実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第68話 甲子園 3回戦 VS帝王実業高校③

 4回表、聖ジャスミンの攻撃。この回は矢部君の打席から始まる好打順。ここで何か友沢攻略の糸口をつかみたいところだが……。

 

『ストライク! バッターアウト!』

 

『シュッ……パシッ!』

『アウト!』

 

『聖ジャスミン学園、この回1番からの攻撃でしたがランナーを貯める事が出来ず簡単に2アウトを取られました。さあここで、この試合2度目となるキャプテン対決となります!』

 

『3番 ライト 瀬尾君』

 

「頑張れー!」

「食らいつくでやんすー!」

 

 先程まで打席に立っていた矢部君と雅ちゃんが声援を送ってくれた。

 矢部君は足で掻き回そうとセーフティバントを試みるも友沢のストレートをフェアゾーンに転がす事が出来ず、最後には空振り三振を喫した。

 雅ちゃんは左バッターである事とバットコントロールに長けている事を活かして攻略を試みたものの、ストレート中心の配球の前にショートゴロに打ち取られた。どちらにもスライダーは投じなかったが、その前にあのストレートがある事が攻略の邪魔になっている。

 

(そりゃそうだ。あれだけストレートを持っていたら並のチームならそれだけでエースになれる。しかもあれで1年生って言うんだから……)

 

 ならば自分はどうするか。

 そう考えたところで前の打席の事を思い出す。

 

『ギュワァンッ!!』

 

 脳裏に浮かんだのはスライダーのえげつない軌道。でも俺はあの球にたとえファウルではあっても当たる事が出来た。

 次こそは、という気持ちが自分を奮い立たせていくのがわかった。

 

 ────絶対にあのスライダーを打ってやる……っ! 

 

 そしてマウンド上の友沢に目をやる。

 彼の表情と口元に薄っすら浮かべた笑みは、

 

「受けて立ちますよ」

 

 ……そう言っているように感じた。

 

『プレイ!』

 

 バットを構える。

 友沢はそれを見届けると、ゆったりと投球動作に入った。およそ年下とは思えない貫禄を感じさせる佇まい。そしてそこから右腕を加速させ、ボールを投じた。

 

『ズバンッ!』

『ストライーク!』

 

 外角へのストレート。

 145km/hを計測した外角への球を見逃し、1ストライク。

 

 カウント球でこの威力だ。これがストレート1本の投手なら失投を待つなど手の打ち方はあるだろうが、友沢にはこれに加えあのスライダーがある。そうなると、ストレートに積極的に手を出していくしかなくなる訳だが……。

 

 それは帝王バッテリーの攻めが今のままである事が前提の話だ。もし試合の後半、もしくは重要な場面でスライダーを多投されるような事になれば……。今の状況でそれを打ち返す事など出来るはずがない。

 

 そう、だからこそ。俺はスライダーに狙いを定める事に決めた。

 この試合での打席すべてを彼のウイニングショットへの攻略に費やすと、それしかないのだと覚悟を決めたのだ。

 

 友沢は2球目もストレートを投げ込んでくる。これには手を出さず、ボールはミットに吸い込まれる。主審がストライクの判定を下し、2ストライクとなった。

 

 ……これでスライダーを投じるカウントは出来上がった。ここからは俺がどれだけスライダーに対応出来るかだけだ。他の球種を使われたら簡単に三振するだろう。しかしそんな事を考えていては食らいつく事すら出来ない。

 

 3球目。

 

『ギュワンッ!』

 

 予想通りのスライダーが真ん中、ホームベース付近から急激に曲がり外角を襲う。

 

「だああっ!!」

 

 俺は来るとわかっていた球種を、それでも辛うじてバットの先端に当てる。打球は力なく一塁線を転がり、ラインの外側に出たところで止まった。

 

『ファウル、ファウル!』

 

「あ、当てたでやんす! 瀬尾君、スライダーを見切ったでやんすか!?」

 

 ……いや、まただ。バットの先に当たったのは、まだ球筋を見極め切れていないからだ。

 

「次こそっ!!」

 

 4球目。

 

『キィン!』

 

 スライダーに対してのフルスイングはまたしてもファウル。

 しかし先程よりも強い打球が一塁側ファウルスタンドへと飛んだ。

 

『この球もファウル。タイミングが合ってきているのでしょうか!?』

 

「いけるッスよ〜! 瀬尾く〜ん!」

 川星さんがベンチの1番前に陣取り、フェンスのクッション部分をバシバシと叩きながら檄を飛ばす。

 

 そして5球目。

 

『ギュウンッ!』

「っ!?」

 

『バシッ!』

 

 キャッチャーが外角へと曲がるスライダーをミットに収める。

 しかし、

 

