歴史の立会人に   作:キューマル式

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今回は幕間として宇宙の動きです。

……ジオンが本当の意味で終わったのは、ドズルが死んだ時だと思う。


第44.5話 ドズルの嘆き

「兄貴、これはどういうことだ!!」

 

 ここは宇宙要塞ソロモン。

 ジオンの制宙権確保のための要衝でもあり宇宙での最前線だ。同時にジオンの猛将、ドズル=ザビ中将の居城である。その司令室に、主であるドズルの怒鳴り声が響いていた。

 

『ドズル、そういきり立つな』

 

 しかし、その相手はドズルの怒鳴り声を、いつものことと平然と受け流す。その相手とはジオン軍総帥であるギレン=ザビその人であった。今、ドズルは長距離通信によってモニター越しにギレンと会談中なのである。

 

「こうも言いたくはなる!

 ソロモンに送ると約束していた新型モビルアーマー『ビグロ』は5機だったはずだ!

 それが何故2機に減っている! 残りの3機はどうした!」

 

 ドズルがいきり立つその理由、それはソロモンに送られてくるはずだった戦力がその数を減らしているからだ。

 前線指揮官として、戦力の低下はそのまま将兵の死に繋がることを熟知していた。そのためその約束された戦力が届かないことにドズルは烈火のごとく怒り狂いその采配をしたギレンに喰ってかかるが、とうのギレンは慣れたものだ。

 

『ビグロは2機でも十分な性能がある。

 他にも戦力は割かねばならんのでな、そこに廻させてもらった』

 

「ソロモンは最前線だぞ! 戦力は多ければ多いほどいいに決まっている!

 それを減らすなど!!」

 

『お前ならそれでも支えてくれると信頼しての配置だよ、ドズル』

 

「くっ……」

 

 これ以上言っても『のれんに腕押し』、『糠に釘』だと諦めたドズルは今度は別の不満をぶつける。

 

「それでは、新型モビルスーツの『ゲルググ』……試作機でもいいから数機廻してくれという話はどうなったんだ?」

 

 コンペが終了し、正式に次期主力モビルスーツに決定した『ゲルググ』。それをソロモンに廻すように頼んでいたのだが、これもいつの間にか無かったことにされている。

 

『『ゲルググ』は今、『ギャン』の仕様を参考に一部設計を修正中だよ。

 生産ラインの構築も、ビーム兵器運用環境のための整備もある。

 本格的な生産・配備はまだ先だ』

 

「『ゲルググ』は基本性能だけでも十分だ。

 この際、ビーム兵器は後廻しでもいいからエースたちにだけでも早急に配りたい」

 

 本来、近代戦において『一騎当千』という言葉は存在しない。

 それこそ『三国志』や『戦国時代』といったような過去の時代、槍や刀といった近接武装を主としての戦いならば、その戦果には個々人の『武威』による部分が多くなる。そのため、時に『一騎当千』と称されるような戦場の怪物が誕生するわけだが、近代戦ではそうはいかない。

 槍や刀といった近接武装は使用する個人の技量や熟練度によって攻撃力が大きく異なるが、銃はトリガーさえ引ければ子供でも大人を倒せる攻撃力を発揮する。銃の登場によって兵士全員の攻撃力が同一となったことで、戦場において個々人の戦闘能力はほぼ均等になったのである。そこに個々人の『武威』の入り込む余地などない。

 どれだけの『数』に、どれだけ『高性能な装備』を配備し、どれだけ『効率的に運用する』か……近代戦とは結局のところ、それに尽きる。

 しかし……その近代戦の状況を『ミノフスキー粒子』が打ち壊してしまった。

 ミノフスキー粒子の登場によって長距離レーダーと誘導兵器は無用の長物と成り果てた。近代戦の基本である『より遠くから見つけ、より遠くから一方的に攻撃する』という従来の図式が完全に崩壊してしまったのである。

 そのためモビルスーツによる有視界近接格闘戦となったわけだが……やっていることを冷静に考えると、『やぁやぁ我こそは』と言いながら馬で敵に突撃していく古代の戦いと大差ないのである。大きな違いは、乗っているのが馬かモビルスーツかの違いと言ったところか。

