実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第71話 暁の空

『甲子園大会もいよいよ残り一試合! 決勝戦を残すのみとなりました!』

 

 宿泊施設の一室。各部員に割り当てられた部屋の隅に置かれているテレビにここまでのハイライトが映し出される。

 全国から集まった猛者達が競い合ったこのトーナメントも終わりを告げようとしている。

 始まってみればあっという間という体感よりも更に短く、目立つシーンのみを切り取った映像をアナウンサーが『夏の奇跡』などという大層な呼び方で紹介している。

 

『決勝に残った2チーム。順当に勝ち進んだと言えるのがあかつき大附属高校! 昨年の夏、今年の春と甲子園を制した名門は三連覇を視界に捉えています。

 ここまでの試合も点差以上の実力差を見せつけています!』

 

 今までのホームランや好守備の名場面集が流れる。やはり強打者や派手なプレイに目が集まるが、あかつきの強さは堅実かつ頭脳的な選手が脇を固めているところにこそある。それらはどうしても注目されづらいところではあるのだが……。

 

『そして! そのあかつき大附属に対するは、下馬評を覆し決勝まで勝ち進んだこのチームです! この番組ではこのチームにかねてから注目し取材を重ねてきました!』

 

 アナウンサーの言葉にも力が入る。やはり万人が好むのは苦難や逆境を超えて強者に挑む、彼らの姿……という事なのだろう。

 

 そしてそのチームのキャプテンの見慣れた名前、それとは裏腹にかつてを知る者からすれば別人の様な自信に満ちた表情が映し出された。

 

『────そう! 瀬尾光輝君率いる聖ジャスミン学園です!』

 

 終生のライバルと定めた男の経歴が取材の VTRやここまでの活躍を交えて語られている。

 

『聖ジャスミン学園は初戦の雪国高校、2回戦の流星高校を破ります。

 そして3回戦、トーナメントの山場となるこの試合を迎えます』

 

 映し出されるのは、1年生にして強豪校の背番号1を背負いその才能から世代最高と称される少年と彼のボールが打たれた後の放物線。そして迎えた大番狂わせの結末。勝者と敗者のコントラスト。

 

 ……フン。どうしてもグッドルーザーを作りたい様だな。しかしこの試合であの悪質なラフプレイが行われたのは事実だ。許されないルール違反があったをという事に時間を割いてはどうなんだ? 

 

 ……映像はいくらでもあった筈だが、その事件については詳細に語られる事はなかった。個人への気遣いか、それとも高校単位への忖度か。その部分だけが大きく省略され、負傷からグラウンドに戻った瀬尾の姿へのナレーションが感動を煽っている、

 

 そして、そこからの道行はやや足早に語られた。

 

『準々決勝で当たった南ナニワ高校戦ではこちらも1年生でエースを務める 館西(たてにし)(つとむ)君の頭脳的なピッチングを攻略!』

『帝王戦で大活躍を見せた3番の瀬尾君が警戒され勝負を避けられるという状況で、続く4番の大空さん、5番の美藤さんが打ってそれを還すという打線の厚みが光りましたね。

 集中打を浴びせてビッグイニングを作るという効率的な攻め方で6-1と聖ジャスミンが勝利しました』

 

 アナウンサーと解説の元プロが掛け合いを見せる中、映像は準決勝……留学生を多く抱えるワールド高校との試合に切り替わる。

 

『留学生ならではのパワー野球に機動力と小技で対抗しました! 

 1番の矢部君はエラーと四球、ヒットで出塁した3打席でいずれも盗塁を記録。また、6番の夏野さんのスクイズを筆頭に2、6、8番が犠打を記録するなどチームプレイが光りましたね!』

『終盤8回で9番の川星さんが打った、前身守備を破るタイムリーも見事でしたね。これで3-4と勝ち越し、これが決勝点となりました』

『そうですねー! 小柄な川星さんが150km/hのストレートを打ち返した時は鳥肌が立ちました!』

『そしてそのリードを守り切った瀬尾君のピッチングも見事でした』

 

 瀬尾君はピッチャーとしてどこが優れているのでしょうか、とアナウンサーが解説に質問する。解説は瀬尾が武器とするチェンジアップを筆頭に縦の変化球がワールド高校に有効だったのでは、と自論を語る。

