実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第61話 甲子園 2回戦 VS流星高校①

『さあ始まりました、全国高等学校野球選手権大会第2回戦!

本日もここ、阪神甲子園球場で熱戦が繰り広げられます!

先攻は流星高校!

俊足揃いのスピード野球で今日も我々を楽しませてくれるでしょうか!?

対する聖ジャスミン学園は9人だけのメンバーですが守備位置を大きく動かしてきました!

おそらく流星の機動力への対抗策でしょうが機能するのでしょうか!?

注目しましょう!』

 

甲子園の2回戦。

後攻の聖ジャスミン学園はほとんどのメンバーがいつも通りの守備位置に就く中で、いくつかのポジションでは人が大きく動いていた。

 

『聖ジャスミン、1回戦とはオーダーが様変わりしています!

初戦に先発投手だった背番号1のエース、太刀川さんはレフトに。

前の試合でスタメンレフトだった美藤さんはライトに入っています。

ここまでは前回の試合終盤と同じですが、内野陣は初めての陣容です。

まず、背番号2の小鷹さんがセカンド。

この小鷹さんと小山さんが二遊間を組むのは公式戦初との事です』

 

小鷹さんはセカンドの位置で内野のボール回しに加わっている。

本人(いわ)く、

 

「ソフトでは複数ポジションをこなしていたし、野球部に入ってからも9人だけのチームでもしもの時が来た時の為に備えて練習をしていたから問題ないわ!」

 

との事だった。

動きを見る限り大きな問題は無さそうだ。

彼女からは、

 

「本当にどうにかしないといけない場面以外は任せたわ!

大ピンチになったら私がセカンドからサインを出してもいいけど、やっぱりキャッチャーズボックスに座ってバッターとピッチャーを見て配球するのとは少し感覚がズレると思うから…。

基本はアンタの思った通りにしなさい!

大丈夫、アンタも私の配球の意図を感じながら投げてくれてるじゃない。

…ボールを受けてるとね、それぐらいは分かるものなのよ?」

 

と基本的なリードは任されている。

小鷹さんがセカンドにいれば、適切なタイミングでマウンドに来てアドバイスをくれたりと多方面からサポートしてくれるだろう。

 

『そしてキャプテンの瀬尾君がキャッチャー。

こちらもマスクを被るのは公式戦初となります。

ピッチャーを務める肩を見込まれての起用と思われますが、流星のランナーを刺す事が出来るのか!?』

 

『バシッ!』

「ナイスボールっ!!

いい球だよ!自信持っていこう!!」

 

俺は投げ込まれるボールを受けるとすぐに投手に声をかけた。

急造捕手の俺がマスクを被るという事はマウンドに立っている者からすれば不安要素でしかない。

安心感をもたらすのは無理でもせめて大丈夫だという意思表示をしようと大声を張り上げてボールを投げ返す。

 

そしてそのボールを受け取るのは…。

 

『ピッチャー 夏野さん 背番号4』

「よっしゃ〜!

お互い本職じゃない急造バッテリーなんだし協力していこ〜!」

 

中学時代に投手をした経験のある夏野さんだ。

 

 

 

…試合前日。

 

「2回戦の先発はナッチに頼もうと思うの」

小鷹さんの言葉にナッチこと夏野さんは一瞬驚いたものの、

 

「しょうがないなぁ〜。

まあ、そうなるのも分からなくもないけどね〜」 

 

とすぐに意図を察したようだった。

 

「ええ。

スタートは慣れたヒロで、とも考えたけど…。

全員が同じくらいの球数、イニング数を投げる予定である以上は途中で力の落ちる投手がマウンドに上がる状況は避けたいの」

「『ピッチャー代わった、ラッキー!』ってなると相手が乗っちゃうかも知れないしねぇ〜…」

 

「アタシも『ヒロぴー以上のピッチングをしろ』って言われても出来る自信ないもん」と夏野さんは苦笑した。

 

「……かと言って、試合の立ち上がりを(ないがし)ろには出来ないわ。

その点、ナッチならコントロールも割とまとまってるし、球種の数もまずまず。

クイックや牽制も上手いくらいだし、守備は…当然問題ないでしょ?」

 

これにジャスミンの守備職人は「もちろん!」と心強い言葉を返した。

そして捕手を務める俺に、

 

「仮とはいえ、バッテリーはバッテリー。

女房役は女房役なんだからよろしく頼むよ〜?

