実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

66 / 72
第65話 『彼の武器』

甲子園2回戦を終え、各チームが休養日を迎えた朝。

 

「な、何ぃぃぃっ!!?」

 

早朝の静寂を破るように突然上がった驚きの声。

その声の主である自身の兄に対し、兄と同じ色の髪を後ろで結び、彼とは真逆の柔和な表情を浮かべた少年が声を掛ける。

 

「どうしたの、兄さん?

そんなに大きな声を出して…」

「進!

丁度いいところに来た!これを見てくれ!」

 

進と呼ばれた少年は、兄でありチームの…あかつきのエースである猪狩 守が差し出してきた携帯を受け取り、表示されていた画面を眺める。

 

「え〜っと…何々?」

 

『愛の結晶!

大好きな彼女達と創り上げた()()()()()()()()!!』

 

…といういい意味でキャッチーな、一歩間違えば下世話と捉えられかねないタイトル。

それとは対照的な充実した内容と読ませる文章は、これを書いた記者の力量を感じさせた。

 

「どうだ進、それを読んでお前はどう思った…?」

「どうって…。うーん…。

……瀬尾さんもすっかり人気者だな〜…とか、全員が一丸になっていていいチームだな〜…とかかな?」

 

進はわざとらしく笑顔を浮かべると危険なラインを避けた当たり障りのない言葉を口にする。

しかしその答えが適当ではなかったのか、守は心なしか震えながら、そして怒気を含んだ声で発した。

 

「……だろ」

「えっ…?」

「違う!そこじゃないだろう!」

 

「ご、ごめん、兄さん…」

やはりゴシップ感の漂う見出しや記事のテイストが気に入らなかったのだろうか。

瀬尾さんは兄さんが唯一のライバルと認めている人だから…。

 

そんな兄の胸中を(おもんぱか)る弟の思い。

しかしその兄から飛び出してきたのは想像していたものとは真逆のものだった。

 

「ジャスミンボールだと…?

フッ…なかなかのネーミングじゃないかっ!!!」

 

「…………はい?」

呆気に取られる弟を置き去りに守はまくし立てるように話し続ける。

 

「聖ジャスミンのメンバーの協力があって完成した球だからジャスミンボール…。

安易な名付け方ではあるがそこにはドラマが、ロマンがある!

そうは思わないか、進!」

「は、はあ……」

「それに、中学時代から決め球がないと自分で話していた瀬尾がメディアが注目するようなウイニングショットを投げるようになるなんて…。

ボク以外に誰が予想出来ただろうかっ!?」

 

そう言うと守は自身の言葉を更に肯定するようにうんうんと頷いた。

 

「ああ、そっちの方か…」

それを見ていた進がそう呟くと、守は首を傾げる。

 

「…?

どういう事だ?」

「いや、僕はてっきり記事の内容について怒ってるのかと思って」

「ああ…。

確かにこの大畠という記者は、以前にゴシップ誌で瀬尾の事を書いた記者だ。

しかしその件は解決したと聞いている」

「そうなんだ…」

「…というか調べた」

「調べたんだ!?」

「そしてそれを経てこの記者も改心したのだろう。

この記事の中には瀬尾を否定する文言はない。

それどころか瀬尾の実力を正しく捉え賞賛する内容となっている。

ならば怒る理由もない」

 

そして、

 

「まあ、タイトルに関しては思うところがない事もないが…こういった記事はまず目に留まり読んでもらわなければ始まらない。

そのためのフックであるタイトルが際どい表現になるのは理解出来る。

今回のものも決して上品な表現ではないが、まあ…何とか許容出来る範囲内と言えない事もないだろう」

 

と一定の理解を示した。

 

「それにしても…」と守は続ける。

 

「オリジナルの球種か…」

「ひょっとして兄さん、羨ましいとか思ってる?」

「ば、バカ言うな!そんな事はない!」

「…ならいいけど。

兄さんが何と言おうと()()()のお披露目は当分先だよ?

この甲子園期間内は確実にない、投げるなって監督も言っていたじゃないか」

「…わかっている」

「それに兄さんには()()()よりも先に実戦で試すべきボールがあるでしょ?

