実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第8話 空欄が埋まる日

 太刀川さんと小鷹さんとの間の問題が解決してから数日。俺と小鷹さんはソフト部の部室に来ていた。野球同好会が野球部になるために、そして強豪とも渡り合えるチームに進化するために、どうしても必要な最後の1人をスカウトしに来たのだ。

 

「失礼します」と断りを入れて部室に入る。すると、途端に空気が変わった。先陣を切って、進んで行く小鷹さんに冷たい視線が注がれる。

 

 小鷹さんのした選択はすでにソフト部の面々にも知れ渡っている。推薦で入学してきたソフト部のホープが、部ですらない、全く実績のない野球同好会にも入って両方で活動するというのだから反感もあるのだろう。ひょっとしたら、彼女が真摯にソフトボールと向き合っていないと思う人もいるかもしれない。

 

 それに加えて小鷹さんは、ソフト部から更に選手を引き抜こうとしている。他の部活動に所属している人を勧誘するという事は、その人の立場や環境を変えてしまうこともあるという事だ。その人が期待されているなら、されているほど、周りの人間は裏切られたと感じるのかもしれない。……だけど、今の野球同好会はそうするしかないんだ。

 

 小鷹さんがグラブの手入れをしている美藤さんに声をかける。

 

「ちーちゃん、野球を一緒にやろうって話、考えてくれた?」

「小鷹……。何度も言っているだろう、私はソフトボールを愛している、とな。私は太刀川とは違う。……お前ともな」

「私はソフトを愛していないわけじゃない。ただ仲間とやる野球への愛が上乗せされただけ!」

「お前がどう言おうが同じ事だ。私はソフト以外やらない」

 

 そう言うと、美藤さんはこの場を去ろうとする。小鷹さんはそれを呼び止め、挑発的な笑みを浮かべながら言った。

 

「わかった、自信がないんだ〜! そうだよね〜、野球はソフトより難しいもんね〜」

 

 わかりやすい挑発。論理的にもめちゃくちゃで、明らかに美藤さんを煽っている。こんなのに乗ってくる人などいるはずが……

 

「聞き捨てならないな! 野球がソフトより上だとでも言うのか!?」

 

 乗ってきた!! 冷静な人だと思っていたけど、以外と単純なのか? 

 

 小鷹さんは、さらに挑発を続ける。

 

「じゃあ、勝負しましょうよ! 負けた方が相手の言うことを聞くってルールで! 今はちーちゃんがヒロの代わりの投手なんだから、1打席勝負でどう?」

「望むところだ! それで相手は誰だ!?」

 

 とんとん拍子で対決が決まる。

 小鷹さん、最初からこうなるっていう勝算があったんだなそれで、誰が相手をするんだろう? そう疑問を持っていると、小鷹さんがこちらを指差す。

 

「代表として、キャプテンの瀬尾が相手になるわ!!」

 

 ☆

 

 というわけで、なぜか俺が美藤さんと1打席勝負をする事に決まった。だが、俺も彼女の言葉をすんなりと受け入れたわけではない。一応は何で俺がキャプテンなのかという疑問を彼女にぶつけてみたのだ。

 

「小鷹さんが適任だと思うんだけど……」

 

 彼女にそう伝えると、

 

「私にはソフトもあるから、ずっと面倒を見ていられない。そうなると、あとはあんたしかいないでしょ?」

 

 と、さも当然のことのように言われてしまった。じゃあ、俺が対決の相手に選ばれたのはなぜなのか? 

 尋ねると小鷹さんは笑って言う。

 

 

「ヒロがあんたはいい打者だって言うからよ」

 

 

 ……勝負は明日の放課後だ。

 

 

 翌日。朝練で小鷹さんに会ったので、美藤さんがどんな投手が情報を聞く事にした。

 

「ちーちゃんは、最近外野から投手になった急造投手よ。右投げで、フォームはちーちゃんとの話し合いで決めた通り、ソフトの時と同じ投げ方ね」

「球種は?」

「まっすぐとカーブよ。コントロールはなかなか。他の球種は練習中って聞いたけど、そんなにすぐモノにはできないだろうしね。まあ、対決では野球のボールを使うって取り決めしたからそんなにおかしな変化はしないと思う」

「でも、結局ぶっつけ本番なんだよね……」

 

 ……だとしても、この勝負には絶対負けるわけにはいかないんだ。

 

 ☆

 

 そしてあっという間に放課後となった。

 俺達がグラウンドに集まると、美藤さんはすでにストレッチを開始していた。俺も体をほぐしてから、素振りを数回行う。

 

 この勝負では小鷹さんが防具をつけてキャッチャー役を務める。審判は川星さんが買って出てくれた。

 

 そして美藤さんがマウンドに上がる。彼女は「何球か投げさせて貰うぞ!」と声をかけてくる。こちらがOKである意思表示を手を挙げることで示すと、そこからしっかりと間を取ってボールを投じた。

 

「っ!?」

 

 ソフトボール独特のボールを持った手が体のすぐ横を通るリリース。ボールを投げる時、軸足と反対の足を踏み出すのと同時に投球を完了しなければならない、というソフトボールのルールに基づいた投球動作は今までに経験したことのないものだ。

 

 投球練習を終え、ロジンバックを手に取る。白粉の舞う中で美藤さんの目は俺を見据えている。俺も右打席に入りバットを構える。バッテリー間でサイン交換はないようで、小鷹さんはただ捕るだけのようだ。

