ジェットコースターというものがある。誰もが子供の頃に乗ったことがあるだろう。
上へ下へと縦横無尽に動き回るそのスリルを味わい楽しむというのは、この宇宙世紀であっても変わらぬものだ。
実の両親に連れて行ってもらった覚えはあるし、義父ともいえるジオン=ダイクンに連れられて少年時代にキャスバルとともに乗ったこともある。双方とも、子供の頃の楽しい思い出だ。
しかし……もしジェットコースターに安全ベルトが付いていなかったらどうだろうか?
スリルを楽しむなどという悠長なことを言っていられる人間など、果たしているのだろうか?
まさに今の私が、そんな気分だった。
「うぉぉぉぉぉぉ!!?」
私のギャン、そしてシロー=アマダのザニーをその身に纏わりつかせながら、暴走したアプサラスが飛ぶ。
上に下に右に左に、推進系が暴走し正常な制御を失ったアプサラスはまさしくジェットコースターだ。だがもちろん、安全ベルトなど存在しない。
さらに言えば、アプサラスは一気に上昇し現在高度は1万を超えている。モビルスーツにはブースターが装備されているとはいえ、パラシュートなどの降下装備なしにこの高さからのダイブなど死と同義だ。
ギャンとザニーはみっともなくも大樹につくセミか何かのように必死でアプサラスにしがみ付くことで、祈るような気持ちでアプサラスの安定を待った。
やがてどれぐらいの時間がたったか……縦横無尽に動き回っていたアプサラスの挙動が安定していき、ついに水平になる。
「ふぅ……」
私は思わず、安堵の息を付いていた。
『シロー、シロッコ中佐、無事ですか?』
アイナ嬢の安否を気遣う声が接触通信から聞こえた。
『ッッ!?』
その言葉を聞いた途端、条件反射的にシロー=アマダのザニーがギャンに顔を向けた。それは当然、その頭部バルカンの砲口がこちらを向いたことを意味する。
それに対して私も素早く左腕に装備されたシールド内蔵の速射砲をザニーに向けた。
『シロー!? シロッコ中佐ッ!?』
その様子に、アイナ嬢は驚いたような声を上げた。
互いに銃口を向け緊張感の高まる中、私はアイナ嬢のアプサラスを介した接触通信で慎重にザニーへと呼びかけた。
「……こちらジオン公国軍所属、パプティマス=シロッコ中佐である。
連邦のパイロット、聞こえているか?」
ややあって、ザニーからの応答が返ってくる。
『こちらは地球連邦軍所属、シロー=アマダ少尉だ。
聞こえている』
やはりこのザニーのパイロットはシロー=アマダで間違いないようだ。
『原作』での主人公の1人との邂逅というのは個人的に感慨深いものを感じながら、私はシロー=アマダへと話をする。
「我々はアイナ嬢のモビルアーマーに掴まっている。そのバランスは非常に不安定だ。
もし今ここで大きなバランスの変化があった場合……私か君のモビルスーツが落ちた場合だが、その急激なバランス変化に耐えきれずアイナ嬢のモビルアーマーも墜落の憂き目をみるだろう。
我々は今、運命共同体というわけだ」
『……』
通信機の向こうでシロー=アマダが頷いているのが何となくわかる。
「そこで提案だ。
この状況を脱するまでの間だけでも、我々の間で一時休戦といかないかね?
