもこちらとほぼ同等となれば、真正面からの城攻めは難しいでしょう」

 かといって、内応するような不心得物があの城の中にいるとも思えなかった。

 大内家は大友家を傘下に加えて九州を席巻しようとしているものの、今の時点で龍造寺家と対峙している陶隆房とその兵卒はほぼすべて大内家と直接主従関係にある者達である。つまりは純粋な大内軍であり大友家や周辺の国人衆の勢力はそれほど大きな割合ではない。長期戦に備えて一致団結できる者を選んだ、ということだろうか。

「内応する者も現れておりませんし、何よりも城や陣に築かれた平屋。あれは危険です」

「ん? そうか?」

「はい。あれがあるだけで簡易的な城壁となります。雨風が凌げるので、雨天でも鉄砲が使えるはずですし、正面から攻めるとなれば相応の被害を想定する必要はあるでしょう」

「鉄砲が使えないから雨の日に攻めようってわけにもいかないか」

「守りに入った相手です。おびき出す手を考えるしかないのが現状でしょう」

 攻略するには謀略を使うほかない。内応によって内側から突き崩すか、それともあちらから城を出るように誘導するかである。

 とはいえ、陶隆房は城を出ようとはしないだろう。想定外といえば、好戦的な性格の彼女が守勢を享受していることだ。調べた限りの情報では、陶隆房という少女は個人の武勇に秀でており戦略的な思考もできる有能な将ではあるが、個人の武勇を優先する性格でもあったはずである。そういった手合いにとって、長期の防戦はかなりの苦痛を伴うはずだ。

 どこかしらで痺れを切らして、打って出てくるのではないか。

 まして、兵力はほぼ互角である。

 城を背後に戦えるという点で彼女たちのほうが有利であり、だからこそ隆房が兵を率いて現れないのが不気味でもあった。

「まさか、時間稼ぎか……」

 本来ならば守りに徹する必要がない戦で、過剰なまでに守りを固めるのはそれ以外に考えられない。

 通常、篭城戦は必死に押し寄せる敵兵を防ぎ、味方の救援を待つものだ。そうした定石も踏まえて考えれば、隆房率いる大内家の軍勢以外にも敵軍が動いている可能性は少なくない。

「どうかした、軍師殿?」

「物見を増やします。そうですね……山向こうまで四方を探る必要があると思いますので、人員を多めに割きましょうか」

 島津家の北上に備えるならば、大内・大友連合軍とて長期間大軍を筑後国内に留まらせる事は難しいというのは、出陣前の軍議ですでに話し合われていた。

 島津家と歩調を合わせる事ができればなおよかったのだが、それはそれ。不干渉でも十分に龍造寺家の助けにはなる。

 恐らく、島津家もこの機の逃すまいと北上の兆しを見せるだろう。

 時間をかければ、相手は二方面作戦を強いられる事になる。全体的には兵力に劣ったとしても、一度に相対する敵の数が減っていれば、各個撃破は楽になる。

 だが、仮に相手が短期決戦を画して兵力の大部分を筑後平野に送り込み、龍造寺家を打ち倒す事に全力を注ごうというのならば、こちらもそれに合わせて兵力の増員なり、一時退却なり、新たな動きを検討する必要が生じる。

 島津家との関係も要注意である。彼女達とは協力関係というよりも、競合関係にある以上、彼女達の動きにも意識を払い続けなければならないからだ。

 目の前の西島城の攻略と何かしらの動きをしているであろう大内・大友連合。そして、未だ動きの読めない島津四姉妹。さらには、信服していない筑後国人衆等々、直茂を悩ませる要素は枚挙に暇がない。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 直茂が予見したとおり、大内軍は別働隊を動かしていた。

 こちらは半数が大友家の軍勢で占められており、まさに大内・大友連合というに相応しい軍勢であり、その数は一〇〇〇〇に達する。傾きかけた大友家からもおよそ五〇〇〇人が参加したことになり、大友家からすればこれ以上の支出は不可能と言えるほどで、鍋の底が見えているような状況である。