『ボール!』

 

 今の球はボールの判定。

 これを辛くも見送りカウント1-2。

 

 

『これは際どい! キャッチャーもミットを叩いて悔しがります!』

 

 

「ナイセン! 見えてますよー! 頑張ってー!」

 

 ネクストに控える大空さんの言葉通り、俺はスライダーの軌道を見極めつつあった。

 

 そして6球目。

 

『ギュワンッ!!』

 友沢が投じたボールは今までとは違うコースをえぐった。

 

「インコース!?」

 

「っ!!」

 

 おそらく本人もそこへ投げようとした訳ではないのであろう。ポーカーフェイスを僅かに崩した友沢の手元から離れたボールは、右バッターである俺の胸元へと進んでくる。そして、普通ならそのまま死球となるコースからボールは変化し、ホームベース上へと食い込んでくる。

 

「……ストライクだっ!」

 

 身体にボールが当たると予測すると手が出ないコース。しかし投げミスである事もあってか変化の仕方……曲がるポイントが甘い。

 

「……っだあ!!」

 

『カンッ!』

 

 曲がり鼻を捉えた打球はレフト方向への力ないライナーとなる。

 

「超えろっ!」

 

 この願いも虚しく、打球は遊撃手の定位置から後方に数歩下がったところで掴み取られた。

 

『アウト! 3アウト、チェンジ!』

 

「くっ……!」

 

 アウトが宣告されるまでに一塁へと駆けていた俺は打球の行方を視界に捉え天を仰ぐ。

 そしてベンチに戻ると、

 

「惜しいわねー! もう少し打球に力があればヒットだったわ!」

 

 という小鷹さんからの励ましを受ける。

 

「あのコースは予想してなかったけど、反射的にバットを出せた。……次だ! 次こそ打つよ!」

 

「……よし! それじゃあそこまで踏ん張って、しっかり守りましょう!」

 

 三ツ沢監督が手を『パンッ!』と鳴らしてナインに呼びかける。マネージャーの猫塚さんも、ベンチに座りタオルで汗を拭っていた太刀川さんに「踏ん張りどころじゃよ〜!」と声をかけていた。

 

「当然!」

 猫塚さんから差し出されたドリンクをぐっと飲み干すと、紙コップを力強く置いて背番号1が立ち上がる。

 

「さあ、行こう!」

 

 ☆

 

『帝王実業、この回はクリーンアップからの攻撃です。ジャスミンバッテリーはどう攻めるでしょうか!』

 

(本当に、どうしたものかしらね……)

 

 4回裏は3番の蛇島から始まる。

 次の打者が友沢である以上、塁に出したくはないわね……。

 

『プレイ!』

 

(……これでいきましょう)

 ヒロは私の出したサインにこくりと頷く。

 

『さあ、第1球!』

 

『シュッ!』

 ヒロはサイン通り、初球、外角へボール気味のストレートを投げ込む。それに蛇島は強引に手を出した。

 

『ギィン!』

『ファウル!』

 

 これで1ストライク。

 

 ……蛇島は相当打ち気にはやっている様ね。アイツのバットコンロールならヒットに出来ない事もないコースだったんだろうけど、塁に出るのを優先に考えていたなら普通は手を出さない球だわ。

 

 ……ひょっとして、焦ってる? それともムキになってるとか? 何に対してか……というのは考えるまでもないわね

 

 私はネクストで準備を進める友沢の方を横目で見る。そしてそれに続いてバッターボックスをスパイクでならす蛇島の様子を(うかが)った。

 

 まあ、そりゃあそうよね。少し前までは自分がチームを引っ張っていて、スポットライトも自分に向いていたのに、後から入ってきたヤツに取って代わられたんだもの。自分の方が上だ、自分を見ろってなるのもわからなくもないわ。

 

(こいつ、『自分が特別』っていうか『自分以外なんて』って思ってる感じするし)

 

 そうして蛇島を観察していると、足元に向けられていたはずの視線が、突然……まさしく獲物を察知した蛇のようにこちらを射抜いてきた。

 

「……何を見てるんだ。文句でもあるのか」

 

「いいえ、ただの職業病。仕事をしているだけよ」

 

 直後、『チッ』と私に聞こえるかどうかの舌打ちが聞こえる。

 

 言葉だけではない、全身から立ち上る苛立ち。刺す様な雰囲気。スマートとは程遠いその立ち振る舞いは、意図的だと思うのと同時に、どこか不慣れな、荒々しさを感じた。

 

 蛇島自身、(おおやけ)の場で感情にフタをせず、素の自分を出した経験が少ないのかもしれない。そう、素顔。取り繕う事をしていない姿。

 

『仮面』……というより『化けの皮』。それを剥がされた怒りと、自分が置かれている現状への憎しみ。腹の底にそんなものを持っていてプレイに影響しないはずがない。

 

 ……これは使えるかも。

 

 私は蛇島の感情の揺れを利用すべく、意図を込めたサインを出した。

 

『そしてサイン交換を終え、小鷹さんがミットを構えました!』

 

『ザッ……』

 足を大きく上げての第2球。

 

『ククッ!』

 手元で変化するムービングを外角へ続ける。蛇島はこれを引っ張るもファウル。2球で2ストライクに追い込んだ。

 

(次は……これ!)