今戦争を続けても、全員揃って無駄死にをするだけだ」
数瞬の間の後、答えが返ってきた。
『……了解した。 この状況じゃ、生き残るために協力したほうがいい。
一時休戦の提案を受け入れるよ』
そして私とシロー=アマダはお互いに向けた銃口を降ろす。
緊張感が霧散していくその様子に、アイナ嬢がホッと息をつくのが分かる。
「貴官の理性的な判断に感謝する、アマダ少尉」
『こっちもあの有名な『
連邦にまでしっかり浸透している自分の渾名に苦笑しながら、私はアイナ嬢へと話を向けた。
「アイナ嬢、そちらの様子はどうか?」
『今のところは安定していますが……正直、いつまた異常が起こるか分かりません』
「連絡は……無理だな」
この高濃度ミノフスキー粒子下では、長距離通信は不可能だ。
追跡してくる味方があればいいが、ドップを振り切るほどの速度でかなりの距離を飛んだためそれもない。
そもそもコジマ基地襲撃部隊の航空機はそれほど航続距離に余裕があるわけではない。今のアプサラスはとっくの昔にその航続距離の外だ。
「やれやれ、頭の痛い話だな」
まるっきり『遭難』の状態に、私は苦笑した。
そんな私に、アイナ嬢の意を決したような声が聞こえる。
『……中佐はお聞きにならないのですか? 私とシローのこと……』
連邦の士官と知り合いということで何か言われると思っていたのか、アイナ嬢の声は堅い。その様子に私は苦笑した。
「別に何も言わんよ。 連邦兵とて人間、いい人間はいるだろう。
それと知り合い、分かりあうこともある。
スパイ行為を働いていたのなら話は別だが……そうでないなら、特に言うことはあるまい。
私はそこまで頭が固くはないよ」
『……ありがとうございます、中佐』
私の言葉にアイナ嬢は胸を撫で下ろす。
私としては『原作』での知識もあり、アイナ嬢とシロー=アマダの関係は知っていたので今さらだ。
それに今はアプサラス……アイナ嬢に命を預けているのである。ここでアイナ嬢の機嫌を損ねる気はない。
そして何より、個人的には少し、居心地の悪さと罪悪感もある。
私も必死だったので今の今まで気付かなかったが、この状況は私の『原作』での知識からかなり状況が異なるが、2人が再会し秘めた思いを明かし合うというところである。そこに割り込んでいるという自覚もあり、心苦しくもあった。
「とにかく、再び問題が起こる前に着陸したほうが……」
そう言いかけたその時だ。
ガコンッ、という不吉な音が聞こえたと思ったら、アプサラスが高度を落とし始める。
「アイナ嬢!?」
『推進系が、またパワーダウンを!?』
高度はみるみる落ち、ほとんど墜落の域だ。アイナ嬢は必死の制御で何とか水平だけは保ってくれているが、アプサラスの勢いは止まらない。
……仕方がない、ここは決断の時だ。
「アイナ嬢、ここは胴体着陸を試みるしかあるまい!」
『でもここでは!?』
辺りは雪の残るヒマラヤ山岳地帯、平野でさえ危険な胴体着陸の危険度は倍増である。しかし、ここで迷っても仕方がない。
「構わん、私に任せたまえ。
アマダ少尉、君はどうする?
この高度なら無事に降りられるが……」
『今は休戦中のはずだ。 俺も協力する!』
「結構! ならば接地と同時にスラスターを全開にしてブレーキをかける!」
『わかった!』
そして、ついにアプサラスは山肌を沿うように胴体着陸を開始した。
「いまだ!」
『スラスター、全開!』
私のギャンとシロー=アマダのザニーがスラスターを全開にする。
しかし……。
「くっ!?」
『止まらない!?』
ギャンとザニーの2機がかりでも、加速のついたアプサラスという大質量は止まらない。スラスターを全開にし、全力で足を踏ん張っているにもかかわらずその勢いは止まらない。
『シロー!? 中佐!?』
アイナ嬢の切羽詰まった声。
その声に従ってカメラで真後ろを見れば、その先は断崖絶壁だ。それまでに止まらなければ、崖の下へと真っ逆さまだろう。
「まったく、楽しませてくれる!」
そう毒づきながらも、私はペダルをいっぱいまで踏み込んでアプサラスを抑えた。少しずつアプサラスの速度は下がっていくが、それでも危険は変わらない。
勢いを殺すために下ろされ、地面との間に火花を散らせていたアプサラスの着陸用支持脚が脱落する。
『もういい! シローも中佐も離脱してください!!』
迫る断崖絶壁に、アイナ嬢の悲鳴のような声が響く。そのアイナ嬢の声に答えるようにシロー=アマダが絶叫した。
『アイナァァァァァ! 好きだ!!』
『!!?』
……何なのだろうか、このともに命をかけていながら蚊帳の外にいるかのような感覚は?
これが本来『原作』ではいるべきではない者である私が受けるべき罰なのか?
非常に居心地が悪い……。
とにかく、私のギャンとシロー=アマダのザニーの全力のおかげか、アプサラスの勢いが収まっていく。そして……断崖絶壁の、本当にギリギリのところでアプサラスは止まっていた。
『……止まった?』
アイナ嬢の呟きに、私もホッと胸を撫で下ろす。
しかし……。
ガラッ!!
