実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第6話 出会い

 5月下旬。

 俺は、粘り強くソフトボール部との交渉を続けていた。

 最初は強く拒絶されたが、通ううちに呆れられながらも話を聞いてくれるようになった。やはりソフト部は、野球部というよりも太刀川さん個人に強い感情を持っているようだ。実際、太刀川さんとソフト部の部室を訪れた時は、小鷹さんがヒートアップしてしまい話をすることができなかった。

 

 まあ、紆余曲折あったが多少野球同好会の活動を認めてもらうことができた。

 

 認めてもらえた活動は2つ。

 1.ソフト部が筋トレ、校外ランニング等の基礎練習をしている間や練習試合などで相手校などに出かける時はグラウンドを使用してもよい。

 2.ソフト部が活動してない早朝なら、野球同好会の活動に関知しない。

 ということになった。

 

 1つ目に関しては、ソフト部が名門なので練習試合では相手校がこちらに試合をしに来ることがほとんど。なので、あまり期待するなということだったが、今までのことを考えればずいぶんと譲歩してくれた方だとは思う。

 

 それにもう1つ嬉しい出来事があった。新しい仲間が加わったのだ。

 それは、数日前にさかのぼる。

 

 ★

 

 数日前の早朝。

「……というわけで、見学に来ました! ミヨちゃんです、よろしくねー?」

 

 そう言うと彼女はニコリと笑った。自己紹介を聞いての印象はほんわかしていて、勝負の世界とは縁遠い感じがした。

 

 1つ気になるのは、顔見知りだという太刀川さんにどういう子なのかを聞いても「あはは……」と苦笑いしか返ってこなかったことだけど……。せっかく見に来てくれたんだ、体験してもらうことも必要だろう。

 それに、勝てるチームになるには絶対勝つって気持ちが必要だ。

 闘志を見せて欲しい。夏野さんとの約束もあるからな。

 

「ボール打ってみない? 軽く投げるから」

「うん、やってみるー」

「矢部君、一応外野で守っててくれる?」

「ガッテンでやんす!」

 

 矢部君が走っていく。さすがに外野までは飛ばないだろうけど、雰囲気は味わって貰えるだろう。

「準備はいい?」と声をかけると「いつでもいいよー」との返事。

 捕手役は川星さんにお願いした。本当に軽くだし、マスクやレガースは必要ないだろう。

 

『シュッ……』

 スピードを殺した打ちごろのボールを投げる。大空さんはボールの軌道を目で追う。

 

 まだ打たない。ボールを引きつけすぎだ。ようやくスイングの始動に入る。

 ……間に合わない。

 そう思った瞬間、バットがボールを一閃。強烈な打球は矢部君の後方、センター最奥のフェンスに直撃した。

 

「なっ……!?」

 とんでもないスイングスピード。そして、完璧な体重移動。

 紛れもないスラッガーとしての才能だ。あれだけボールを引きつけることが出来るなら、大体のポールに対応することができる。予想以上にすごいぞ、この子……! 

 

 そして、強打者の才能を披露した彼女に太刀川さんが聞く。

 

「やってみて、どうだった?」

「スッキリしたー! 楽しいねー、野球」

「じゃあ……!」

「はい! 野球やりたいですー」

 

 ……ということで大空 美代子さんが仲間になった。これは俺が4番を打つことはなさそうだな……。

 

 大空さんの予想以上のすごさに俺はそうつぶやいた。

 

 ★

 

 そして現在。俺たちは早朝から、野球の練習をしている。

 ──おっ、そろそろか……。

 俺の目線の先には登校してくる生徒たち。なかなかの人数だ。

 このグラウンドは校舎に向かう道に隣接しているので様子が見える。逆もまた然りだ。「矢部君!」と声をかけると、キャッチャーの防具をつけた矢部君が現れる。

 

 これから宣伝を兼ねて、俺が全力投球をするのだ。投手がボールを投げる姿は、注目を集めやすいかららしいが……。俺は太刀川さんが投げた方が、と言ったのだが他のみんなが中学時代投手だった俺のボールを見たいと言うので仕方ない。そんな大したボールじゃないんだが……。

 

 何球かの投球練習。肩が温まったところで、登校する生徒の集団が眼前に現れる。「いくよ!」と声をかけ、ボールを投げ込む。

 

『ズドンッ!!』

 

 久しぶりの感触と同時に音を立ててミットにボールが収まる。そして川星さんが持っているスピードガンに表示された数字を読み上げてもらう。

 

「は、速いッス!! 135km/h!!」

 

 みんながギョッとした顔で俺を見る。俺自身も驚いていた。あかつきでは越えられなかった130km/hの壁。それをこんな簡単に越えられるなんて……。中学の時、あんなに悩んでいたのが馬鹿らしくなる。あんなに必死に投げ込んだのにな……。

 

 宣伝の効果は多少はあったようで、女子生徒が立ち止まって「今の速かったねー」などと話している。誰か、野球に興味を持ってくれるといいけどな。

 

 ☆

 

 ……僕は、勘違いをしていたみたいだ。野球部……いや野球同好会は真剣に練習をしている。ここ何日か練習の様子を見ていてわかった。

 それに朝、投げ込みをしていた彼のボール。速さだけじゃない。キレのある質の高いストレートだった。それに……このチームなら。ここでなら、僕は夢を叶えられるかもしれない! 