 大内家は別として、大友家としては筑後国が落ちるのは家の存亡に関わる重大事である。この戦で何としても龍造寺家を肥前国まで追い払わなければ、大友家に未来はないと断言できるほどである。

 総大将に晴持を担ぎ上げた一軍は、主要な街道を利用せず、山間の隘路を慎重に進んで筑後国に入った。

 大軍が山道を通るのは非常に危険を伴う。道に詳しい地元民を案内役に頼んでも、簡単に進むことはできないもので、途中で待ち伏せを受ける可能性も否定できず、進軍速度はとてつもなく鈍重なものとなった。

 しかし、通り道の大半が大友領だったことや隆房たちの奮戦もあって、龍造寺家の兵が途中で襲ってくることはなかった。

 いくつかに兵を分けたため、晴持の本隊の総数は四〇〇〇人を上回る程度だ。道雪や紹運等が率いる部隊が先行して道中の安全を確保してくれていたおかげで、精神的な余裕はあったが、もちろん心の底から安楽しているわけにもいかない。筑後国内ではすでに隆房達が龍造寺家を相手に奮戦しているのだ。晴持の傍で笑っていた彼女達が死地にある今、晴持の気持ちが落ち着くということはまずない。一刻も早く決着を、という思いはずっと心の中に燻ったままである。

 山道を抜けた先は、開けた盆地となっていた。絵地図の通りである。

「ここが、黒木郷か」

 暖かい初夏の日差しの眩しさに目を細めながら、盆地の全体像を眺める。

 ここは矢部川と星野川が合流する地点の東側にできた盆地であり、黒木氏が代々所領としてきた土地だ。特徴的な形状の盆地で、三方を山に囲まれ、西側――――平野方面も左右から迫る山すそによって狭まっている。つまり円形の閉じた土地なのだ。

 この地を治める黒木家永は、代々大友家の下に就いてその保護を受けていた国人の一人である。家臣とまではいかずとも、大友家の指図を受ける関係にあったのだが、家永自身は比較的独立心の強い人物であるようだ。大友宗麟とは何度か衝突し、兵を差し向けられることもあったという。

 城は盆地の東側に聳える猫尾山に築かれた猫尾城。典型的な山城である。矢部川と笠原川の合流地点にあり、地形を活かした防御力の高さが特徴だ。

「道雪殿からは話はつけたと使者が来たが……」

 先行していた道雪が猫尾城主家永を完全にこちらの味方に付けたと連絡を寄越したのは三日も前のことだ。彼を味方にできるかどうかは対龍造寺戦線に一定の影響を与えるものであり、道雪の交渉の進み具合がずっと気になっているところであった。強大な龍造寺家との戦いを控えているので、事前に攻める城は少ないほうがいい。その上で、どう足掻いても攻撃しなければならないのが、盆地と平野部の出入り口を見下ろす位置に建つ犬尾城であった。

 一里ほど先、犬尾城が建つ山の麓に道雪と紹運の軍勢がぞろりと並んでいるのが見て取れる。

 二〇〇〇人ほどの軍が、犬尾城の足元に集結しており、彼らの一部が、つい今しがた犬尾城へ向けて山道を駆け上り始めた。まさに、戦端が開かれた瞬間に晴持は立ち会ったのだ。

「予定通り、事が運んでいるということでしょうか」

 隣の光秀が声を小さくして呟く。

「だと、いいけどな。とにかく、道雪殿の援護をしよう」

 状況の確認は必要不可欠だ。

 犬尾城は山城であるため、攻略できるかどうかは不透明。最悪、そのままにするという手もあるにはある。隆房に対抗するため、犬尾城には最低限の兵しか残されていないはずなので、道雪が素早く兵を動かし、強襲すれば一当てで押し潰せるという目論見ではあったが、状況の推移を冷静に把握する必要がある。