それこそ瀬尾さんのジャスミンボール…あれに影響を受けて練習に取り組んだボールが」

「ああ、そうだな」

 

守はそうやって頷いた。

聖ジャスミンとの練習試合…瀬尾との対戦で身をもって感じた、『落ちるボール』の有効性。

それをストレートを最大の武器とする自身のピッチングに加える事が出来れば…。

そう考え練習に取り組み、習得したボール。

それを甲子園終盤で実戦投入しようと考えていたのだ。

 

しかしそれで十分だろうかという思いが彼の中に芽生えていた。

あかつきとジャスミンが対戦するとすれば決勝しかない。

ジャスミンがそこまで勝ち進む事が出来れば、そのチーム力は間違いなくあかつきの脅威となるだろう。

そして…例えば、決勝の試合終盤、僅差で勝っている場面。

ランナーの出塁を許して打席に瀬尾を迎えたとして、今の自分に彼を確実に打ち取る力は果たしてあるのだろうか。

 

もちろん自分の実力に匹敵するような者はいないという自信はある。

己を研鑽する姿勢も出した結果も並ぶ者はいないと。

だが彼だけは別だと守は感じていた。

彼の成長速度、そして『ゾーン』に入った時の人並み外れたパフォーマンス。

それを目の前にして、まだこの自信は自分の中にあるだろうか…と。

 

『その時が来たら…全ての力を注ぎ込むしかないだろう。

そう、()()()に』

 

まるで、母親の言葉に表面上は従いながらも心で舌を出す子供のように。

守は弟の言葉に同調しながらも、口元に不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「ジャスミンボールぅ〜?

エラいトンチキな名前付けたなあ、瀬尾のやつ」

 

無精髭を生やし頭に白いタオルを巻いた男が、椅子に深く腰掛けもたれかかりながらスポーツ新聞を手にのんきな声を上げる。

中年と見紛うような外見をしているが、まだ18歳の高校生であり、更に言えばドラフト候補にもなっている好投手でもある。

 

彼は阿畑 やすし。

ナックル系のオリジナル変化球、アバタボールで無名のチームを夏の予選決勝…甲子園まであと一歩のところまで導いた男だ。

 

そんな彼は今…。

 

『ジュー!ジュー!』

 

自宅で1人たこ焼きを焼いていた。

 

()()()、全然来ぇへんな〜…。

せっかくの焼きたてやし…ワイが食うたろ!」

 

阿畑が容器から爪楊枝を取り出し、鉄板の上で程よい焼き具合となったたこ焼きに突き刺す。

そしてそのまま、(かぐわ)しいソースの匂いを漂わせる球体を一口で頬張った。

 

(これは…我ながら上出来や!特にこの食感!

正に、カリッ…!フワッ…!)

 

「あんた、何を先に食うてんねん!」

『バチンッ!』

 

「痛ァァァッ!!?」

 

自らが焼いたたこ焼きを堪能しているところを、不意に飛んできたツッコミが後頭部を直撃する。

そして、謝罪をしているかのように勢いよく下がった頭の丁度眉間のところに、手にしていた爪楊枝が突き刺さった。

 

「ぎゃあああっ!!

だ、誰やぁぁぁっ!!?

どこのどいつやぁっ!?こんな事するやつはぁぁあ!?

どこの世界にたこ焼き食うてて眉間から血ぃ流すやつがおるんじゃあああ!」

「何やアンタ、大袈裟やなぁ。

アレか?自分で自分を始末してんのか?

必殺仕事人なんか?」

「誰が仕事人や!

こんな大量生産の爪楊枝が武器の仕事人がいてたまるかぁあっ!」

 

そう絶叫しながら阿畑が振り返ると、そこにはその惨状を眺めながら冷めた表情を浮かべる少女の姿があった。

 

「…って、あ、茜っ!?」

 

「やっちん……あんた…」

阿畑の幼なじみであり、この夏まで野球部のマネージャーでもあった芹沢 茜は彼の顔をまじまじと見つめると小首を傾げた。

 

「頭に爪楊枝刺さってるけど…大丈夫?」

 

 

「やっちん、あんた寄り目なってんで?

何?刺さってる爪楊枝見てんの?」

「やかましわ!