『ッッ!!?』
『!? シロー!!?』
断崖絶壁のギリギリのところに足をかけていたザニーだが、そこが重みに耐えかねて崩れ、ザニーが切り立った崖を落ちていく。
『うわぁぁぁぁぁ!!?』
『シロー!!?』
シロー=アマダとアイナ嬢の悲鳴のような声の中、私は動いていた。
「ちぃっ!?」
ギャンが地を蹴り、自ら崖に飛び込むと落ちていくザニーの手を掴む。
『シロッコ中佐!? 何故!?』
「何、今は休戦中なのだろう!!」
同時に私はペダルを踏み込むと、ギャンのスラスターを全開にした。
だが……。
「くっ!? さすがにギャンも限界か!?」
アプサラスを止めるために酷使を続けていたスラスターはオーバーヒート状態で、とても上昇は不可能。落下の衝撃を多少和らげる程度の効果しか持たない。
落下のすさまじい衝撃が、ギャンと私に襲い掛かった……。
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「シロー!? シロッコ中佐!?」
崖を真っ逆さまに落ちていった2機のモビルスーツにアイナは呼びかけるが、通信機は反応がない。
それもそのはず、ミノフスキー粒子も残留しているし、外部の天候もよくない。これでは通信状態は悪くなって当たり前だ。それに今までの度重なる不調によって通信機そのものも故障していたのだ。
アイナはアプサラスのハッチを開けると、空を仰ぎ見る。
ここにもコロニー落としによる地球規模の天候異常の影響が出ているようだ。そこにはコロニーではあまりお目にかかれない、白い雪がチラホラと舞っている。空も暗く、風も思いのほか強い。もしかしたら吹雪くかもしれない。
このままでは2人の身が危険だ。
「助けにいかなければ!」
アイナはそう決意し、行動を始めた。
備え付けられていたサバイバルキットを背負い、友軍への救難信号のビーコンを出す。
そして、もしもの場合を考えてアプサラスの自爆装置をセット、そのスイッチをノーマルスーツと同期させた。
「待っていてください。 シロー、中佐!」
準備を終えた彼女は、防寒着ともいえるノーマルスーツのまま雪山へと飛び出した。
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それは士官学校を卒業し、初勤務の期間を終えた後の初めての休暇だった。
立派になった彼を、両親は温かく迎えてくれた。
同時に、彼の故郷は平和だった。
日々サイド3――ジオン公国との関係はキナ臭いものになって来ているが、そんなものは遠い彼方の話だと住民たちは誰もがそう思い、昨日と同じ今日を、今日と同じ明日を生きる。
それが終わるなど、彼を含めたここ『アイランド・イフィッシュ』の住民は誰も思っても見なかったのである。
軍からの緊急呼び出し、ついにジオン公国が宣戦布告したのだ。
すぐにノーマルスーツに着替えて即応態勢を整える彼……だが彼の見たものは、この世の地獄の光景だった。
最初は何が何だか分からなかった。
コロニーの外壁を突き破って侵入してきた一つ目の巨人……ザクの放った砲弾が空中で爆発し、毒々しい色の煙が充満していく。
その煙の正体は致死性の毒ガス……『G3ガス』だ。
バタバタと倒れていく住民たち。
それは近所のおばさんであったり、幼いころからの友人であったり……見知った人たちだった。
そして彼の父も、目の前で息を引き取った。G3ガスによって皮膚がただれ、伸ばされた手は彼のノーマルスーツのバイザーに、まるで涙のように血の筋を残す。
その血の赤は、彼の心に深く焼きついた……。
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「ああああぁぁぁぁぁ!!!!」
悪夢に、自分の叫びで目を覚ます。
そして目に飛び込んできたジオン軍の軍服に、彼は半ば反射的に飛び掛かっていた。
「ジオンめ! ジオンめっ!!」
だがしかし、そんな彼はそのまま手を取られ、組み倒されてしまう。
「ぐぅ!?」
地面に叩きつけられた衝撃に息が詰まる。そして、そんな彼に呆れたような声が言った。
「やれやれ……我々は休戦中ではなかったのかね?
突然の協定破りはあまり褒められたものではないな、シロー=アマダ少尉」
その声に彼……シロー=アマダは我に返る。
今自分が飛び掛かった、その人物は……。
「『
その言葉に、シロッコは皮肉げに笑うのだった。
ビームサーベル温泉まで辿り着かなかった……orz
次回こそは行けるかなぁ……。
更新の目処は2週間以内です。
次回もよろしくお願いします。