実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第63話 甲子園 2回戦 VS流星高校 ③

「みんなー!

打たせていくからよろしくねー!」

 

4回表、満を()してマウンドに上がった背番号1がバックへと声をかける。

前のイニングで爆発したジャスミン打線は大空さんのホームランもあり5-2と逆転。

流星に傾きかけたムードを4番の一発で引き戻していた。

 

『4番が大仕事をした直後、チームのエースに出番が回ってきました!

マウンド上、エースの太刀川さんが遂に登場です!

そしてマスクはそのまま瀬尾君が被ります。

こちらも先程までのバッテリーと同様、公式戦初の組み合わせとなります。

普段は先発と抑えとしてチームを勝利に導くWエース、今回はバッテリーとして流星打線に相対します!』

 

「太刀川さん、よろしくね」

「こちらこそ。

あたしの球は小さく動くけど大丈夫そう?」

「うん、捕れなくても身体で止めるよ!」

「…よし!任せた!」

 

太刀川さんは親指を立て白い歯を見せて笑った。

それからロジンバックを取ると手の上でぽんぽんと跳ねさせる。

マウンドの付近にはロジンの粉が舞っていた。

 

先程までマウンドに立っていた夏野さんは本職のセカンドに、それまでセカンドを守っていた小鷹さんはユーティリティ性を発揮しレフトのポジションに入っている。

…そして、太刀川さんの投球練習が終わった。

 

『普段先発を務めている太刀川さん。

不慣れなリリーフとしての立ち上がりはどうか?

4番バッターへ向かっての注目の第1球!』

 

『シュッ…ズドン!』

 

「くっ…!?」

ミットの中で暴れるようなムービングボールに思わず顔をしかめる。

やはりと言うべきか、打席で見る球筋とは受ける印象が異なっていた。

バッターボックスでは目で追える時間が短く予測で打つため、気付かぬうちに芯を外されるイメージだった。

しかし捕手目線でのこの球は、曲がる事が分かっていてそれが捕球の直前で訪れる、鳥肌が立つ程に恐怖を感じるボールだ。

 

これ程近いところて変化するのか…!

目を切ったらこぼすどころか逸らしかねない。

こんな球を涼しい顔で捕るなんて真似、俺には出来そうもないな…。

 

レフトを守る小鷹さんに目をやる。

彼女のキャッチングは、努力はもちろんだが天性のセンスがあってこそのものだと自分が捕手をやってみて改めて感じた。

 

しかし、そうでない自分は不格好でも食らいついていくしかない。

 

「さあ、来い!」

女房役でありながら挑むような気持ちでミットを構える俺の姿に、太刀川さんは口元に小さく笑みを浮かべる。

そして、また俺を苦しめるようなストレートを投げ込んできた。

 

『ブンッ!』

『空振りで2ストライク。

あっという間にツーナッシングに追い込みました!』

 

(このストレートならいける…!)

 

俺は2ストライクからの3球目に直球をストライクゾーンに要求する。

それに太刀川さんは頷くと投球動作に入った。

 

『ザッ…ビュンッ!』

 

そうして投げ込まれたストレートは直前の2球と威力が違った。

 

『バシン!』

『ストライク!バッターアウト!』

 

「……っ!」

ミットをはめた手が痺れる。

これが太刀川さんの三振を奪いにいった球。

 

「よし、1アウトだよ!」

 

…聖ジャスミンのエースのボールか!

 

「どこが『打たせていく』よ…!

三振取る気満々じゃない!」

 

小鷹さんは「やれやれ…」と、しかし嬉しげに呟く。

その言葉の通り太刀川さんは力投を見せ、この回を三者連続三振に打ち取った。

 

 

『アウト!

3アウト、チェンジ!』

 

『3番の瀬尾君、ショートゴロに打ち取られ3アウト。攻守交代です』

 

「瀬尾、早く準備して!