 もちろんリスクはある。でもそれ以上に夢にもう一度挑みたいんだ!! 

 

 

 ……僕、1年3組の小山(おやま)(みやび)っていいます! 中学時代はシニアのチームでショートのレギュラーをやっていました! 僕をこのチームに入れて下さい!! 

 

 もう一度、夢を見よう。だって、そこに希望があれば、人は何度だって夢を見ることができるのだから。

 

 

 ☆

 

 

「…………あなたは女の子ですかー?」

 

 大空さんが質問を投げかける。それは俺も思った。

 鮮やかな金髪。長く伸ばした髪をポニーテールにしている。見た目は完全に女の子だ。だが、着ている制服は男子のものだし、1人称も「僕」だ。

 猫塚さんに「ホントに男の子かにゃー? 怪しいでござるよー」と厳しい追求を受ける。「ぼ、僕は男の子だよ!?」とテンパっている彼(?)に「小山君」と声をかける。やっと男だと認識してもらってホッとしたのか「なにっ?」と首を傾げた。

 

 ……かわいいな。顔も、声も、仕草も。同じ男とは思えない。

 それに、貴重な人材でもある。こっちからお願いして入ってもらいたいくらいだ。

 

「よろしく頼むよ。経験者ならなおさら歓迎だよ」

 

 そう伝えるとニコッと笑顔を見せた。

 小山君が女の子たちとキャッキャッと話しているのを見て、矢部君と言葉を交わす。

 

「矢部君。小山君って本当は女の子なんじゃないかな」

「そいつはいけねーな、いけねーよ……でやんす。

 イケナイ病の兆しでやんすか?」

「そうじゃないんだけど、なんか信じられなくて」

「見るでやんす! 男の制服を着ているでやんす!

 男の証明でやんすよ!

 そうじゃなかったら正直めちゃくちゃタイプでやんす!!」

「そ、そっか……」

 

 矢部君……君の方が危ないよ……。

 

 

 練習後。

 今日は、太刀川さんを誘われて一緒に帰ることになった。話があるということだったが、本題に入る前に他愛のないことを話す。

 

「小山君、すごかったね」

「うん。バットコントロール上手いし、守備範囲も広い。

 安心してショートを任せられるね」

「ネコりんも気に入ったみたい。

「今日からミヤビンって呼ぶにょろー」って言ってたよ」

 

「ハハハッ」と2人して笑う。

 でも小山君だけじゃない。

 大空さんは打球を怖がらずに向かっていける度胸がある。サードなら十分こなせるだろう。

 

 川星さんも日に日に上手くなっている。もともとルールは知り尽くしているから、判断が速い。当分はファーストだけど、慣れれば外野だって任せられそうだ。

 

 矢部君は言うまでもないくらいの守備の名手。俊足を生かしてセンターが最適だろう。

 

 太刀川さんは不動のエース。

 あとは太刀川さんのボールを受けるキャッチャーと、中軸を打てる打者がもう1人いれば、どんな相手だって互角以上に戦える。

 

 話題もなくなってきた頃。太刀川さんが真剣な顔で俺の名前を呼ぶ。

 

「瀬尾君」

「何?」

「ナッチを入れたら、今のメンバーは7人だよね」

「ああ。あと2人だ」

「その2人なんだけど、あたしに心当たりがあるんだ」

「……ソフト部の人?」

「うん。……タカとちーちゃん」

「ちーちゃん?」

 誰だ? 

「ソフト部にいたでしょ、眼鏡をかけてた子」

 

 ……ああ、あの子か。

 美藤(びとう)千尋(ちひろ)。知的な雰囲気の女の子。緑色のフレームの眼鏡に、アシンメトリーの髪型。後ろ髪は白いリボンで結んでいる。

 

「ソフト部の4番だっけ?」

「うん。あの2人とは仲違いしてそのままなんだ。

 それに、あたしはあの2人と野球がやりたいんだ!」

 

 元々仲の良いチームメートだったのに、今は敵対している……。何か理由があるはずなんだ 。……だって。

 

「小鷹さんも美藤さんも、悪い人じゃないんだよね?」

「……うん」

「喧嘩の理由は聞かない。

 でも一緒に野球がやりたいならそう言わないと。

 思いを伝えれば何か変わるかもしれないんだから」

「……うん、そうする。

 もう一度向き合って、話をしてみるよ」

 

 ☆

 

 ああ。あたしは背中を押されてばかりだな。瀬尾君には最初からずっと助けられてばかりだ。でも 、瀬尾君のおかげで少しは強くなれたと思うから。だから。

 

「今の思いをぶつけてみるよ!」

 

 もう一度、大切な友達に出会うために。


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