 ミノフスキー粒子の登場で、戦争の形態が完全に先祖返りをしてしまったのである。

 

 そして戦場の先祖返りと同時に、『一騎当千』という言葉が戦場に舞い戻ってきた。

 モビルスーツ戦においては個々人の持つ操縦技術が戦果に多大な影響を与える。そのため、場合によっては戦況すらひっくり返す『一騎当千』のエースパイロットたちが現れたわけだ。

 ドズルは将として、そんな『一騎当千』のエースパイロットたちがいかに大切な存在であるかを熟知している。そのため、そんなエースたちの生存率を上げ、さらなる戦果を期待できるように高性能な新型機の配備には積極的だ。事実、ドズルの元にいるエースパイロットたちは全員、専用のカスタム機に搭乗している。

 

 しかし、そんなドズルの考えを知ってか知らずか、ギレンは言い放った。

 

『どちらにせよ、だ。

 まだ先行試作機で調整とともに検討中なのでな。

 正式な量産型の生産はまだまだ先だよ』

 

「だからその先行試作機でいいから廻してくれと言っているんだ。

 聞くところでは、首都防空隊や親衛隊に配備を始めたのだろう」

 

『まだまだ少数を試験運用しているにすぎんよ。

 それにその詫びを込めてリックドムを7機送ったのだ、文句はあるまい?』

 

「それはそうだが……『ゲルググ』はあまりに惜しいぞ」

 

『とにかく、現状では『ゲルググ』は無理だ。 諦めろ。

 ではな、ドズル』

 

 そう言ってモニターが切られ、ドズルとギレンの会談は終了した。

 それを見計らい、ドズルの隣に控えていた側近であるラコック大佐が話しかける。

 

「駄目でしたな……」

 

「クソッ、兄貴め!

 このソロモンは最前線だぞ! ここに戦力を優先して配備しなくてどうする!」

 

 思わず悪態をつくドズル。そのイラつきは抑えられず、ドズルはその拳を執務机に振り下ろす。重厚な執務机がその衝撃に僅かに揺れた。

 

「閣下、今の状況ではリックドムや新型モビルアーマー『ビグロ』が2機でも配備されただけ良しとしましょう」

 

「わかってはいるのだが……」

 

 ラコック大佐の言葉に頷きながらも、ドズルは手元の資料に目を落とした。

 それは連邦の宇宙での拠点であるルナツー周辺の哨戒報告だ。そこには写真が付いている。

 そこに映っているのはおなじみの連邦ザク、そしてザクの体と足をしたザクでないモビルスーツ……『ザニー』であった。

 ルナツーは今、不気味なほどに静かだ。

 恐らく内部では戦力の増強が着々と進んでいると予想されているし、それは相違あるまい。 そして、そこにはこの『ザニー』を始めとした新型の姿もあるだろう。

 そのため危機感を募らせたドズルは新型モビルスーツを求めたのだが、結果はご覧の有り様である。

 

「兄貴め、俺のところに新型の戦力が揃うのは好まんらしい。

 子飼いの連中への配備を優先している」

 

「そのようで。

 この分では新型が廻ってくるのはいつになることやら、ですな……」

 

 そう言ってラコック大佐がため息をつく中、ドズルは思案していた。

 

(……どうする?

 この分では本格的な生産が開始されても兄貴の子飼いの方が優先配備されて、いつまでたってもこちらには廻ってこんぞ。

 ソロモンはそんな悠長なことは言っていられん。そうなれば……)

 

「……兄貴がそう言うことなら、俺にも考えがある。

 自前で用意するぞ」

 

「では……」

 

「バロム大佐に繋げ」

 

「はっ!」

 

 ややあってモニターに映像が映し出された。

 

『ドズル閣下、何かご用でしょうか?』

 

 そこに映し出された人物は、キシリアの部下であったバロム大佐であった。

 

「うむ。

 まずは、そちらの進捗状況はどうか?」

 

『はっ! 予定通りの状況です。

 この分なら当初の予定通り今年末辺りには、この『宇宙要塞パラオ』は稼働できるようになるでしょう』

 

 その答えに、ドズルは満足そうに頷く。

 『宇宙要塞パラオ』……これはドズルが本国にも極秘で建造を続けている宇宙要塞である。

 