そっと抜け、そ〜っとやぞ!」

 

手鏡で見た自身のヴィジュアルに卒倒しかけた阿畑は茜に事態の収拾を頼んだ。

簡単に言えば、触るのが怖くて自分では出来ないから眉間の『これ』を抜いてくれと頼んだのだ(刺さる原因となった彼女に『頼む』というのもおかしな話だが) 。

 

「じゃあ…いくで!」

その頼みを引き受けた茜は、銃弾を掴むような精密な動きで爪楊枝を少しずつ引き抜いていく。

そして…。

 

「お〜っ!抜けた〜っ!」

 

爪楊枝の先端が離れたその時、眉の間に出来た小さな穴から赤い滴が滲んだ。

 

「あっ!?」

『ぐいっ…!』

茜は素早く自身の人差し指で傷口を圧迫止血した。

この動きを見て自身の眉間に起きた異変に阿畑は気付いた。

 

「おい、茜…お前これ、血ぃ出てるんやないやろな…?」

「んーん?……出てへんよ?」

「じゃあお前、指離してみい?」

「えっ…でも…」

「ええから、離してみ?……な?」

 

先程より少し優しくなった口調に、茜は頷くと指を離す。

そして阿畑の顔面は眉間を起点に下に伸びた赤い直線によって2つに分けられた。

 

「……やっぱり、血ぃ…出てるやん?」

 

 

「……で?

何でお前は約束の時間に遅れたんや?」

阿畑は眉の間に貼られた絆創膏を指でさすりながら尋ねる。

 

「へー?はにひにっへはんは、ひはっへふはんふぁー!」

「お前…口ん中のたこ焼き食い終わってから喋れや…」

 

『ゴクン!』

「う〜ん、あんまり美味ないな〜。

食感はなかなかやけど、肝心の味がイマイチや」

「あのな…。

今日は自主練やから忙しいし(おご)ったる金もないって言うたのにそれでもお前が「飯食わせ〜」ってうるさいから作ったったのに、文句言うなや」

「でもやっちん、たこ焼きよ〜作ってんのに全然美味しくならへんやん!

「今度は美味いって言わせたる!」って言うてたから期待してたのに!

…って、それはどうでもいいんやけど」

「…いや、ええんかい!」

 

「時間に遅れたんは、これを買うてたからなんよ」

茜はガサガサと書店の名前が書かれた袋の中に手を入れると、一冊の本を取り出した。

週刊パワフル・ベースボールと書かれた本の表紙には小さく阿畑の投球時の写真が使われていた。

 

「おおっ!ワイが写ってるやんか!」

「やっちん、ホンマにプロになれるかもわからんな!」

「アホ!なるに決まってるやろ!」

 

阿畑は上機嫌でページをペラペラとめくる。

巻頭のあかつき大附属の『黄金時代』を築いた選手達のインタビュー記事を「エリート連中が喋ってる事なんて興味ないわ!」と飛ばし、自身の評価が書かれたページを開いた。

 

「何々…?

『阿畑 やすし。自らの名を冠した『アバタボール』と自称する落差の大きいナックル系の変化球が武器。

球速、制球力も標準レベルのものを備えており飛躍が期待される』…か。

なかなか見る目あるやん!」

 

そして文章を目で追っていくと、ある一文で目が止まった。

 

『ただ調子に乗りやすいところがあり、落ち着きがない。

もう少し年相応の言動、態度を心掛けたい』

 

「何じゃぁぁあ、こりゃぁぁあっ!!?

小学生の通信簿かっ!?

担任の先生気取りか、こらぁぁっ!!」

 

阿畑は青筋を立てて怒りを(あらわ)にする。

それを見て茜はケタケタと笑っていた。

 

「あ〜っ!腹立つわ!!

他にええ事は書いてないんかっ!?」

 

ページを高速でめくっていくが、それ以降は阿畑の『あ』の字もなく最後のページを迎える。

そして唸り声を上げていたところで、そこに書かれていた次号の予告が視界に入り、冷静さを取り戻した。

 

「…ん?来年のドラフト候補一覧…?

おっ!瀬尾の名前もあるやんけ!」

 

そこには猪狩 守の写真が大きく使われていたが、その手前の目に付くところに瀬尾の写真が配置されていた。

 

「ああ、瀬尾君か。

あの子もやっちんみたいにオリジナルのボール投げるんやろ?

ネット記事で見たわ」

「おお、新聞にもでかでかと書いてあったわ。

ジャスミンボール…聖ジャスミンのみんなの為のボールやってな」

「え〜っ!素敵やん!愛を感じるわ!」

「そーかぁ?」

「うん、やっちんのアバタボールよりは何倍もええんちゃう?」

「何〜!?シンプルでええやろ、アバタボール!」

 

「いや、ジャスミンボールもシンプルな名前やん…」

茜はやれやれと首を横に振ると、

 

「あたしが言うてんのは心意気の話!

やっちんはオリジナルボールの名前、自分の名前から取ってんのに瀬尾君は学校の名前からやん!

