「どうぞ、入ってくれ」
「はっ。
入ります」
ジオン軍施設に呼び出された私は、応接室の扉を潜る。
「久しぶりだな、シロッコ」
「これはお久しぶりです、ガルマ大佐殿」
そう、そこにいたのは士官学校の同期でもあった『ガルマ・ザビ』、私を呼び出した人物だ。
「ハハハッ、やめてくれ。
兵が見ていないのであれば、昔のようにガルマでいいよ」
そう言って照れたように癖っ毛を指で弄ぶガルマ。変わらないものだ。
しかし、その部屋の中に居たのはガルマだけではなかった。
「貴様がパプティマス・シロッコか……」
そこにいたもう一人に、私は驚きが隠せない。何故ならその人物はジオン突撃機動軍司令『キシリア・ザビ』少将であった。
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「どうした? 座るがいい」
キシリアに促され、私は向き合う形でソファに腰かける。
「今日呼び出したのは他でもない、貴様の復帰についてだ。
ガルマがお前をいたく買っていてな、復帰後お前を手元に置きたいと言って聞かんのだ」
「それは……光栄であります」
「事実、貴様は優秀なようだ。
士官学校時代の成績はガルマやシャア・アズナブルと競い合い、MS操縦の実技においてもシャア同様群を抜いていた。
おまけに技術者としても確かな才がある。
ツィマッドで貴様が手掛けるMS……あれのデータを見せてもらった。
ザクの採用で安泰だと思っていたジオニックの連中が、青い顔で後発MSの開発に熱を入れているそうだ。
ジオニックの連中の尻を叩く、いい薬になったよ」
「過分な評価、光栄であります」
「謙遜するな。
貴様の優秀さは確かに認めるよ」
そう言ってカラカラとキシリアは笑ったが、すぐに真顔に戻る。
「優秀な貴様だ、能力的にはガルマの頼み、聞いてもいいと思っている。
だが一つだけ、ガルマの元に置く以上どうしても私自身で確認したいことがあってな。
こうして来てもらった訳だ」
「なるほど……私の育ちですな」
「さすがに話が早いな。
お前はあのジオン・ズム・ダイクンに引き取られた……いわゆる『ダイクン派』なのでな。
その本音を聞いておきたいと思った」
それはいつか来るとは思っていた話だ。
私はジオン・ズム・ダイクンに引き取られ育てられた。そのため、私は自動的に『ダイクン派』だと認識されている。
ジオン・ズム・ダイクンの暗殺を機に『ダイクン派』の主だったものが政治的、あるいは本当の意味で抹殺されザビ家独裁政治になっているこのジオンで、『ダイクン派』だというのは目を付けられるに十分だ。
「姉上、それは何度も言っているではありませんか。
シロッコはジオン・ズム・ダイクンを育ての親に持ちますが、それ以上に私の友であります。それに彼ほどの男に二心があれば、私など士官学校時代にとっくに謀殺されていますよ」
「『復讐心を隠してお前に近付くため』、とは十分考えられる。
そしてお前は替えなど利かないザビ家の男、どれだけ用心してもしすぎるというものはない」
ガルマは即座に助け舟を出すが、キシリアはそれをピシャリと遮ると私に視線を戻す。
「だが貴様の才能は、それを理由に捨ておくにはあまりに惜しい。
だからこそ、手元に置くにあたりその本心が聞きたいのだ」
そう言ってこちらの出方を窺うキシリア。
その様子に……私は笑った。
「何が可笑しい?」
「失礼ながら、情報に鋭敏なキシリア様とは思えぬお言葉でしたのでつい」
私がキシリアを笑ったことでガルマはハラハラしたような顔をするが、逆にキシリアは面白そうに目を細める。
「ほう……言ってみよ」
「では……確かに私の育ての親はジオン・ズム・ダイクン、私は確かに『ダイクン派』となりましょうな。
しかし私は所詮拾われ子、ほかの『ダイクン派』のお歴々と違い、後ろ盾となるようなものは何一つ持ち合わせていません。
そんな男が一体何を、どのように為すのか?
