時間は瞬く間に過ぎて行く。宇宙世紀0078末。
「動いた、動いたぞ!」
技術者のその言葉を皮切りに、通信機の向こうから歓声が次々に上がるのを私は諌める。
「気持ちは分からんでもないが、まだ通常の起動を行ったばかりだ。
これより各種テストに移る」
そう言って私は足元のペダルを押し込む。僅かな振動、そして滑るように進み始める機体。今、私が乗っているのはザクでもヅダでもない。ついに完成したドムの試作機である 『プロト・ドム』のコクピットに私は居た。
そこに再び通信が入る。その声は幼い少女のものだ。
『お兄さん、問題はない?』
それはあのメイ・カーウィン嬢である。あの後も宣言通りこのツィマッド社の工房に顔を出すようになっていたメイ嬢は、いつの間にやらこのプロト・ドムのスタッフの一員となり、私のことを『お兄さん』と呼んでは懐いてくれている。
……お陰で私は『年端もいかぬ少女に兄と呼ばせるロリコン』だと、工房で陰口をたたかれてしまっていた。
勘違いの無いよう言っておくが、才能あるものを愛でているだけであり私はけっしてロリコンなどではない。そのことに軽いめまいを覚えつつも、私はメイ嬢に答える。
「問題は無い。
改良した『木星エンジン改』の出力も安定している。
ただ脚部ホバー推進機関に若干の振動を感じる。許容範囲内だろうが、データを取っておいてくれ。
では、このまま最高速度試験に移る」
そう言って私はゆっくりとさらにペダルを押し込んで行った。
見る見る上がる速度。150、200、250……トップスピードだ。
『どう、お兄さん?』
「問題は無い。
エンジン出力も安定しているし、ホバー推進機関も問題は無い。
だが……トップスピードまでの到達がいささか遅いな。
急加速にも対応できるようにすべきだろう。
あと機体の特性のせいもあるだろうが、旋回性能が低いのは辛いな」
そう言って私はプロト・ドムに戦闘時のような機動を取らせる。ジグザグとした機動から、スラスターを使った切り返しで瞬時に後ろに振り返る。
「急速旋回も出来ないことは無いが、これはザクから乗り換えるのでは中々慣れるまでに時間がかかるだろう」
『……そんな機動を何でお兄さんはいきなり出来るの?』
「何、操縦には少し自信があるだけだ。
続けて武装の試験に移る」
そう言って、今度は腰のウェポンラッチに装備した物を担ぐように構えさせる。ドムの正式装備、360mmジャイアント・バズである。
標的に狙いを定め、トリガーを引く。発射されたジャイアント・バズの弾頭は標的に命中すると大爆発を起こした。
続けて、いくつも現れる標的にプロト・ドムを走行させながら連続してジャイアント・バズの引き金を引いた。装弾数10発を撃ち尽くしたところで、再び通信を入れる。
『全弾命中だよ、お兄さん!
威力はやっぱり、ザクの240mmザクバズーカとは比べ物にならないよ。
何か気付いたことはある?』
「威力のほどは申し分ないが、次弾装填の速度はやはり改良の余地があるな。
あと高速走行中で狙いがズレる。 照準システムに手を加えるべきだろう」
『うんうん!
分かった、それじゃ一度戻って、お兄さん』
「了解だ。
パプティマス・シロッコ、帰還する」
私はそう言ってプロト・ドムを工房の方へと走らせた。
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工房に戻り、プロト・ドムのテスト結果を見ながら、確認を行う。トライアンドエラーの繰り返し、これこそが開発というものだ。
「ホバー推進機関に僅かな振動……後は高速時の武器照準システムの調整の要アリということか」
「ヒートサーベルの方はどう、お兄さん?」
「ザクの装甲クラスを溶断出来るまでの加熱時間が2.8秒……出来ることならもう少し短縮したいところだ」
「でも、そんな急加熱を連続するとヒートサーベルの耐用回数が減っちゃうよ」
「そこは頭の痛い話だな。
しかし、接近戦において瞬時に敵を切り裂けなければそれは致命傷になりえる」
メイ嬢とあれやこれやと意見を交わし合うが、同じような知識や技術を持つ者同士の会話は実に有意義だ。私の知る原作のパプティマス・シロッコは凡人を見下す態度を取っていたが、こうやって『天才』との楽しい会話をした後では、俗人との会話すら億劫になってしまうのかもしれない。
……断じて、技術者として天才と話をするのが楽しいのであって、幼い少女と話すのが楽しいと言っている訳ではない。
そんな風にメイ嬢と話をしているときだった。
「ほう。 やっているな、シロッコ」
「シャア! 帰っていたのか」
やってきたのは地球に降りたはずのシャアだ。ジオン軍服を着こみ、その顔にはマスクを付けている。そしてその傍らには、褐色の肌の少女の姿があった。
「その格好……復帰したのか?