 

『巷でジャスミンボールと呼ばれているこのチェンジアップは大きな武器になりますよ』

 

 ジャスミンボール……。かつて練習試合で対戦した時に片鱗を見せた偶然の産物。それを磨き上げ決め球まで昇華させた、チームの名を冠するウイニングショット。……その完成の経緯までもが彼らしいと少年は笑った。

 

『コンコン!』

 そこに突然のノックの音が響き、遠慮のない「邪魔するぜー!」という声と共にチームメイトがゾロゾロと部屋に入ってくる。

 

「おっ? 何だ、猪狩。対戦相手を研究とはいい心掛けじゃねーか」

 

 赤い髪の少年はそう言って画面に映るジャスミンのキャプテンの姿を睨みつけた。

 

二宮(にのみや)先輩……」

 

 二宮(にのみや) 瑞穂(みずほ)。高校生屈指のアベレージヒッターでありチームを束ねる扇の要。バッテリーを組む相方でもある彼の後ろには『黄金時代』の一員である、チームの頭脳として対戦相手の分析から対策の立案までもに関わる二塁手のレギュラー……四条(よじょう)賢ニ(けんじ)、そして飄々としながらもここぞという場面で結果を出す仕事人、右翼手レギュラーの九十九(つくも)宇宙(そら)も顔を覗かせていた。

 

 彼は少しして画面から目を離すと、椅子にどかっと腰掛け、ふっと優しげな笑みを浮かべ呟いた。

 

「瀬尾の奴、何とか立ち直ったみたいだな」

 

「ええ……その様ですね」

 二宮の言葉にこの部屋の主である少年……猪狩守は頷いた。あかつき野球部には中学から進学したエスカレーター組と高校から入ってきた外部受験組がおり、二宮も中学時代からあかつき野球部に所属しているクチであった。そのため中学時代までしかあかつきにいなかった瀬尾とも面識があったのだ。

 

「あいつなら他校に行けばレギュラーになれるとは思っていたが、まさか新設校のキャプテンになって甲子園でまた会う事になるとはな。確かあいつが入学するまでジャスミンには野球部はなかったんだろ?」

 

 そこにジャスミンの分析を既に終えたという四条が会話に加わった。彼も猪狩達と同様エスカレーター組のため、瀬尾と数年間同じ野球部員として過ごした期間があった。

 

「……それどころか野球経験のないメンバーまでいた様だ。そんな状況から名門のソフト部から部員を引っ張って、初心者に野球を教えて……それを考えれば他に類を見ない大躍進と言えるだろう。瀬尾は初心者の失敗や力不足を責めたりするタイプではないし、上手くマネジメントをしてチーム力を上げたんだろう。もはや聖ジャスミンの実力は疑いようがない。女性の部員がいるからと騒ぐ次元にはいないだろうな」

 

 そう言いながら、四条はメガネをくいっと持ち上げると、

 

「元々俺は瀬尾があかつきを出るのは反対だったんだ。あいつの事情を考慮してもリリーフや代打として十分に戦力になっただろうに……。あの時は野球を辞めるという意思を尊重したが、こんな事ならしがみついてでも止めればよかった。大体俺はああいう読めない選手、チームと戦うのは好きじゃなくてだな…………」

 

 と、瀬尾への分析と個人的感情と後悔と悩みが入り混じった言葉を独り言の様に漏らし始めた。

 

「…………って、長いねん! ホンマ、賢いやつはこれやからアカンわ。もうちょっと分かりやすく言ってくれ。それで? 瀬尾っちゅうのはどんなやつや? それを知っとるっていうのは大きなアドバンテージやで」

 

 関西出身の九十九はそうツッコミを入れながら同窓である猪狩と二宮に尋ねる。

 

「ああ、お前は高校からあかつきに入ってきたからアイツと話した事ないんだよな」

「おう。まあ()()()()()()()()()()()()()全く情報源がないって訳やないんやけど、どうせやったらパーソナルな部分を知りたいんや。ワイのプレイスタイル的に()()()()()()()()()()()()()()()しな」

 

「持っとる球種とか何とかはこいつの方が詳しいやろ」と四条を肘でつつきながら九十九はにかっと笑う。

 四条はそれを冷静に手で払うと、

 