 猫尾城は晴持が出てきた山道のすぐ傍にあるので、晴持の軍勢に気付いていないはずがない。案の定、そう時をおかず黒木家の者が晴持の下に使者として遣わされた。

 やって来たのは椿原式部と名乗る一廉の武者だった。

 道雪の戦振りが気になるが、使者を無碍に扱う事もできない。一端、馬を降りた晴持は畳床机に腰を落ち着けて式部と向き合った。

 彼から家永が認めた書状を受け取り、一読する。大内家の下で働くという誓紙と所領の安堵を願うものだった。

「龍造寺ではなく、こちらに就く。それでいいと?」

「御意。我が主は蒲池殿の憐れなる最期に激怒されており、龍造寺討つべしと鼻息を荒くしておられるほどでございます。しかしながら、黒木の手勢では龍造寺の大軍に敵うはずもありませぬ。此度の大内様と大友様の来援は、まさに天軍に等しいものと存じます」

 黒木家永は話を聞く限りでは武将としても中々の剛の者だという。猫尾城に篭った彼を大友家の大軍は破る事ができず、結局兵糧攻めという手段を取らざるを得なかったと聞いている。

 龍造寺家の増大する圧力に屈する国人が増える中、彼が未だに抵抗の意思を示しているのは、柳川城に対する龍造寺隆信の所業に激怒したからだという。

「黒木殿の参陣は大きな助けとなります。龍造寺退治に光明が見える思いです。所領の安堵、確かに約束しましょう」

「は、ありがたきお言葉」

「ところで、家永殿は猫尾城に?」

「いえ。立花様の指揮の下、犬尾城の攻略に着手しております」

「なるほど。話は一応聞いているけれども、犬尾城は落とせそうですか?」

「主要な兵は皆龍造寺の本隊に合流しており、守りは手薄。加えてかの城の構造を、我らは熟知しております。水の手から郭の配置まで粒さに立花様に報告しておりますれば、落城は時間の問題かと」

「そうか。いや、そうだな、当然か」

 聞くところでは犬尾城は猫尾城の黒木家の分家筋である河崎家が所有する城だそうだ。城主は河崎鎮堯(かわさきしげたか)。龍造寺家に犬尾城を落とされた際に、命からがら落ち延びて、猫尾城に匿われたのだとか。多くの家臣と家族を失い、彼もまた龍造寺憎しの心境だと聞いた。

「龍造寺は我らの共通の敵。大内、大友共に龍造寺退治に全力を注ぎます。一先ずは犬尾城を回復し、来る決戦に備えましょう」

 式部に晴持の見解を記した文書を持たせて帰らせ、晴持は自軍を盆地の中央に移動させた。

 そこでとりあえず陣を張り、道雪達の戦振りを観戦する。

 あの軍勢の中には、元々犬尾城の城主だった鎮堯も参加しているという。城の構造を知り尽くした人物と立花道雪という組合せは極めて凶悪だ。噂に名高い龍造寺四天王の誰かやそれに匹敵する武将が控えているのならばまだしも、守備兵が筑後平野の戦いに参加している今の犬尾城では、長くは持つまい。

 重要なのは犬尾城を取り返し、盆地の周囲から龍造寺軍を取り除いた後である。

 ここまで来て、何の戦果も得られないというのは話にならない。せめて筑後平野を龍造寺家から奪い返し、大内家の所領に組み込みたいというのが、晴持の内心である。

 そのためにも、ここで龍造寺家の力を大きくそぎ落とさなければならない。この盆地は、地の利を活かすために晴持が選んだ決戦の舞台である。後は、如何にしてここに敵軍を引き寄せるか。これに尽きる。