アタシの恋女房として、さ?」

 

とにやつきながらからかうと、それを見ていた太刀川さんと小鷹さんの正バッテリーを「妬いちゃった?可愛いいとこあんじゃ〜ん!」と膝でウリウリと押していた。

 

「い、いや!?そんなんじゃないよっ!?」

「そうよ!

そっ…そんなんじゃないわ、絶対!

…絶対よ!?」

 

「あはは〜!」

夏野さんは予想外のイジられ方をした2人とそれを見て苦笑いを浮かべる俺を快活に笑っていた。

 

そして思う存分笑い終えたところで、

 

「…瀬尾君。

アタシも精一杯頑張るから、瀬尾君も力を貸してくれる?」

 

と正対する俺にしか聞こえない声でささやいた。

 

「お願いね?」と先程までとは対照的に小さく笑う彼女。

それに俺は「こちらこそ…だよ」と声量は抑えながらも、力を込めて返した。

 

 

 

 

「さあ…いこうか、夏野さん?」

「そうだね〜」

 

「……あっ、そういえば…!」

夏野さんは何かを思い出したように声を上げる。

そして、

 

「瀬尾君、ボールを投げ返す時は軽くでいいからね。

ランナーがいる時は危ないからダメだけど、それ以外は軽くで」

「どうしたの突然?」

「…あの、さ。

色々調べたらキャッチャーってピッチャーの次に、えっと……血行障害になりやすいって。

だから瀬尾君に負担がかかり過ぎないように…と思って。

…まあ、捕手の場合はミットをはめた方の手がそうなりやすいって話だから、気休め程度にしかならないかもだけど」

 

彼女はそう言うと頭に手をやりながら「アハハ…」と笑った。

甲子園の舞台で急にピッチャーをやるとなったら、本当なら自分の事でいっぱいいっぱいになってもおかしくないのに。

それどころか彼女は俺の、俺の身体の心配をしてくれているのだ。

 

…彼女の優しさに応えたい。

そんな決意を胸に俺はマスクを被った。

 

『プレイボール!』

 

そして流星の1番が打席に入る。

 

…さて、初球はどうする?

俺はバッターの方をチラリと見た。

バットを短く持ち構えも小さい事から、おそらくは単打狙い…とにかくコンパクトに振ろうという意図が見て取れた。

それに合わせ内野陣は定位置よりも数歩だけ前に出る。

これが通常の打球に対処しつつ内野安打を防げるぎりぎりの位置だ。

 

よし…。

第1球目は外角に外したストレートを要求した。

試合が始まって最初に投げる球をストライクにしろというのは普段マウンドに立つ機会がない夏野さんにはプレッシャーになるかもしれないし、何よりボール球で夏野さんの調子を見たいからだ。

 

「やぁっ!」

夏野さんが投げたボールは構えていたミット周辺に向かう。

それを俺は問題なく捕球した。

 

『ボール!』

 

夏野さんは口を尖らせて「ふぅー…」と息を吐いた。

とりあえずボールが大きく乱れるような事がなく安心しているのだろう。

 

「…んっ?」

返球しようとしたとろこで自分がボールを強く握り、力いっぱい投げようとしている事に気付き動きを止める。

口先に意識を向けてみると、俺も夏野さんと同じように息を吐くような形で唇を尖らせていた。

 

(はは…俺も緊張してるんだな)

 

不慣れなポジションを守っている同士考える事は似たようなものなのだと、安心と可笑しさを感じる。

そうしてリラックスしたところでボールを握り直し、必要最低限の力でボールを夏野さんのもとに送った。

 

「ナイスボール!」

「そっちこそナイスキャッチだよ〜!」

 

そう言葉を交わしあってからの、仕切り直しの第2球。

 

「…やあっ!」

投じられたボールはミットを構えていた低めへと吸い込まれる。

 

『ストライク!』

 

「よし!」

「いいよ、この調子でいこう!」

 

コントロールは予想以上に安定している。

普通に投げていれば制球難で自滅する事はないだろう。

 

流星のバッターもそれを感じたのか3球目、4球目とストレートを積極的に打ってきていた。

引っ張った打球はどちらも切れてファウル。

 

(…思い切り振ってきた。

スピードが武器のチームの1番だから、何としてでも塁に出ようとしてくると思ったけど…。

俊足を警戒して内野が浅めの守備位置を取っているから、クリーンヒットを狙って打席ではそんなに駆け引きはして来ないか?