「そうだな、いい機会だし話しておこう。どうせうちのスラッガー達は思うままにバットを振った方が結果を出すだろうし、八嶋(やしま)には難しい事を言っても逆効果だろう。彼は足で魅せてくれればそれでいい」

 

 それはそうだな、と猪狩は頷く。中堅手のレギュラーである八嶋(やしま)(あたる)は50m走で6秒を切る俊足であり高度な走塁スキルを持つ人物だ。誰よりも速く、いつも先頭を走ってきたからなのか、野生味というか天真爛漫さを感じさせる独特の世界観を持つ人物でもある。彼には自分の持ち味である飛び抜けたスピードを活かして貰った方がチームの利益に繋がるだろう。何せ、塁に出る事……自身のスピードを発揮する事に関しては一切の妥協がない人なのだから、それをそのまま発揮した方が対戦相手にしてみれば脅威となる筈だ。

 

 そして四条がスラッガーと呼ぶ3人。あの先輩達には我々には分からない打撃の感覚がある。ある種の隔たりとも言えるそれを超えるのは難しいだろうし、無理に境界を越える事に意味はないだろう。

 

 その3人……左翼手レギュラーであり、広角打法を武器に逆方向のスタンドにボールを簡単に運ぶ天才バッター、4番七井(なない)=アレフト。

 それとは逆の典型的なプルヒッターながら圧倒的なパワーでホームランを量産する巨漢の一塁手。5番の三本松(さんぼんまつ)(はじめ)

 そして他校でなら4番を張れる実力を持ちながら、打線を活性化させ得点効率を最大化する為に長打と単打を打ち分ける正三塁手、五十嵐(いがらし)権三(ごんぞう)

 

 この並びは他校と比べても図抜けている。プロ球団クラスというのは言い過ぎだとしても、U-23のカテゴリーであればナショナルチームのクリーンアップにそのまま入れるレベルの選手だ。

 五十嵐が6番なのは、チームで3番を打つ二宮のバットコントロールがあまりに優れているからであり、長打力の面ではこの3人がトップ3である事に疑いの余地はない。

 

 そう思っているところに四条から「君もあちら側の選手だけどな」と笑われた猪狩は、ミーティングに参加するかとの問いに首を横に振った。

 

「ボクは瀬尾の事を知り尽くしてるという自負がありますから」

 

「ヒューヒュー! お熱い事で! まあお前の仕事は投げる事だからな。点取る事に関しては心配するな」

 

 二宮がそう言ってミーティングを始めようと九十九と四条を誘い、資料のある四条の部屋に移ろうと立ち上がる。猪狩はその後ろ姿にある提案を投げ掛けた。

 

「それならば奴も呼んでおいた方がいいな」

 

「ん? ……ああ、そうだな、それくらいの『要求』をしてもいいかもしれないな」

 

 …………アイツの()()()にグラウンドに立つっていう事は、そういう事だ。

 

 二宮はそう言い残すと『黄金時代』の仲間と共に部屋を後にした。

 

 

 ☆

 

「どうだい? もう慣れたかい?」

 

 電話口から聞こえる優しく誠実な声。自身が置かれた境遇を考えれば有り得ないであろう、自分だったら出来ないであろうその心遣いに尊敬と少しの動揺を覚える。

 

「そうっすねー……。試合を重ねていくにつれて何とか……って感じですかね」

 

「そうだね、レギュラーとしてのデビュー戦が甲子園っていうのは緊張するよね」

 

「まあ、それは仕方ないというか、アレなんですけど……。それよりあの面子と同じメンバー表に名前があって、同じグラウンドに立って……っていう方がプレッシャーっすかねえ」

 

 口を開いて言葉を発しているうちに、自分の声のトーンが上がり嬉しげな言い方に聞こえる事に気付いた。その直後、しまったという後悔が心に湧き上がる。

 

 失礼ではなかっただろうか。不快にさせてしまっただろうか。()()()()()()()()()()()()はあの人が望んでいる事である筈がないのに。

 

 この『葛藤』に、心の動きに、あの人はすぐに気が付いた。そして変わらぬ柔らかい口調で、励ます様に言った。

 

「ねぇ、滑川君。……君は喜んだって、楽しんだっていいんだよ」

 

「……えっ?」

 

 携帯を持つ手が震えた。

 