ピッチャーを待たせるんじゃないわよ!」

 

4回裏の攻撃で3アウト目のバッターとなった俺は、続く5回の守備のために急いで捕手の防具を取り付ける。

先程まではバッターボックスに立っていたのに、すぐにキャッチャーとして準備を整えて守備に就くというのはなかなかに忙しなく、気持ちの切り替えが難しい。

 

と、そこで小鷹さんがこれからの試合展開について、自身の考えを話し始めた。

 

「いい、瀬尾?

ヒロはさっきの回、相手を圧倒する投球を見せたわ。

だから相手打線は攻め方を変えてくるはず。

先頭バッターの反応で流星ベンチの考えを読み解きなさい」

「う、うん…」

「大丈夫!今日のヒロなら心配いらないわ」

 

そして頼もしい言葉で俺を送り出す。

 

「捕手は投手を乗せるのが仕事よ。

でもね、バッテリーはいつもその関係でいられる訳じゃない。

逆に投手が捕手を乗せてくれる事もある。

いや…その方が多いかもしれない。

だから、大船に乗ったつもりで、どんと構えてなさい」

 

そして「大丈夫」と繰り返すと優しい笑みを浮かべてこう言った。

 

不安になったら前を向きなさい。

頼もしいエースと、アンタの仲間の顔が見えるから。

 

……と。

 

 

そして5回の表、流星の攻撃となる。

 

『ザッ…』

ジャスミンの内野陣は変わらず前進守備を取る。

 

ここまでの流星打線は、前進守備により広がったヒットゾーンを狙いヒッティングで間を抜こうとするよう攻め方を続けていた。

内野陣に合わせ外野も前に出ているので明らかなポテンヒットは出ないものの、そちらの方が安打を打てる確率が高いと踏んでいたのだろう。

 

しかし小鷹さんの予想通り、4回の太刀川さんの圧巻のピッチングを目にしたからか、流星打線の投球へのアプローチが変わった。

 

『コンッ!』

 

「なっ…!?」

バントで転がしてきた打球は三塁線ライン際を転がる。

そして…。

 

『…ファウル!

ストライクスリー、バッターアウト!』

 

『スリーバント失敗で三振!

これまでは見られなかったバントの構えを見せてきましたが、太刀川さんの球威に押されてフェアゾーンには転がせませんでした!』

 

(3球連続でバントを仕掛けてきた…!?

内野安打狙いにシフトしてきたか…?)

 

失敗覚悟で仕掛けてきたスリーバントは大空さんの猛チャージ、そして太刀川さんの力あるまっすぐによって阻止する事が出来た。

 

『プレイ!』

 

打席には8番が入る。

ここでも正攻法はないはず。

だが太刀川さんの球威であれば小細工をするのも簡単ではない。

彼女のボールを信じて強気に攻める…!

 

『ズバーン!』

『ストライク!』

 

太刀川さんのストレートを受けたミットが快音を鳴らす。

初球をバッターが見送り、1ストライク。

普通に構えたまま、打つそぶりもなくストライクになる球を見逃した。

ある程度こちらの頭にセーフティバントがよぎっている状況でも狙っているとしたら早いカウントから仕掛けてくるだろう。

それで動きがないというのは…。

 

いや、深読みをしてせっかくのストライク先行のカウントを崩すのは好ましくない。

相手はそれを狙っているのかもしれないしな。

 

(太刀川さん、もう1球だ!)

 

これに彼女も頷き、ストレートを投げ込んでくる。

 

「んっ!」

手元で変化する荒々しいムービング。

これにバッターはバントの構えを見せたが空振り。

2ストライクとなった。

 

「……」

相手の攻めが読めなくなってきた。

初球は見逃し、2球目はバント空振り…?