…じゃあその打ち気を利用させてもらう!)

 

俺の出したサインに夏野さんは頷く。

それから投げ込まれたボールはリリース直後に指先より高めに抜けるような軌道を見せ、それから縦に曲がった。

 

『コーン!』

 

打球はホームベース付近に高々と上がる。

 

「キャッチャー!」

 

「…よし!」

俺はミットを頭上に構える。

 

「落ち着いて、冷静に捕るのよ!」

小鷹さんのアドバイスを聞きながら数歩ステップを踏み、ボールをミットに収めた。

 

「1アウト〜!」

 

元気のいい、カラッとた声で夏野さんは立てた人差し指を頭上に突き出す。

それに応じるようにバックからも声援が飛んだ。

 

続いて2番打者が右打席に入る。

 

(さっきの縦に曲がるドロップカーブは効果的にだった。

…夏野さんの投げるイニング数は長くて3回、出し惜しみはなしでいこう)

 

俺は2番への初球にドロップカーブを選んだ。

初球にカーブを投げれば確実にストライクが取れる…そう思ったからだ。

だが…。

 

『カーン!』

 

2番バッターはその初球のカーブを引っ張ってきた。

打球は三遊間を抜けレフト前に転がる。

 

「なっ…!?」

 

(何を考えているんだ!?

あのカーブはコースも悪くなかったし、しっかりと曲がっていた。

そんな難しい球に初球から手を出すか、普通!?

いや…切り替えなくては。

過ぎた事はもうどうしようもない。

大事なのはこのランナーをいかに()()()()()()()()だ!)

 

俺は動揺を何とか飲み込み、打席に入ってくるクリーンアップの一番手の様子を横目で伺う。

おそらくはランナーを走らせるために積極的には手を出してこないはずだ。

 

夏野さんはセットポジションに入る。

それに対してランナーはベースから離れると、ジリジリどころか大股でリードを広げていく。

こちらを煽るような動きだ。

 

しかしこれに乗せられてはいけない。

矢部君からも、

 

「牽制はしてくれればしてくれる程いいでやんす。

もし牽制が下手だったら思い切ってリード幅を増やせるでやんすから。

刺せる牽制が出来るなら別でやんすが…そうでなければ控えておいた方がいいかもしれないでやんす」

 

というアドバイスをもらっていた。

 

そして、その上でランナーを釘付けにするには?

この疑問に矢部君はこう答えた。

 

「ピッチャーがランナーを見る事でやんす。

それも、目を合わせるくらいのつもりでしっかりと」

 

夏野さんは矢部君の言葉通り、ランナーをじっと見つめる。

そしてクイックモーションからボールを投じた。

 

「走ったッス!」

初球からのスチールを一塁手の川星さんが声に出して伝える。

 

外角高めへと外したウエストボールがミットに収まる。

そして俺はボールを二塁へと送った。

 

『ビュンッ!』

 

指にかかったボールが勢いよくベースカバーに入った雅ちゃんのグラブへと伸びる。

 

『ザッ!』

ランナーもスライディングを開始する。

1歩…いや、半歩が差を分ける程の際どいタイミング。

しかしこれは想定内。

 

「投手が視線をしっかり見ていれば半歩分はスタートを遅らせられるかもしれないでやんす」

 

この矢部君の言葉の通りだ。

ボールをグラブに収めた雅ちゃんがタッチに向かう。

 

送球を終えた俺の脳裏には矢部君が最後に残した言葉が浮かんでいた。

 

「ピッチャーにそこまでお膳立てしてもらったなら、あとは瀬尾君の仕事でやんすよ?」

 

そして塁審の判定は…

 

『……アウト、アウトォ!!』

 

急造のバッテリーが一流のランナーの盗塁を刺した事を示していた。

 

『おおっと!

今日の試合、不慣れなキャッチャーのポジションに入っている瀬尾君、素晴らしい送球です!