しかも中尉か……」
「ああ。 実は復帰してから……連邦の人型を撃破することになってな」
「ほぅ、連邦のMSか……」
私は頷きながらその出来事を思い出す。
確かミノフスキー博士の亡命を阻止するために出撃したジオンのザクと連邦の試作MSが戦い合った『雨の海海戦』だ。非公式ながら、歴史上初のMS対MSの戦いが起こった事件である。そして、その時に派遣されたザクのパイロットが目の前のシャアに『黒い三連星』のガイア・マッシュ・オルテガ、そして『蒼い巨星』のランバ・ラルであった。
結果はジオンMSの圧勝、しかしこれを機に開発主任であったテム・レイは一層ジオンのMSに対抗意識と危機感を募らせ、あの伝説のMS『ガンダム』の開発へと繋がっていく。
「それで、連邦のMSはどうだった?」
「ザクの相手ではなかったよ。
少なくとも今のところはな」
「確かに、技術は日々進歩する。
今は取るに足らなかろうが、将来は分からん。
だからこそ、こちらも進歩を止めてはならん」
そう言って私はプロト・ドムを見上げると、シャアもつられる様にプロト・ドムを見上げた。
「これが君が手掛けている新型か……。地上戦用なのか?」
「これはな。 ただ、これの改良型として宇宙用のドムもすでに設計してある。
基本構造はほとんど変わらないつもりだ」
「さすがだな、シロッコ」
「ふっ、この程度は造作もない」
そしてしばし他愛無い世間話をシャアと雑談する。
「ところで……君がただの世間話をしに来ただけではあるまい。
その隣のお嬢さんの紹介かね? 地球では、随分と遊んでいたようで……」
「シロッコ、そう私をいじめないでくれ。
紹介しよう、彼女はララァ・スンだ」
「初めまして、ララァ・スンです」
そう言って挨拶をする褐色の少女は、あのシャアとアムロに後々まで影響を与え続けるララァ・スンだ。
同時に、何やら撫でられるような感覚が突き抜ける。
私はトントンと数度額を指で弾くと、改めてララァへと向き直った。
「初めまして、私はパプティマス・シロッコだ。
シャアの友人、といったところだ」
「ええ、よく話は聞いています。
飛びきりに面白い男だ、と」
「ほぅ……その話はぜひともくわしく聞かせてもらいたいものだな」
そう言ってジロリとシャアを睨むと、シャアは露骨に視線を外す。
「しかし良かった。
友人としてはシスコンのシャアは、永遠に女性との付き合いができないのではないかと危惧していたのでな」
「誰がシスコンだ、シロッコ」
「君だよシャア、ララァ嬢のお陰でやっと妹よりもいい女が世界にはいることが気付けたのだろう?」
「……それならば、私の方こそ君は女性には興味がないのかと友人として心配していたが杞憂だったようだな。
中々にチャーミングな女性だ。
ただ……ロリコンは犯罪のようだぞ、シロッコ」
「誰がロリコンか、誰が」
どうも根も葉もない噂はシャアの耳にも入っていたらしい。そのことにため息をつくと、私の影に隠れるようにしていたメイ嬢を紹介した。
「彼女はメイ・カーウィン嬢。
君も名前くらいは聞いたことがあるだろう?
ザクの制作にも関わった才媛だ」
「は、初めまして……」
「初めまして、メイ・カーウィン嬢。
私は……」
「あ、知ってます。
あの『暁の蜂起』の時にお兄さんと一緒だった……」
どうやら『暁の蜂起』事件の時のことで、シャアのことも知っていたらしい。まるで有名人を前にする子供のように、目を輝かせている。
「……『お兄さん』?
