実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第60話 突貫工事〜2回戦に向けて〜

「さあ、みんな!おさらいだよ!」

三ツ沢監督がテレビに映された映像の前で俺達にそう呼びかける。

 

甲子園1回戦を勝利で終えた俺達は休養日の今日、続く2回戦に向けてのチームミーティングを行なっていた。

 

「2回戦で対戦するのは流星高校。

機動力を活かしたスピード野球で勝ち上がってきたチームだよ!

…美麗ちゃん?」

 

監督に促され小鷹さんが口を開く。

 

「流星高校の中心プレイヤーはエースの阿久津。

140km/h近いストレートに落差の大きいフォークが武器の投手よ。

球種が少ない分、テンポよく投げ込んでくるから相手のペースにならないようにね」

 

そして、と小鷹さんは続ける。

 

「それだけじゃないわ。

阿久津は優れたランナーでもある。

2塁が空いている状況で出塁した場面では必ず盗塁を仕掛け全て成功させているわ。

幸い、本人のバッティングは非力で怖くはないけどね。

そして他のメンバーも全員が俊足が自慢の選手よ」

 

「全員が…でやんすか?」

矢部君は『俊足揃い』という流星高校に興味が半分、対抗意識半分といった様子で小鷹さんに質問を投げかける。

 

「そう。

バッテリーや控え選手、リリーフ投手も含めて、ね。

ここまで極端なチーム編成で甲子園まで勝ち進み、そして甲子園で勝利を挙げるなんて事…余程突き抜けた機動力でなければ不可能だわ」

 

「うん、ありがとう美麗ちゃん。

…という訳で、流星高校は走力が武器のチーム。

チームカラーがはっきりしている分、ハマると一気にやられちゃうからね!

気を引き締めて行こう!」

 

「はいっ!!」

監督の激に俺達も力を込めた返事で応える。

 

…機動力か。

クイックや牽制による盗塁への抑止力を高めなくてはいけないな…。

 

そして、このミーティングの後バッテリー組による練習が行う事となった。

 

 

そして高野連指定の練習グラウンドに移動した。

参加したのは俺と小鷹さんと太刀川さん、捕手からの送球の受け手として雅ちゃん、そして…

 

「オイラでやんす!

高校に入ってからの盗塁成功率は驚異の9割超え!

ジャスミンのスピードスター、矢部 明雄でやんすよ!」

 

ランナー役として矢部君に来てもらった。

彼の盗塁を阻止出来れば流星相手にも(おく)れを取る事はないという訳だ。

他のメンバーは離れたところで素振りやトスバッティングを行っている。

 

「よし…!」

まずは太刀川さんがマウンドに立ち、矢部君の盗塁を刺すための実戦練習を始める。

 

「リーリーリー!走るでやんすよー!」

 

嬉々としてリード幅を広げる矢部君に小鷹さんは、

 

「うるさいわね!

あんなやかましいランナーブッ刺すわよ、ヒロ!」

 

と鼻息を荒くしている。

 

『ザッ!』

太刀川がクイックモーションで投球に入った瞬間、矢部君はスタートを切る。

外角のストレートを捕球した小鷹さんは2塁へとボールを投げた。

だが矢部君は悠々とベースに到達。

送られたボールを捕球した雅ちゃんがタッチをする事も出来ないスピードで盗塁を成功させた。

 

「全然ダメでやんす!

太刀川さんはクイックが遅いでやんすし、小鷹さんはスローイングに強さがないでやんす!

バッテリーが最高の仕事をしないとオイラクラスのランナーは刺せないでやんすよ!」

 

「まあ?さすがに流星にもオイラ程のランナーはいないとは思うでやんすけど!」

そう言うと矢部君はセカンドベースの上に両足で立ち、両手を腰に当ててワッハッハと笑った。

それを見た小鷹さんは眉をひくつかせながら、それに似つかわしくない笑みを浮かべて「…もう1回お願い出来るかしら?」と要求する。

 

そして、幾度もこれを繰り返したところで矢部君が声をかけた。

 

「まだやるでやんすか?

…正直、走っていて刺される感じはしないでやんす。

それに太刀川さんもクイックのスピードは上がってきたけど、肝心のボールの質は悪くなる一方でやんすし…ランナーは気にしない方向で考えた方がいいんじゃないかと思うでやんす」

 

…厳しい言葉ではあるが、確かに矢部君の言う通りだ。

太刀川さんの足を大きく上げて生まれた力をボールに伝える投げ方は諸刃の剣。

クイックモーションになった途端にボールの質が落ちる事は避けられない。

プロレベルならその影響を可能な限り小さく出来るテクニックもあるだろうが、このフォームを習得して間もない太刀川さんにそれを望むのは酷というものだ。

そもそも予選直前にフォームを変更しそれで結果を出してきた事自体がすごい事なのだから。

 

そして小鷹さんのスローイングに関しては本人も常々自身の課題…弱点として挙げていた。

今までは彼女の捕手としての能力の高さと観察眼があるため大きな問題にはなっていなかった。

だがそれは、悪く言えば騙し騙しその場を凌いでいたという事なのだ。

そんな弱点が短時間で解決出来るかと聞かれれば、難しいと答えざるを得ないだろう。

 

「……じゃあ。

じゃあ、地肩が強い他の人間に捕手を頼むしかないわね」

「タカッ!?何言ってるのっ!!?」

 