それもみんなへの感謝があるからやろ!スケールが違うわ!」

 

と追撃を加えた。

 

「ほ、ほんなら名前付ける時に言えや!

お前にも相談したやろ!

アバタボールとタコヤキボール、どっちがええかって!」

「どっちもどっちやわ!!」

 

間髪入れずにツッコまれた阿畑は、悔し紛れに言い返す。

 

「〜〜〜っ!!

ほんなら改名したらぁっ!!

感謝してるやつの名前入れたらええんやろ!

なら『アカネボール』でどうやっ!!

オリジナルのボールは自分の子供みたいなもんや!

大事な意味のある名前しか付ける訳にはいかへん!!

それに自分の名前を使ってもらえたら嬉しいやろうがっ!!!」

 

一息でこの長文を言い切り、失われた酸素を深い呼吸で取り入れる。

その間に冷静さを取り戻した阿畑はハッと我に帰った。

茜が顔を俯き加減にしていたからだ。

 

「す、すまん茜…。

つい悔しくて大きな声出してしもた…」

「……ら、……わ」

「えっ…?」

 

「感謝してるとか大事なんて言われたら、あたし…恥ずかしいわ」

「………えっ?

あっ……おう………すまん」

 

 

静かになった室内で、ジュージューとたこ焼きの焼ける音だけが響く。

ソースとマヨネーズが鉄板で熱されたからだろうか。

2人の周りにはどこか甘酸っぱい匂いが立ち込めていた。

 

 

 

 

 

 

「…恵二、あの記事は少し盛り過ぎじゃないか?」

 

スポーツ記者の大畠 耕一は弟の恵二が書いた記事を見ながらそう呟く。

 

「いいんだよ。

これくらいしないと世間の連中は光輝に注目しないだろ。

それに嘘は書いてないからな!」

「確かに嘘はないが…」

「兄貴、俺は開き直ったんだよ。

俺は俺の出来る方法で、文章で、野球の面白さを伝える。

どれだけ文章に品がなくても、野球好きの心に届く記事を書こうってな。

…何、あいつが名実ともにスター選手なったその時は兄貴が光輝の記事を書けばいい。

俺はそこまでの繋ぎでいいんだ。

格式高い文章なら兄貴の方が得意だろう?」

 

耕一は「ふぅ…」とため息をつく。

しかしその表情はどこか嬉しげだった。

これが、この不器用なやり方が、恵二なりの応援であり…贖罪(しょくざい)であると理解していたからだ。

 

しかし……。

 

「それにしてもジャスミンボールというのはなくないか?」

「そうか?俺はいいと思うんだけどなあ、ジャスミンボール。

だってジャスミンって、あいつみたいだろ?」

 

 

 

 

ジャスミンの花は夜に咲く。

人目のないところで白い花びらを開き、月の光を浴びる。

月しかその姿を見る者がいない静かな夜に、でも確かに咲いている。

そして特有の甘い香りが風に乗って漂ってくる事で、人はようやくその存在に気がつくのだ。

 

ジャスミンの仲間はつる植物であり、支柱が必要となる。

だが支柱さえ、支えになるものさえあれば。

人の背丈を軽く超える程の高さまで伸び、成長していく。

 

…かつて名選手、名監督として野球界に多大な貢献をしたある偉大な野球人は、自らの事を月見草に例え、眩い光を放つ同年代のスター選手の事を向日葵に例えた。

 

猪狩 守は間違いなく『向日葵』の系譜だろう。

明るい日差しの下で華々しく咲き、見る者を魅了する。

類稀なるスター性の持ち主だ。

 

だが瀬尾 光輝という男は月見草というより 茉莉花(ジャスミン)に近いと思う。

ひっそりと夜に咲き、香りだけを運ぶ、真白の花。

そして支えられればその分だけ、応えるように、伸びやかに。

大きくなっていく姿を見て、いつの間にか…こちらから支えさせて欲しいと、そう願ってしまうのだ。

その人を惹きつける力が、彼の本当の武器なのだろう。

 

 

 

 

「……何だ、恵二。

お前も上品な文章、書けるじゃないか?」

 

耕一は机の上に散らばった走り書きの文章を見てふっと笑った。

 

「あっ、それは自分でボツにした原稿で…っ!?

……いや、俺もやれば出来るんだ。

どうだ、上手いもんだろ?」

 

それから、兄弟はどちらからともなく笑い出した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。