実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第69話 甲子園 3回戦 VS帝王実業高校④

『3アウト、チェンジ!』

 

 試合は5回、6回と互いの打線を三者凡退に打ち取り、あっという間に終わった。オレはマウンドに上がるための準備を進める。

 すると……。

 

「この……能無し共がっ!! お膳立てするを事も出来ないのか、貴様らっ!!」

 

 9番から始まったこの回、太刀川の前に3人で切って取られたためネクストでイニングの終了を迎えた蛇島さんが声を荒げる。

 

『まあ蛇島、落ち着けよ……』

『何もそこまで言わなくても……チームは勝ってるんだし』

 

 3年や蛇島さんと同学年の先輩達がなだめようと声を掛けるが、それが火に油を注ぐ。

 

「お前等程度がこの俺に気安く声を掛けるな……! 自分の立場が分かっていないのか……!?」

 

『なっ……!?』

 

「落ち着け、だと……? どこからモノを言っているんだ……! チームは勝ってる? それがどうした!」

 

「チームの勝利……? そんなものに興味など……」

 

 蛇島さんが、言い終えてしまえばもう戻れない言葉を感情に任せて吐こうとしたその時。鋭い眼光と共に、この部で唯一尊敬できる先輩が割って入った。

 

「そこまでだ……蛇島」

 

「山口……!」

 

 この人が出てきた事でチームメイトは安堵し、立ち上がっていた監督もそのまま腰を下ろす。

 山口さんはそこまでの信頼をチームから得ている人なのだ。

 

 山口賢。

 常勝とは名ばかりの古豪に堕ちた帝王実業。それを再び栄光まで導くために、文字通り身を粉にして腕を振るってきた人物。そしてその代償として、肩には重度の故障を抱えている。そうでなければオレが簡単に背番号1を背負う事はなかったはずだ。……それさえなければ。

 1つしかない席を争い、互いを高める事が出来る……オレにとってはそんな存在になるはずだった。

 

 山口さんは自分がどこまでやれるかという、自身の可能性の探究に重きを置いた人だから、チーム内での位置や権力、ましてや『帝王』の座などに興味を示さなかったそうだ。その気持ちはオレにもわかる。

 

 山口さんは今の帝王が抱える問題を受け止め、その中で自分を磨いた。

 背中で見せようとした。オレは帝王の実情に我慢が出来ず、必要だと思ったから『帝王』になっただけの話。見据えていた方向は同じだった様に思う。

 

 ……出来る事なら、この人と『帝王』を賭けて戦いたかった。必要に迫られた訳でもなく、一切の打算もなく。……ただの挑戦者として向かい合いたかった。だがそれも、今では叶わぬ願いだ。

 

 山口さんの仲裁にさすがの蛇島さんもたじろぎ、冷静さを取り戻した。……いや、『平静を装い直した』と言った方が正しいだろうが。

 

 蛇島さん、あなたはそんな存在であるべきではない。あなたの力は、他者の認識の過不足はあろうとあなた自身が磨き上げたものでしょう? ならばあなたはやはり、そうあってはいけない。

 オレとっては、あなたも……。

 

 ……いや、よそう。オレが今すべき事、考えるべき事の全ては、あのマウンドの上にある。それ以外は『余分』な事だ。

 

 そうしてオレは7回のマウンドに立った。

 

 ☆

 

「さあ、ラッキーセブンッスよ〜! この回は1番からの好打順! ここで追いつくッス!!」

 

「張り切ってるね、ほむほむ!」と夏野さんは、ベンチ最前列でかぶりつく様にグラウンドを見つめる川星さんの横に寄り添う。

 

「当然ッス! 友沢にはやられっぱなしッスからね! この回打者一巡してもう一回勝負ッスよ!」

 

「そのためにも打ってくれッス〜!!」

 

 この声援を浴びながら矢部君が打席に入っていく。

 

『1番 センター 矢部君』

 

「さあ、いくでやんすよ!」

 

 威勢のいい声を上げながら、ブンブンとバットを振る矢部君。それに対し友沢は相変わらず冷静にその様子を観察していた。

 

 そして、初球。

 

『ビュンッ!』

 勢いの衰えないストレートがミットに迫る。

 

 すると矢部君は、バットの中腹……ヘッドとグリップエンドの丁度真ん中あたりを右手で支えバットを水平に寝かせた。

 

『おっとセーフティバントかっ!?』

 

 しかしそのストレートはストライクゾーンを外れ外角へのボール球となる。矢部君はそれを見極めバットを引いた。

 