作戦が一貫していないのか、それとも判断は各々のバッターに任せているのか…。

 

だがこれで追い込んだ。

こちらが圧倒的に有利な状況だ。

まだボール球も投げられるし、バッターも対応出来ている様子はない。

ここは走っているストレートを全力で投げてもらう。

 

「…んんっ!!」

決め球のストレートは高めへと勢いよく進む。

バッターはこれにセーフティバントの構えを見せた。

 

このまっすぐをまともに転がせるはずがない。

その動きを視界に捉えながら、俺はそう確信した。

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

勢いを殺したゴロを転がすために寝かされたはずのバットが、『すっ』と最初の構え…トップの位置まで起こされる。

そしてそこから鋭く振り抜かれた。

 

『キィン!』

「バスター!?」

 

打球は一二塁間に飛ぶ。

ヒットを覚悟した、その時。

聖ジャスミンの中で最も小柄な一塁手が大きな跳躍を見せた。

 

「おりゃゃあッスー!!」

 

そして彼女は打球を空中でファーストミットに収めると、頭からグラウンドに滑り込んだ。

 

「か、川星さん!?」

 

帽子を落とし、ユニフォームを土色に染めながらも彼女が掲げたミット。

その中には確かに、そしてしっかりとボールが掴まれていた。

 

『アウト〜!』

 

「ナイスキャッチ、ほむほむ!助かったよ!」

 

太刀川さんのこの言葉に川星さんは帽子を拾い上げ、それを被り直しながら笑顔で応えた。

 

これで2アウト。

そしてバッターボックスには阿久津に代わってマウンドに上がっていた2番手投手が入った。

この選手も俊足ではあるだろうが、阿久津程は走力を警戒をしなくて済む分こちらとしても気が楽だ。

この回も3人で終えられるだろう。

 

初球。

そんな安易な考えで要求したボールが打ち返された。

 

『カーン!』

打球はマウンドに向かって飛ぶピッチャー返しとなった。

 

「このぉお!」

左足側のマウンドの傾斜に当たって減速した打球に対し、サウスポーの太刀川さんは投げ終わって自由になった左足を伸ばして止めようとする。

 

「くっ…!」

 

そのままセンター前に抜けていくはずだった打球は、爪先に当たってマウンド後方に力なく転がる。

それに対してセカンドの夏野さんが前進して素手でボールを掴んだ頃にはバッターランナーはベースを駆け抜けていた。

 

「タイム!」

俺は主審にタイムをかけてマウンドに向かう。

 

「太刀川さん、足…大丈夫!?」

 

この言葉に太刀川さんはボールの当たった左足でマウンドを何度も踏みしめると「うん、問題なさそうだよ」と返した。

と、そこに、

 

「怪我はないのねー!?

心配させないでよ、もーーっ!!」

 

怒りと安堵が半々といった様子の小鷹さんの声が飛び込んできた。

レフトというマウンドから遠い守備位置のため詳細を直に確かめられない分、心配も大きかったのだろう。

それが声量と声色にも表れていた。

 

そして俺はキャッチャーズボックスに戻った。

2アウト、ランナー1塁の場面。

 

(やっぱり走ってくるよな…?)

 

打順が先頭の1番に戻ってきての、第1球。

想像通りランナーが動いた。

 

『バシッ…ビュンッ!』

ボール球を捕球しセカンドへと送球する。

しかしランナーを刺す事は出来なかった。

 

『セーフ!』

『盗塁成功!

2番手投手でも塁に出ればランナーとしては一級品!

流星高校の野球哲学を垣間見たシーンでした!』

 

…これで流星高校の得点パターンに入ってしまった。

セットポジションになって球威が出にくい分、下手なリードは出来ない。

でもこの回はもう2アウト。あと1アウトを取ればチェンジだ。

 

(球威が落ちるなら他の球種で攻める…!)

 

2球目。

確実にストライクを取るために選んだ、弧を描くように曲がるカーブ。

思惑通りバッターはこれを見逃した。

 

カーブはファーストストライクからは打ちにくい球種。

しかしランナーにとってそのスピードと軌道は絶好のチャンスとなった。

 

『ザァッ!』

『おおっと〜!三盗成功です!

チャンスが広がり、内野安打はもちろんパスボールも許されない状況になりました!』

 

「くっ…!」

二盗に続き三盗まで…!