 

 美藤さんが投球動作に入る。

 1球目。外角低めに外れるストレート。

 

「ボール!」

 

 違和感はあるが、対応出来ない程じゃない。積極的に打ちにいくぞ。

 

 2球目。 インコース高め、また直球だ。

 フルスイング。当たりはよかったが、打球は左に切れていった。

 

「ファール!」

 

 2球続けてストレート。急造投手だというなら、同じ球種を続けるのは避けるはずだ。実際、俺はストレートに対応出来ている。ならストライクが入らなくても打者の目線を変えるために変化球を投げるか。

 

 3球目。 狙い通りの変化球。カーブだ。だが、そのボールは外角低めに決まる。

 

「ストライク!」

 

 あのコースに手を出したら凡打になる。まさか、狙ったコースにコントロール出来るのか? 

 カウント、2ストライク1ボール。おそらく次のボールは……。

 

 4球目。……ストレート!! 

 真ん中高めの甘いコースだったが打ち損じた。バックネットへのファール。

 

 ……やっぱりか。これでわかった。カーブをコースに決めることは出来ないんだ。3球目と同じコースにカーブを投げれば、確実に打ち取れる。だが、それをしなかった。そして、ストレートの制球もばらつきがある。ストレートが決め球ってことはないだろう。

 となると、決め球は……? 

 

 5球目。投じられたボールは、スピードを殺し緩やかに落ちてくる。

 うっすらとだが予想していた。美藤さんほどの実力者なら、切り札を隠し持っていてもおかしくはないと。決め球は打者が知らない、データにない球種。そして感覚さえ掴めば急造投手でも習得出来るボール。

 つまり……。

 

「チェンジアップかっ!!」

 

 緩急にタイミングを狂わされることなく、バットを振り抜く。

 

 カキィィンッという快音が響く。

 打球はバックスクリーン左横に飛び込んだ。

 

「ほ、ホームランッス!!

 瀬尾君の勝ちッスよ!!」

 

 ワッと歓声があがる。その輪から外れて美藤さんは1人うなだれていた。俺が「いい勝負だったね」と声かけると「負けたら意味がない」と彼女は静かにつぶやいた。

 

「でも、本当にすごいよ。急に投手を任されたのに、ここまで仕上げるなんてさ。やっぱりセンスがあるんだね」

「そ、そうか? まあ、私としては普通だと思うけどな!」

 

 そんな話していると、小鷹さんがやって来た。

 

「やっぱりすごいな〜ちーちゃんは! 天才だな〜! さすがちーちゃん! 私たちじゃできない事を平然とやってのけるッ そこにシビれる! あこがれるゥ!」

「そこまで言われるとなんだか照れるなぁ〜」

 

 小鷹さんにベタ褒め(?)されて美藤さんのテンションも急上昇していく。まさにうなぎ登りだ。勝負に勝って、仲間が増えて……めでたしめでたし……なのかな? 

 

 そんなこんなで、賢そうでそうでもない(?)頼れる仲間が加わった。

 

 ☆

 

 翌日。メンバーが揃ったことを夏野さんに報告。

 

「 ソフト部とのゴタゴタも解決! 有望な戦力も増えたみたいね!! うん、これなら十分戦えるね!」

「じゃあ……!!」

「アタシも仲間にしてください!」

「もちろん! それで夏野さんのポジションはどこなの?」

「内野はどこでもOKだよ! 中学の時はピッチャーもやってたけど、スタミナないからリリーフ以外は厳しいけどね」

「じゃあセカンド頼むよ。内野は川星さんと大空さんが野球を始めてから日が浅いからサポートしてあげて」

「じゃあ、ミヤビンと二遊間のコンビになるんですな〜」

 

 猫塚さんがひょっこりと顔を覗かせて言う。

 

「ミヤビン?」

 

 夏野さんが小山君の顔を見ながらそう聞き返す。

 

「そう、小山 雅君。あだ名はミヤビンだにゃー!」

「じゃあ……よろしくね、ミヤビン!」

「う、うん! こちらこそよろしく!」

 

 和やかな談笑。チームの雰囲気もいい感じだ。

 

 そこに「ポジションと打順を決めておくでやんす」と矢部君。チームの方針を決めるうえでも、必要なことかもしれない。

 

 ……そしてこれがみんなで話し合い全員が納得したスターティングメンバーだ。

 

 1番 ショート 小山 雅

 2番 セカンド 夏野 向日葵

 3番 ライト 瀬尾 光輝

 4番 サード 大空 美代子

 5番 レフト 美藤 千尋

 6番 キャッチャー 小鷹 美麗

 7番 ピッチャー 太刀川 広巳

 8番 ファースト 川星 ほむら

 9番 センター 矢部 明雄

 

 このスタメンに決定した。これで9人揃ったんだ。

 真っ白だったスターティングラインナップの表がギリギリの人数だけど埋まっている。

 

 顧問の先生は暫定的にソフト部の勝森(かつもり)監督に兼任してもらう形になった。部活動の申請も受理され、正式に野球部として認められた。

 

 ……これで、このチームの夢に一歩近づいた。

 女子選手の公式戦出場。そして、その先にある甲子園に向かって確かな一歩を踏み出したんだ。

 

 あとは、女性選手を認めない規則と慣習と、世論が相手だ。実態が見えない分、不安も大きい。……でも負けない。

 

 今の俺には同じ道を歩いてくれる仲間がいるから。

 

 

 


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