『ボール!』

 

「ああ……っ! ストライクゾーンに来てたら転がせたのに……」

 

 夏野さんが「惜しい!」と天を仰いだ。転がせれば彼の足なら……という期待から来る言葉だ。一方、矢部君は「もう一丁でやんす!」と今度は初めからバントの構えを見せる。

 当然、それに合わせて帝王の内野陣も前進。距離を詰めた。

 

 矢部君は何を狙っているんだろうか? 何としてもでも転がしてスピードで勝負するつもりなのか、あるいは……。

 

 そして2球目。

 

「シュッ……ククッ!」

 投じられたのはこの試合では数える程しか投げていないシュート。ストライクゾーンの中で変化する球でバント失敗を誘う。

 

 これに対し矢部は、さっとバントを引き、これも見送る。

 

『バシン!』

『ストライク!』

 

 これでカウント1-1。

 バントされた打球を処理するために前進していた友沢は、そのコールを聞いてマウンドへと戻る。

 

 矢部君はそんな友沢を挑発するかの様に、彼がプレートを踏む前からバットを寝かせ、早く投げろと言わんばかりにリズムを取っていた。

 

 友沢もそれで苛立つ様な投手ではないだろうが、多少なりとも影響があったのか、続いて投げたボールは高めに外れた。敢えて外す様な状況でもない以上、あれは純粋なコントロールミスなのだろう。

 

 そしてカウント2-1とボール先行となった、4球目。

 相変わらずのバントの構えを見せる矢部君に対し、友沢が投じられたのは……。

 

『ギュワン!』

 

 決め球のスライダー。

 ストライクからボールになるこの球に矢部君はバットを引ききれず、勢いの殺し切れない中途半端なゴロを転がしてしまう。

 

「しまった……でやんすぅ!?」

 

 打球は転がり始めのフェアライン内側から段々とライン際へと近付いていく。

 

「切れろでやんす〜!」

 

 矢部君はそう叫びながらファーストベースを目指して駆けて行く。それと同じくジャスミンベンチもファウルになる事を願い声を上げた。

 

「切れろ!」「切れるにゃー!」「切れてくださいー!」

 

「よし! アウトだ!」

 帝王の一塁手がゴロを捕りバッターランナーの矢部君にタッチしようと腕を伸ばす。矢部君は何とかタッチを掻い潜ろうと身をよじらせ、ファウルゾーン側に身を投げ出した。しかしそれも虚しく一塁手のグラブが矢部君の背中を捉える。

 

「ああ……!」

 アウトか、そう思った瞬間、一塁塁審の『ファウル』というコールが響いた。

 

 願いが通じたと安堵するジャスミンベンチ。身を投げ出した後、そのまま転がり仰向けとなっていた矢部君も、そのままの体勢で「危なかったでやんす〜! 命拾いでやんす〜!」とバンザイをしながら喜んでいた。

 

『君、喜んでないで早く打席に戻りなさい!』

「す、すいませんでやんす〜!」

 

 塁審に促され頭を掻きながら打席に戻る矢部君にパラパラとした拍手と『いいぞー!』『オモロイな、兄ちゃん!』というベテランの観客からの賞賛が飛んだ。

 

「はあ〜〜……」

 小鷹さんは眉間に手を当てながら深いため息をついている。

 

 俺は「ま、まあまあ。ファウルでよかったよ! 仕切り直しだ!」とフォローを入れる。事実あのスライダーに対しても、バントを試みて当てる事が出来、コースはともかく転がす事が出来たというのは収穫だ。

 相手にとっても多少はプレッシャーになるのではないか。

 

「よっしゃー! 来いでやんすー!」

 

 矢部君はそう意気込んですぐにバントの構えに入った。

 彼の醸すユニークな雰囲気の虜になったか、ベテランの観客からは笑い半分、応援半分の歓声が上がる。

 

「……」

 友沢はマウンドをスパイクで軽く(なら)すと、矢部君に向き直り5球目を投じた。

 

『シュッ……ギュワン!』

 

「っ!? またスライダーだ!!」

 

 空振りにしろ、ファウルにしろ、転がし損なえば次で三振となる矢部君を確実に打ち取りにきたのだ。

 

「……」

 

『すっ……』

『ズバンッ!』

 

 矢部君は手元で変化するスライダーを、完全に見切ったタイミングでバットを引いて見逃した。

 

『ボール!』

 

『矢部君、粘ります! これでカウント3-2!』

 

 

 3ボール2ストライクまでカウントを持ち直した矢部君に球場が沸く。

 しかし、日頃から矢部君と行動を共にして彼の事を知り尽くしているジャスミンベンチからは、同じ感想が漏れた。

 

 

「―───あの顔、一か八かだったな……」

 

 

 ……それはともかく。

 これでフルカウント。塁にさえ出られれば、矢部君を止められる相手はいない。頑張って、矢部君! 