 俺の心が(とが)めている事。それを正そうとする気持ちと自分はそういう人間なんだと嘲る自分の声。

 

 それらで板挟みになっている心を掬い上げる様な言葉を()()()()()()()()()()()()()()言えるという事。……それに対する驚きで。

 

「だって試合に出るのは……野球をするのは楽しいでしょう?」

 

 ……あかつき大附属高校、遊撃手レギュラー六本木(ろっぽんぎ)優希(ゆうき)。打球に対する瞬発力とそれを捌く守備の技術。そして刻々と変化する試合の流れや打者の発する雰囲気でポジショニングを変え、見えないファインプレイでチームを危機から救う『気付き』の力。

 まさに守備だけで金が取れる、客を呼べる。そんなスター性を持った選手()()()

 

 …………あの人がグラウンドで倒れるその日までは。

 

「で、でも俺は……あなたの様にはなれていない! あなたが抜けた穴を埋められていない! それなのに……!」

 

 それなのにあなたがいた筈だった場所を、見ていた筈だった景色を、思い浮かべるだけで。

 ……胸が踊ってしまう事が後ろめたくてたまらないんだ。

 

「…………そうか」

 

 六本木さんは小さくそう言うと俺にこう尋ねた。

 

「君は自分の事を僕の代わりだと思っているの?」

 

「そ、そうっすよ! そうに決まってる! 

 あなたの代役が務まる様な選手でありたいって……!」

 

 頭にある光景が浮かぶ。試合中、いつもベンチに掲げられている背番号6のユニフォーム。そして、それと自分が背負っている背番号16を見つめながら六本木さんの「頼むね」という言葉に応えようと心に決めた日の事を。

 

 ……そんな考えを塗り替える様に六本木さんの声が飛び込んでくる。それは謝罪の言葉だった。

 

「……ごめんね。僕の選んだ言葉が悪かった。君を追い込んで苦しませてしまったね」

 

 電話の向こうで小さく息を吸う音が聞こえる。そしてしばらくの間を置いてから、六本木さんは話し始めた。相変わらずの優しい口調に、少し力を込めて。

 

「いいかい滑川君? 正確に言うとね……僕は『頼んだ』んじゃなくて『託した』んだ。六本木優希という選手の代わりじゃなくて、滑川洋という1人のプレイヤーとして、あかつきを勝たせて欲しいって。あの場所……遊撃手のポジションとチームの勝利を『託した』んだ」

 

 六本木さんの言葉は、そして……と続く。

 

「だったら君が君として胸を張って試合に臨むのは当然の事だ。何故なら僕は、君ならチームを頂点へと導いてくれると信じたのだから」

 

「…………っ!! 六本木さん、俺、俺……!」

 

「だから自信を持って。泣いても笑ってもあと1試合だ。ならば後悔のない様、全力を尽くすだけだろう?」

 

「…………」

 

「もう大丈夫だね?」

 

「…………はい! 六本木さん、見ていて下さい! 俺があかつきを優勝させてやりますよ!」

 

 そうして、六本木さんの微笑みとその余韻の後に会話は終わった。俺は電話が切れた後の携帯越しの空間をぼんやりと眺めながら、勝手に胸から湧き出てくる感情をただ噛み締めていた。

 

 ☆

 

「ふぅ……」

 

「電話の相手、例の後輩君でしょ? ……もういいの?」

「はい、もちろんです。優秀な後輩ですから」

 

 六本木は看護師の言葉にそう答えると寝ていたベットから顔だけを窓の方へと傾ける。

 

「六本木君も大変な時なんだから。人の心配もいいけど、まず自分の事を第一に考えてね。本当なら君が弱音を吐くところなんだよ?」

 

「……いえ、いいんですよ。頑張っている後輩に余計な心配をさせたくないですから」

 

 この返答を受け困った様に笑う看護師をよそに、六本木は口元に笑みを浮かべながら、窓の向こうに広がる青空を見て思いを馳せる。そして小さく呟いた。

 

「頑張れ。きっと大丈夫だよ。……頑張れ」

 

 それは迷いを振り切り前に進もうとする後輩と、他ならぬ自分自身……2人分へのエールの様で。大きな声を出した訳ではなかったけれど、確かに……力強く響いていた。


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