小鷹さんの言葉に太刀川さんは驚きを隠しきれない。

それも当然だろう。

彼女の言葉を現実にするという事はジャスミンのゴールデンバッテリーの瓦解を意味するのだ。

 

「仕方ないのよ」と小鷹さんはかぶりを振った。

 

「明確な弱点を克服も対策もせずに実戦に挑んだらそこを徹底的に突かれるわ。

少なくとも私ならそうするもの。

このままじゃ私は『穴』になってしまう。

そうならないためには代わりの捕手を出した方がいい。

……悔しいけどね」

 

「でも…でも、他に捕手が出来るメンバーなんて…!」

太刀川さんは周辺を見回す。

しかし当てはまる人間はいない。

 

雅ちゃんはショートからは外せない。

相手が叩きつけた当たりの内野安打を狙う事も予想される中、堅守の雅ちゃんをショートからは外せない。

ショートの定位置は内野の中で1塁から最も遠いのだから尚更だ。

僅かな守備の遅れが命取りになる。

 

矢部君は確かにチームの中では肩は強い方だろうが彼を外野から外すというのは考えられない。

矢部君程の守備やカバーリングなどが出来るセンターがいるのといないのとでは雲泥の差だ。

それは同じ外野手としてプレイしていて肌で感じている。

 

そもそもが捕手は専門性の高いポジションだ。

急造で捕手を見繕うなんて事が上手くいくとは…。

 

「……いるじゃない、1人だけ」

 

「えっ…!?」

小鷹のこの言葉に俺の頭にはクエスチョンが浮かぶ。

そして彼女はそんな俺を指差した。

 

「いるじゃない、アンタが。

アンタが代わりっていうなら…まあ、私も納得だしね」

 

えっ…俺?

俺がキャッチャー…?

 

「───ええ〜っ!?」

俺は思わず大声を上げていた。

 

「む、無理だよ!俺、キャッチャーなんて本格的にやった事ないし!

それに俺がピッチャーに回る時はどうするのさ?」

「その時は私がマスクを被るわよ。

リリーフなら短いイニングを全力で投げるだろうし、アンタと組むなら私の送球でもまだ可能性が生まれるかもしれない。

チームで1番速い球を投げられるのは瀬尾、アンタだからね」

「た、太刀川さんはどう思う?」

「あたしは…瀬尾君なら代わりを務められると思う。

あたしの持ち球には鋭く落ちる変化球はないし、ブロッキングが必要な場面は少ないと思うから。

でも1試合を投げ切るには捕手のリードの力が必要だから…。

慣れてない人だとワンパターンな配球になって打者が2巡目になったらかなり厳しいと思う」

 

「それに関しては心配ないわ」と小鷹さんは太刀川さんの方に向き直った。

 

「トーナメントを勝ち進むにつれて休養日はどんどん短くなる。

コンディションがばっちりの状態で試合に臨めるのは2回戦が最後になると思うわ。

だからこそヒロの投げるイニングは減らそうと思ってたの。

何てったって、3回戦まで進んだらおそらく帝王実業と当たる。

それまでにアンタが疲労しきってたら勝てるはずがないもの。

だから流星との試合は誰か1人に長いイニングは任せないで、3回ずつぐらいを投げてもらおうと思ってるの。

それなら調子のいい球を中心に正攻法な配球をしていれば大怪我はしないはずだわ」

 

…じゃあ、俺と太刀川さんは確定としてもう1人は…?

 

小鷹さんはニヤリと笑うと素振りをしていた夏野さんを呼び寄せた

 

「お〜い、ナッチー!ちょっと来てー?」

「なになに〜?アタシの事呼んだ〜?」

 

夏野さんがこちらに駆けてくる。

間髪入れず小鷹さんは夏野さんにリクエストをした。

 

「ちょっとマウンドに上がってクイックで投げてくれる?

そしたら矢部が走るから。

ちなみに捕手は瀬尾がやるわ。

本気でランナー刺しにいくから避けてね?」

「……OK!

そういう事になってるんだね」

 

この短いやり取りで小鷹さんの考えを察したのか、夏野さんはすぐに投球練習に移る。

そしてテンポよくボールを投げた肩を温めたところで「じゃあいくよ〜」と合図をした。

 

『サッサッ!』

 

クイックが速い…!

これなら…っ!

 

『バシッ!ザッ!』

俺はボールを捕球するとすぐさま2塁へと送球。

それを雅ちゃんが受けてスライディングをする矢部君の足先に触れた。

 

「これは…ギリギリセーフね」

「でも際どいタイミングだったよ!

すごいよナッチ!本職顔負けのクイックだった!

瀬尾君もナイススローイング!」

 

「まあ元々投手だしね〜」と夏野さんは右手の手首をぶらぶらと揺らしながら飄々とした様子で答えた。

これに矢部君は負けじと、

 

「今のは確かにギリギリのタイミングでやんしたが、まだオイラは伝家の宝刀ヘッドスライディングを出してないでやんす!

ヘッドスライディングだったらタッチを()(くぐ)る事も容易(たやす)いでやんす!

オイラにはもう一段階上があるでやんすよ!」

「面白い!じゃあもう一回やろうよ、もう一回!」

「ちょっと待って!?

あたしのボールを捕る練習も忘れてないよね、瀬尾君!?」

 

…こうして急ピッチで俺の捕手としての練習が行われたのだった。


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