 

『さあ、フルカウントからの6球目です!』

 

 ここでも帝王バッテリーはスライダーを選択した。矢部君は手元で鋭く曲がる球をしっかりと見ながら、ボールの軌道にバットを合わせる。

 

 そして……。

 

『コンッ!』

 

 やや強め、プッシュバント気味に転がしたボールは厳しいチャージをかけてきていた一塁手の横を抜けていく。

 

「っ!?」

 

 このまま転がればベースカバーに入れるセカンド、蛇島のランニングキャッチと矢部君の足との競争になる。

 

「よっしゃ……でやんすー!」

 駆け出して数歩でトップスピードに乗る矢部君。その姿を見て、これは勝算があると思った、その時。

 

「オレが捕るっ!!!」

 

 ピッチャーの友沢が一塁手のチャージの軌道とマウンド端の間を抜けていこうという打球に飛びつく。そして「セカンド! ベースカバーに入れ!」と声を上げた。

 

「なっ……!?」

 矢部君はそれに驚きながらもスピードを維持しながら一塁を目指す。

 

 内野手ばりの打球処理、そして判断力だ……! あのままボールをスルーしていればおそらく何も出来ないままに内野安打を許しただろう。

 

 ……だが相手が悪かったな。今ベースを駆け抜けようとしているのは矢部君だ。相手が矢部君でなければ、あの足でなければ余裕を持ってアウトに出来た。

 

 そうしている間にもベースは矢部君の目前に迫る。あのスピードで走っていれば、友沢がボールを投げる体勢を整えている間にベースが踏めるはず。

 

 半分そうやって安心していると、友沢は打球を捕った……寝そべった様な体勢から上半身だけを起こした。そしてそのまま、下半身がグラウンドに着いた状態で、腕の力だけでボールを一塁に送った。

 

「あの体勢で投げられるのかっ!?」

 

 ……強い訳ではないが、ノーバウンドで一塁まで届くであろう送球。それを投げた友沢は再びグラウンドに突っ伏している。上半身を起こした後、倒れかかる力を利用してボールを投げたのだ。

 

「くっそぉ……でやんす!」

 

 矢部君はグラウンドを強く蹴り上げると、コンマ1秒でも早くベースに触れる為に頭から飛び込んでいく。ヘッドスライディングだ。そして砂埃を上げるのとほぼ同時にボールの方もカバーに入った蛇島のグラブに収まった。

 

「は、判定は……でやんす!?」

 

 塁審はベースに覆い被さる様な形で自分を見上げる矢部君に、握りしめた右手を挙げて判定を下した。

 

『アウトォ!!』

 

『ワァー!!』

 球場はこのビッグプレイとそれを彩った矢部君を賞賛する拍手を送る。しかし矢部は、そんなものが欲しいのではないと言わんばかりに、悔しそうに唇を噛んだ。

 

「矢部君……」

 

 ベンチへと戻る矢部君は雅ちゃんとのすれ違いざまに声を掛ける。

 

「……アウトにはなったでやんすけど、やれる事はやったでやんす。雅ちゃんも自分やり方で次に……瀬尾君に繋ぐでやんす!!」

 

「……!? ……うん、もちろんだよ!!」

 

『2番 ショート 小山さん』

 

「頑張れー! 雅ちゃーん!?」

「ミヤビーン! ファイトー!」

 

 歓声を背に雅ちゃんが打席に立った。彼女はバットを短く持ち、食い入るように友沢を見据える。

 

 そして、異様とも言える粘りを見せた────。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

『三振〜〜っ!! 小山さん、ファウルチップをキャッチャーに捕球され三振に打ち取られました〜! しかし場内からは拍手と喝采が沸き起こります! ……見事な粘り! ()()()2()2()()()()()()()()〜〜!!』

 

 小山は肩で息をしながらベンチへと退いていく。だが疲労しているのは……させられたのは、こちらも同じ。いや、その比で言うならばオレの消耗の方が激しいだろう。

 

 ストライクゾーンに来た球をことごとくをカットする、あの粘り。渾身のストレートも虚をついたカーブにも死に物狂いで食らいついてきた。スライダーに至っては何球投げさせられた……? 