 

 3球目に投じられたのは外角へと逃げるスクリュー。

 これは大きく外れてボール。

 

 私は蛇島を横目で見る。

『……ギロリ!』

 

 それに目敏(めざと)く気付くと、蛇島はこちらに睨みをきかせてくる。

 

 ……視線に敏感なやつね。目ぇ合わせてくるんじゃないわよ。

 

 4球目。

 ここはスクリューを続ける。

 先程より空振りを取りやすい、ストライクからボールになる軌道。

 あわよくば、と思ったがバットは止まりカウント2-2。

 

 ……これで『スクリューで打ち取ろうと考えていたが失敗した』と思ってくれたかしら? 

 なら……。

 

(これで決めましょう、ヒロ!)

 

 私の出したサインにヒロは頷き、すっかり見慣れた高々と足を上げるフォームからボールを投げ込む。

 そして。

 

「んっ!!」

 

 ヒロが投じた、全力のストレート。

 それがそれまで一貫して攻めていた外角の対、内角高めへと唸りを上げ向かう。

 

「っ!?」

 

 予想外の球に、振ろうとしたものの間に合わなかったスイング。それを尻目にボールはストライクゾーンを通過しミットへと収まった。

 

『ストライク! バッターアウト!』

 

『おっと太刀川さん! 先頭の蛇島君を三振に切って取りました!』

 

「よし!」

 見逃し三振で1アウト。

 

 私は「ナイスボール!」とバッターの裏をかいた快感を隠しながらヒロへとボールを投げ返す。

 

「くっ……!」

 蛇島は振り抜く事が出来なかったバットを苦々しい表情で握りしめると、マウンドに立つヒロを睨みながらベンチへと戻っていった。

 

 ……悪いわね、蛇島。ここまで術中に(はま)ったんなら、アンタはもう怖くないわ。

 

 外角の球を無理して引っ張った時点で勝負あり。元々が広角に打ち分けるタイプ……築き上げたスタイルがそうなのに、それに逆らうような強引なスイングをした。つまり……『今まで』のアンタと『今』のアンタは、まるっきり噛み合ってないのよ。

 それじゃあヒロと私のバッテリーは攻略出来ないわ。このまま、この試合は眠っててもらうわよ。

 

 まあ、これで一段落……とはいかないけどね。

 

『4番 ピッチャー 友沢君』

 

 このコールに歓声が上がり、客席からの2打席連続での本塁打を期待する雰囲気を嫌でも感じさせられた。

 そしてそれと共に友沢がこの日2回目の打席に入っていく。

 一方、ヒロはその姿をじっと見つめていた。

 

 ……やっぱり勝負したそうね、あの子。私としては避けたいんだけど……。

 

 普通に考えて友沢とは、この打席を含めてあと3回は対戦する事になる。そのいずれでも勝負を避ければ確かに、大ケガはしないだろうけど……。

 

 私はマウンドで、どこを攻めてやろうか、どう抑えてやろうかと張り切るヒロの姿を見ながら考えを改める。

 

 勝負を避けよう、その方がチームの勝ちに繋がる……っていう発想が、逆にあの子のパフォーマンスを下げてしまうかもしれない。

 だってそれは、私のリードでヒロが打たれるのが辛いっていう、そんな思いを私がしたくないから出てきた考えで。

 本当にヒロの事を思っての選択ではないから。

 

『あの子なら勝負を恐れないでしょう?』

 

 自分への問いかけに頭の中で「もちろん」と答えた直後、思わず笑みがこぼれた。

 

 そりゃそうよね。

 ヒロは闘志(きもち)で投げるピッチャーなんだから。

 

 ピッチャーの個性は色々あるでしょう。

 それでも……投手と捕手が組んで、初めてバッテリーになる以上は。

 

 冷静な、氷のような投手なら溶け出さないよう冷やしてやる。

 風の様な、飄々とした投手なら、それが滞らない様に自由にしてあげる。

 

 そして……。

 それが闘志の炎なら薪をくべてやるべきでしょう! 