 話はあのキシリアの死までさかのぼる。

 キシリアが死亡したことで、キシリアの率いていた地球方面軍はガルマに、そして突撃機動軍はギレンの指揮下に入ることになった。

 しかし、旧キシリアの派閥にはギレンに従うことを良しとしなかったものも多い。事実、ギレンは反抗的な旧キシリア派閥の人間には粛清すら行っていた。

 そんな彼らはギレンよりはと、ドズル率いる宇宙攻撃軍へと所属替えを願い出ていた。元々権力闘争を好まないドズル、しかも優秀な戦力も多くドズルは来るものは拒まずというスタンスを持っていたのだが……宇宙攻撃軍の者と元突撃機動軍の者との間でいがみ合いが起こってしまったのである。

 新顔に対する軋轢というものは何かしらあるものだが、そもそもが『宇宙攻撃軍』と『突撃機動軍』は仲が激烈に悪かったのだ。その軋轢は大きい。

 

 そこで対処として考え出されたのが、バロム大佐を責任者としてしばらく本拠のソロモンから離れ『元突撃機動軍』だけでの任務を行わせるというものだった。その任務というのがこの『宇宙要塞パラオ』の建設だったのである。

 『宇宙要塞パラオ』はソロモンに並ぶ最前線基地として、またはソロモンに何かあった時のバックアップとしての役割を持たせる予定だ。

 

 これだけの大事業を本国にも極秘で続けられる理由……それは『マ=クベの遺産』にあった。

 

 オデッサ司令官でありキシリアの腹心であったマ=クベ大佐。

 例の『ザク情報漏えい事件』の責任を問われ処刑されてしまった彼は、いつかキシリアがギレンと袂を分かつ時に備え、オデッサからの資源を隠匿していたのである。

 その量たるや莫大なもので、『原作』ではマ=クベ大佐は『自分の宇宙に送った資源でジオンはあと十年は戦える』という有名な言葉を語っているが、それは誇張でも何でもなくまったくの真実を述べた言葉だったのだ。

 旧キシリア派閥の本当に上層部しか知りえないこの情報は、ギレンから逃れた旧キシリア派閥上層部から忠誠の証しとしてドズルの元に届けられた。

 

 最初、この『マ=クベの遺産』の話を聞いた時にはドズルは本気で頭を抱えた。

 戦争は国家の一大事、皆が一致団結して当たらねばならないという時に、その上級将校が国家の重要な戦略物資を大量に隠匿していたのである。

 しかもそれは、『突撃機動軍』という一軍を率いる妹のキシリアの指示だったのだ。

 本気で今の戦争に勝つつもりがあったのかと、問い詰められるものなら死んだ2人に小一時間ほど問い詰めたいドズルだった。

 

 ともかく、発見してしまった莫大な量の資源をどうするかという話である。

 当初はすぐにでも前線に配分することも考えたが、それは思いとどまった。それをやるとこの莫大な量の物資だ、キシリアが隠匿していたという話は必ずバレる。死んだ妹の名誉を、その死後まで貶める行為は人情家のドズルには抵抗があったのだ。

 結局、その物資は一部はこの戦争に必要な物のために使われ、それ以外は有事に備えて現状維持で貯蔵されることになった。どうせ最初から存在しないはずの物資だ、このくらいは構うまい。

 そしてその一部の物資の使い方というのが、この『宇宙要塞パラオの建設』であったのだ。

 

「それで、『パラオ』の工房施設の方はどうか?」

 

『はっ、工房施設の方は一歩早く、10月頃には何とか稼働できる状態になるかと……』

 

「10月か……」

 

 まだ2ヶ月ほど先の話だ。しかし、手は打っておいた方がいいに決まっている。

 

「わかった。

 工房は稼働できるようになり次第、『ギャン』の生産を始めろ」

 

『『ギャン』、ですか?