 

 傍目には気付かれない様、腕を伸ばしたまま肘を支点に外側に回してみる。痛みはない。だが疲労が大きくなっているのは事実だった。

 

「かなり削られたな……」

 

 それは小山だけのせいではない。1番の矢部のなりふり構わないバント攻めの影響も大きいだろう。

 完封ペースだった試合の流れを変えようとするための揺さぶりは、最終的にヒットを打たれる一歩手前までこちらを追い込んだ。あの打球を処理出来たのも、送球がアウトになったのも運が良かっただけだった。

 

 そして小山の献身的な打撃。それが何に向けてのものかは明白だ。……矢部と小山は繋いだのだ。

 

 ────希望を、この人に。

 

 

『3番 ライト 瀬尾君』

 

『ワァァー!!』

 ここにきて急に客席がドンッと沸く。この打席が他の誰の打席とも、それまで2打席とも意味合いが異なる事を観客達も悟っているのだろう。

 

 だがまだ7回。力は十分に残っている。

 全力で、この人を打ち取る……そのための力が────!! 

 

 

 ☆

 

 

「……応えなきゃな」

 

 ツーアウトからの打席。俺はバッターボックスに向かう最中、アウトの赤いランプが2つ灯っているのを見つめていた。

 

 あれは2人の献身の証だ。信頼の証だ。彼らは自分の打席を犠牲にして、流れを変えようと、少しでも手助けになろうと力を尽くしてくれた。そして確かに俺に繋いだのだ。

 

 マウンドの友沢は土にまみれ、肩で息をしながらも未だ俺の前にそびえ立っている。

 

 ……君はすごいよ。1人で、自分の力だけで試合を支配出来る。猪狩と同じ種類の天才だ。きっと俺はいつまで経っても君には勝てないんだろう。

 

 でもこの打席だけは。この勝負だけは勝たせて貰うよ。

 だって俺はこのバッターボックスに1人で立っている訳ではないから。矢部君と雅ちゃん、それだけじゃなくチームのみんなと一緒に、俺は今ここに立っているんだ────!! 

 

『ザッ……』

 

 友沢はワインドアップからしなやかに、かつ力強くボールを投じた。球種はスライダー。今日投げた中でも1番のキレを持ったボール。それに向かい、俺は()()()()()()()バットを振った。

 

 初球からのスライダー。本来なら予測しない、対応も出来ないであろうボール。だが俺のスイングには迷いも驚きもなかった。何故ならば。

 

『友沢はこの打席、切り札のスライダーで……自分の全てを賭けて俺を叩き潰しにくるだろう』

 

 そんな格下の俺が思うには分不相応な予想がとても確信めいていて。当たり前にスライダーで勝負してくると……読みとかいうレベルの高い話ではなく、本能で理解していた。

 

 だからこその初球打ち。集中力の高まった1スイング目にしか出来なかったであろう最高のスイング。

 ────それが『帝王』の伝家の宝刀を弾き返した。

 

『キィィィンッ!!!』

 

「っ!? ……ライトバックだ!! 下がれーっ!!」

 

 打球の行方を視界に捉えた友沢が右翼手に指示を出す。右翼手は打球を追って走って……走って……打球の到達点で飛んだ。しかし、弾丸の様な打球はその僅か上のフェンスに当たると派手な音を上げて高く跳ね上がった。

 

「……っ!? 瀬尾くーん! 3ついけるよーっ!!」

 

 ベンチから身を乗り出した太刀川さんが「三塁を目指せ」と叫ぶと、ジャスミンナインもそれに声を合わせた。俺はそれを聞きセカンドキャンパスを回ってサードを目指す。

 

『ライトからダイレクト送球が返ってくる! 瀬尾君、三塁へ滑り込んだ! 間に合うか〜っ!?』

 

 ベースが近づいてくると同時に背後からボールの迫る気配がする。ここで刺されてたまるか。そう思った時には足はグラウンドを離れ、頭からベースに向かい飛び込んでいた。そう……それはまるで親友が見せた全力を尽くす、あの姿の様に。

 

『…………セーフッ!! 判定はセーフです! 瀬尾君、3打席目にして遂に友沢君のスライダーを攻略しました! スリーベースヒットです!!』

 

「……っ!!」

 

 俺は喜びと悔しさの入り混じった、複雑な感情を抱えながらライトスタンドを見ていた。

 