 

 私が初球のサインを出すと、ヒロは一瞬驚いた様な顔を見せる。

 そしてそれはすぐに喜びの笑みに塗り替えられた。

 

『第1打席ではライトへホームランを打たれたジャスミンバッテリー。ここではどういったピッチングを見せるか。注目の第1球!』

 

『ビュンッ!』

 

「……っ!」

 ヒロが放ったまっすぐは友沢の胸元をえぐる。

 内角いっぱいに決まるストライク。

 

 〜〜っ!! 

 最っっ高の球よ、ヒロ! 

 

『初球はインコース! 

 強気に攻めます、ジャスミンバッテリー!』

 

 強気……そう、強気に行くわっ! 

『とにかくインコースにストレート、ストライク・ボールは二の次』っていうサインでヒロはストライクを取ってくれた。

 これで一気にやりやすくなったわ! 

 

 2球目。ここは変化球よ! 

 

 そうして構えたミットに投じられたボールが弧を描いて迫る。

 インコースへのカーブ。これはストライクになる! 

 

 これに対し友沢は左の脇を締め、身体の開きを堪える。そうして緩急に崩される事なく強振でボールを引っ張った。

 

『ギィィンッ!』

 

「レフト!」

 

 私はマスクを外し、打球の行方を目で追った。友沢が放ったライナーは弾丸の様に加速しながら、レフトのポールの左側に飛び込む。

 

『ファウル!』

 

 これで2ストライク。カウント0-2となった。……追い込んだ気は全然しないけどね。

 

 私は主審に新しいボールを貰い、何度か手でこねた後ヒロに投げる。

 

(……あ〜怖っ! あれをライナーで外野まで運べるなんて驚きね)

 

「……」

 

(そして相変わらずの仏頂面……か)

 

 さてはこいつ、弱点ないわね? 

 

 笑えてくる程に憎たらしい一年坊主に一瞥をくれてやってから、頭を再び配球の事に切り替える。

 

 ……初球は文句なしのインハイ、ストレートで1ストライク。

 2球目も悪くない、インローへのカーブだったけど嫌な当たりのファウルだった。

 でもボール球はあと3球使える。その使いどころを考えなくちゃ。

 

「……」

 

『スッ……』

 私が出したサインに頷いたヒロは3球目を投げ込む。

 

『シュッ……グググ!』

 

 ここはカーブを続けた。

 先程よりもやや低めの球を友沢は平然と見逃す。1ボール。

 

 ……さっきいい当たりを打った球種でも外れれば追いかける素振りもなし、か。

 

 2球緩いボールを見せた後でストレート……は分かりやす過ぎるわよね。

 なら、シュートかスクリューあたりを外に投げさせたいけど……。

 

 4球目。

 ここは敢えてのカーブ連投よ! 

 コースは低くなくていいから、ストライクの高さで内に外して! ヒロ! 

 

『シュッ!』

(よし!)

 注文通りのボールがミットに収まる。

 

『ボール!』

 

 友沢はこれも見逃して2ボール。

 

 だけどそれでいい。

 

 緩急入り混じっての4球連続インコース。その内3球がカーブという状況。バッターの頭の中は『次は外』って意識はもちろんあるはず。

 でも1球目の最高の球のおかげで、インハイの残像も残ってるでしょう? 

 

 じゃあ、次はこれよ! 

 

『さあ、2ボール2ストライクからの、勝負の5球目です! 』

 

「……っぁあ!」

 

 ヒロは全力で腕を振るう。

 そして投じられたボールは手を離れた瞬間に、高く、抜けるように上がり、そこから弧を描いた。ここでインコースのカーブを続けたのだ。

 

(これは頭になかったでしょ!? おとなしく空振りしなさい!!)

 

『ザッ……!』

 帝王の4番は足を踏み込み、流れそうなるスイングを腰の粘りで抑えながらこれを迎え撃つ。しかし体重移動が完璧ではないスイングでは飛距離は出ない。

 

『カンッ……!』

 

『サードの大空さん、定位置から下がって……今、捕りました! ……アウト! ジャスミンバッテリー、ここはサードフライに抑えた!』

 

「よしっ!!」

 ヒロが左手で握り拳をつくり喜びを表す。

 そして「ナイスリード!」というヒロの声に、私は「2アウト!」と応える。

 

 勢いに乗ったヒロは続く5番バッターを左右のコンビネーションで揺さぶり簡単に三振を奪うと悠々とベンチへと歩き出す。

 

「ヒロ、ナイスピッチング!」

「そっちこそ! ナイスリード、だよ!』

 

 そして。クリーンアップを見事三者凡退に抑えたヒロと、未だ得点圏へのランナーを許していない友沢。この2人の好投により試合は投手戦の様相を呈していった。


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