 次期主力モビルスーツは『ゲルググ』で決定したと聞いていますが……』

 

「その通りだが、実際の性能は『ギャン』の方が上だ。

 その優秀さから『ギャン』の少数生産が認められるほどにな。

 エースたちのためになるべく早く、高性能な機体が欲しいのだ。好きに造っていいのなら、どうせならより性能のいい方を選ぶ。

 どちらにせよ無駄にはならんだろう」

 

『わかりました』

 

「……くれぐれも防諜には気を付けろ。

 『パラオ』のことはまだ連邦にも、兄貴にも知られたくはないのでな」

 

 その言葉に、真面目な士官であるバロム大佐は、表情を崩しおどけたように言う。

 

『我々を受け入れてくださったドズル閣下には感謝の言葉もありません。

 なに、ここにいる者は私も含め、ギレン閣下のことは好いていない者だけです。

 それに我々は権謀術数を好む旧キシリア派ですぞ。

 ギレン閣下には気取られず事を進めてみせましょう』

 

 その答えにドズルは豪快に笑った。

 

「がははっ、兄貴も嫌われたものだな。

 その働き、期待しているぞ」

 

『お任せください』

 

 そう言って敬礼すると、バロム大佐は通信を切った。

 それを見計らい、控えていたラコック大佐はドズルに話しかける。

 

「これで新型導入の目処は立ちましたな」

 

「それでも最短で2ヶ月は先の話だ。 楽観視はできん。

 まったく……兄貴がもう少し俺の話を聞いてくれれば、こんな苦労はしなくてすむものを……」

 

 そうため息をつくと、ドズルは椅子へと深く腰掛ける。

 ふと見れば、ドズルの執務机の上にはフォトが飾ってあった。ドズルはそれに手を伸ばす。

 それはミネバが産まれた時に撮ったザビ家の集合写真だ。

 中央には孫に喜ぶデギンがミネバを抱いて椅子に座り、その背後にドズルとゼナの夫婦が寄り添う。

 ゼナのもう片隣はガルマだ。ドズルよりガルマの方がお似合いの夫婦に見えるのはご愛嬌である。

 そしてガルマの隣で、もっとも右端にはキシリアが、ドズルの隣の左端にはギレンが立つという写真である。

 最も離れたギレンとキシリアの距離に、写真だというのにその仲の悪さが滲み出ていてドズルは何だか悲しくなった。

 そんな写真を見つめながら、ドズルはポツリと言う。

 

「昔は……こんなではなかったのだ。

 家族仲良く……とまでは言わんが、兄弟親子で助けあい、サイド3のためにと働いてきた。

 決して家族の誰かの足を引っ張って蹴落とそうなど、なかったはずなのに……」

 

「……心中お察しします」

 

「……権力とは、『魔物』だな。

 親父も兄貴もキシリアも、みんな権力を手にしてからどんどん人間味がなくなっていった。

 あれではもう『魔物』だ。

 だが……『魔物』にでもならなければ人を、国家を率いるということはできんのかもしれん……」

 

「何を仰いますか。

 閣下は兵にも慕われ、『人』のまま我らを率いているではありませんか。

 私や、このソロモンの将兵たちはそんな『人』である閣下に惹かれてここにおります」

 

 そんなラコック大佐の言葉に、ドズルはフッと笑った。

 

「そう言って貰えるなら嬉しいものだな。

 ……そうだな、せめて俺とガルマくらいは最後まで『人』として、皆を率いたいものだ。

 ……仕事に戻ろう」

 

 こうして仕事に戻ろうとするドズル。ここで終わっていれば綺麗なものなのだが……。

 

「……あの、閣下……。

 先ほどの話を聞いた直後で恐縮なのですが……実はギレン閣下の動きについてお耳に入れておきたいことが……」

 

「……なんだ?」

 

 嫌な予感しかしないが、聞かぬわけにはいかないドズル。

 

「どうやらギレン閣下が最近、頻繁にマハラジャ=カーン様と接触しているらしく……」

 

「……」

 

 当然のように飛び出した嫌な話に、思わずドズルは天井を仰ぎ見た。

 

「……ラコック、俺は今日はさっさと仕事を切り上げてミネバと遊ぶぞ。

 ミネバで癒されねば、とてもではないがやっていられん……」

 

「わかりました。

 微力ながら私もご協力致します」

 

「当たり前だ、お前が嫌だと言っても協力させるわい」

 

 ソロモンの主従は執務室の中で深くため息をつくのだった……。

 

 

 




宇宙のキナ臭い動きでした。

次回こそオーストラリア到着の予定。
次回もよろしくお願いします。

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