 ……あのスライダーを打った時の手応えは今までになかった感触だった。しかしそれでもスタンドまでは届かなかった。それが今の自分の実力と友沢のボールの凄さを如実に表していた。

 だが次のバッター、4番の大空さんが打席に入ったところで気持ちを無理矢理ランナーのそれに切り替える。彼女なら自分をホームに返してくれるから、と。

 

 ……そしてその機会は思わぬ形で訪れる。

 カウント1ボール2ストライク からの4球目。友沢がリリースしたボールは右バッターボックスのライン内に叩きつけられる暴投となった。ミット側へのボールではあったがバッターとボールの軌道が重なったため捕手は止める事が出来ずボールは転々と転がっていく。

 

「瀬尾! ホームだっ!!」

「還ってきてくださーい!!」

 

 次の打者である美藤さんとバッターボックスから外れ走路を空けた大空さんが、突っ込めと大きなジェスチャーを交えて本塁突入を促す。俺は体重を前方に掛けると千切れるのではないかという程に腕を振った。

 そして三塁と本塁の中間を超えた辺りに差し掛かったところで捕手がボールに追いつく。その間に友沢が本塁のベースカバーに入りボールを要求した。俺は三塁に滑り込んだ時と同じように身を投げ出し本塁を目指す。

 

 ホームベースに触れようと伸びる手とそれに向かい振り下ろされるグラブ、その2つが重なる。砂埃が上がる中、その一部始終を見ていた主審がどちらの執念が勝ったかのジャッジを下した。

 

『…………セーフ! セーーフッ!!』

 

『お、追いついた……! 聖ジャスミン学園、序盤からリードされ続けた苦しい展開の中……ここで追いつきました〜〜っ!! 1対1の同点! 試合は振り出しに戻りましたーっ!!』

 

 

「よっしゃ…………よぉおっしゃぁぁあっ!!」

 

 

 自分のものとは思えない感情に任せた咆哮。しかしそうしているのは自分だけではなかった。それを見た面々……仲間達も同じ様な表情、声、喜びでそれを迎えていたからだ。

 

「よく戻ってきたでやんすぅ〜! 信じられないかもしれないでやんすけど、オイラ信じてたでやんすよぉ〜〜!!」

「やった、やった、やったあっ!! …………遂にやったね、瀬尾君!!」

 

 自分達の打席を捧げてくれた矢部君と雅ちゃんが俺の手を握って飛び跳ねる。心地よい揺れを感じながらベンチ内を見回すと、それぞれが抱き合いながら喜びを爆発させているのが分かった。それを見て自分はこの人達の与えてくれたものに応えられたのだとようやく実感する。

 

 

『……アウト! スリーアウト、チェンジ!』

 

 カウント2-2から仕切り直しとなった大空さんの打席は結局レフトフライとなりスリーアウト。打席に立っていた大空さんとネクストに控えていた美藤さんもベンチに戻ってくる。

 

「ネクストにいたから我慢していたが……よく打ったなあ、瀬尾っ!」

 美藤さんはそう言うとわしわしと俺の頭を撫でながら白い歯を見せた。

 大空さんも、

 

「すごいですよー! 瀬尾君の打席の後から球場がジャスミンを応援するムードになって……。きっとあのワイルドピッチも瀬尾君が呼び込んだんです!」

 

 と両手を握りながら熱弁してくれていた。

 だがあの暴投はバッターが大空さんだから起きた事なのだと思う。強打者が発するプレッシャーが引き起こした同点劇なのだ。

 

「ありがとう! 2人の声が聞こえたから何の迷いもなかった! ホームに突っ込む勇気を貰ったよ!」

「瀬尾……!!」

「瀬尾君……!!」

 

『パチンッ!』

 そうして2人ともハイタッチを交わしたところで小鷹さんからの一声がチームの空気を再度引き締める。

 

「はいはい、いいムードのところでごめんなさいね。……いい? 試合はまだ同点よ! 気を引き締めていきましょう! 流れはウチに来てるわ!」

 

 そして「……後はお任せしても大丈夫かしら、キャプテン?」とウインクをした。

 

「うん、もちろん!よし……みんな!」

 

 自然と組まれる円陣。そしてその真ん中で俺は叫んだ。

 

「…………勝つぞぉっ!!!」

 

 ────おおおぉおっ!!! 

 

 そして……『帝王』を打ち倒さんとする、挑戦者達の雄叫びが真夏の甲子園球場に響き渡った。


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