予選、そして甲子園を通じて全国最多の盗塁を記録している流星高校。

その流星のランナーが仕掛けた盗塁を見事防ぎました〜!』

 

「…ぃよしっ!」

「ナイススローイングだよ、瀬尾君!」

 

夏野さんはこのプレイに対しグラブを手で叩いて賞賛してくれていた。

 

「見たでやんすか、流星高校。

…そっちの思い通りにはいかないでやんすよ?」

 

センターの矢部君は定位置から無言のままに親指を突き立て、サムズアップのポーズを取っていた。

 

このムードのまま、この回は結局アウト3つを打者3人との対戦で取って終了した。

 

 

そして聖ジャスミンの攻撃。

先頭の矢部君が打席に入る。

マウンドには流星のエース、阿久津が上がっている。

 

『プレイ!』

 

阿久津が投じた初球、矢部君はセーフティバントを試みる。

 

『ダッ!』

 

しかし三塁手の前進の予想以上の速さに、バットを引いてこの球を見送った。

 

『ストライク!』

 

「あのサードのチャージ、めちゃくちゃ早いッス!?」

「足があるだけに守備範囲も広いって事だね。

この分だと外野手の守備範囲も広そうだけど…」

 

『キィィン!』

 

初球での内野の動きを見てヒッティング狙いに切り替えた矢部君は2球目を左中間に弾き返す。

レフトとセンターの定位置のちょうど中間に落ちた打球に流星のセンターは素早く反応。

回り込んでボールを拾い上げる。

普通ならランナーはファーストで止まるしかない好守備だ。

そう、()()()()

 

『っ!?

ボールバック!

ランナーセカンド狙ってるぞー!』

 

矢部君は減速する事なくベースを蹴ると二塁に向かって疾走していく。

流星も中継プレイに入り何とか進塁を阻止しようとするが、ここは矢部君の足が勝った。

 

『セーフ!』

『ワァー!』

 

『ジャスミンの切り込み隊長、矢部 明雄君、流星のお株を奪う俊足を見せつける!

足で単打をツーベースヒットにしてみせました!』

 

しかし、今日の矢部君はここで止まらない。

2番の雅ちゃんへの初球。

 

『ザッ!』

 

完璧にモーションを盗んだ矢部君が三塁へとスタートを切った。

キャッチャーからボールが送られ、それを捕球した三塁手が滑り込む矢部君にタッチをする。

しかし、この攻防の勝者は自分であるという確信を、自身だけではなく観客、そして対戦相手にまで持たせたであろう矢部君は、塁上で『パシン』と1回手を叩いた。

 

『……セーフ!』

 

『すげぇー!

1人で三塁まで行ったぞ!』

『いいぞー、矢部ー!』

 

客席からもこの好走塁に歓声が上がっている。

 

「よーし、大チャンスだよ!

やっちゃえ、ミヤビン!」

 

夏野さんの声援に応え、雅ちゃんはレフトへの犠牲フライを放つ。

 

続く3番の俺と4番の大空さんは打ち取られて3アウト。

しかしこの回、貴重な先制点を奪った。

 

「点なんて、なんぼあってもいいですからねぇ〜!」

 

夏野さんは漫才コンテストのチャンピオンのモノマネをしながらケラケラと笑う。

1イニング投げてだいぶ緊張もほぐれているようだ。

対する俺はと言うと…。

 

『カチャカチャ!』

 

「あ、あれ?」

「鈍臭いわね〜、私が手伝ってあげるわよ!」

 

キャッチャーの防具を着けるのに手間取っていた。

 

「あ、ありがとう、小鷹さん」

「…キャッチャーって地味に大変でしょ?」

「うん…。

1回裏も俺が最後のバッターじゃなくて助かったよ。

それでなくてもこんなバタバタなんだから」

「これを教訓にして、私には優しくする事ね?」

「あはは…」

 

苦笑いを浮かべていると「はい、これでよし!」と小鷹さんに背中を押される。

 

そうして防具を着け終えた俺は暇つぶしに指先に帽子を引っ掛け、くるくると回している夏野さんに合流した。

 

「さあ、2イニング目も締まっていこ〜!」

 

…俺が言うべきセリフを夏野さんに取られながら。


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