シロッコ……君は本当に……」
「先に言っておくが君の考えているような関係ではないぞ。
ただ同じ技術に携わる者同士、慕ってくれているというだけだ」
シャアの疑惑の視線を、私はピシャリと切り捨てた。
「さて、積もる話もあるが私も見ての通りこのMSのテストで忙しい身だ。
そのような訳で今日はそろそろ……」
「待て、少々いじり過ぎたのは謝る。そう冷たくしないでくれ。
私がここに来た理由はまだあるのだから」
いい加減話を切り上げようとした私に、シャアは少し慌てたようにして懐から手紙のようなものを取り出した。
「これは……」
「君の召喚状だよ、シロッコ。 君も晴れて復帰というわけだ。
そこで君の復帰に際して、『ある方』が直接会いたいと言っていてな。
こうしてメッセンジャーとなったという訳だ」
「なるほど……」
シャアのもの言いに召喚状を裏返すと、そこに書かれた署名でその正体がわかり苦笑する。
「了解だ。 すぐに向かうことにしよう」
「ああ、積もる話はまた後日に」
そう言って、私は周りに指示を出し身支度を始め、シャアたちはそのまま工房を出て行こうとする。
そんなシャアたちの背中へと、私は声をかけた。
「時にララァ嬢。 人と獣が違うところは何だと思うかね?」
「? 『理性』を持つことでしょうか?」
突然の質問に訳が分からないという顔で、それでもララァは答えを返す。
「近いが違うな。
確かに『本能』によらず『理性』を持って行動するのは人の特権だ。
しかし私はもう一歩踏み込み、『相手に会話によって理性的に接し、相手を理解し時に自らの考えを改める』ことだ。
『本能』では、他者の『本能』とぶつけ合わせればどちらかが滅ぶしかない。
しかし『理性』、そしてそこから産まれた『会話』でなら、相手を理解し時に自らの行動を改めることができる。
それこそが人と獣の違いであると、私は思う」
「はい……」
「何、ただ『会話』というものの有用性を語った他愛のない話だ。
忘れてくれていい。
ではな」
「……はい」
そう言って手を振ると、ララァは小さくお辞儀をしてからシャアと連れだって出て行った。そして居なくなってから、私はトントンと数度額を指で弾く。
「いきなり初対面で私の心に触れようとしてくるとは……不愉快だな」
先ほど、ララァとの会話の際の撫でられるような感触……あれはニュータイプの力でこちらの心に触ろうとしている感触だった。こちらもすぐさまそれは防いだが、いきなりの行為に不快感はある。最後のララァとの会話は、『いきなりニュータイプの力で心に触れようなどとせず、まずは会話を試みろ』という苦言というか抗議の言葉であった。
「まぁいい、釘は刺した。 これで少しは変わるだろう」
それだけ言うと、私は残りの作業へと急いだ。
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「どうだった、彼は?」
「あなたの言う通り知的な、とても面白い人でした。
でも……ちょっと怖い……」
工房からの帰り道、シャアの質問にララァが返す。
シャアの友人だという、あのパプティマス・シロッコという男……確かにシャアの言う様にまごうことなき『天才』だ。
それに心に触れようとした途端のそれを拒絶するような感覚に最後のあの言葉……間違いなく自分と同じタイプの人間なのだろうと何処となく理解する。
だからこそ、怖い。
彼にもし野心があったら?
その野心がシャアに害を及ぼしたら?
被害妄想的な考えだが、そう考えてしまうだけの才能をシロッコは持っていた。
だがそんなララァの心情を知らず、シャアはアハハと笑ってと返す。
「そうか。 怖い、か。
確かに、彼は少し冷たい感じの男だからな。
しかし、話して見ればあれで彼はいい男だぞ」
その言葉に、ララァはハッとした。
今しがたシロッコに言われたばかりだというのに自分の力が通用しなかったこととその才能に恐れ、無意識のうちに彼を理解しようということを放棄していたことに気付いたからだ。
(特別なことではなく、ただ話すだけでも……人は分かりあえる)
次に会った時には、もっと話をしてみよう……ララァはそう心に決めたのだった……。