仮に何かを為すのなら、他の『ダイクン派』との接触を図るでしょう。
しかし、その兆候が見られないことは、情報に詳しいキシリア様もご存知では?」
「……」
無言のキシリアだが、これは肯定だろう。
「それに巡り考えて頂ければ……そもそも私が身寄りを失った事件、裏に居たのは誰でしょうか?」
「……連邦か」
「その通り。
私の本当の両親を殺し、今なお第二の故郷となったこのジオンに対して圧力をかけ続ける重力に魂を引かれたノミども……腐った地球連邦にこそ私の復讐の矛先は向くと考えますが?」
「なるほど……」
キシリアは呑み込むように数度頷く。
「つまり、貴様にはザビ家に対する復讐心などなく、地球連邦にこそ復讐心が向いていると?」
「その通りです。
お疑いなら、血判でもしましょうか?」
「……意外と古風なことを言うな、貴様は。 なに、その必要はない。
ガルマの希望通り、我が突撃機動軍へと入隊してもらう。
パイロットとしても技術者としても、貴様には期待している。
私の期待、裏切るなよ?」
「もちろんであります、閣下」
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「姉上、ありがとうございます」
「何、可愛いお前の頼みだ。
シャアの方は残念ながらドズル兄さんに持っていかれてしまったからな。
せめても、ということだよ」
シロッコの退出した室内、自分の頼みを聞いてくれた姉にガルマは頭を下げ、キシリアも微笑みながらすっかり冷めたお茶を口にして、先ほどのシロッコの様子を思い出す。
(士官学校時代の各種の成績は群を抜いている。
指揮官としての適性もアリ、技術者としての才も溢れている。
おまけに今日のあの態度……人を率いるカリスマ性も備えているだろう。
『天才』というものは、いるところにはいるものだな)
シロッコの才気を瞬時に見抜いたキシリアだが、同時にそれだけの才気があるからこそシロッコに危険は無いと判断していた。
技能に優れ、頭がよく、カリスマ性を持つ……だが、言ってみればシロッコはそれだけである。
何を為すにしても、大義や担ぎあげる御輿が無ければ、大事は為せない。
そういう意味では後ろ盾が何もなく、そういったものを持つ『ダイクン派』との接触もないシロッコでは何も出来ず、したところで必ず失敗する。失敗すると分かっていることをやるのは『天才』のする行動ではないだろう。
世の中には『感情』にまかせ、失敗すると分かっていても突き進む人間はいるがシロッコはそういったものとは真逆に位置する存在だと、今の会話でキシリアは判断した。そうとなればシロッコのもつ才能は有益、ぜひともガルマの元、ひいては自分の手元に置いておきたい。
キシリアは政治欲旺盛な女性だ。兄弟であるギレンやドズルを政敵としてみなしている部分もあり、いつかそのために争うことになると踏んでいる。その時のために、彼女は実績や優秀な人材を抱え込むことには積極的だった。そして、例えそれが腹に抱えるものがある獅子であろうが、自分ならば飼いならせるという自信がある。
(少なくとも、連邦が消えるまでは何の行動も起こすまい。
それまでにその成果、存分に絞りとってやろう)
そう考えながら、キシリアは冷めたお茶をゆっくりと嚥下するのだった……。
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「……危険無しと判断したか、逆に監視のために手元に置いたか。
しかし大勢は変わるまい」
私は届いた少尉の階級章と軍服を前に呟く。これで私は正式に軍へと復帰ということになった。キシリアは私のことは後ろ盾もなく、仮に二心があっても飼いならせると踏んだのだろう。
確かに、普通に見ればそうだ。
だが……『シャア=キャスバル』という大きすぎる御輿を私は知っている。キシリアもそのことは知らないのだろう。シャア・アズナブルとキャスバル・レム・ダイクンの入れ替わりによって、キャスバルは死亡が確認されている状態だ。まさかそれが私のすぐ傍にいるとは夢にも思うまい。
「とにかく、ドムや他のことはしばらくは任せるしかないだろう。
ただ……『アレ』は欲しいな。
少しガルマに頼んで見るか……」
そう言って私は、私がいない間にも困らぬように、工房に渡すデータを作成していく。
ドムもそうだが、その後に続くだろう技術の基礎や、MS用武装の試作原案など、造るべきものはいくらでもある。
そんなことを続け、いつの間にか私は軍に出向く日になっていた。
「お兄さん……戦争に行くの?」
「今の情勢では、戦争は避けられんだろうな」
その日、軍に戻るという話を伝えるとメイ嬢は寂しそうに目を伏せる。やがて意を決したように顔を上げると、メイ嬢は何かを差し出してきた。
「これは?」
「あの……お守り。 お兄さんが無事に帰ってこれるように、って」
それは古風な布袋のようなお守りだ。何とも前時代的な風習だが、私のことを思ってというのは嬉しく感じる。
「わかった。 ありがたく貰っておこう」
「待って!」
そう言って私は懐にそのお守りを入れようとしたのだが、メイ嬢はそんな私の手を引いて止める。
すると、何を思ったのか自らの髪を一房掴むと、それを刃物で切り、私に差し出してきた。
「な、何を?」
突然の行動に目を丸くする私に、メイ嬢のほうも私の反応を想定外のように首を傾げる。
「だって……お守りを渡す時には一緒に『毛』を渡すんだって……」
「「「「「……」」」」」
その言葉に、様子を見守っていた工房から音という音が消えた。
「……メイ嬢、その話は一体誰から?」
「? あの人だよ」
そう言って指差すのは、私のことを散々とロリコン呼ばわりしてくれた技術者だった。
「……そうか。
メイ嬢の気持ち、確かに嬉しい。 だがその綺麗な髪だ、不揃いなままも良くない。
そこの君、頼めるか?」
「は、はい!」
言われた女性技術者は、髪を整えるためにメイ嬢を連れて工房から出て行く。
それを見届けてから、私はその問題の技術者へと向き直った。
「さて……何か申し開きはあるかね?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!
確かに悪戯心もあったが、こんなことになるとは思わなかったんだ!
それに……君だってちょっとは嬉しいだろう!」
「そうか、分かった。 中々冴えない遺言だったな。
連邦の前に……まず、お前から血祭にあげてやる」
そう言って私はプレッシャーを開放する。
その恐怖に顔を強張らせながらも、その技術者は未だわめき立てる。
「待て、待ってくれ!
私は間違えたことは言っていない!
それに本当の意味で捉えても、君も嬉しかっただろう!?
想像したまえ、あの娘が下の……」
「分かった。 お前はもう、消えていい」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!?」
とある技術者の悲鳴が、工房内に木霊する。
そして……宇宙世紀0079、1月3日。
『一年戦争』と呼ばれた戦いの幕が上がった。