これじゃ何のために俺がマスクを被っているかわからないじゃないか!

 

エースがマウンドにいる状況でそれに釣り合わない自分が情けなく思え、途端に冷静さを失う。

 

(と、とにかくバッターを抑えないと…!

カーブの次は反対の軌道のシュートで…)

 

「……」

 

そうして出したサインに太刀川さんは首を振った。

 

「えっ…?」

 

(じゃあこれ?それともこれか?)

 

俺が出した変化球のサインに次々と首を振り、彼女が選んだのはストレート。

それに俺が従う形で球種が決まり、十分な間を置いてから太刀川さんがそれを投げ込む。

 

『ギュンッ!』

 

唸りを上げるストレートにバッターは空振り。

その球威はセットポジションで投げられたとは思えない、ミットを突き刺すような、捕るのに痛みを伴うようなボールだった。

 

次のボールも太刀川さんが球種を選択し、投球動作に入る。

そうして放たれた全力のまっすぐにバットは擦りもしない。

 

『ストライク!バッターアウト!』

 

『三振〜!

ピンチを自慢のストレートで切り抜けました!

流星高校、無得点です!』

 

 

そして俺達はベンチに戻る。

 

「……」

自分の役割を果たせず落ち込んでいると、誰かが声をかけてきた。

 

「あ、あの…」

「えっ…」

 

目線を向けた先にいたのは、先程のピンチを自らの力で切り抜けた太刀川さんだった。

 

「さっき瀬尾君のサインに首を振っちゃってごめんね…?」

「いや…」

「でもあれはサインが嫌だったとかじゃなくて…。

あたしが不器用でクイックが上手くないから許した盗塁…作ってしまったピンチだったから何とかしたいと思ったんだ」

 

彼女は俺を気遣いながら自分の考えを話している。

…こんな事を言わせてしまうキャッチャーがいるだろうか?

グラウンドでは力になれず、その外では気を使わせてしまうなんて…。

 

「当たり前じゃないっ!!」

 

突然飛び込んできた大声が耳にキーンと響く。

その声の主はチームの正捕手、小鷹さんだった。

 

「サインが合わないのも、意見がぶつかるのも。

それで揉めて、そしていつか解り合うのも。

ピッチャーとキャッチャーなら当たり前の話よ。

アンタはそのレベルに()()()()()()()って事!」

「……!」

「だから思う存分悩みなさい。

それがきっとアンタの役に立つわ。

投手として、そして打者として…その経験はきっと力になる」

「……うん!」

 

「それにしても…」と小鷹さんは続ける。

 

「ヒロ〜?

アンタ、瀬尾の前ではえらくしおらしいわね〜。

何かのアピールでもしてるの?

もし私と配球で揉めたらもっと突っかかてくるじゃない」

「なっ…!?

違っ…そんなんじゃないって!!」

「あら、やだわ〜!

この子ったら案外あざといのね〜!」

「もーっ!タカのバカー!!」

 

「ふふっ…」

太刀川さんの慌てように俺も思わず吹き出す。

 

…そうだ。

悩みながら、力を借りながらやっていくしかない。

それが実力者の代わりを務めるという事だ。

そしてそれでかけてしまった迷惑は、俺自身の成長と活躍で返すしかない。

 

「太刀川さん!」

「な、なに!?」

「頼りにしてるから、力を貸して?

あと1イニング、よろしく頼むよ!」

「う、うん…!任せておいてよ!」

 

「瀬尾、この試合のラスト3イニングはアンタが投げるんだから、キャッチャーをやって燃え尽きないようにね!」

 

小鷹さんは怒ったような口調で…しかし、それとは裏腹な笑みを口元にたたえながら俺の背中を叩いた。

 

「…っ!?

う、うん…もちろんだよ。

それに燃え尽きるなんて事はないかな」

 

何故ならこの胸には、君達がくれた『火』が灯ったばかりだから。


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