「犬尾城を奪われた龍造寺がどう動くか、だな」

「はい。間違いなく、奪還に動くでしょう。放置すれば、龍造寺家の威風に傷が付きますから」

 光秀が神妙な表情で言った。

 火縄銃を背負った彼女は黒い外套で身体を包んでいる。

 おそらく、日本全体を見渡しても大内家ほど火縄銃を多く所持している勢力はないだろう。すでに火縄銃を大規模実戦投入するだけの準備を終えている。

 雨が降らなければ、火縄銃の最大火力を敵にお見舞いできるところだが、そう上手く事は運ばないだろう。

 犬尾城から黒い煙が上がり始めた。

 城兵が自棄になったのか、火を放ったに違いない。

 それは烽火となって、数里離れた龍造寺家に伝わるだろう。

 本格的な大内・大友連合軍と龍造寺軍の激突はもうすぐそこまで来ている。晴持は戦場にやって来て、改めてそう感じた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 犬尾城の落城は、西島城とその周囲に展開する大内家の面々に希望を与え、士気を大いに奮い立たせた。その一方で、龍造寺家の内部には苛立ちが蔓延しつつあった。

 犬尾城の炎上は、龍造寺家が陣を張る地点からもはっきりと見る事ができた。

 それが兵の士気を大きく削っている。

 これは、長期戦を想定するに於いて大きな足枷となる。兵の士気次第では多勢が寡兵に負けるということも可能性として浮上する。今の時点では、そこまで大きな問題ではないものの今後の龍造寺家の行動如何によっては国人衆の離反を引き起こしかねない。

「直茂、大内の動きはどうなってるの?」

 隆信は余計な問答は好まない。単刀直入に自分の軍師に尋ねた。

「は、犬尾城を陥れた後は盆地の内部に篭り、陣を敷いている様子。総大将に大内晴持、大友家からも立花道雪に高橋紹運らが参戦している模様です」

「敵兵の数は?」

「一〇〇〇〇はくだらないかと」

「目の前のと合わせて二〇〇〇〇。フン、大盤振る舞いね」

 隆信は苛立たしげに唇を曲げる。

 西島城を攻略できず、長陣の気配が濃厚であるという事も彼女にとって不快なのだろう。かといって柳川城のように力攻めをするわけにもいかない。兵を使い潰す戦い方は、そう何度もできるものではなく、まして相手は自分達とほぼ同数だ。

「それで、直茂。あなたはどうするつもり?」

「すでに肥前全域に兵の拠出を命じております。相手方と互角以上の兵力を投入するべき頃合かと思います」

 野戦にしても城攻めにしても、相手以上の兵力を用意するのが戦の基本である。

 一〇〇〇〇人を越える人員を動員するのは、財政面でかなりの負担ではある。が、幸いな事に島津家と不可侵の約定を交わした事で、龍造寺家には背後を気にする必要がなくなった。大内家は大大名とはいえ、本国が遠く大兵力を長期間留めるのは難しいだろう。局地的に敵よりも多数の兵力をつぎ込む、という手は頭の悪い方法ながら明確な効果を期待できた。

「援軍が到着しましたら、即座に犬尾城の奪還及び敵勢力の駆逐と猫尾城の攻略に着手します」

「そうね、うん。決着を付けるべきだよね、大内とはさ」

 ある意味で、これは独立戦争である。

 龍造寺家は大内家と縁がないわけではない。隆信自身、大内家の当主から一字を貰いうけ、その庇護下にあった時期がある。

 もう十分に雌伏した。

 彼女にとって、自分の思うように振る舞えないのは苦痛と同じだ。大内家も大友家も自分を縛る枷でしかない。

「大内晴持、が総大将ね。よく聞く名前だ」

「大内家の大黒柱と言うべき方です。文の義隆、武の晴持などとこの姉弟は称されておりますが、どちらかと言えば、鍵を握るのは弟の方でしょう」

「そこまで?」

「はい」

「へえ、ソイツ強い?」

「そこまでは……。個人の武勇を誇る方ではないと聞いております。むしろ、人柄と発想で仲間を増やし、家を下支えする方向に才があります。武官というよりも文官が近いかと」

「なんだ、つまんない。だったら、陶隆房だったり吉川元春だったりがいる西島城の方が何倍も面白いわ」

「武勇をお求めであれば、立花道雪殿や高橋紹運殿も晴持殿の下で行動しています。大内の将とどちらが強いかとなると、この目で見たわけではないので何とも言えませんが」

「ああ、そうだった。あっちには道雪殿もいたわけか。あー、悩むね。どっちをあたしは攻めるべきか」

 困ったように頭を掻く隆信。

 楽しそうなその様子に直茂は眉根を寄せた。

「隆信様。何もご当主自ら敵を迎え撃たずとも、わたしや四天王に命じてくだされば、それで済みます。隆信様はこの城で全軍の統括をしていただかなければなりません」

「……んぅ……あー、はいはい。たく、真面目なんだから」

 鬱陶しそうに手を振りつつ、隆信は何か言いたそうな直茂の言葉を遮った。

「日が暮れる前に、主要な将を集めてきちんとした軍議をするわよ。犬尾城を奪還しないと、士気の回復に支障があるんでしょ」

「はい。奪還、或いはそのための行動を起こす事が必要です」

「龍造寺が弱腰って思われるのは正直ムカつくしね。援軍はいつ来る予定?」

「順当に行けば……半月、いえ、七日で掻き集めて参集するよう調整します」

 準備は事前に進めていた。

 相手は強大な勢力を有するかつてない大敵である。後方支援も充実しなければ、戦にもならない。直茂は大内家が別働隊――――というよりも、別行動している部隊こそが本隊と言うべきであろう――――の動きを察知した直後に、増援の手配を進めていたのだ。

 犬尾城の救援には間に合わなかったのが残念ではあった。兵を割こうにも、目の前の陶隆房らと少数ながらも点在する大内軍の陣に阻まれて、ここからの援軍が出せなかった。兵を割けば、こちらが壊滅する可能性があるというのは誰の目から見ても明らかだったからだ。

「ん、よし。そういえば、さっき大内晴持が大黒柱だって言ってたよね。じゃあ、ここで討ち取れば大内家には大損害?」

「それは間違いなく。あの家の急速な繁栄の原動力とも言うべき方です。とりわけ、四国の統治はあの方の影響が大きい。河野も一条も、あの方の一族と言うべき扱いですから」

 河野家は当主自らが晴持の妻となる事で大内家の後ろ盾を得た。一条家は晴持の実家である。もはや武家としては機能しないが、高貴な血族であり都との付き合いもあるので政治的な利用価値は高い。少なくとも、この二つの家は晴持という一個人を介して大内家に属しているようなものであろう。晴持がいなくなれば、この二家は宙に浮く。それに、大内家の家中でも晴持は大いに信頼されているというのだから、彼の価値の高さが窺える。

「ふぅん。上手い事討ち取れないものかね」

「将士一丸となって最善を尽くします。ですが、晴持殿お一人に拘らずとも、筑紫平野を我々が獲れば、大友も風前の灯となりましょう。島津の動き次第では大内の勢力すらも九国から駆逐する事も可能でしょう」

 大内晴持一人を討ち取るだけで、確かに大内家の勢力に大打撃を与える事ができる。それは、これまでに大内家を調べた結果から断言できる。

 義姉の義隆は義弟を溺愛し、信頼している。義弟もまたその信頼に応えるべく戦から内政まで幅広く手腕を発揮して大内家の発展に寄与してきた。

 それが討ち死にすれば、大きな衝撃を大内家全体に与える事ができる。

 しかし、それは甘い誘惑である。

 下手に手を出せば火傷では済まない。

 晴持を無理矢理討ち取る必要のない現段階では、そこまで欲張らずに大内軍の撃退に心血を注ぐべきである。筑後平野を獲るだけで、大友家に致命傷を与え、島津家の北上を牽制し、大内家を九国から追い払う事すらも視野に入るのだから。


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